5-2 異能力でラブコメなどまちがっている 『巨乳マニア』桃成
『貧乳マニア』こと板敷の住居を出てから、冬華はようやく弁解をはじめる。
「秋実くん。これは高度に政治的な問題でね」
「お気づかいなく。博士の公私混同なんていまさらですし」
秋実は乾いた笑顔であしらう。
「いや決してよこしまな気持ちだけではなく、桃成くんの『巨乳マニア』を解明できれば摘出手術後の再建などに応用できる可能性があるし、板敷くんの『貧乳マニア』だって……えーと……そ、そう、アスリートなどには貴重で……その……あまり大きな声では言えないが、この施設にかかる莫大な予算の一部は『研究協力』と称した異能力利用の、つまりその……」
冬華がいいわけに必死なあまり、秋実は知らないほうがよさそうな裏事情まで口走りはじめた時、ふたりのイヤホンに連絡が入る。
「うっすー、ふゆちゃ~ん? ま~たアチキに隠れて桃ちゃんと会おうとしているって~? あ、まだ着いてなかったのか。ざまあ。アタシもつきそわせていただきますからね~?」
次の面談先だった『巨乳マニア』が住むマンションの前で、やや背が高くて丸っこい女性が笑顔で手をふっていた。
冬華の顔が苦りきる。
「お、秋実ちゃんもひさしぶり~。ちょくちょく見てはいるけど、話せていないよね~? 『BLマニア』の肘好っす~」
秋実も自分の歓迎会などで見かけていた『三課』の先輩だった。
施設外への出張は少ない職員のはずだが、三課の事務室で見かけることは少ない。
細いつり目で、いつも口端を上げた表情は猫にも似ている。
「おっと『BLマニア』は異能力の名称だからね? ボーイズ・ラブの趣味もバリバリだけど」
「は、はあ……」
肘好は冬華の気まずそうな沈黙は無視して、どんどん先に踏みこむ。
「でもBLに特化した作品より、わりと普通のアニメのほうが萌えるタチなんよね~。おかげでオタ系プログラマーの桃成くんとは話題が合ってね~」
「あ。私も友だちからすすめられたアニメとかは、ロボとかヒーローものでも見ています」
「おお~、じゃあけっこうわかるんだ? 桃ちゃんとはパイロットスーツのエロさとか、被弾した時の敏感ぶりで話が盛り上がって……」
「すみません。さっぱりわかりません」
玄関に出てきた桃成は太めの男子大学生で、照れ顔で腰低く三人の女性を迎え入れる。
冬華があいさつするよりも早く、肘好が桃成と肩を組んだ。
「ともかくも、初対面じゃ特になんも感じなかったのに、いっしょに居るとなんだか落ち着くんだよね。だから変な色目つかって邪魔すんじゃねーよ、このポンコツ娘が~」
桃成は困ったように苦笑する。
「いや、肘好さん、これってなんなんでしょう?」
とまどっている様子だが、つきあっているらしい親しさも秋実は感じた。
桃成の顔は美形ではないし、全体に不健康そうで服装もあかぬけない。
しかし物腰には人のよさが出ていて、もう少しスマートになれば悪くない男性にも思えてきた。
「桃ちゃんは入所してからずっと、このバカ娘につきまとわれて困ってんのよね~? 職権乱用もいいかげんにせえやまったく」
冬華がわざとらしく大きなせきばらいで返す。
「誤解だよ肘好くん。君たちが交際申請を出したことは知っているし、尊重もする。私はあくまで研究目的で……」
「そのペチャパイを揉ませようと必死こいてんやろ? 桃ちゃんの異能力だけを目当てに。恥を知れや小娘」
冬華が壁にすがってうなだれる。
秋実は心の中で『肘好先輩』へ喝采を送る。
「肘好くん……頼むよ。予算のためにも効果の確認をしなければ……」
「異能力の発動条件は『好意を持った相手』やろが~。実用性なんぞたかが知れとるわ~。最近やたら疲れてそうで心配してみりゃ『巨乳マニア』の研究に時間つっこみすぎとるだけやないかい~!?」
「私の余裕がない女子たる尊厳がだね……」
「好きでもない男に揉ませるほうが、よほど女子たる尊厳の放棄じゃいボケ~!」
肘好は笑顔で冬華のえりをゆさぶって追い打ちをかける。
「いや直接ではなく、背中や周辺でなんとか……」
「まだゆーか。だいたい、でかけりゃいいってもんじゃねえぞ? 邪魔だし痛いし……桃ちゃんを釣る役には立ったけどよー」
肘好が目立って大きな胸をふりまわし、ぶつけられた桃成は照れ笑いで頭を下げる。
「すんません。釣られました。でも肘好さんの場合はまじめな話、それ以上に大きくなると生活とか大変になっちゃいそうで、心配っす……やっぱ、健康でいてもらうのが一番なんで」
「貧乳でも!?」
冬華が真顔で問いただし、秋実はすでに研究のたてまえも見あたらない姿を悲しむ。
「もちろんっす。あねさん……いえ肘好さんといると落ち着くんで。それが一番なんで」
桃成はあっさり言い切ったあとで、照れてあせったように言葉をつぎ足す。
「というか、紫条屋さんは美人でスレンダーですし、胸とか関係なくモテモテじゃないんすか?」
「ぐく……っ!? だがこういう風に言ってくれる男子だって、その胸に釣られたのだろう!? ないよりはあったほうがやはり……あだっ!? あだっ!?」
肘好は強引に冬華と肩を組み、ガツガツと頭突きを当てる。
「ガタガタうっせーなー。やっぱ分けてやんない。桃ちゃんのいいとこぜんぜん見ようとしないで、肉体だけ目当てじゃねーかよ~?」
秋実は冬華を救出する気もなく、肘好と桃成を見比べていた。
「肘好さんはどんなきっかけでつきあいはじめたんです?」
「ん? まあ、じわじわと……話が合うから友だち感覚で押しかけているうち、私のほうからせまって?」
肘好もそこは照れくさそうに笑ったが、桃成が困ったように赤面してうつむく姿とは対照的に見えた。
「いや、これでも桃ちゃん、しっかりしているから。申請とかの前にふざけてさわらせようとしたら、まじめに断られちゃったし。その時はなんだか怖かったし……それから本格的にときめいちゃった感じ?」
肘好も赤くなって頭をかき、桃成は顔を隠してうずくまってしまう。
秋実も興味本位で聞いたものの、かなり気恥ずかしく、ややいらだたしい。
それでもいちおう、冬華が電撃警棒を取り出そうとした腕は引き止める。
「ぐぎぎぎ……と、とにかく、肉体への影響が大きい、希少な異能力には変わりないし、その性質の解明までは、なにがなんでも逃がすものか……!」
「わかったわかった。ふゆちゃん落ち着け。要はモテたいなら、もっと正直に……」
肘好が笑顔でぽんぽん肩をたたくが、冬華は強引に脱出する。
「誰もそんなことは決して、断じて……!」
「あー。そーゆー態度なら手伝ってやんない。つうかネタはあがってんだぞテメー。アチキが政府おえらいさんの御令嬢ってことを忘れてねーかー?」
とてもそうは思えない口調だが、ふてぶてしい笑顔は貫禄もあるので、秋実はどこまでが冗談か悩む。
「アメ公のセレブなダチもどんちゃかいるから、ドクター・シジョーヤのおしとやかボッチな学園生活のことだってばっちり……」
肘好は服をひっぱられて言葉をとぎらせ、桃成の顔を確認した。
無言で小さく首をふる桃成の苦笑はそれほど変化がないように見えたが、肘好を急にしゅんとさせるだけの重さも秋実は感じる。
「んぐ。む~ん……今日はこのくらいで勘弁してやらあ! 次は見逃すと思うな! おぼえてろよ~!」
肘好がいちおうは笑顔になってドタドタと撤退し、桃成はすぐに声をかける。
「あねさん、また今度。例のアレ、視ましょう」
「はーい。でもそろそろ名前で呼べー」
秋実には良い組み合わせのカップルに思えた。
しかし冬華の疲れきって気まずそうな姿に追い打ちをかける気も起きない。
「あの、オレ、面談……ですよね?」
「ええ、たしかそうでしたね……」
患者と助手がぎこちない笑顔で勝手に話をすすめ、冬華もしぶしぶ予定をこなす。
桃成はずっと人のよさそうな笑顔で聞き取りに協力していたが、面談の終わりぎわ、遠慮気味につけたす。
「あねさん……肘好さんはわりと、気に入った人にガンガンからむとこあるんで。紫条屋さんのこともたぶん……」
冬華は元気のない事務的な態度を続けていたが、観念したようにため息をつき、笑顔を見せた。
「わかっているつもりだよ。彼女のおかげで、ああいう率直で押しが強いタイプへの苦手意識もだいぶ薄まった……元来の私が内気というのは本当でね。アメリカではそれを『かっこ悪い』としか思わない連中ばかりの学校に入ってしまい、しかも天才美少女だったせいで、ずいぶんとねたまれて孤立したものだ」
秋実は孤立の主な原因は別にあるような気もしたが、ややこしくなりそうなので黙っておく。
桃成の部屋を退出すると、それはそれで秋実には気まずさがもどってくる。
しかし冬華はもうそれほど気にしていない様子だった。
「桃成くんには泣き落としが効果的だと思うのだが、人がよさそうでも芯は案外と強いから、とりあえずの布石として、あの程度でよしとしておくか……」
そう言ったあとで秋実の顔を見て、少しだけ困ったように考えこむ。
「ネットを検索すればすぐにわかることだから言っておくが……私は一度、誘拐されている」