4-3 異能力さえなければラブコメだったのに 『思いちがい』夏樹
「少し考えさせてください」
灰間はそう言って冬華と秋実のマッサージを再開し、終えたあとで小さくつぶやく。
「やはり、両思いになれる見込みはなさそうですし……」
「それは問題ない。比較には片思いや失敗のケースもあったほうがいいくらいだ」
冬華の笑顔に灰間と秋実の返答がそろう。
「最低ですね」
しかし灰間はふたたび困ったように迷いだす。
「成果が出なくてもいいなら……でもそもそも、相手の迷惑になってしまわないか……」
「今までどおりに淡々と話すだけに思えるけど?」
「それなら……って、相手の目星がついているのですか?」
「君の好みを思い出した。みんなかなり年上で、落ち着いた性格だったよね?」
秋実は『第三課』の課長である朱奈津夏樹をそのような目で見たことはなかった。
親子のような年齢差もあるが、表情や態度がのっぺりとしていて、いつでも眠そうな話しかたで、あまり男性らしい色気は感じない。
顔は美形と言えなくもない。長身で肩幅もある。
しかし悪い意味での中年らしさも濃い。
それでも灰間は『見込みがない』交流でも、話せる機会の追加をうれしがっていた。
マッサージ店を出たあとも、冬華はフードパーラーに立ち寄る。
秋実もメニューの充実ぶりに目移りしながら、職員用のありきたりな食堂や売店棟の弁当コーナーを思い出すとつい『塀から出たくない』などと思ってしまう。
「職員が足りなくて、課長にも面談を手伝わせていたことなんて、すっかり忘れていたよ。でも不愉快だな~。あの親バカ課長がほかの小娘に興味を持つとは思えないけど、三課の事務室に居てまで交際現場を見せつけられると思うと……」
秋実はサラダスパゲティをつつきながら、そっと冬華に白い目を向け、灰間を応援したくなってくる。
「そういえば幹春さんは出張しているのに、鉄田さんの危険性はどう測定していたんです?」
「探知能力者ならほかにもいるのだよ。幹春くんよりはずっと範囲が狭かったり時間がかかったりするけど。ちなみに正輝くんも探知能力者で、狭いし遅いけど、相手を知るほど正確さが上がる」
「あ、それで。いくら鉄田さんの従兄弟でも、ずいぶん外部との通話が自由だと思ったら、以前に収容されて研究所のことは知っていたんですね?」
「異能力の探知系という時点でほぼ『ランクC』以上の危険性だからな。だがいくらなんでも狭すぎるし遅すぎるから悪用しづらいし、来た当時に小学生でもやたらしっかりしていたから、監視つきの解放で済ます実験的なケースになった。もう少し待って学力と異能力が育てば、いい手駒……いや職員になりそうだ」
「鉄田さんに怒られますよ」
「正輝くん本人の希望だってば。ちなみに今も彼からメールが来たばかりで、異能力を測定する『職場体験』の同意が届いた。測定にかこつけたひっつき合いをそそのかして、鉄田くんのうろたえぶりも観察しよう」
冬華は楽しげに携帯端末をいじり続け、合間にタコ焼きを口へ放りこむ。
そんな姿を気の毒そうに観察する秋実は生ジュースのストローをくわえたまま苦笑した。
「まあ、両思いの確信が深まるほど、症状が緩和されるようなら良いことですけど。でも中学生男子にそんなことをやらせる私たちが、色恋とさっぱり縁無しとはいったいどんな惨状ですかね……」
「そこは君がなんとかしたまえよ。能力名『縁むすび』が『縁むすび(笑)』へ変更される前に」
『ランクC』収容所の塀から外へ出ると、倉庫街のように殺伐とした研究施設の風景が広がり、秋実は囚人に近いのはどちらかと考えてしまう。
運転席の横暴な上司を見るとなおさら。
しかし冬華に対する見かたが変わった一日でもあった。
冬華は各収容施設の発案もしていて、秋実は何日か見学してまわった印象で、研究や治療といった目的以上に、同じ『異能力者』へ対する保護意識を感じていた。
だからこそ収容されている患者の多くも、毎日のように人をモルモット呼ばわりするろくでもない小娘に従っている気がした。
とはいえ常識が乏しいのもたしかな冬華へ、予算をあれほど自由に使わせてしまう『調査委員会』上層部の意図は、どうにも不可解だった。
なにかと言えば『国家を守るため』で物騒な手段も辞さない冷酷さとは、ちぐはぐな印象を受ける。
秋実は収容所の見学後に義務づけられていたカウンセラールームでの診断を受け、女医と雑談をしながら、ふと灰間の件を思い出す。
「そういえば先生は、うちの課長さんと仲がいいですよね?」
「え。突然だね……私が勝手に、なれなれしくしているだけだよ?」
三課つきの女医はまだ若く、容姿も悪くない。
話しかたも服装も、どことなくしゃれている。
それが珍しくあわてた様子で、言葉が多くなった。
「なっちゃんは奥さんとの別れかたがひどかったらしくて。娘さんも小学生とは思えないほどしっかりしすぎで痛々しいの。でも本当は、そのあたりをぜんぜん表に出さないなっちゃんこそボロボロみたいで……つい肩入れしすぎて、ふられちゃった」
「え」
「そんな気はしていたけど、なっちゃんは親しい女性をつくりたがらないの。もう男としての自分は終らせたって言われたから……やきもちじゃないけど、あまり秋実ちゃんにもおすすめできない男性だよ?」
「はえ?」
「ん? うわやだ……ごめんなさい、そういう話ではなかったの? 私の未練をかぶせて見ちゃったか~」
女医がつっぷして机をばんばんたたいたあと、そっと秋実を追い払うしぐさは少しかわいく見えた。
秋実は三課の事務室へ、終業前の報告に向かう。
とりあえず今日はもう帰りたかった。それから詳しい報告書をまとめようと思った。
大まかにとっておいたメモだけ見ても、今日は多くのことがありすぎた。
恋愛の件だけでも胸焼けしそうな量だったが、異能力についても考えさせられることが多かった。
職員として入った初日と同じ疑問も強まっている。
「なんでラブコメくさい異能力ばかりなのか……考えたのですが、かたよっているのは患者さんのほうではなく、探知や分析をする側の可能性もありませんか? 現状では探知の多くが幹春さんによるもので、分析になるとほとんどがポンコ……いえ冬華さんが診断を決定していると聞きました。もしあのふたりの異能力が、フィクションじみたラブコメ発想に毒されているとしたら……」
課長の夏樹はいつものように窓際で茶の湯気を吸い、暮れてきた空をながめていた。
「ふむ……その考察は、ほかの誰かにも言ってみましたかねえ?」
「いえ、さっき思いついたばかりで」
「そうか。それはよかった」
「え……?」
部屋には夏樹と秋実しかいなかった。
「今でこそ『調査委員会』で異能力を探知し、治療し、社会復帰させる流れは成功例が増えていますけどねえ? 以前は強大な異能力者だと、自身の体質におびえて精神を病んだり、あるいは周囲を怖がらせて迫害されたり、さらには『便利すぎる道具』として、人間あつかいされないことも多かったんですよねえ?」
「はあ……でもそれも、ここで科学的な解明が進んで、公表できる日も近づいているんですよね?」
「そうですねえ。ところがもし『調査委員会』に探知できない異能力があるとわかったら、どうなると思いますかねえ?」
「えーと……危機管理のシステムを根本から見直さないとまずいですかね?」
「そうなっては困るのですよねえ。『我々』は冬華くんや幹春くんの『かたよった探知や解析の能力』をひそかに『LCM』……『ラブコメマニア』と呼んでいますが、それに大量の見落としがあると知られるわけには……」
「え。え? 気がついていたのですか?」
「現在の収容者には気の毒ですが、おかげで『処理しやすい』ラブコメ異能力者の治療例が集まりつつある。それですべての異能力者が制御できるかのように『思わせる』ことが、肝心な第一歩になる。それが世間の常識となる前に『ラブコメ以外の異能力』の存在を知られてはいけない」
「え……それって…………?」
秋実は変わりはじめた夏樹の口調と表情に圧され、あとずさることもできないまま体が固まっていた。
「私の娘は来年で中学生になる。私は制服姿を楽しみにしている。君は私の妻がなぜ、どのように死んだかを知らないだろう? 知らなくていい。私も口にしたくない。ただ私は、娘と過ごせる一日ずつをなによりも大事にしている。この平穏を壊したくない。だから……」
「あ、あの、あの……?」
「君には少しだけ『思いちがい』をしてもらう。もうしわけないが……まだ今は、そうするしかない」
冬華が三課の事務室にもどると、夕暮れの中で部屋の明かりもつけないまま、秋実が独りで立ちつくしていた。
「どうかしたのかい?」
「いえ、課長さんと、ラブコメくさい異能力のかたよりについて話していたのですが……」
「なにか新しい発見でも?」
「私の印象では、重症のラブコメ好きほど、異能力が育つのかなーと」
「な!? 私もラブコメ作品は若者を研究するために収集しているが、それと私のランクA能力や、博士号や、研究動機は決して関係ないからな!? 決してだ!」




