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ダンシング

 朝。


 教室の机の上に突っ伏している明人は、昨日の事を思い出していた。


 その様子をタブレット端末の画面を見ながら、時折横目で陸が見ていた。


「朝から雰囲気が悪いな。どうした? あの二人と喧嘩したのか?」


 あの二人というのは、なんだかんだとパーティーを組んでいるアルフィーとマリエラだった。


 既に三人ともレベルは十を超えているのだが、種族の編成や持っている職業などからエンジョイ勢――つまり、ゲームの攻略よりも楽しむことを優先していると思われたらしい。


 そのため、仲間を募集しても入ってくるのはネタ優先か、変わり者が多く長続きしないのだ。


 だが、明人はその事で悩んでいるのではない。


「実はカウンターを獲得したんだよね。調べたらかなり優秀なスキルだ、って載っていたからスキルポイントもつぎ込んだの。そしたら一回も成功しなかった」


 スキルの発動にはそれぞれ条件が存在しており、発動条件がとてもシビアなスキルも多かった。


 そこで必要になるのがプレイヤースキルである。


 陸が画面から顔を逸らし、明人見て呆れていた。


「カウンターってお前……初期の大型アップデートで見直されたスキルの筆頭じゃないか。強力だけど発動が難しくなってからは、攻略を優先している連中くらいしか使ってねーよ」


 スキルとしては序盤でも手に入り、なおかつ強力。


 体力や魔力も消費せず、相手に大ダメージを与えるスキルだ。


 だが、そのために初期のパンドラではカウンターを主軸にした職業獲得やスキルの修得が進み、ゲーム的にも問題になっていた。


 威力を落とし、発動条件をシビアにしたことで【カウンター】というスキルは大きくその価値を落とす。


 明人が頭を抱えた。


「やっぱりか! どうりでおかしいと思ったんだ。ネットの情報だから怪しいかな、って思えばこれだよ! くそっ! カウンターのスキルだけもうマックスなのに!」


 陸が明人の話を聞いて引いていた。


「その前に色々と必要なスキルがあるだろうが! お前は本当に選択を間違えるな。最初に種族でオークを選んだり、カウンターを選択したり……いや、待てよ」


 タブレットを操作し始めた陸は、一つの動画を明人に見せた。


 そこには剣を持ったプレイヤーが、カウンターを成功させる瞬間が映し出されている。


「うわっ、なにこれ? 人間の動きじゃなくない?」


 モンスターを相手に跳び、そして空中で身を翻しダッシュして……その動きは、そもそも人間ではなかった。


 陸が笑っていた。


「このプレイヤーが変態でさ。あぁ、褒めている意味の変態ね。お前の場合は本当の意味での変態だけど」


 以前、陸にはオークの集団のことを話しており、明人は大笑いをされていた。


「いや、僕は違うし」


 話を続ける陸は、その人物のブログへと移動した。


「見てみろよ。この人、ゲームのために肉体改造をしたらしいぜ」


 そこに載っているのは、普段の食事メニューからトレーニングの内容など様々だった。


 本人は登場していないが、部屋の一部が写真として公開されている。


 部屋の中には筋トレなどの器具が沢山あった。


「普通は格闘家の職業を得て、スキルの発動条件を簡単にするんだけど、それを無視してここまで動けるんだ。もう変態だろ」


 プレイヤースキルだけで言えば、動画の中の人物は間違いなくゲーム内でも十本の指に入っているという。


 明人は感心しながら、口に手を当てて動画を見ていた。


 動画が終了すると、陸の顔を見る。


「それで? 僕に筋トレでもしろと? 器具なんか買えないし、買っても置くスペースがないんだけど?」


 明人の部屋は一人暮らし用で狭い。


 筋トレ器具も大きい物を一つ置けば、生活に支障が出てしまう。


 陸は首を横に振る。


「馬鹿。この人、このスキルにはこのトレーニング、っていう情報を公開しているんだよ。え~と、カウンターは……おぉ! 凄いな、難易度評価【AA】で上から二番目だ」


 動画の主が決めた個人的な難易度のようだが、カウンターは使いこなすのがとても難しいスキルとなっていた。


 陸はトレーニング内容を確認する。


「必要トレーニングは……速読とダンスだって」


「それ絶対に嘘だろ」


 明人はすぐに否定した。なにしろ、とても扱うのが難しいスキルを使いこなす方法が速読とダンスである。


 嘘としか思えなかった。


 陸が真剣な目を明人に向けた。


「お前、この人がゲーム内でどれだけ崇められているか知らないのか? その人が言っているんだから効果くらいあるだろ。試してみればいいじゃないか」


 明人は疑った視線を陸へと向けた。


「やってみて駄目だったら文句を言えよ。いきなり無理とか言うのはどうかと思うぞ」


 言われて確かに、と思った明人が頷く。


「まぁ、やってみるけどさぁ。速読はネットで調べればいいかな? でも、ダンス……アパートでやったら下の住人が怒鳴り込んで来そうなんだけど」


 陸はそれを聞いて天井を見上げた。


「確かに……あ、そうだ!」


 なにか思いついたのか、陸は笑顔で明人にある事を教えるのだった。



 希望の都。


 ゲーム内では序盤の拠点となる都市であり、基礎的な物が揃っている都市でもある。


 ゲームの基礎となる動きを学べる道場や、他には生産職向けの塾――という、チュートリアルを受けられる場所も用意されていた。


 だが、それとは別にVRゲームならでは、という施設も多い。


 自分で体感するからこそ、というもの……娯楽である。


 パンドラの箱庭が国内最大のプレイヤー数を獲得している理由の一つが、希望の都にある娯楽施設にあった。


 メインストーリーなど関係ない。剣と魔法に興味もない。戦う事もどうでもいい。


 そういったプレイヤーを引込むために用意された娯楽施設が大ヒットしたために、多くのプレイヤーが存在するのだ。


 マリエラが普段装備している武器などをしまい、服だけの装備で周りを見ていた。


 街並みも綺麗で、映像に残っていた過去の外国の街並み――観光地などをモデルにしており、見ているだけでも楽しめる。


「なんだか旅行に来た雰囲気よね」


 通りには屋台が並び、美味しそうな匂いを当りにまき散らしていた。


 芸人のNPCたちが芸を披露しては、それをプレイヤーたちが見ている。


 赤いドレスのスカートを揺らしながら歩くアルフィーは、普段と違ってこの場でなら溶け込んでいるように見えた。


「ここは別の意味でゲームを楽しむプレイヤー向けのエリアですね。ですから、商品を購入するときには電子マネーなどで支払いも可能です」


 通常、プレイヤーは外でモンスターを倒し、ドロップアイテムなどを売り払って資金を稼ぐ。


 だが、戦闘などしたくないプレイヤーたちは、リアルマネーで商品を購入するのだ。


 ポン助が屋台の串焼きを一本購入した。


「一本ください」


 屋台の店主が舌打ちをする。


「ほら、これでいいか? さっさと離れてくれ」


 ここまで来ると、ポン助はNPCたちの態度の徹底に運営が実は凄いのではないかと思えてきた。


(拘りだけは凄いよね。なんとういうか、力の入れる方向を全力で間違っているけど)


 リアルマネーでの金額は串焼きで数円。


 ゲーム内の通貨ではその十倍程度。


 元々、味だけを追求した串焼きで、ゲーム的な効果は全くなかった。


 一本食べてみると、確かに美味しい。


「甘辛くて美味しいな」


 そう言って串を握りつぶすと、光の粒子になって消えていく。


 だが、マリエラもアルフィーも、ポン助をジーっと見つめていた。


「なに? 欲しいなら買えば」


 溜息を吐くアルフィーは、肩をすくめると首を横に振った。


「ポン助さんは女性の扱いがなっていませんね。男好きなのは分かりましたけど、もう少し態度というものがありますよ」


 だが、ポン助は動じない。


「お前は先に、僕が男好きという設定を事実みたいに語らないでくれるかな。それよりも、この先にあると思うんだけど……」


 ポン助たちがこのエリアに来たのは理由があった。


 マリエラが頭の後ろに両手を回し、組んで歩き出す。


「わざわざこんな場所に来て何をするかと思えば、ダンス? オークは似合わないでしょ。ポン助さん、絶対に種族の選択間違ったわよね。変更すれば?」


 ポン助の選んだ種族、オークは見た目が凶悪であるためにこのエリアのプレイヤーたちはあまり選ばない。


 そのため、プレイヤーの多くがオークであるポン助を見ると指を指すなり、笑ってみていた。


「だから言っているじゃないか。僕はしばらくプレイをしてからアバターを作り直す、って。その前にゲームに慣れておきたいの」


 ゲームを実際にプレイし、そして情報を集めてから次のアバターを作成するつもりだったのだ。


 正確には、カウンターが出来るようになった当りで作成し直すつもりでいる。


 アルフィーが首を傾げた。


「でも、それでは私たちとレベルの差が広がり続けますよ」


 まるで当然のように言うアルフィーに、ポン助は振り返って驚いた顔をする。


「……それがなに? 二人は他の人たちと遊べばいいじゃない」


 マリエラやアルフィーが、ポン助に蹴りを入れる。


 街中であるために警告表示が出るが、本人たちは気にした様子がない。


「ちょっと痛い。いくらオークが頑丈でも痛いものは痛いんだからね。そういう趣味とかないからね!」



「エブリバディー、イヤァ! 今日もどんどんダンシングッ!」


 肌が小麦色に焼けたタンクトップ姿のサングラスをかけたNPCが、テンション高めでポン助たち三人の前に現われた。


「では、まずはミーに続いてダンスダンス、ダンシングゥ!」


 クルクル回る講師役のNPCだが、広い練習場には三人以外に誰もいなかった。


 ポン助たちが入った建物――施設だが、実はダンスを学ぶことが出来る施設でもある。


 二時間という時間で、ちょっとしたバカンス気分を味わいたい。


 そういったプレイヤー向けにダンス専門の施設をゲーム側が用意した。施設内にはフラダンスもあれば社交ダンスの会場もある。


 そういったダンスを経験、あるいは練習できると人気なのだが……現実世界では割と人気でも、ゲーム内なら不要なダンスがあった。


 ……エクササイズ。


 ゲーム内でいくら動こうが脂肪の燃焼に効果のない、激しいダンスにプレイヤーは興味を示さなかった。


(作る前に気づけよ、運営。まぁ、ダンスには変わりないし、陸が言うにはダンスの練習にはなるっていうから利用するけど)


 ポン助はそう思ったが、自分たちが利用できるので問題ないと思うことにする。


 音楽がかかるとポン助たちそれぞれが、トレーニングウェアの姿に変更させられる。


「なかなか面白いな」


 アルフィーが自分の姿を、全面の鏡や自分の目で確かめてご満悦だった。


 体のラインが出ているトレーニングウェアを見て、確かに良い体をしているとポン助は思うのだった。


(これで中身がオッサンでなければ……まぁ、いいか)


 逆に美少女だったとしても、変な事をすれば最悪ネットに晒されてしまう。中身がオッサンだろうが馬鹿な真似は出来ないのである。


 NPCが踊り慣れていない三人のために、軽めの音楽で三人の動きを見ていた。


「アルフィーグッド! マリエラもいいよ、凄くいい! ポン助! ……ユーはがんばりましょう、ネ」


 ダンス――踊りの才能などポン助……明人は持っていない。そのため、中身である明人が駄目と言われているのとイコールだった。


 マリエラがニヤニヤしながらポン助を見ていた。


「おやおや、普段は前衛で頼りになるポン助さんも、踊りは苦手だったのね」


 アルフィーも加わった。


「可哀想だから本当の事は言わない方がいい。もっとも、なんとなく駄目そうな気はしていたんですけどね」


 踊れる二人はクスクスと笑っているのを見て、ポン助が力んで踊る。


 すると、NPCが叫んだ。


「ノォォォ!! ポン助、ユーは駄目駄目よ! こうなれば、ミーがマントゥーマンで面倒を見まス!」


 似非英語を使う褐色肌でムキムキ――筋骨隆々のNPCに、ポン助はその後ずっと一緒になって踊ることになった。



「レッツダンシングッ!」


 そこは草原。


 八つ当たり気味に片手剣を逆手に持ち、モンスターごと地面に突き刺したポン助は苛立ちをぶつけていた。


 モンスターが弾け飛ぶようなエフェクトを出し、消えていく。


 あの後、三人で六時間くらい踊っていた訳だが、二人と違ってポン助の方はほとんど成長が見られなかった。


 空を飛んでいたモンスターを、マリエラの矢が貫いて赤く光って消えていく。


 アルフィーが武器をしまって肩をすくめた。


「やれやれ、才能がない訳でもない、というのが面倒ですね。時間をかければどうにかなるというのがまた厄介ですよ」


 キャラの強いNPCとマンツーマンで六時間。


 その日の夜、ポン助は宿屋でNPCが出て来て「レッツダンシングゥゥゥ!」と言って叫んでくる夢を見てしまうほどだった。


 マリエラが背伸びをした。


「それにしても疲れない、っていうのとも違うけど六時間やれるのも凄いわよね」 


 近くではオークのポン助が、苛立ち咆哮を上げてモンスターに八つ当たりをしている。そんな中で二人は落ち着いたものだ。


 モンスターを見つけては駆けだし、斬りかかっている姿はまさしくモンスターである。


 アルフィーが周囲を見て大きく手を振った。


「あのオークはプレイヤーです! 攻撃しないでください!」


 両手を大きく振った先には、ヒューマンやドワーフ、ノームにエルフのパーティーがいた。


 矢を構えていたエルフが構えを解き、手を振って謝罪の言葉を言って離れて行く。


 マリエラが安心する。


「いい人たちで良かったわね」


 たまにプレイヤーだと分かっていても、矢を撃ち、魔法を放ってくるプレイヤーたちがいるのだ。


 ポン助に当たるときには、オークの耐久力やシステムの影響もあって微々たるダメージにしかならない。


 プレイヤーキラーをしようと思えば、かなりのレベル差と時間が必要になる。だが、高レベルプレイヤーの低レベルプレイヤーへの攻撃は警告を受ける。


 プレイヤーキラーがやりにくい環境である。……出来ない訳でもないが。


 プレイヤー同士の決闘というシステムもあるため、主に決闘がプレイヤー同士の戦いの主流だった。


 ポン助がルークと戦ったのも、決闘の一種である。


 ただ、嫌がらせをしてくるプレイヤーがいるというのは、二人にしてみれば問題だった。


 アルフィーもゲンナリしている。


「というか、ポン助さん……もう、ポン助で良いわよね? ポン助を一人で放置は出来ないのよね」


 マリエラが暴れ回っているポン助を見て溜息を吐いた。


「そうなのよね。見捨てるのもちょっとアレだし」


 二人ともゲームに詳しくない。だが、仲間を探せばすぐに見つかるだろう。


 それなのに、どうにもポン助を放置できなかった。


 アルフィーが思い出したようにステータス画面を空中に出現させた。


 そこにある友好度の項目を見る。


「マリエラさんとは友好度が【三十三】ね。ポン助とは【四十五】になっているけど。これ、どの程度の数字なんでしょうね」


 マリエラも確認をした。


 アルフィーとの間では【三十三】で変更はない。


 だが、ポン助との間では――。


「私も【四十一】で、四十台なのよね……リアルだと友達くらい?」


 種族的に上がりにくいのを、日々の行動やパーティーとして組んでいる時間などでカバーして友好度は高くなりつつあった。


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[気になる点] 一般的に主人公に感情移入して読むのに、罵声を浴びせられる主人公は作品にプラスなんでしょうか。
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