勝者は誰だ
ホワイトクリスマス。
明人は映画を見終わると、終電を逃してしまった。
事前に上映時間を調べておかなかったせいだ。
ホテルのレストランで食事をする明人、摩耶、八雲の三人は、今日はホテルに泊まることになった。
「委員長、ごめんね。このホテル、きっと値段も凄く高いよね?」
摩耶が受付で部屋を取りたいと頼み、一部屋空いていると言われ泊まることができた。
この日に部屋が空いているなど奇跡である。
なのに、摩耶は「気にしないで」と言うのだった。
「本当なら二部屋が良かったんだけどね。私こそごめんね」
八雲も肩をすくめている。
「一部屋でもありがたいわよ。食事が終わったら部屋に行きましょうか」
ホテルで女性と泊まる。
考えた明人は顔を赤くする。
八雲がからかってくる。
「何を想像したのかしら?」
「え、いや、あの! ……別に」
あわよくば童貞を卒業出来るかも知れない! そんな青少年の淡い期待に胸を躍らせないほど、明人は大人ではなかった。
摩耶もからかってくる。
「明人って大胆ね。まぁ、それはいいとして、そろそろ食後のコーヒーが来るわね」
二人から顔を逸らし、顔が火照っているのが自分でも分かる明人は話題を逸らす。
「そう言えば、ホテルのコーヒーは高いって聞いたけど? 委員長に全部支払いをして貰うのも気が引けるから、僕も――」
僕も支払おうか?
そんな言葉は、摩耶に遮られるのだった。
「ここ、知り合いのコネがあるから平気よ。支払いもそっちに任せるわ」
八雲が驚いていた。
「あんたも酷いわね」
「いいのよ。ここを利用しなさい、って言ってくれたのもその人だし。だから、気にしないで楽しみましょう」
明るい会話。
オフ会の時とは違い、楽しい時間が過ぎていく。
(終電を逃したときは焦ったけど、楽しく過ごせて良かったな。でも、何か引っかかるような――)
明人が疑問の答えに辿り着く前に、食後のコーヒーが運ばれてくる。
全員が同じだった。
明人はシロップやミルクを入れて甘くする。見れば、二人も同じようにミルクを注いでいた。
ブラックで飲まれたら子供扱いを受けるかも、などと思っていたが大丈夫だった。
(はぁ、今日はドキドキして眠れないかも知れない)
コーヒーを見ながら、そんな事を考える明人の考えはシロップとミルクを入れたコーヒーよりも甘かったのだった。
八雲が声を出す。
「あれ、あの人――」
八雲はミルクを入れつつ睡眠導入剤をコーヒーに入れる。
(落ち着け、意識を逸らして入れ替えれば問題ないわ)
チャンスを待つ八雲は、モニターにはニュース番組が放送されているのを見た。
(あれは――!)
「あれ、あの人――」
モニターの方に全員の視線が向かう。
明人は素直にモニターの方へ視線を向け、摩耶の方は少し焦っていた様子だった。
モニターに映っているのは、パンドラの運営会社の社長になった情報屋だ。ゲームではスレンダーだったが、現実では随分と不健康そうな体付きをしている。
女性アナウンサーの質問に答えている。
『それでは、パンドラのサービス再開は一月からで間違いないと?』
『えぇ、そうです』
『一部では確認が不十分ではないか? などと声も上がっていますが?』
『それは違いますね。不要なデータを取り除いた事でこれまでゲームに負荷をかけていたものが取り除かれましたから。単純に言えば、悪い部分を取り外せば問題はありません。取り外した方の調査はもちろん続けますよ』
パンドラはVRゲームの代名詞になりつつある。
そのため、集まる料金に関しても桁違い。
運営としては早くサービスを再開したいだけだと、週刊誌やネットニュースでは書かれている。
八雲は摩耶に注意を払いつつ、カップを入れ替えた。
モニターでは、女性アナウンサーに鼻の下を伸ばしている情報屋の姿が見えている。
明人は真剣にモニターを見ており、八雲は明人のカップを見ると手を伸ばした。
今日の映画で、恋人同士が自分たちのカップを交換してコーヒーを飲んでいる場面を思い出してのことだった。
頬を赤らめる八雲は、明人のカップを大事そうに両手で持つ。
『一月からのサービス再開にはなんの問題もない、との事でしょうか?』
『もちろんです。これまで以上の仮想世界体験をお約束しますよ』
情報屋の話を聞きつつ、摩耶は入れ替えたカップを八雲が口にするのを横目で見て内心でガッツポーズを決めるのだった。
(よしっ! これで邪魔者は消えたわね。後は、もうしばらくしてから部屋に向かえば大丈夫)
先程、途中まで睡眠導入剤を入れているところで、八雲が声を出して驚いた。
しかし、無事にコーヒーに混入させ、ついでに明人のカップとも交換して見せた。
二人とも危ない領域に進み始めている。
摩耶は自分のコーヒーを飲みつつ、八雲に微笑むのだった。
八雲も微笑んでいる。
(もう勝負はついたのよ。残念ね、お馬鹿さん)
勝利を確信した摩耶は、明人の方を見るのだった。
明人もコーヒーを飲んでいる。
「あ、味が分からないや」
高級なコーヒーの違いなど分からないと言っている明人を、摩耶は微笑みながら見ていた。
「すぐに分かるようになるわよ。また一緒に来る?」
明人が戸惑っていると、八雲も割り込んでくる。
「あら、いいわね。明人、一緒にまた来ましょうよ」
二人の言葉を直訳すると「今度は邪魔者抜きで遊びに来ましょう」だ。だが、明人にはまったく通じていなかった。
純粋なのか、二人を信じ切っているのか笑顔だった。
「そ、そうだね。出来れば余裕がある時に」
金銭的な問題を口にする明人。
摩耶は思った。
(大丈夫。またすぐに二人で来る事になるわ)
取りあえず、純に立ち会って貰いつつ父親に紹介することまで頭の中で考える摩耶はコーヒーを飲むのだった。
いつも以上に美味しく感じるコーヒー……。
特別な日、ホワイトクリスマス、そして互いに牽制し合う中。
少しエッチな映画の影響もあってか、二人は暴走気味だった。
普段ならしないミスを――明人のカップに手を出すというミスをしてしまったのだ。
十分後。
エレベーター内で、八雲は頭を押さえていた。
明人が心配して声をかけてくれているが、その声がとても遠くから聞こえているみたいだ。
足下もフラフラする。
「先輩? 先輩、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だから」
(このアマ、まさか私のやった事に気がついて!)
すぐに摩耶の関与を疑うのだが、視線の先にいる摩耶も頭を押さえて壁に手をついて立っているのもやっとという状態だった。
八雲はここで気が付いた。
(まさか、この女! ……お前もかぁぁぁ!!)
摩耶が八雲を見ると、やはり同じ事を考えたようで驚いていた。
「委員長! ねぇ、二人とも大丈夫? 誰か人を――」
そこまで明人が言うと、二人とも焦って止めた。
(睡眠導入剤を使ったと分かるのはまずい! ここはなんとしても――)
「大丈夫。今日は少し興奮して疲れたみたい。ほら、ゲームの中みたいで楽しかったから」
微笑む八雲に、摩耶も合わせてくる。
仮想世界での付き合いが長いだけあって、連携はお手の物だ。
「あははは、子供みたいでごめんね。昨日は楽しみで寝付きが悪くって」
明人は安心した様子だった。
八雲と摩耶の返事に嬉しかったらしい。
八雲は思う。
(こうなれば明人から手を出して貰うのを待つ? いや、でももしこいつに手を出したら……)
意地でも起きようとするが、流石に評判の良い睡眠導入剤だ。八雲も摩耶も睡眠欲求に抗うのが精一杯だった。
エレベーターが止まると、明人は二人に肩を貸して部屋まで移動する。
八雲は思う。
(あ、意外と逞しい)
フィットネスクラブで鍛えていると聞いたが、どうやら見た目よりも筋肉があるらしい。
部屋のドアが見えてくる。
三人は部屋に入ると、明人が二人をベッドの上に寝かせるのだった。
ベッドの上に二人を寝かせた明人は、二人が脱いだ上着をハンガーにかける。
バッグなどもテーブルの上に置き、二人が寒くないように羽毛布団をかけて自分はソファーへと座った。
「なんだか僕も眠くなってきたな。あ、あれ? スマホが――」
自分のスマホを探すが、ポケットに入っていない。
(そう言えば、何か落としたような感覚がドアの方で)
明人がフラフラしつつ外に出ると、自分のスマホが床に落ちていた。
だが、外に出て拾うと……ガチャ。
ドアが閉まり、ロックのかかる音が聞こえてきた。
「へ? あ、まずい……か、鍵は中だ」
困った明人はドアの前で色々と考えるが、それ以上に眠気が襲ってきていた。普段よりも強い眠気に困惑していると、廊下を知り合いが通る。
本当に顔見知り程度で名前も知らない相手二人は、フィットネスクラブで良く顔を合わせる大学生二人だ。
青い髪をした女性が、顔を赤らめている。お酒でも飲んだのだろう。
「あれ、どうしたの?」
隣で困った顔をしている女性は、明人を見て心配そうにするのだった。
「君はジムの……それより、様子がおかしいぞ。体調でも悪いのか?」
明人は二人の声が段々と遠くから聞こえてくる。
「えっと……その……眠くて」
その答えに青い髪の女性が笑うのだった。
「なにそれ? 君、やっぱり面白いね」
ニコニコしている女性の顔を見たのが最後になる。
(あ、もう――)
明人はそのまま倒れ込むと、青髪の女性の――その大きな胸に顔を埋めるのだった。
「え、ちょっと! ね、ねぇ! え、レオナ、これってどういう事?」
「私に聞くな。凄く眠いと言っていたが」
明人はそのまま眠ってしまう。
「どうする?」
「先生の知り合いだ。悪い子ではないだろうが……どうせ部屋はこの近くだ。寝かせてやれ」
二人に抱えられ、明人は八雲と摩耶がいる隣の部屋へと入った。
翌日。
明人は目を覚ますと目の前に大きなオッパイがあった。
(……委員長や先輩のオッパイじゃない)
寝返りを打ち、反対側にあった胸を見る。
だが、こちらも二人の胸ではない。
(う~ん、どこかで見た事があるな。そうだ、この立派な胸はフィットネスクラブでいつも見ている胸だ。あ~、分かったらスッキリした)
胸で誰か分かるのもどうかと思うが、明人はスッキリすると目を閉じる。
しばらくして、カッと目を見開くと慌てて飛び起きた。
「えぇ!?」
知らないオッパイ――ではなく、女性に挟まれる形でベッドに寝ている明人は、自分の恰好を見る。
下着は着用している。しかし、服は脱いでいた。
部屋には散乱した女性物の服があった。
両手で頭を押さえ、昨日の事を必死に思い出す。
「待て、昨日は先輩と委員長と……その後は? その後はどうした?」
フラフラしていたときの記憶が曖昧というか、どうして自分が顔見知り程度の人たちと一緒に寝ているのか分からなかった。
部屋の中を見れば、高級そうな酒の瓶が数本開けられていた。
「ま、まさかお酒を飲んだ? い、いや、そんな事はない。だってお酒の臭いが――って、する!」
よく考えると、隣の二人からお酒の臭いがしていた。
とにかく起きた明人は、服を手にとって着替えると部屋を出る事にした。
「そ、そうだ。何もなかった。何もなかった……はずだ」
確信が持てない。
一応、二人に声をかけるが、朝早くとあって二人とも起きる気配がなかった。
仕方なく、部屋にあったメモ用紙にお礼を書いておく。
(お礼? なんのお礼だ? いや、それより本当に昨日は何があったんだ?)
やはり二人が起きるまで待つべきではないか? そう思っていると、スマホに着信音が鳴り響く。
相手は摩耶からだった。
急いで手に取ると、摩耶が明人を心配している。
『明人? 今どこにいるの? 昨日はどこにいたの?』
色々と聞かれ、明人は説明するからと電話を切る。そして、寝ている二人にお礼を言って部屋を出るのだった。
部屋の番号を見ると、摩耶たちの部屋は隣だった。
部屋をノックすると、八雲が出てくる。
「明人! あんた、昨日は――なんでお酒の臭いがするの?」
そこから明人は、事情を説明すると長くなるので部屋から閉め出されてしまい外で眠ったことを伝える。
流石に摩耶も八雲も申し訳なさそうにしていた。
(よ、良かった。なんとか乗り切ったのか?)
しかし、昨日の夜にいったい何があったのか?
明人は気になってしょうがなかった。
部屋に戻り、シャワー浴びて身支度を調える明人は色々と考えてしまい混乱するのだった。
隣の部屋。
目を覚ました弓は、欠伸をしつつ起き上がると部屋の中を見る。
「あ~、昨日はあの後も飲んだわね」
少し記憶が曖昧になっている。
服を脱ぎ散らかしており、親が見れば怒鳴ってきそうな部屋になっていた。
「レオナ、起きようよ。もう朝だよ」
レオナの方はグッスリ眠っていた。
弓が呆れつつ服を回収して部屋の中を歩くと、テーブルの上に書き置きが残っていた。
「そう言えば、昨日は男の子を部屋に入れて……どうしたんだっけ?」
弓は腕組みをしつつ自分の恰好を見る。
下着姿だった。
「……まさかね」
あははは、などと笑いつつメモ用紙を手に取ると。
『昨日は大変ありがとうございました。なんとお礼を言って良いのか分かりませんが、お二人のおかげで助かりました』
弓はメモを見て首を傾げる。
なんとも回りくどい書き方をしている。
まるで何かを濁しているような……。
そこまで考え、弓は思った。
(何か直接書けない事を伝えたかったのかな? あんまり書けない事? ……え? ま、まさか、お酒の勢いで? う、嘘!?)
弓はメモを落とした。
「え? ま、まさか……レオナァァァ!」
勘違いをした弓がレオナに抱きつき大急ぎで起こすのだった。
ホテルのレストラン。
バイキング形式ではないレストランで、明人は摩耶の知り合いと面会していた。
「初めまして、と言いたいところだが……摩耶ちゃん。そ、そちらの女性は?」
男性は背筋の伸びたナイスミドルという感じだった。
雰囲気も高級感のあるホテルで浮いていない。
堂々としているが、明人たち三人を見て困惑している様子だった。
落ち込んでいる摩耶が答えた。
「……友達です」
「初めまして、志方八雲です」
八雲の方も落ち込んでいる。
「あぁ、そうなのか。友達……友達か」
チラチラと明人の方を見る男性は、柊純と名乗った。
「えっと、あの――」
「あぁ、失礼。実は一つ聞きたいことがあってね。鳴瀬明人君……君、例の事件に関わっているよね」
男性は何事もないように言う。
明人は内心で焦っていた。
しかし。
「そう警戒しないでくれ。別に問題にするつもりはない。ただ、どうしても気になったことがあるんだ。君は、今回の件をどれだけ知っている? あまりにも根回しが良すぎると感じていてね」
月の計画を見破ったこと。
政府やマスコミへの働きかけ。
全てが上手く行きすぎていた。
明人は本当の事を言う。
(委員長の知り合いなら、大丈夫なのかな? それに、あまり詳しい事は知らないし)
「あまり詳しい事は知りません。協力するように言われたので」
「協力? それは君でなければ、君たちでなければ出来なかったのかな?」
思えばおかしい話だろう。
壮大な計画なのに、協力を求められたのは平凡な男子高校生なのだから。
「そこは僕も不思議に思っています。ただ、彼らは僕のことをセレクターだと言っていました。その……政府の先行実験体だとかなんとか」
明人の説明に、純は何か感じ取ったらしい。
「……すまないね。話を聞けて良かった。だが、気になるね。セレクターという事は選ぶ存在だろう? 選ばれた存在にセレクターなどと呼ばないと思うが」
それは明人も感じていたが、勝手に呼ばれているだけなのであまり気にも留めていなかった。
(選ばれた存在じゃなくて、選ぶ側か……)
もう、事件は解決したのだ。
しかし、どこか拭いきれない不安が明人にはまだあった。




