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幻想と現実のパンドラ 作者:わい/三嶋 与夢

第五章

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アンリ

 モデル事務所。

 呼び出しを受けた少女は狭い部屋で苛立っていた。

 高校生でモデルをしている【栗原 杏里】は、髪をピンクブロンドに染めてメッシュを入れている。

 黒目が嫌でカラーコンタクトで緑色にしていた。

 半袖のシャツや短いスカートからは、肌の綺麗な手足が伸びている。

 女子にしては身長も高く、スタイルに気を使っているため腰も細くバランスも良い。

 容姿もモデルをしているだけあって自分でも可愛いと思っていた。

(腹が立つ。なんであたしがこんな目に遭わないといけないのよ。なんで私が――)

 テーブルの上に置かれているのは週刊誌だった。

 事務所の関係者が杏里を前に確認をしている。

「栗原さん、分かっていると思うけどこういう記事は印象が悪いわ。これから芸能界を目指すにしても、こんな噂があるとイメージに傷がつくの」

 個人としてのイメージよりも、事務所としてのイメージを気にしているような口調だった。

 週刊誌やらネットニュースには、話題になり始めた杏里がVRゲーム【パンドラ】で売春をしているというデマだった。

 杏里は強い口調になる。

「やっていない、って何度も言ったじゃないですか! ゲームなんかしないし、ようやくここまで来たのにこんな記事……デマですよ」

 パンドラ内で撮影された映像は、どう見ても杏里であると書かれていた。

 色違いの紙や瞳だが、その程度はゲーム内で簡単に変更出来る。

 何より、無駄に優秀な機械でスタイルを確認すると、本人と瓜二つ。

 誰かが真似たなどとは思えないと記事には書かれている。

 売れ始めた学生モデルが遊んでいると書かれては、事務所としても困った事になる。

 眼鏡をかけた男性が小さく溜息を吐いた。

「正直、犯罪じゃないとも言い切れない。違法な改造データで、やっているのは売春だからね」

 仮想世界。

 なんのデメリットもない世界で、体を売る事は法律で規制されていなかった。そもそも、パンドラが出てくるまでそこまでの技術がなかったのだ。

 精々、パンドラ内の規約違反行為である。

「あたしがやっているみたいに言わないでよ! なんであたしが――」

 事務所の関係者は杏里に冷たく言い放つ。

「先を目指すならもっと自分の身の周りは綺麗にするように言ったわよね? やったかやっていないかなんて関係ないの。そう思われているのが問題なの」

 杏里は目の前にある週刊誌を手に取ると、その場で滅茶苦茶に引き千切った。

 事務所の関係者は黙って見ている。

 息を切らし、杏里が俯いて座ると男性が口を開く。

「栗原さん……少し、仕事を休もうか」

 杏里は顔を上げられなかった。





 事務所の廊下。

 目の前を歩いてくるのは後輩のモデルだった。

 自分より数ヶ月前にモデルになったが、人気もあって杏里も注意を払っていた。

 杏里よりも清楚な感じの後輩は、杏里に近付くと笑っている。

「先輩、聞きましたよ。大変でしたね~」

 清楚な感じで売り出しているが、実際は腹黒かった。

(この女!)

「随分と耳が早いじゃない。もしかして、あんたがやったの?」

 後輩はわざとらしくとぼける。

 人差し指を唇に当てて、視線はどこか斜め上を見ている。

 その仕草や表情、声色が杏里の神経を逆撫でていた。

「なんの事か分からないで~す。でも……これで先輩も終わりですね」

 ニヤニヤする後輩を睨み付ける。

「あんたっ!」

「良かったですよ~。だって、先輩がいなくなれば、次に事務所が推してくれるのは私ですからね~。あ、もしかして怒っています? でも、私が何かをした証拠でもあるんですか~」

 競争の激しい業界である。

 こんな事は周りでも多かった。

 だが、目の前の後輩は悪質すぎた。

「あんた、私の身体データを売ったの?」

 ニヤニヤしている後輩は答えないが、体調管理やスタイル維持のために事務所に所属しているモデルは身体データを渡していた。

 事務所が厳重に保管しているデータのはずだ。

 後輩は杏里から離れていく。

「お前くらいの女が、夢を見られただけマシだろうが。もう、二度と会うこともないでしょうけど、先輩はこれから地味に頑張ってくださいね」

 後輩がクスクスと笑いながら去って行くのを見て、杏里は手を力の限り握りしめていた。

「……絶対に許さない。見つけてやる。必ず見つけてやる!」

 杏里の目はまだ諦めてはいなかった。





 学園の教室では、明人と陸が放課後の教室で話をしていた。

 これから二人ともアルバイトが待っているのだが、その少ない残り時間でたわいもない会話をしている。

 内容は、パンドラで何が話題だとか。

 そして明人のギルドの評判がいかに悪いか、などだ。

「お前らのギルド、悪質ギルドの一覧に載っていたぞ」

「……それ、公式の掲示板じゃないよね?」

「勤勉の都で暴れ回ったからな。情報屋も知り合いじゃなかったらもっと重い罰を用意したとか言っていたし」

 頭を抱える明人に、陸は笑っていた。

 荷物を持って教室を出る準備をする。

「それより、少しショックだよな」

 陸の言葉には心当たりがあった。

 ネットやら週刊誌で報じられた、人気が出て来たモデルの遊びについてだ。

 新手の売春だと連日取り上げられ、VR社会の問題が現実になりつつあるとコメンテーターたちが一斉に口にしていた。

(まぁ、見るからに遊んでいそうな感じだけど)

 そのモデルを見れば、確実に遊んでいると誰もが思うだろう。

 だから、世間の評価は「やっぱり」である。

 いくら本人や事務所が無関係だと言っても、色々と証拠が揃っている。決定的な証拠はないが、限りなく黒に近いグレーのようなものだ。

 男子たちからしてみれば、際どい衣装も多くこれから楽しみなモデルだった。

 応援していたアイドルが、彼氏どころか男と遊びまくっていたと知った感じでショックなのである。

「もう少ししたら、もっと活躍したかも知れないのにね」

 明人も荷物を持って教室を出る。

「だな。それより、明日からログイン出来るんだろ? なんでもいいから早く誠実の都に来てくれよ」

 陸に頼まれるも、明人は思う。

(流石に数日だと無理だよ)

 陸は溜息を吐く。

「二ヶ月あれば十分だろ? こっちで言う一週間くらい?」

 明人は苦笑いをしていた。

(なんか、パンドラが基準になっている言い方だな。まぁ、日数的には向こうが多いから仕方がないかもだけど)

 微妙に感覚がおかしくなっているのでは? などと疑問に思いつつも、明人は大人たちが解決してくれると安心していた。



 パンドラ――希望の都。

 リリィの背中を押して観光エリアに向かっているのはイナホだった。

「リリィさん、今日は沢山遊びましょう! お休みですよ! 休日が四日間になったんですよ!」

 嬉しそうなイナホの顔を見つつ、リリィは苦笑いをしていた。

「日本人は真面目すぎよね。根を詰めすぎても効率は上がらないのにね」

 急かすイナホは、久しぶりのログインとノルマのない休日にテンションが上がっていた。

 ちなみに、ログインしてパンドラ内では三日目である。

 前日の二日は、ライターの鬼のノルマを達成するために頑張っていた。

「それにしても、希望の都は久しぶりですね」

 イナホの感想に、リリィも同意するのだった。

「そうね。私は少し前までここが活動拠点で――」

 そんな二人が観光エリアに来ると、以前のイナホのように観光エリアのプレイヤーに絡まれているプレイヤーがいた。

 背は女性にしては高い。

 パーカーについたフードをかぶっており、顔は見えないがゲームを楽しむ恰好ではない。だからと言って、観光エリアのプレイヤーとも雰囲気が違った。

「はぁ? 杏里のアバター?」
「お前、違法データのことを普通堂々と聞く?」
「こいつ、きっと中身はスケベな中年親父だぜ」

 ポケットに手を入れているプレイヤーは、煽ってくるプレイヤーたちに手を出した。

 しかし、警告が表示され手が届かない。

「うわぁ~」

 イナホが観光エリアのプレイヤーにも、そしてフードをかぶったプレイヤーにも驚いてしまう。

「五月蝿いんだよ! さっさと知っている事を言えよ!」

 観光エリアのプレイヤーたちが舌打ちをする。

「知るかよ、馬鹿!」
「杏里なんて終わった有名人、周りもみんなアバターを切り替えるっての」
「そもそも、そこまで有名でもなかったし」

 吐き捨てるように言って去って行くプレイヤーたちを前に、たずねたプレイヤーは地面を蹴って八つ当たりをしていた。

 リリィが笑っている。

「随分と荒れているわね。イナホ、あなたは助けるの?」

 イナホを見れば、声をかけようとして一歩前に踏み込んでいるところだった。

「は、はい! 僕もリリィさんやポン助さんに助けられたので、こういう時こそ恩返しですよ!」

 ポン助にも、恩を返したいなら他の困っているプレイヤーを助けて欲しいと言われており、イナホは女性アバターに声をかけた。

「あ、あの!」

 だが、振り返ったプレイヤーの表情は、明らかに友好的ではない。

 オマケに声にドスが利いている。

「あぁ?」

 いきなりの相手の対応に臆病になり、腰が引けてしまうと後ろからリリィが近づいて来てフォローしてくれた。

「少し良いかしら? 話を聞かせて欲しい、ってこの子が言うからね」

 兎耳をぺたんとさせたイナホが、ガクガクと震えながら何度も頷いていた。

 プレイヤーはフードを脱ぐ。

 緑色の瞳に、ツインテールの髪は――綺麗なピンク色だった。ただし、まるで鳥の羽のような髪である。

「あ、バードガールだ」

 イナホの言葉に、相手は苛立っている。

「知らないわよ。良さそうなのがこれだったから選んだだけ。それより、あんたら栗原杏里って有名人知っている? 知っているわよね?」

 横暴な態度なプレイヤーに肩をすくめるリリィだったが、イナホは首を傾げるのだった。

「栗原……杏里? 誰ですか? リリィさん、知っています?」

 リリィも困惑していた。

「あのね、イナホ。貴方が知らないのに私が知っていると思うの?」

 二人の態度に腹が立ったのか、プレイヤーは近くにあった物を蹴る。しかし、破壊不可能なオブジェだったのか、蹴った方のプレイヤーが痛そうだった。

「あぁ、もう! いったいどうなっているのよ!」

 興奮しているプレイヤーを前にして、イナホとリリィは助けを呼ぶことに決めた。





 そこは雰囲気の良いレストランだった。

 ただし、雰囲気だけで味は良くない。

 店長は脱サラして退職金で無理をしつつも良い場所にレストランを出したが、中身が伴っておらず客が来ない設定らしい。

 そんなレストランで、ガツガツとポン助のお金で食事をしているプレイヤーは【アンリ】だった。

 ポン助は、アンリの話を聞いて少し泣きそうになる。

(丸二日間も希望の都をフラフラ歩き続けたとか……少しはチュートリアルやマニュアルを確認しようよ)

 人捜しをしており、そのために聞き込みをしているらしい。

 しかし、誰に聞いても上手く行かないようだ。

 イナホがポン助のお金でハンバーグを食べている。

「リリィさん、ハンバーグは外れです」

 リリィもポン助のお金でワインとチーズを食べていた。

「あら、奇遇ね。こっちも物凄く微妙よ。逆にここまで微妙だと再現した方に感心するわ」

 ポン助は思う。

(いや、いいんだけどね。たいした出費でもないし。それにしても、この人はよく食べるな)

 アンリはステーキなどの肉料理を次々に注文して食べていた。

 その程度でポン助の懐具合は痛まないが、感心する食欲だ。

 半ば、腹立たしいので当て付けのように食べているように見える。

「えっと、つまりログイン時間も分からず、おまけにどこの世界にいるかも分かっていない、と? それで人を探すとか無謀なんですけど」

 話を聞いたポン助は、どうやらアンリが、噂の杏里アバターを探していると知った。

(女性アバターだけど、もしかして中身は男性? なんで探しているのかな?)

 ネットで情報を集めればいいと言っても良いが、問題なのはアンリだ。

 ポン助の目は、正確にアンリのバストサイズからウェスト、ヒップを計測した。

 アンリは杏里そのものだった。

 肉を食べ終え、アンリは足を組んでポテトやらジュースに手を伸ばした。

「そんなの知らないわよ。ゲーム機とソフトを買って、ようやくログイン出来たのがこの時間だったし」

 悪戦苦闘したのだろう。

(なんか、ゲームに興味のない感じが凄く出ているな)

 観光エリアのプレイヤーでも知っているような事を、目の前の少女は何も知らないように見えた。

 事実、興味がないのだろう。

「栗原杏里を探している、なんて言ったら疑われますよ。今は噂になっていますし、それにほら……誤解されますよ」

 イナホやリリィもいるので控え目なポン助を前に、アンリは堂々としていた。

「あたしの体で商売した糞野郎をぶん殴ってやるのよ! そうしないと気が済まないわ。ついでにあいつとの関係も聞き出してやる」

 やる気を見せているのは良いが、ポン助は両手で顔を覆った。

(この人……杏里その人じゃないか)

 放置しても良いが、放置してしまうと大変な事になる気がするポン助だった。

「えっと、取りあえずマナーやらルールを学びませんか? 流石に……その……身バレが出来てしまいますし」

 アンリは首を傾げていた。

「なんでよ? というか身バレ? え、もしかしてあんたストーカー?」

 まったく分かっていない様子だった。

 リリィがイナホに耳打ちする。

「ねぇ、この子はアレかしら? 馬鹿なのかしら?」

「リリィさん、そんな事を言ったら駄目ですよ!」

 二人の発言に機嫌を悪くするアンリに、ポン助はそのまま数時間かけてマナーについて話をするのだった。

 身バレの危険性をアンリが理解したのは、本当に数時間の最後の方になってからである。

「え? SNSとか、そういう感じ?」

「まぁ、近いですけどね。特定出来ますから、変な事は言わないでください」

「はぁ!? なんで今の会話で特定出来るのよ!」

 ポン助は思った。

(あ、この人……馬鹿なんだ)
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