表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/29

5-1 異能力でラブコメなどまちがっている 『貧乳マニア』板敷


 研究所内にある一部の実験施設は、職員用の詳細な検診にも使われていた。

 患者用の会場とちがって監視はゆるいが、そのぶんろくに片づけも案内もしないで、荒っぽく急かされることも多い。

 紺堂秋実こんどうあきみは一般的な健康診断よりもはるかに詳細で多様な数値を測られ、くたくたになっていた。


「これって採用の時にも受けて、まだ一ヶ月も経っていませんよ?」


「今日は『ランクC』の収容所でも隔離区画のほうへ行く。しかも『せめてランクBにすべき』と私がさんざん提言しているふたりが相手だ」


 研究主任の紫条屋冬華しじょうやふゆかは手馴れた様子で測定されながら、いつにない熱心さで資料を読み返し続けていた。


「これまでに秋実くんが見学した異能力と違って、肉体的な影響が大きい」


「効果がわかりやすそうですね?」


「そうでもないんだ。たとえば筋肉や脂肪のつきかたは、わずかな変化でも内臓の負担や身体バランスの崩れになる。しかもそれが食生活や運動によるものか、異能力によるものかを判断する場合、精神科・神経科以外の分野も大きく関わってしまう」


 そう説明する冬華の顔は疲労が濃く、秋実が三課つきの女医から聞いた話では、秋実が採用された初日の大量収容から、特に仕事量が増えているという。


「極端な例では『リア充爆発』という、死に直結する異能力もあってな……」


「えーと……それは冗談ではなく?」


「患者から大量の可燃性ガスが発生し、対処のわずかな遅れやミスで大惨事もありえた。その対処に役立ったのは精神科ではなく、胃腸科で耳にはさんだ『食べた米を体内で酒に変える患者』の話だ」


「変わった異能力ですね……『お持ち帰り』されたい願望の現われでしょうか?」


「失礼なことを言うな。すでに『腸発酵症候群』などの名で科学的に解明され、体内の酵母を抗菌剤で抑える治療方法もわかっている」


「すると『リア充爆発』さんの特異体質も、おなかで可燃性ガスを発生させ……あれ? 誰でもオナラは燃えますよね? 宴会芸で火をつける動画とか見たことありますよ?」


「それも体質や食生活によって、燃えやすさは変わるが……ともかくも『リア充爆発』くんのガス発生は急激すぎて、その仕組み自体は当初まったくわからなかったが、それでも彼女の体内から『原料』になりそうなものを出しきる処置で、とりあえずの救助はできた」


「つまり胃腸をからっぽに……でもそうなると、その人はもう点滴だけで生活ですか?」


「いや、意識で制御する手段が見つかったし、食事に合わせた薬の服用も有効だったから『ランクD』に落ちて解放だ。そもそも、かつぎこまれた時に『ランクA』と騒いでいたのは幹春みきはるくんにありがちな誤診だな。犯罪に使うなら『リア充爆発』くんを調教するより、手製爆弾のほうがずっと楽だ」


「ちょうきょう……はともかく幹春さんの『ありがちな誤診』とは?」


「危険性評価の差が出やすい異能力は『患者が自滅するだけ』とか……どうも幹春くんの基準は『社会秩序の維持』よりも『人命の保護』が重要らしい」


「私たち『三課』の目的は、異能力者の社会復帰だったはずでは……」


「も、もちろんそうだが、それにはまず社会秩序と予算の確保が……ともかく、幹春くんの基準も悪いとは言っていない」



 ふたりは測定を終えて着替え、面談へ向かう準備を整える。


「肉体に影響する異能力の怖さはわかりましたけど、それはなんです?」


 冬華は宇宙服じみた防護服を持ち出し、警備班が使う大きな盾まで用意していた。


「秋実君はまだわかっていない……異能力の効果は、個々の対象によっても被害の受けやすさが異なるのだよ」


「いえ、ですから、なぜその重装備が博士のぶんしかないのです?」


「だから、体質の個人差がだな……君ならケチケチすることない被害でも、人によっては残されたわずかな尊厳に、とどめを刺されるというか……あっ」


 秋実は冬華がしつこく読みこんでいた資料をひったくる。


『ランクC』能力名『貧乳マニア』

『好意的に接触した異性の胸部脂肪が減退する』


「脂肪はエネルギー源だからな!? 奪いかたによっては、深刻な臓器不全を起こす可能性も……」


「え、ええ。そうですね……」


 秋実はそっと冬華のつつましい胸を盗み見る。


「同情気味に納得するのはやめたまえ!?」


「でも発動条件は『接近』ではなく『接触』なのに、いくらなんでもその装備は……」


「君は余裕があるからそんなことを言えるのだ。もしや嫌味か? なんなら患者に揉まれる被検体になってもらおうか?」


 冬華の涙目に普段より割増の狂気が渦巻いていたので、秋実は刺激しないようにやりすごそうと思った。



 秋実が実際に会った『貧乳マニア』は好青年に思えた。


「はじめまして。板敷いたじきです」


 顔も体もまったく見えなかったが、冬華と同じ重厚すぎる防護服を着せられているのに、明るくあいさつしてもらえた。


「大変そうですね……」と秋実がつぶやくなりイヤホンへ「余計なことは言わなくていい。患者に防護服を脱いでいいと誤解させるな」という連絡が数メートル背後の玄関近くで盾をかまえる冬華から届く。


 隔離棟と言っても、居室の間取りは通常の『ランクC居住区』とほぼ同じで、学生世代がひとりで住むにはやや贅沢な広さの3LDKになっている。

 しかし外出や共用区画の利用は許可が必要になり、審査の厳しさは異能力や生活態度にもよるが、いずれにせよ時間などの制限も多い。

 冬華によれば『かなりよく訓練されたひきこもりでないと、精神的に滅入りやすい。ネット中毒は避けがたいが、仕事などを含めたマシな形での利用を指導することが多い』

 板敷はデザイナー志望の大学生で、現在は資格試験の勉強をしつつ、ネットでウェブデザインのアルバイトもしている。


「自分より紺堂さんのほうが大変そうな……あ、いえ、それより肉親以外の同居滞在を許してもらえるなんて特例中の特例だったそうで、それこそいろいろ大変だったと聞いています」


「え……?」


 奥のキッチンから、長身の女性が茶を運んで来て会釈する。

 資料に載っていた同じ大学サークルのOBで、五歳上の交際相手だった。

 秋実は思わず胸部を注視する。服でわかりにくいが、薄いほうに見えた。


「ボクのせいでカップが一個半は落ちていたらしくて、もうしわけないです」


 長身の女性は笑顔で首をふる。


「薄いほうが好みなんでしょ? それなら私は別に。もし治療できなくたって、子供への授乳さえ終わったら手袋なんていらないし……それより、いきなり婚約とか言われたほうが驚いたけど。まあそうしてほしいとは思っていたし?」


「ボクだってその気はあったけど、就職が決まってからにしたかったんだよ」


 外部との連絡は近い肉親でも検閲され、たいていは時間差のあるメール文章だけになり、それさえ時間帯や文量などは限られる。

 家族側の秘密保持が堅そうな収容者でも、映像つきの通話を週に一回できるなら甘いほうだった。

 肉親以外になると、婚約者や同棲相手などでもめんどうな審査が多くなる。



「まさか博士……『貧乳マニア』の発動条件になる『好意』を向けられたくないから、防壁になる交際相手の手続きをゴリ押しで……?」


 長い沈黙のあと、イヤホンへ「秋実くんにはランクC共用区画の見回りをもっと増やしてもらおうかなー」と棒読みの小声が入る。

 施設内では貴重な娯楽空間への出入り……利益供与による露骨な口止めだった。


 職員は研究所に出入りする手間から、休日でさえ研究所内で過ごす者が多い。

 職員用の福利厚生施設としてジムなどもあったが、規模が小さくて変化にも乏しく『ハムスターの回し車にいる気分になる』と評判で、職員の多くはまだ安全性も確立していないランクC商業区画への出入り申請を順番待ちしていた。

 秋実は余暇の誘惑と職員倫理をはかりにかけて何秒か悩む。


「柔軟な対応も大事ですよね。でも博士はそこまで警戒するのに、なんで自分で直接に面談するのですか?」


「分析の手がかりを得るためだからしかたない。私の異能力はあくまで『知性の補助』なのだよ。材料となる情報をなるべく多く集めなければ、正確な分析には近づけない。危険であっても、異能力を制御するためには必要なことなのだよ」


 やはり研究に関してだけはまじめなのかと秋実が思った直後。


「そういえば、ボクとよく似た『巨乳マニア』という能力もあるそうですが……」


 板敷の発言で秋実にふたたび疑念がわく。


「それは初耳ですね……まさか博士は『巨乳マニア』の能力を利用したくて、似た異能力からも手がかりを得るのに必死なんてことは……」


 かなり待ったが返答はなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ