攻略
右手には黄金のショットガンを。
左手には黄金の剣を。
ドレス姿で森の中を走り回るアルフィーは、幹部である海賊の頭部に銃口を向けると引き金を引く。
剣を振り回して追加で攻撃を加えると、動きを止めた敵に対して蹴りを入れる。
アルフィーは基本的に剣も、銃も、そして体術もジョブとしては極めていない。
だが、持っている才能は他と違っている。
荒々しく戦いながらも、こうすれば勝てる――というのを感覚で理解していた。
鼻の大きな海賊は、アルフィーに向かって左手に仕込んだ大砲を向けて来た。
「このアマァァァ!」
顔を赤くし、憤慨している表情はリアルだった。
アルフィーはステップを踏むように避けて、転がる。
後ろで待機していたパーティーに、ギルドメンバーたちが次々に攻撃を叩き込んでいく。
「ほらほら、遅すぎますよ!」
特化型ではないが、そのプレイヤースキルなどでボスを圧倒している。
課金装備の効果も大きいが、それを扱うプレイヤーの力量も大きかった。
剣を一振りすると、三回も攻撃がヒットする。
次にスキルを使用するまでの繋ぎにショットガンを使用し、蹴りを入れてスキルを叩き込む。
流れるような動きだった。
弓矢を構えたグルグルが、矢を放つとアルフィーがまるで後ろの目でもあるかのように避けてしまう。
「アルフィーの姉ちゃん凄ぇ」
グルグルが驚いていると、シエラが杖で頭を叩く。
「ちゃんと謝りなさい!」
ナナコや前衛のプレイヤーたちが、戦っているアルフィーを見ていた。
「アルフィーさん、本当に強いんですね」
感心するナナコに、アルフィーはバックステップでボスと距離を取る。
急いで次の前衛がボスと戦うために挑むのだが、アルフィーと違って動きが悪かった。
「疑っているとは思いましたが、随分と失礼ですね。これでもプレイヤー歴は一年――ゲーム内ではその倍ですよ」
途中、体感時間に変更があるが、それでもゲーム内で過ごした時間は一年ではない。
三年から四年――これから更に長くなっていく。
アルフィーのように才能があれば、ゲームに慣れていくなど当たり前だった。
シエラがアルフィーに回復と、補助魔法をかけながら疑問を口にした。
周囲では、ボスと戦いつつ、味方の援護やら道具を使っている。
ただ、新人が多く雰囲気に慣れていない。
連携が取れていなかった。
「アルフィーさん、もしかして攻略組というか、トッププレイヤーになれるんじゃないですか?」
それだけの才能を持っているような気がしていた。
しかし、アルフィーは否定をしてショットガンを肩に担ぐ。
「それになんの意味が? 私は楽しく遊びたいだけですからね。流石にゲームのために人生を捧げるなんて――」
そこまで口にして、アルフィーは気が付く。
(このままいけば、人生よりもこちらで過ごす時間の方が長くなりそうですね)
リアルのためのヴァーチャルではなく、ヴァーチャルのためのリアルという価値観を持つ人間が増えるのも理解出来るアルフィーだった。
ブレイズたちパーティーは、海賊幹部を撃破すると鍵を手に入れる。
幹部たちが使っていた砦には、相応のアイテムや財宝が蓄えられていた。
財宝自体はアイテムとして見栄えだけ。
売り払えばゲーム内の通貨に換金出来るだけのアイテムだ。
しかし、黄金やら宝石など、生々しい魅力を持っている。
仲間の一人が金貨を手にした。
「なんていうか、これをリアルに持ち込めたら大儲けだよな」
手ですくい上げ、落すとリアルな触感と音がする。
ブレイズは呆れつつも、その中の一つを手に取った。
「そうだな。それにしても、随分と作り込んでいるよな。前は宝箱を開ければ表面に触れる程度だったのに」
リアルを追求していくために、様々な物がリアルになっていく。
傷ついたときの感触。痛み。熱。
骨が折れたときの痛みなどは、随分とゲームなので和らいでいるが不快でもある。
仲間たちがアイテムなどを確認していた。
「これ、レアアイテムですけど、俺たちで貰って良いんですか?」
砦にある物は、基本的にそのパーティーで分配されることが決まっていた。
ギルド全体の報酬は、あくまでも海賊島の宝である。
「あぁ、構わないよ。取りあえずいったん集めて、分配になるけど……アイテムでも素材関連は渡した方が便利なんだよね」
自分で作りたい武具や道具があれば別だが、基本的に関係ない素材などはライターたちに渡せば良かった。
仲間たちが少し考えている。
「なら、換金して分配する?」
「拠点に戻ってから分配した方がいいな」
「欲しい素材もないからな」
ブレイズは、素材の一つを手に取った。
(欲しい連中からすれば、リアルマネーを使ってでも欲しい素材なんだけどな)
ただ、自分たちには必要ないだけ。
(そう言えば、最近はポイントで直接取引をしている連中もいるらしいし、この手の問題はなくならないか)
課金する際に、プレイヤーはポイントを購入している。
購入したポイントでアイテムなどを手に入れるのだが、そのポイントをやり取りするトレードが増え始めているのをブレイズは思い出す。
ブレイズ自身、欲しい素材があるとリアルマネーで解決したくなることも多い。
(少し前の自分を見ているような……いや、なんだか過激になっている気がするな)
フラン、ノインのいるパーティーは、海賊の幹部を前に一度全滅していた。
戻って来た二人を中心に対策を練るわけだが、失ったレベルが痛い。
フランはヘルムを脱ぎ、そして髪を揺らす。
「ノイン、もっと全体をカバーしろ」
「突撃するフランちゃんがそんな事を言うの? 一人だけ前に出たのも悪いと思うけどね。というか、フランちゃんはボスと相性悪くない?」
海賊の幹部は魔法主体の戦いをするタイプだった。
一概に戦士系のフランが苦手手も言い切れないが、戦い方やら装備から不利であるのは事実だった。
「お前のサポートで五分に持っていけるはずだったんだ。それにしても外れだったな」
元から、島のどの場所にどの幹部がいるのかはランダムである。
他のボスなら問題ないのに、一番嫌な相手と当たってしまった思うフランだった。
ノインも杖を持ってふて腐れている。
「ポン助君を呼ぼうよ。絶対に私たちだと不利だって」
フランとしても魅力のある提案だが、ポン助に迷惑をかけるのも嫌だった。
「お前の場合、ポン助“さん”と一緒にいたいだけだろうが。どうしても呼ぶなら、お前が拠点の守りをやれよ」
ノインが青く長い髪を振り乱してフランに掴みかかる。
「フランちゃんの意地悪! そうやって私を悪者にしてポン助君と二人っきりになるつもりね! 絶対に許さないんだから!」
「離せ! 大体、いつもお前は――」
二人で言い争いを始めるのを、仲間たちが困ったように見ていた。
「まただよ」
「あの二人、最近特に酷いな」
「このままだと他の連中の迷惑になるし、対策でも考えようぜ」
「一度死んで、対策された武器もあるからなんとかなるかな?」
「うちの職人、腕は良いから頼りになるよな。こういう時だけな」
「じゃあ、魔法に耐性ある奴が前に出て――」
言い争う二人を置いて、他のメンバーが作戦を立て無事にボスを倒すのだった。
幹部たちを倒し終わったギルドメンバーたち。
だが、フランとノインが砂浜に正座をさせられている。
その様子をイナホが見ていた。
「……あの二人、なんか正反対ですね」
ポン助に怒られて悲しむノイン。
ポン助に怒られ嬉しそうなフラン。
プライ率いるオークたちは、そんなフランを見て議論をしている。
「彼女はこちら側だと思うか?」
「少し違う気がするな」
「どちらでもない気がするな」
「悩むな。ポン助君次第?」
「……またポン助か」
「これ、やっぱり引き寄せていません?」
普段通りろくでもない会話をしていると思い無視をするが、他のメンバーはボス戦も終わり、モンスターも出てこなくなったので休憩中だ。
ゲーム内で肉体的な疲れはないが、それでも精神的には疲弊する。
イナホは周囲を見る。
全員、今日は砂浜で騒ぎたいのか色々と準備をしていた。
「海賊の宝も手に入れたし、流石にもう今日は色々とつかれたかな」
背伸びをすると、自分の長い兎耳に手が触れる。
それを、不思議と違和感なく受け入れていた。
リリィが声をかけてくる。
「随分と手の込んだ割に、最後は呆気なかったわね。ここでもう一捻りあれば面白かったのに」
イナホは苦笑いをする。
「流石にもうヘトヘトですよ」
海賊島の宝は、島の中心部に隠されていた。
鍵を使うと山の中に入り、そしてそこには湖があった。
海賊たちの宝は、そんな湖の中に山のように隠され、一番大切なギルドアイテムは石像が持っていた。
まぁ、数日がかりで島に到着。
そこから海賊たちを攻略するのに丸一日。
宝箱のある場所まで移動して、回収するところは全員で参加したので少し時間もかかった。
「百人近くで大移動だから、探検というか観光だし。雰囲気がないわ」
リリィの駄目出しが続く。
「まぁ、仕掛けとか演出とか面白かったですけど、確かに盛り上がりには欠けますね。でも、あそこでボス戦があると戦えるかどうか……」
素直に言うなら、これ以上のイベントは疲れるというのがイナホの気持ちだった。
だが、リリィは肩をすくめる。
「意外と楽しかっただけに、余計にそういう部分が気になるのよ。こういうの、どうやったら改善して貰えるのかしら?」
随分とゲームを楽しんでいるように見えるので、イナホは嬉しく思った。
「運営に報告ですね。要望は……あ、ステータス画面のここで……」
空中にステータス画面を出して、イナホが説明をする。
リリィはすぐにステータス画面を確認。
その画面は英語表示だった。
(あ、リリィさんってやっぱり海外の人なんだ)
リリィが真剣に要望書を書き込んでいる姿を見つつ、イナホは砂浜の向こう――夕日を見ていた。
砂浜に座って夕日を見ているプレイヤーたちも多い。
(綺麗……本物もこれだけノンビリ見た事がないのに)
よく考えると、海に行った経験も数えるほどしかなかった。
眺めていると、美味しそうな匂いがしてきた。
「……あ、ソースの匂い」
フラフラとそちらに向かえば、料理スキルを持っている料理人たちが色々と作っている。
マリエラも腕を振るっていた。
夕日からそちらにプレイヤーが集まると、徐々に宴会のような雰囲気になってくる。
今日が終われば、ここにいられるのも残り僅か。
戻って一日か二日、休日があって……。
(あ、あれ? なんだろう……なんかおかしかったような)
ふと、イナホは考えてしまった。
また一日経てば、戻って来られる、と。
◇
学園。
明人は海賊島の攻略を終えたが、現実ではただの高校生だ。
朝から授業に出て、クラスメイトと顔を合わせてくだらない話をする。
教室では、誰かの端末に海外の有名女優の水着姿が映し出されている。
「海外の女優? 過激だね」
明人が言うと、クラスメイトの男子が自慢してくる。
「最近有名なんだぜ。スタイルも顔も良いし、演技も凄いんだ。昔の映画ばかり観ているお前には分かんないだろうな」
陸がそんな男子からタブレット端末を横取りして、画像を見る。
「へぇ、美人だな。というか、本人は良いよ。本人は、な。観光エリアで同じ顔が増えてきているし、見ていて不気味だぜ」
男子が陸からタブレット端末を奪い返す。
「人気だから仕方ないって。でも、みんな作り込みが微妙だから不気味に見えるんだよ。えっと……ほら、この人!」
そこには、パンドラ内で撮影されたリリィの姿があった。
海賊装備に身を包んで、撮影に応じている。
陸がアゴに手を当てた。
「……へぇ、これは凄いな。作り込みが半端じゃない」
違和感がない、というのはゲームでも難しい。
その中で、リリィは作り込みが凄かった。
(海外の人らしいし、こういうのが得意なのかな?)
男子は溜息を吐く。
「でもさぁ、この人のログイン時間って割とマナーの良い時間帯でさ」
陸が少し表情を曇らせた。
(なんだ?)
明人が聞こうとする前に、男子が続ける。
「二十二時くらいでログインしてくれるといいのに。そうすれば【MOD】で楽しめるんだけど」
MOD――モッドは、ゲーム内容に新たに付け加える改造データのようなものだった。正確には、新たにデータを加えるものだ。
陸があまり面白そうではない。
「程々にしておけよ。アカウントごと消されるぞ」
男子がニヤニヤしている。
「青葉も鳴瀬も、こっちの時間帯に来れば良いんだよ。面白いぜ」
陸が男子から離れていくので、明人もついていく。
明人が気になったので聞いてみた。
「改造データとか不味いよね?」
しかし、陸も困った顔をするばかりだ。
「ゲームバランスを崩す類いじゃないからな。まぁ、気持ちは分からなくもないが……」
歯切れが悪かった。
「どんなMOD?」
陸は明人に向かって少し笑って答える。
「接触禁止解除コードなんだけど……まぁ、簡単に言うならエッチ関係」
明人は顔を赤くして、唖然とするのだった。
ソレを見て陸が笑っている。




