テイム
神殿裏の墓地。
ポン助は、ついて行くと聞かないマリエラとアルフィーを見ていた。
真剣な表情をしているが、持っているのは鞭。叩かれるととても痛そうな金の鞭と銀の鞭である。
せっかく集めていたジョブやスキルのポイントを使い切り、テイマーになった――なってしまった二人を前に肩を落とした。
「……本当は一人で解決したかったんだ」
ポン助が本音を語ると、アルフィーが両手を広げる。
「何を言っているんですか! 私たちはずっと一緒ですよ。ポン助が何をしているのか知りませんが、世界の危機でとても痛い思いをしているなら、手助けくらいいくらでもしてやりますよ」
マリエラも大きな胸の下で腕を組む。
「詳しい理由は聞けなかったけど、ポン助が真剣に挑むなら悪い事じゃないのよね? なら、私も手伝って上げる」
ポン助が嬉しそうに呟く。
「委員長……先輩」
だが、アルフィーとマリエラは真顔で返事をするのだった。
「その辺りの気持ちの切り替えは出来ていないので、アルフィーと呼んでください」
「勘弁してよ。マナー違反でしょ」
二人の対応に、ポン助もいつもの調子で謝罪した。
「ご、ごめんね。なら、急いで中に入ろう。でも、ここから先は痛覚が通常レベルになっているから辛いよ」
ダメージを受けても回復すればいいゲームとは違って、手足を切り落とされれば痛みを感じるのだ。
痛みが引いても、痛みを与えたモンスターが存在している。
むしろ、戦い続けるほどに精神的に辛くなっていく。
ポン助も、セレクターの影響がなければ参加などしていない。
アルフィーは胸に手を当てる。
「望むところですよ」
マリエラがゲートへと向かう。
「ほら、さっさと行くわよ」
物怖じしない二人を前に、ポン助は勇気づけられるのだった。
駆け出す二人に続いてポン助もゲートへと飛び込む。
ポン助たちを見送った情報屋。
彼は、一件落着したと安堵している。
「助かった。オークのセレクターは貴重だからね。それに、この状況を打開出来るのはポン助君だけだろうから」
レベルや経験を考えると、ポン助はトッププレイヤーたちに劣る。
中堅プレイヤーの中では上位に位置するくらいだろう。
だが、貴重なオークのセレクターだ。
他のプレイヤーたちに不人気だが、オークが弱いという訳ではない。むしろ、狂化などと言うチート級のスキルだって用意されている。
特殊な仕様から、自分でステータスをカスタマイズ出来ないため不人気だ。
しかし、そんなポン助がこれまで何度も奇跡を起こした。
「チートプレイヤーに土竜戦……本当に面白い存在だね」
周囲に画面が投影され、情報屋に様々な状況が知らされる。
現実世界では、時間さえ稼げれば作戦は成功すると報告が来た。
「……あとは、セレクターたち次第か」
情報屋は、墓地に座り込み休憩しているプレイヤーたちを見た。
サポート要員が、彼らに課金アイテムを渡して回る。
空を見上げた。
「――世界を守る戦い、か」
情報屋の声は、周囲の喧騒にかき消される。
システム内。
青く暗い空間には、光っている線が張り巡らされている。
床や壁が見えない。
上を見ると、逆さになっているプレイヤーがモンスターと戦っていた。
アルフィーが早速文句を言う。
「なんか酔いそうな空間ですね」
鞭から剣に持ち替え、雑魚モンスターたちを次々に斬り裂いていく。
マリエラも走りながら矢を放ち、ポン助とアルフィーを援護していた。
「今更だけど、これで世界が救えるの? というか、世界の危機って何よ」
走るポン助は、アルフィーやマリエラに大隊の説明をするのだった。
「僕たちがやっているのは手伝い。本当に頑張っているのは現実世界の人たちじゃないかな?」
何をやっているのか詳しい事は知らないが、地下コロニーに乗り込んで新型炉のシステムとパンドラのサーバーを繋いでいるのは聞いた。
見つかった場合、射殺される可能性だってある。
命をかけている時点で、彼らの方がとても危険な状況の中にいる。
大盾でモンスターを蹴散らし、蹴り飛ばしながらポン助は二人を守るように前に出ていた。
いつものことだ。
普段から繰り返している三人の戦闘スタイルは、実に連携がうまかった。
モンスターたちを蹴散らして回っていると、空間が割れて拡散されたビームが雨のように振ってくる。
大盾を構えたポン助が二人を庇い、ビームを受け止めると盾が熱を持ち赤くなった。
空間に出来た裂け目から、ドラゴンと立ち向かうプレイヤーたちを現われる。
「あれ、ルークたちじゃない」
大剣でドラゴンに斬りかかるルークとその仲間たち。
裂け目からは、ドラゴンに挑もうとセレクターを中心としたプレイヤーたちも現われる。
魔法を放ち、ドラゴンが怯むと新撰組のいさみも斬りかかった。
「怯むな! 何度でも挑め!」
味方を鼓舞して斬りかかるいさみは、プレイヤーとしても随分と上手い部類だ。プレイヤースキルを磨いているのか、ドラゴンの攻撃を避けると刀で斬りつけている。
しかし、皮膚が装甲版になっている機械仕掛けのドラゴンには、たいしたダメージを与えられていなかった。
周囲のモンスターを屋で撃ち抜き、弓をしまったマリエラがポン助に視線を向けた。
「ポン助……出番よ」
アルフィーも剣をしまうと、金の鞭を取りだす。
「いよいよですね」
やる気を見せる二人を前に、ポン助は一瞬考え込みそうになったが耐える。今は、二人がどうして鞭を選択したのか考えている暇もない。
「お、おぅ」
ポン助は深呼吸をすると、装備を手放して装着している物もアイテムボックスにしまい込んだ。
オークの巨体は筋肉の鎧に包まれ、褌一つという姿になる。
自分の真横にメニュー画面を表示し、ポン助は狂化のスキルを使用した。
「狂化……百パーセントだ」
制御が出来ない状態になるが、ここはテイマーになった仲間を信じるしかなかった。
ポン助の肌の色が赤く染まる。
耳の上から太く逞しい角が生え、鼻とあごが伸びる。
体が大きくなるが、特に手足は大きかった。
手で地面を掴み、猫背になると苦しそうに唸りながら体が大きくなっていく。
髪が伸び、化け物になるポン助に――。
「乗ります!」
「あ、私が先よ!」
アルフィーが肩に跳び乗り、反対側にはマリエラがよじ登った。
両肩に美少女を乗せ、ポン助が咆吼するとマリエラもアルフィーも耳を押さえる。
周囲のプレイヤーたちは、ポン助がスキルを使用したことに文句を言うのだった。
「あいつ、またアレを使いやがった!」
「迷惑だから止めろ!」
「な、なぁ……誰かが肩に乗ってないか?」
唸るポン助は、声がした方向へと視線を向けた。
どうやら、プレイヤーたちをターゲットに選んでしまったらしい。
アルフィーが鞭を振り上げると、遠慮なしにポン助の胸に鞭を振り下ろした。
「ギャッン!」
狂化したポン助が叫ぶと、アルフィーも声を張り上げるのだった。
「ポン助、ステイ!」
アルフィーも趣味で鞭を振るっているのではない。テイマーは、鞭を使う場合に攻撃をしてモンスターを制御下に置くのだ。
ポン助がプレイヤーたちに襲いかかるのを止めるが、今度はドラゴンがポン助に向かって大きな口を開く。
今度はマリエラがポン助の背中に鞭を振り下ろした。
「ポン助、ゴウッ!」
背中に遠慮なしに鞭を振り下ろしたマリエラだが、力強く叩くことでポン助のような獰猛なモンスターはステータスが向上するようになっている。
趣味で強く叩いているのではない。
叩かれ、素早く反応してポン助がドラゴンのビームを避ける。
両手両足で地面を駆け抜ける姿は、凶悪な大型モンスターを美少女二人が操っているように見えている。
事実としてそうだが、誰かが呟いた。
「なんか違うよね?」
そんな意見に耳を貸している余裕もなく、アルフィーとマリエラは交互に鞭を振り下ろす。
ポン助のようなテイムに向かないモンスターは、常に制御しないと暴走して襲いかかってくるためだ。
体の自由が多少は聞くようになったポン助は、二人に通信を送る。
『アルフィー! 乳首を叩かないで! 凄く痛いんだ!』
ビームの雨が降り注ぐ中を、アルフィーが鞭を振り降ろしポン助は畝テータスを向上させて駆け抜けていく。
地面を駆けながら、床から柄を出現させ引き抜くと無骨な大剣を両手にそれぞれ握っていた。
途中から二足歩行に切り替わり、大剣を大きく振り回してドラゴンへと斬りかかる。
深い傷がドラゴンに入ると、周囲からは歓声が聞こえてきた。
ドラゴンに立ち向かえる巨体。
そして、殴り合えるステータス。
それらを制御下に置いたポン助は、トッププレイヤーたちも苦戦するようなドラゴンに優勢で戦いを進める。
しかし――。
「ポン助、連続で攻めなさい!」
――マリエラが背中に。というか、脇腹辺りに鞭を振り下ろしてバシィ! という痛い音が響く。
ついでに、意味もなくお尻も叩かれた。
『痛い! 滅茶苦茶痛いよ! なんで意味もなくお尻を叩いたのさ!』
マリエラが言い訳をする。
「ご、ごめん! なんか叩けば強くなるかと」
まだ慣れていないマリエラがミスをするのはしょうがない。
アルフィーもどこを叩けば効果的なのか分かっていなかった。
ジョブやスキルの性能を、プレイヤーが引き出し切れていない。
だが、今はそれだけで十分だった。
『だけど、コントロールさえ出来れば――おらぁぁぁ!!』
狂化したポン助が跳び上がり、大剣二本をドラゴンに振り下ろした。地面に落下するドラゴンに追い打ちをかけるべく、何度も大剣をドラゴンに叩き付ける。
斬ると言うよりも、叩いているという感じだ。
繊細なコントロールまでは、今のポン助にも難しかった。
ドラゴンが口を開けてビームを放とうとすると、マリエラとアルフィーが同時に鞭でポン助を叩く。
痛々しい音が響くと、ポン助が咆吼して手に持っていた大剣をドラゴンの口の中に突き刺した。
爆発する頭部。
戦いを見守っていたいさみが叫んだ。
「やったか!?」
――しかし、ポン助は目を細めると後ろに飛び退く。
うなり声を上げ警戒しているのは、狂化した事で本能が強くなっているようだった。
「どうしました、ポン助?」
アルフィーが不思議そうにしている。
何しろ、ドラゴンは赤い光に包まれ消えていっているのだから。
歯をむき出しにして、ポン助が咆吼した。
直後、信じられない光景が目の前に飛び込んでくる。
仲間たちと傷を癒していたルークが、目の前の光景に唖然としていた。
「嘘だろ」
機械仕掛けのドラゴンが消滅し、ようやく山場を乗り越えたと思ったら――機械仕掛けのドラゴンが、空間を突き破って出現してきた。
一体ではない。
二体、三体、四体……五体。
五体のドラゴンが空を旋回するように飛び、プレイヤーたちにこれ以上はない絶望感を与えてくる。
ドラゴン一体でどれだけ死んだ事だろう。
そんな強力なドラゴンが、空に五体も飛んでいるのだ。
武器を手から落としてしまうプレイヤーもいた。
◇
現実世界。
サーバーの管理室では、情報屋の仲間が欲しかった情報の“一つ”を手に入れた。
「やった! これで作戦はほとんど成功だ!」
とても貴重なデータだったのか、大喜びの仲間に銃を持った仲間が落ち着けと言う。
作業服を着た男とは違い、こちらは緊張が続いている。
「まだ終わりじゃない。仮想世界でもセレクターたちが頑張ってくれているが、いつまで時間を稼げるか分からないぞ。まだ終わらないのか?」
仲間たちが機器を操作して、残り時間を確認していた。
「五分……いえ、三分でなんとか」
現実での三分は、仮想世界では四十八倍になってしまう。
「向こうでは三時間くらいか?」
仮想世界で流れている時間はとても早い。
現実の三分が、ポン助たちにはとても長いのだ。
「なんとしても成功させないと……俺たちの世界が終わるな」
獣を持った男の言葉に、周りの仲間もタイマーを見る。
一秒がとても長く感じられた。
そんな中。
「まずい。見つかった!」
一人が、偽の映像を流していることが、施設の警備をしている者に見破られたと叫ぶ。
警備員たちが武器を持って走り回っている映像が見えた。
銃を構えた男が、全員を落ち着かせるのだった。
「なんとしても耐えろ。残り二分もないんだ。そうすれば……後はどうにでもなる」
ここから抜け出すことを考えていないような態度を見せている。
全員が頷き、作業を進めるのだった。
現実世界でも危機が迫っている。
タイマーがゼロになるのが先か、ゼロになる前に止められるかで世界の命運が大きく“どちらか”に傾こうとしていた。




