オフ会
駅。
明人は予約した店の場所をスマホで確認しながら、時計を見るとまだ時間があるのを確認した。
マリエラとアルフィーの二人には、メッセージでもう少し後に到着すると伝えている。
「少し早いけど店の方に向かうか」
すると、駅でアナウンスが流れる。
明人の乗るはずだった電車が、事故で遅れるというアナウンスだった。
「早めに家を出て良かった」
いつも以上に身なりには気を使い、心臓の鼓動が高鳴っているのを感じながら駅を出て目的の店に向かう。
飲食店である【ファンタジー】は、ファミレスである。
パンドラの箱庭では、二十四時間営業の飲食店として普通に知られていた。現実世界に出店するとニュースになっていたが、それからすぐに二号店、三号店と支店の数を増やしている。
パンドラのプレイヤーたちが利用しやすいようなサービスを提供しているのもあるが、オフ会などで使用する際に便利なようになっていた。
テーブル席は仕切りも用意され、予約の際にはオフ会であれば名札なども作成してくれる。
色々と便利であるため、ここまで急速に広がっていると言われていた。
だが――。
(でも、オープンしたのはついこの前だったのに)
――妙な違和感が明人を襲う。
最近はその頻度も増え、リアルとゲーム内でも友人の陸に相談したこともある。だが、「気にしすぎ」と笑われてしまった。
パンドラのプレイヤー人口を考えれば、人気が出てもおかしくはないのは分かっている。
現に明人たちも利用しているのだ。
「えっと、ここだよな」
考え事をしながら目的地に到着すると、仮想世界で見慣れた看板が目立っていた。周囲の建物とのギャップに苦笑いをしていると、朝から人が大勢で入りをしている。
(結構な人気だな。予約していて良かった)
周囲の風景に馴染んでいない店内に入ると、見慣れている景色が広がる。ただ、そこにいるのは現実の人たち。
ゲーム内の装備に身を包んでいない人たちがいる光景に、違和感はぬぐえない。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
笑顔の可愛らしい店員が声をかけてくる。
(制服まで再現しているのか)
強い拘りを感じつつも、明人は予約していることを告げた。
すると、店員が用意していた番号札と名札を手渡してくる。ラミネート加工された紙を持ち、明人が使用する席を説明してくれた。
「右側の窓側になりますね。テーブルに番号がありますので、確認してから声をかけてくださいね。他のテーブルに混ざらないでくださいよ」
どうやら、間違う人たちは多いらしい。
(気を付けないとね)
「ありがとうございます」
店員はどう見ても年上だった。お礼を言って店内を歩くと、仕切りはあっても完全な個室ではないために他のオフ会の様子が見える。
名札を付けて、微妙な空気になっているテーブルがあった。
チラリと名札を見ると、どうにも全員が女性の名前だった。だが、名札を付けているのは全員が男。
通り過ぎる際にボソボソと会話が聞こえてきた。
「男って。マリンちゃんが男だったなんて」
「キラララが男……もう、何も信じられない」
「女性プレイヤー限定だって聞いたからパーティーに加入したのに」
「全員出会い厨だったなんてあんまりだ。」
(一人くらい女性プレイヤーがいると思ったのかな?)
違うテーブルで行われているオフ会では、話が弾んでおり楽しそうだった。
「キヨヒコさん、本名だったの? ゲームより美形じゃないか」
「いや、ゲーム自体初めてで。それに、やり始めたときはサンプルを少し触った程度でプレイを開始して」
楽しそうなテーブルでは、男女三人ずつで盛り上がっていた。
(あ~、緊張してきた)
明人が自分の持つ番号札を見る。
九番テーブルと書かれており、テーブルの番号の並びを見ればもうすぐ見えてくる。心臓の鼓動が早くなる。
(もうすぐ。もうすぐマリエラとアルフィーに……なっ!?)
だが、明人の目に飛び込んできたのは八雲の姿だった。
他にも誰かいるのは分かったが、仕切りで姿が見えない。
(どうして先輩がここに……偶然か?)
慌てて視線を逸らすと、隣のテーブルを見る。
(嘘ぉぉぉ!!)
明人は絶叫するところだった。寸前で自分の口を手で塞ぎ、八雲がいるテーブルの隣をよく見る。
そこには、筋骨隆々の男性が二人座っていた。
腕を組み、目を閉じて静かに待つ男性二人。
一人は黒いインナーの長袖シャツを着ている。どこかで見た事があるような顔をしているが、まるで野性を感じさせる荒々しい男性だ。
どこかの格闘家のように感じる。
黙って座っている姿に、横を通る他の客たちが驚いて二度見をしている。
もう一人の男性は、短髪だった。
野生と言うよりも厳しさを持つような感じの人……いや、まるで軍人だ。一人で敵の基地に乗り込んで制圧してしまいそうな雰囲気を持っている。
どちらもとにかく迫力が違う。
しかも、軍人のような人は白いセーターを着ていた。
体が大きく、鍛え上げられた筋肉。
二人が黙って座っているだけで、周囲が威圧されているかのようだった。
(流石にコレは予想外だろ。まさかあの二人が……)
性別は関係なかった。
ただ、会ってみたかった。
すると、店内にあるモニターに先程の駅で起きた事故がニュース動画で再生されている。
(あ、踏切で事故だったんだ。怪我人はいないのか)
妙に安心しつつ、視線をテーブル席に戻すと男性二人が「なんだって!?」という感じで立ち上がりモニターを凝視していた。
周囲の客たちが、男性たちの反応にビクリと驚いていた。
(確実だ。もうこれは決定だ)
二人がスマホを取りだし、相談をしながらメッセージを送ろうとしているようだった。明人のスマホに着信音が鳴る。
『事故があったらしいけど大丈夫?』
心配しているアルフィーとマリエラ。
明人はハッとした。
(僕はまた外見で人を判断して……二人がどんな見た目でも関係ない。僕を心配してくれる友人じゃないか。今日はリアルでも友人になるために来たんだ)
あまりにも予想外だったために混乱したが、明人は呼吸を整えて返信するのだった。
『もう店内にいるよ』
送信すると、着信音が近くから聞こえてくる。
明人は立って相談し合っている二人の男性に手を振る。
だが、二人の男性は明人の顔を見て――。
「ん?」
「誰だ?」
――と、首を傾げ、すぐにスマホに視線を向けた。
「無事だと良いんだが」
「少し遅れるが大丈夫らしいぞ」
二人は会話を続け、待ち人が無事に来られるとあって安堵して椅子に座っていた。
「……人違い?」
明人もコレにはビックリである。
「え? あ、あれ? だって、黒と白で――」
驚いてテーブルの番号を確認すると、二人が着席していた場所は十番テーブルだった。
聞き慣れた女性の声がする。
「――嘘」
テーブルの配置から、明人はハッと気がついて隣に視線を向ける。
立ち上がって明人を唖然としながら見ている八雲の姿。
信じられないという顔をしていた。
仕切りから出て来た摩耶が、持っていたスマホを床に落としてしまう。摩耶は無表情だった。
『稼働日が迫った新型電力炉では、近い内に試運転が開始されることになりました』
『かつて地下コロニーがあった場所に建造されている訳ですが、これまで問題となっていた箇所は月の技術者たちの協力により問題を解決し――』
『とてもクリーンで全人類の電力を支えるのに問題ないとされ、発電所には各国の関係者たちも――』
『地下コロニーと言えば、最近話題のVRマシンのサーバーも置かれています。今も私たちの生活に大きく貢献を――』
(……気まずい)
近くにあるモニターの音声が良く聞こえてくる。
それだけ静かなテーブルで、明人はマリエラとアルフィーに面会していた。
ただ、面会したのは知り合いだった。
マリエラの正体が【志方 八雲】――アルバイト先の頼れる先輩だった。
アルフィー……【市瀬 摩耶】は、明人と同じクラスの委員長。
二人とも知り合いで、接点のある人物。
(こんな事が有り得るのか? だって、パンドラのプレイヤーは何千万人だぞ)
生活圏内が近く、そして広大な仮想世界で偶然に出会ってしまった。オフ会を開くときも、あまりにも近くに住んでいるのを知って驚いた。
だが、まさか知り合いだとは思いもしなかった。
明人は無理やり笑って会話のきっかけを作ろうとする。
「それにしても意外ですね。先輩も委員長もゲームをしないような感じでしたし。ぐ、偶然って怖いですね」
だが、摩耶は一言。
「そうね」
……だけを言って、口を閉じてしまっていた。
二人の雰囲気を見て、明人は危機感を持つ。
(まずい。まずいぞ。なんか二人とも「はぁ~、期待して損した」みたいな空気になっている。なんか、パーティー解散の危機? これ、絶対に会わない方が良い奴じゃないか)
出会ったプレイヤーが、異性。
女の子で美人とあれば嬉しい気持ちもあるが、二人はリアルで関係のある人物だ。
オフ会を開いてしまったことで、仮想世界の関係も壊れてしまいそうだった。
隣の席には、続々と人が集まってくる。
コートを着たスーツ姿の男は、アウトローという雰囲気を持っていた。前野二人と同じで鍛えており、サングラスをしていて怖い。
次に着たのは仕事の出来る女、という感じのスーツ姿をした女性だ。冷たい印象が強く、話しかけるのを躊躇う感じ。
スーツと言えば、少し薬品の匂いをさせた女性も席に座っている。
いったいどんなオフ会だと気になっているが、その後もスーツ姿の男性が来る。きつめの感じで、背の高い男性。
そして今、スーツ姿の女性がまた現われる。
鍛えている雰囲気があった。
(現実逃避をするな。意識を集中するんだ、僕! これはゲームだけじゃない。リアルの人間関係が関わっているんだ!)
自分に言い聞かせる明人は、その後も雰囲気をどうにかしようと二人に話を振る。
八雲は気になってしょうがなかった。
(こいつ、委員長って……クラスメイトよね?)
明人がポン助であるのも驚いた。だが、今にして思えば、会話の内容で思い当たる節がいくつもあった。
明人にポン助を重ねたこともある。
声をかけてきてくれる明人には嬉しく思う。いや、複雑でもあった。
(というか、もっとちゃんと言いなさいよ。そうすれば、こんなオフ会なんか……)
チラリと視線を向ければ、摩耶もこちらを警戒するように見ていた。
茶色の長い髪はサラサラしており、ハーフアップにしている。雰囲気からもお嬢様という印象を感じる。
(あのわがままなアルフィーがこれだけ高スペックだなんて思わないじゃない!)
明人がポン助だった事も気になるが、それ以上に摩耶という存在が明人とリアルでどんな関係なのか気になった。
聞きだそうと口を開くと。
「あ、あの――」
「え、えっと――」
摩耶と声が重なり、お互いに睨み合う。タイミングがかぶってしまい、またしても切り出せない。
(ここは引きなさいよ)
無言で睨み付けると、摩耶もにらみ返してくるのだった。
(あんたが引きなさいよ!)
摩耶は睨み付けてくる八雲を見た。
赤毛の髪はショートボブ。
引き締まった体は運動をしているのがよく分かる。
おまけに胸だ。
摩耶だって小さくない。ゲームを始めてから、少し大きく設定したアバターの胸囲まで大きくなっている。
だが、形の良さそうな大きな胸。
それに同性から見ても美人だった。
(ふざけんな! アルバイト先でこんな……こんな先輩がいたら普通に憧れるじゃない!)
男は単純だと女子たちが言っていた。
実際、明人も単純だと摩耶は思っている。だからこそ、そんな明人の側に――アルバイト先が一緒の綺麗な先輩がいたらどうなるかが分かった。
雰囲気からもサバサバしているのが分かる。
同性にも人気の出るタイプだ。
顔合わせをしたときから、お互いに分かっていた。ゲームなどほとんど初心者だった。アバターの設定も自分のデータを使用して少しばかり弄っただけ。
顔立ち、体型……ともにアバターに似ているというか、そのものだ。
ゲーム内だけ理想の体型をしているかと思えば、リアルでもマリエラ――八雲は十分に魅力的だった。
(卑怯じゃない。アルバイト先で、ペアで、しかも先輩後輩とか!)
明人がポン助だったのも問題だ。
会えて嬉しい。嬉しいが、問題はコレまでの言動である。
ポン助の説明をするとき、自分はなんと言った? 明人に相談する際に、ポン助のことを説明したときの態度は?
顔から火が出そうだった。
この場で叫んで転がりたかった。
穴があったら入りたかった。
(けど駄目。こいつがいるのに、変なところは見せられないし……でも、リアルもヴァーチャルも変なところを見せたし。どうしてもっとハッキリ自分がポン助だ、って言わないのよ!)
言えなかった理由も分かるが、この場では責めずにはいられなかった。
複雑な感情が摩耶を支配する。
オフ会はまだ始まったばかり。
三人の間を気まずい雰囲気が支配していた。




