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引き寄せ

 中学校の進路指導室。


 奏帆は担任の教師と向かいあい座っていた。


 長テーブルを二つ並べた机の上には、特待生として奏帆を欲した学園の資料が置かれている。


「確認をしてみたら、本当に伊刈を特待生として受け入れるつもりのようだ。規模が大きくなっているようで、そうしたクラスが欲しかったらしい」


 他県。しかも随分と遠い。


 だが、学費の免除に加えて生活費まで出してくれる。


 いずれ才能のある生徒たちを集めるまで、試験的にクラスを運用する考えのようだ。


「なんか、誰でもよかった感じがありますね」


 奏帆は少し悲しい気分になるが、担任教師はそれでも進学を勧めた。奏帆の家庭事情をしていたからだ。


「それでも学費に生活費も出るからな。本当に才能のある子たちは、実績のない学校は怖くて進学しない。そのために必要だと思われたんだ。いいじゃないか。設備も揃っているし、伊刈の学力だと少し心配だけどな」


 平均より少し良い学園。


 奏帆にしても、学力差がありすぎるのは勘弁だ。


「……ここに進学します」


「考えようによっては悪くないぞ。お前は学園の出すお金で勉強出来て、部活も続けられるんだから。頑張ってこい」


 話が終わると、奏帆は受験から解放された事で安堵する。


 一度、その学園に出向いて面接を受ける話もあった。


 慌ただしく、入学の一ヶ月前には引っ越しもしなければいけない。


 進路指導室から出て、教室へと向かう途中……外の景色を見るとどうにも現実とは思えなかった。


「なんかアッサリ終わったな」


 色々と考えていたのが馬鹿らしくなった。


 朝から悪戯か、それとも何かの間違いか?


 そればかり悩んで教師に相談したのだが、結果は驚くほどに普通。


 奏帆の記録を見て、特待生枠として募集してきただけだった。


 少し遠い県だが、地元や周辺からは集まらなかったらしい。


 受験で苦労する必要もない。


 そう思えば楽だったが、急に肩の力が抜けてきた。



 希望の都。


 酒場ではイナホが、マリエラを掴まえて愚痴をこぼしている。


「酷いと思いません? 数合わせですよ、数合わせ。能力的に微妙だから拾われたとか笑えないですよ」


 母にも言っていない本音。


 高校出も部活が出来ると聞いて、母が喜んでいたので愚痴は言えなかったのだ。


 小さなテーブルを囲むイナホとマリエラの二人。


 その周囲では、ギルドメンバーが劇について語り合っている。


 ライターがどうしても欲しいレアアイテムがあるのか、張り切って計画を練っていた。


「十位以内! 四位以下! これで欲しいアイテムが手に入るんだ。ポン助君、頑張ろうよ! やれば出来るって!」


 やる気を見せないポン助を、生産職のプレイヤーたち取り囲んでいた。


 中心人物であるライターの気質か、それとも類は友を呼ぶのか……自分たちの欲望に忠実なプレイヤーばかりである。


 ポン助はライターの注文に呆れている。


「上位を狙わないとかどういう事ですか? まぁ、でも――今のままだと厳しそうですね」


 作品の応募数が既に百作品を超えているのだ。


 レアアイテムの効果は凄まじく、作品数はまだ増えていくと思われていた。


「ギルドマスターがやる気を見せないでどうするのさ! ポン助君、もっと熱くなろうよ!」


「いや~、きついっす」


 仲間同士で揉めているところを、チラチラとマリエラは見ていた。


「マリエラさん、聞いています?」


「聞いているわよ。けど、あんまりそういう話をゲーム内でしない方が良いわよ。あんた、私がその気になれば特定出来るからね」


「……え?」


 色々と固有名詞などは隠していたのに、どうして特定出来るのか不安になってきたイナホは口をパクパクとさせている。


「で、でも、そこまで詳しく言っていないですし」


「特待生枠には入れる奴で、他県の遠いところから来た、って結構絞り込めるわよ。それに新入生でしょ? あんまり口が軽いとリアルバレするから気を付けなよ。それにしても、ポン助の奴は絡まれているわね。少し行ってくるわ」


 立ち上がってポン助のところに向かうマリエラの背中は、どうにも楽しそうに見えた。


(マリエラさん、もしかしてポン助さんと? う~ん、でもゲーム内だけの関係だと思うし)


 ゲーム内に詳しくないイナホが悩んでいると、今度は目の前に金髪でドレス姿――アルフィーが座った。


「楽しんでいますか、イナホさん!」


 ジョッキでジュースを飲んでいるはずなのに、アルフィーのテンションは高かった。


 イナホは苦笑いをしてしまう。


(この人、ちょっと苦手かな)


 初めての出会いでは、オークを水責めしている姿を見た。


 二度目はオークたちに鞭を振るい、ポン助に連れ出されているところだった。


 性格も騒がしく、トラブルメーカーのような気がしていたのだ。


 そんなイナホの気持ちを察したのか、アルフィーはニヤリと笑みを浮かべた。


「もしかして、私のことをただの変態だと思っていませんか?」


「い、いえ、そんな事は」


 嘘である。


 女王様と呼ばれ、鞭を振り回しているアルフィーを変態だと思っていた。


(面倒見の良いマリエラさんと違って、やっぱりどこかおかしいし)


 そんなイナホに、アルフィーは大きな胸の下で腕を組む。


「分かっていませんね。きっとマリエラのことを面倒見の良いお姉さん、なんて思っているのでしょうが……うちのギルドであの女より酷い奴はいませんよ」


「え?」


(いや、それは流石にないというか)


 こいつ何を言っているんだ?


 そんな事を思っていると、アルフィーが後ろを指差す。


「見なさい。ポン助の手にくっついて頬を染めたメスの顔をしています。あの女は悪女ですよ」


「いや、流石に言い過ぎですよ。マリエラさんは、私のために色々と教えてくれた良い人ですよ」


「それは間違いです。ポン助と一緒に行動したいから、貴方を利用したに過ぎません。ほら、そのまま後ろを見てみなさい」


 イナホがアルフィーに呆れつつも振り返ると、そこにはポン助の胸倉を掴むオークの姿があった。


「ポン助君! 君は一人だけご褒美を貰って恥ずかしくないのか!」


 どうやらポン助がドMたちを刺激するご褒美を受けたようだ。


「そもそも恥ずかしいのはお前らだよ!」


 言い返すポン助に、オークたちのリーダー格が震える。罵声を浴びせられたのが嬉しかったのだろう。


「くっ! そうやって私たちを喜ばせ、追求から逃げられると思うなよ」


 周囲ではオークたちが「そうだ、そうだ!」「もっと言え!」「もっと罵って!」などと野次? を飛ばしていた。


「そもそも、君ももっとオークとしてご褒美を喜ぶ――おふっ!」


 すると、オークリーダーであるプライの脇腹にマリエラが無言で鋭い蹴りを放った。


 ブーツがオークの脇腹に突き刺さったように見えると、周囲にプレイヤーへの攻撃と判断されたのか警告が一斉に表示される。


 鋭い蹴りに、プライが苦しそうに倒れながら嬉しそうにしていた。


「やだ、ちょっと怖い」


 本音がこぼれたイナホに対し、アルフィーは。


「まだまだ。マリエラはここからですよ」


 すると、マリエラは倒れたプライに追撃をかけるのだった。


 ブーツでスタンピング! ついでにグリグリと容赦なく踏みつけている。


 表情は笑っていない。


 マリエラは美人顔なので、無表情で攻撃を加え続ける姿には周囲も恐怖を覚える。


「私が――いつ――お前たちにご褒美をやるかなんて――決まっていないでしょ?」


 言葉の合間に、蹴りを入れ、踏みつける。


「ご、ごもっともで――あ、そこっ!」


 プライが嬉しそうにしている光景も恐怖を誘った。


 周囲は「またか」という顔をして、止めに入ろうともしない。


 近くにいたナナコ、グルグル、シエラのグループにイナホが助けを求める。


「さ、三人とも、止めなくて良いの?」


 アルフィーは楽しんでいたので、声をかけても無駄だと思ったのだろう。


 まともそうなブレイズや、ノインにフランは酒場のステージで音楽を演奏し歌っていた。


 ノインが何気にポン助に向かってラブソングを歌っているのだが、当の本人であるポン助は聞いていなかった。


 少し憐れみを誘っている。


「マリエラ、もう止めてよ。警告の表示が凄い事になっているんだけど!」


 ポン助に止められ、ようやく足での攻撃が止まった。


「わ、分かったわよ」


 ポン助に両肩を掴まれプライから引き離されたマリエラの顔は、少し赤かった。


(……どうしよう。まったくときめかない)


 少女漫画で主人公が憧れの相手にキュン! としている光景なのに、その前の光景が酷すぎて共感出来なかった。


 グルグルがその状況を見て。


「いつもこんな感じだぜ。でも、ポン助の兄ちゃんが止めれば止まるし」


 シエラが少し不満そうにしていた。


「ポン助さん、羨ましいです」


 シエラはマリエラに憧れを持っているのだろうが、イナホは既に幻滅しつつあった。


 ナナコは苦笑いだ。


「ちょっとおかしいらしいですけど、皆さんいい人たちですよ」


 イナホは言わずにはいられなかった。


「ちょっと! これがちょっとなの!?」


 内心「パンドラって怖い」と思ってしまうイナホに、アルフィーが語りかけてくる。


「分かりましたか? 私より酷いのがマリエラです。あいつは悪女ですよ。悪女」


 グルグルが横で「アルフィーの姉ちゃんも酷さじゃ負けてないぜ」と言っているが、アルフィーは無視していた。


「私は誰にでも暴力を振るいません。あんな狂犬女とは違うんです。それはそうと、観光エリアで迷子になったと聞きましたが?」


 イナホは初日のことをアルフィーに話す。


 すると、嬉しそうに頷いていた。


「それは勿体ない。観光エリアを案内しましょう」


 後ろではシエラがグルグルやナナコに説明している。


「ほら、アルフィーさん、明日は一人で寂しいから」


 ナナコが納得している。


「ポン助さんもマリエラさんも予定がありますからね」


 劇関係の手伝いで、二人が駆り出されるのでアルフィーは暇だった。


 イナホがアルフィーを見る。


「……もしかして、暇つぶしですか?」


 綺麗な金髪の髪を手でかき上げ、ポーズを決めるアルフィーは堂々と言うのだ。


「それが何か?」


 黙っていれば美少女なのに、これ程までに残念な人も珍しいと思うイナホだった。



 パンドラの運営をしている会社の本部ビル。


 情報屋がパソコンの画面を前にしてニヤニヤしていた。


 そこには、イナホがアルフィーと観光エリアで遊んでいる光景が映し出されている。


 録画だが、その様子を楽しそうに見ていた。


「なんの接点もない学生に接触させてみたが、面白い結果になった」


 イナホへ間違えて届けられたVRマシン。


 その後、ポン助たちと接触するように調整したのだが、その結果は情報屋も驚くほどだった。


 セレクターは周囲の身近な人たちと、ゲームで接触しやすい。


 これは色々と調べた結果、ほとんど間違いなかった。


 逆を言えば、関係ない人間と関わるとどうなるのか?


 そうした興味からの実験だったのだ。


 たった一日のログインで、本来なら特待生になれなかった少女は――明人のいる学園に入学する事が決まった。


 学園の関係者が奏帆に目をつけたのだろうが、それでもこれを偶然とは思えなかった。


「人工的にセレクターを作り出す計画は順調そうだね」


 全ては仕組まれ、そして観察されていた。


 情報屋は朝からピザを口に運び、それを食べながら奏帆のアバターであるイナホの顔を見ていた。


「さて、イナホちゃん……君はどう染まっていくのかな」


 大型アップデート前のメンテナンスを控え、情報屋はこれから楽しくなると確信していた。


「セレクターの皆さん、本番はここから……楽しんでくださいね」


 ピザを乱暴に口の中に押し込み、それを音を立てて情報屋は食べていた。






 新学期。


 明人は二年生に進級すると、代わり映えしないクラスの面子を見ていた。


 二十人ばかりの生徒。


 去年と違いがあるとすれば、摩耶が委員長に選ばれていないことだろう。


 真面目そうな男子がホワイトボードの前でクラス委員を決める話し合いを仕切っている。


 ただ、そこにも摩耶の名前がない。


「えっと……それではこれでクラス委員は全て決めました。それぞれ、責任もって委員の仕事に励んでください」


 友人の陸が、明人に声をかける。


 体の大きな不良みたいな友人は、面倒見が良くクラスでも人気者だ。


「なぁ、お前らイベントに参加した?」


 明人は少し考え、それがプレイヤーイベントであるとすぐに理解する。


「動画の奴だろ? したよ。みんなレアアイテムって五月蝿くてさ。まさか一位になるとは思っていなかったよ」


 ライターが凄く悲しんでいる姿を見た明人は、少し笑っていた。


「一位? マジかよ。後で動画をチェックするわ」


 最終的に、まとまらないならコメディ風に仕上げてしまえと明人は考えた。


 木こりが一人なのに、女神が池から沢山出てくる。


 それぞれ金の斧と銀の斧を猛アピールして、木こりに貰って貰おうとするのだ。


 だが、最後に木こりが選んだのは自分の斧だった、という感じにまとめている。


 女神を誰にするかで揉めていたが、結果的に良かったと思う明人だった。


 ホームルームが終わると、すぐに摩耶がやってきた。


 一年生の時には信じられない光景だが、周囲はもう慣れたのか気にもしていない。


「ねぇ、明人。私、生徒会の仕事があるから暇なときは手伝ってね」


 頼み込んでくる摩耶に、明人は露骨に嫌な顔をした。


「委員長――じゃなかった、市瀬さん。俺、バイトもフィットネスクラブもあるからね」


「暇なとき、って言ったじゃない」


 強引な摩耶に、陸が呆れていた。


「新学期早々にイチャイチャしないでくれる」


 摩耶は陸に「ごめんね」と言いつつも。


「でも、春休みは青葉君もデートを楽しんでいたし、見せつけられた方としては勘弁して欲しいわね。それに、相手は大人の――」


「委員長。いや、生徒会役員様。どうぞ明人をこき使ってください」


 友人を売ってそれ以上先を言わせないようにした陸に、明人は肩を掴む。


「お前、人に色々と言っておいてどういう事だよ!」


 新学期、明人たちの学園での生活も新しく始まっていた。


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