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馬鹿

 パンドラのことに詳しいのは誰か?


 ポン助は知り合いを頼る事にしたのだが、ここに来て誰に頼るべきか考えた。


 一番詳しいのは情報屋だろう。


 しかし、彼は忙しいのか連絡を取るにも苦労している状況だ。


 現状、私的な頼みをするのも躊躇われる。


(どうしても無理なら頼るとして、次点で誰だろう?)


 アイテム関係。相場に流行などに詳しいのはライターだ。


 彼は商売に関係する分野では手を抜かない。


 基本的な戦いや、楽しみ方を知っているのはブレイズだ。


 しかし、今回の一件――アンリの頼みには向いていない。


 オークたちは……マニアックすぎる。


 意外な知り合いなどもいそうだが、ポン助的に頼りたくなかった。


(そうなると……)


 最後の頼みは、これまたあまり頼りたくないそろりだった。






 希望の都。


 待ち合わせ場所に現われたそろりは、相変わらず全体を隠す恰好をしていた。


 アンリは堂々と感想を述べている。


「何こいつ? 全身黒でセンスゼロなんだけど。というか、なんで顔を隠しているのよ」


 ズバズバ物を言うアンリに、そろりが膝をついていた。


「にわかソロになんて酷い言葉を……今日はもうこのまま落ち込むから帰る」


 泣きながらログアウトしそうなそろりを引き留め、ポン助は事情を説明するのだった。


「と、取りあえず話を聞いてくださいよ。人捜しをしていまして――」


 イナホもリリィもそろりを慰めていた。


「ファイトですよ、そろりさん!」


「ほら、いつもみたいにやる気を出しなさいよ」


 渋々という感じでそろりが椅子に座った。


「もう、本当に一回だけにしてよね」


 ただし、イナホとリリィに励まされ凄く嬉しそうにしているのをポン助は見逃さなかった。


 レストランで飲み物を注文した五人は、そろりの話を聞くのだった。


「プレイヤーエリアって呼ばれている奴だよね? まぁ、運営が干渉出来ない場所を見つけて、そこでプレイヤーが荒稼ぎしている場所だね。悪い大人たちが干渉している話は噂で聞こえてくるけど……有名人のアバターは沢山いるよ」


 アンリはテーブルを叩いていた。


「そこに案内しなさいよ! 私のデータを使った糞野郎をボコボコにして洗いざらい喋らせて――」


 ただ、そこでリリィは気が付いてしまう。


「あら、それっておかしくない? 有名人の外見をしたプレイヤーが沢山いるのよね?」


 イナホが首を傾げている。


「何か変ですか?」


 ポン助も気が付いていないので、イナホと一緒に首を傾げていた。


「さぁ?」


 リリィは飲み物で口の中を潤してから話をする。


 全員に――というか、そろり以外に分かるように、だ。


「パパラッチ的な存在がパンドラにいるのも驚きだけど、そんな場所でよく似ているからって理由で調べるかしら? 私なら『良く作り込んだアバターだ』って思って終わりね。もしかしたら本人かも知れない、なんて客の妄想よ。むしろ、リアルを考えれば中身は男かも知れないのよ? 男性的にどう思う?」


 ポン助は首を横に振った。


「嫌です。遊べないです。でも、確かに変ですよね」


 たまたま詳しい人が杏里のアバターに気が付き、調べると――などというのがそもそも不自然だった。


 アンリは憤慨している。


「やっぱりあの女よ! あいつがあたしを売ったのよ!」


 イナホが慌ててアンリをなだめていた。


「お、落ち着いてください。まだ証拠はないわけで――」


 アンリが立ち上がってイナホを睨み付けた。


「あんたに何が分かるのよ! もう少しだったのよ。もう少しであたしは本当に芸能人になれたのよ。ただアルバイトでモデルをしているようなアマチュアじゃない。事務所が面倒を見てくれる本物のモデルになれたのに……それをあの女がっ!」


 アンリの気持ちに圧倒され、イナホが泣きそうになっているとリリィがクスクス笑っていた。


「何よ!」


 アンリに睨まれてもリリィは怯まない。


「その程度で潰れる人間が、芸能界や華やかな舞台でやっていけると思う? 断言するわ……どうせあなたはいつか潰れていたわよ」


 アンリはコップを手にとってリリィに投げつけるが、咄嗟にポン助が太く逞しい腕で防いだ。


 そろりが小さく拍手をしている。


「ポン助君、ナイス」


 アンリは肩で息をしていた。


「あんたらに何が分かるのよ……あたしにはモデルしかないのよ。ようやく認められる場所を見つけたの。なのに……なんでよっ!」


 泣き出すアンリに、ポン助とそろりがオロオロとしているとリリィが溜息を吐きつつそろりを見るのだった。


「それで、見つかりそうなの?」


 そろりはアゴに手を当てる。


「結論から言えば可能だね。でも、時間がかかると思うよ」


 アンリはそろりに詰め寄る。


「なんでもいいから早くしてよ」


「いや……だって、プレイヤーエリアなんて結構多いよ。それに、アンリさんだっけ? 君、レベル一で行ける場所なんて限られているからね」


 希望の都から慈愛の都まで行けるには行けるが、レベル一ではそれより先に進めなかった。


 イナホが少し上を見る。


「あぁ、それだと相手を殴るなんて不可能ですね」


 ポン助からすれば、プレイヤーエリアが沢山あるというのが信じられない。


「え? そんなにあるんですか?」


 そろりが頷く。


「希望の都にはないけど、それ以外には多いね。都市部にある場合もあるけど、外にもあるらしいよ。後ね、問題は時間帯だね。相手がいつログインしているのか分からないし」


 アンリが理解していない。


「……いや、だから全部回ればいいじゃない」


 そろりが困っている。


「いや、だからね。ログインする時間帯がね。それに、アバターを使っているプレイヤーがどこにいて、いつログインしているか分からないし」


「何日でも張り込んで見つけてやれば良いのよ!」


「何日も張り込めないよ! 頼むから分かって!」


 こうして、アンリに理解させるために四人は苦労するのだった。


 数時間後。


「つまり、調べる事は出来てもその……強くなれば良いのよね?」


 イナホが疲れた感じで頷いている。


「そうです。プレイヤーエリアやネットで相手を探しつつ、相手の時間帯が分かったところで捕まえれば良いと思います」


 ポン助はここで重要な事に気がついた。


(……そう言えば、見つけたとして捕まえられるのかな? 相手は怖い大人たちと関係がある、って言うし)


 しかし、やる気を見せているアンリにまた説明するのも難しく、面倒な説明をしても今度は一人で行動しそうで怖かった。


(……しばらく面倒を見ないと駄目かな)



 地下室。


 栗田はログアウトすると目を覚ました。


 起き上がると、座っていた椅子に中年男性が寄ってきてそのまま清掃作業に入る。


 柄シャツを着た男性が栗田に話しかけてきた。


「よぅ、随分と荒稼ぎしているみたいじゃねーか」


 栗田はニヤニヤしながら頭を下げていた。


「コツが分かってきまして。今日だけで十五万も稼いじゃいましたよ」


 話題になっている杏里のアバターを使っており、栗田にしてみれば稼ぎ時だった。


「これも本物に似すぎているって話題になったからですかね」


 稼いでいる栗田に、柄シャツの男はニヤニヤして事情を教えてくれた。


「似すぎているんじゃねーよ。本物の杏里のデータなんだよ」


 栗田が驚く。


「まぁ、どうせすぐにアバターを変更して貰うから言うけどよ。女同士の足の引っ張り合いって奴だ。あんまり言いふらすなよ」


 栗田が頷く。


 柄シャツの男も口が軽いわけではない。


 栗田が稼ぐようになって抜け出せないと分かり、親しくしてこれからも稼がせるつもりなのだ。


 栗田もなんとなく察しているが口に出さない。大事にしてくれるのならそれでいいし、働いているなら借金取りも家に来ない。


 稼いだ内から一割程度を受け取り、栗田は地下室を出て行くのだった。


 たったの二時間で一万円前後の金が手に入る。


 稼げる奴は数万円。


 栗田は、妙な気分だった。


(馬鹿女たちが体を売るわけだ。金なんて簡単に稼ぐ事が出来るんだな)



「この馬鹿女ぁぁぁ!」


 荒ぶるアルフィーが、手に持った黄金のショットガンをアンリに向けていた。


 悪びれる様子もないアンリが持っているのは槍だ。


 そろりに調査を依頼しつつ、ポン助たちはアンリに協力してレベル上げを行っているのだが――。


「いや、急に前に出てくるからでしょ。尻に突き刺したのは悪かったけど」


 引き金に指をかけ、問答無用で撃ち抜こうとするアルフィーをポン助が取り押さえている。


「アルフィー待って! マリエラも笑っていないで止めて!」


 槍がお尻付近に突き刺さって、アルフィーはなんとも言えない叫び声を上げた。


 ソレを見てマリエラは大笑いをしているのだ。


「だって、ピギュアァァァ! だって! アルフィーが凄く間抜けでさ。あ~あ、動画でも撮影しておけば良かった」


 アルフィーが暴れ出している。


「離してください、ポン助! こいつらを撃ち抜かないと……蜂の巣にしてやんよぉぉぉ!」


「うん、分かった。分かったから少し待って! アンリさん、謝って。アルフィーに謝って!」


 アンリの方は槍を膝に乗せかがみ込んでいた。


「この蝶、触れるんだけど。すげぇ~」


 蝶を手で触って感心している。


 いつもから自由すぎるアンリだったが、今日は何というか集中していなかった。


(なんだろう、悲しそうに見えるぞ)


 ポン助が気にかけるが、アルフィーの怒りは収まらない。


「……こいつ絶対に許さない」


 アルフィーが無表情でアイテムボックスから爆弾を取りだしたので、ポン助はそれを奪い取って遠くに投げた。


 凄い爆発音が聞こえ、爆風やら煙で周囲が見えなくなる。


 ライターたちが作った特別製の爆弾だろう。


「ポン助、離してください。私の大事な乙女心をこいつは……」


 押さえつけつつも、ポン助は呆れていた。


(いや、乙女って言うか……それに、僕も以前は背中に攻撃を受けていたんだけど)


 笑いすぎて泣いていたマリエラは、涙を指で拭う。


「あ~、笑った。それで、これからどうするの? アンリもレベルが上がってきたし、もう勤勉の都まで行けるでしょ」


 ポン助は溜息を吐く。


 掲示板などの書き込みから、そろりはアンリアバターのいるプレイヤーエリアを絞り込んでいた。


 可能性が一番高いのは勤勉の都にあるプレイヤーエリアらしい。


 ポン助は暴れるアルフィーを拘束するアイテムで縛り上げて転がす。


「あぅ……ポン助にこんな扱いをされるなんて。ちょっと嬉しい」


 アルフィーを無視して、ポン助は汗を拭う。


「ログイン時間が二十一時二十二時だから、その時間帯で調べに行きたいんだよね。でも、頼れそうなのがそろりさんくらいで」


 いつもと違う時間帯にログインするというのは、生活時間のサイクルもあって難しい。


 ポン助は対応出来るが、他の知り合いに頼れない。


 マリエラは少し体をよじる。


 可愛らしい仕草をしていた。


「わ、私も手伝おうか? ほ、ほら、ポン助一人だと大変だろうし」


「あ、私も――あだっ!」


 転がっているアルフィーをグリグリと踏みつけるマリエラにドン引きしつつ、ポン助はアンリを見るのだった。


「アンリさん、準備が出来たら相手と面会出来そうですよ」


 アンリは元気がない。


「どうしました?」


 ポン助が声をかけると、アンリは涙を拭っていた。


「アンリさん!?」


 慌てるポン助がオロオロしていると。


「私……もう、何もなくなっちゃった」


 ポロポロ泣き出す杏里を前に、ポン助やマリエラ――転がされているアルフィーも事情を聞いて唖然とするのだった。



 ――それは昨日の出来事だった。


 事務所に周りから聞いて集めた証拠を持ち、自分が潔白であると証明しようとした杏里は現実というものを知る。


 事務所にある部屋で告げられたのは、杏里にとって信じられない言葉だった。


「……え?」


 事務所の関係者は呆れている。


「言いましたよね? 事実なんて関係ない。大事なのはイメージだと」


 杏里がゲーム内で売春をしていたという噂が流れた。


 それ自体が問題であって、事務所としては本格的にデビューもしていない杏里を今後扱えないと言う。


「デビュー前に問題が起きた。これが全てですよ」


 杏里は視線を泳がせ、知り合い――ポン助の仲間たちから聞いた話をする。


「な、なら身体データ! 私がデータを渡していないなら、事務所に提出した奴が――」


 事務所の関係者は薄ら笑っていた。


「だから?」


「え?」


「どこで調べてきたのか知りませんが、そんな難しい言葉を使わない方が良い。だって栗原さん――いや、君って馬鹿だよね?」


 杏里はそれ以上話を続けられなかった。


 相手は馬鹿にした笑みを浮かべている。


「見てくれが少し可愛いだけで、君みたいなレベルの子は沢山いるんだ。分かるかな?」


 まるで子供に言い聞かせるように言うのは、杏里の学力などを知っているためだ。


 杏里の学力は低い。


 元から数値として低かった。


 昔から、杏里は周囲に「馬鹿だから」と言われ続けている。そんな杏里が見つけた頑張れる場所がモデルだった。


「で、でも――」


 すがりつく思いで声を絞り出すが、相手は笑っている。


「分かっていますよ。芸能界に入りたいから頑張ったよね。でも、そんなの普通だから。この先、ガードの甘い――しかも事務所の責任にするような子を囲っていられると思う? そもそも、データをどれだけ厳重に保管しているか知っているのかな? 君に言っても分からないかな~」


 力が抜ける杏里は、そのまま言い返すことも出来ずにいた。


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