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プロローグ

 分別の世界。


 そこは蒸気を使って発展したヒューマンの世界だ。


 列車や路面電車が都を走り、ヒューマンたちはスーツやドレスで着飾っている。レンガ造りの建物に、張り巡らせた配管からは蒸気が噴き出す。


 多くの工場が用意され、レベルの上限が百に設定されている。


 新しい面白さを体験できる、中盤の拠点になるような世界だった。


 そんな世界で、プレイヤーのポン助は崩れた建物の影に隠れていた。


(本当に厄介だな)


 太陽の光が遮られ、見上げると体の大きなオークよりも倍以上に大きな機人が歩いている。


 歩く度に地面が揺れ、建物が震えてパラパラと崩れていく。


 迫力もあるが、問題なのは分別の都から出てくる新種のモンスターである機人だ。


 体は機械で出来ており、体からは配管と歯車が露出した部分が見えている。


 設定は、かつて存在した都の番人。


 滅んでしまった国の残ってしまった兵器だ。


 手には大きな斧を持ち、左手は失われている。丸い両目の片方も光っていない。だが、壊れてなお動いているその姿が不気味だった。


(雰囲気作りにしても怖すぎるな)


 ギルド【ポン助と愉快な仲間たち】は、次の世界に進むために四体の機人たちと戦い勝利する必要があった。


 だが、流石に中盤に差し掛かったとあって、難易度的にも厳しくなってくる。


 ポン助が周囲に伏せている仲間たちに手で合図を送ると、少し離れた場所でパーティー内の会話を行うプレイヤーたちが出てくる。


『こっちだよ、巨人さん』


『いや、機人だろ?』


 わざと通信を行わせると、機人の頭部がギギギと音を立てながらそちらの方向へと向けられる。


 決められたコースから外れ、通信が行われた方へ大股で移動し始めると隠れていたギルドメンバーたちが立ち上がって武器を構えた。


「かかれぇ!」


 ポン助の言葉に、遠距離攻撃手段を持つプレイヤーたちが一斉に攻撃を開始する。


 連れてきたNPCの傭兵たちも、魔法での攻撃を開始した。


 機人の背中に次々に攻撃がヒットし、中にはクリティカルを表示している。ヒットポイントが小さい量だが、確実に減っていた。


 攻撃されたことでヘイト――モンスターの意識は、大量のダメージを与えるプレイヤーに向けられた。


 新しい装備に身を包んだハーフフェアリーのシエラが、杖を掲げると機人が仰け反るほどの魔法を発動させる。


 シエラがガッツポーズをすると、機人が体を屈め蒸気を周囲に噴出させた。


 すかさずポン助が指示を飛ばす。


「前衛は前へ! 後衛は下がれ!」


 控えていた前衛たちが蒸気の中に入り込むと、周囲は白い煙の中。少々熱く、少量のダメージが入る。


 視界も悪く、そんな蒸気の中に隠れている機人。


 そんな状態の中に突撃するのは馬鹿である。


 だが、ポン助たちも考えなしで行動しているのではない。


 視界が悪い状況の中、近くで機人に斧を振り下ろされたプレイヤーがいた。


「あうっ!」


 ポン助と同じオーク種……変態オークの集団だ。その一人が機人の強力な攻撃を受け、かなりのダメージを負っている。


 かなり痛いはずなのに、何故か気持ちよさそうな声を出しているのは無視する。


 ポン助も、いちいち構ってなどいられない。「も、もっとだぁ」などと言っている変態オークに蹴りを入れても喜ばれてしまう。


「そこか!」


 腕や手足が太く、筋骨隆々のオークであるポン助が跳ぶと右手に持った剣を振り上げ力一杯に振り下ろす。


 振り下ろす瞬間に刃が光った。仮想世界内でのスキル使用時のエフェクトだ。


 機人の肩に振り下ろされたポン助の剣は、肩を深く削るも空中にいたポン助を機人は壊れた腕で殴りつけ吹き飛ばす。


 激しい衝撃に空中では耐えきれず、地面に叩き付けられるポン助だが強靱な肉体を持つオークであるためか痛みは少ない。


 むしろ、受け身を取ってすぐに転がるように起き上がった。


 蒸気の中、近接戦の得意なプレイヤーたちが次々に機人へと攻撃を行なっている。


 白い霧がかった中、エフェクトの光が見えていた。


 そんな中、ポン助は目を細める。


 弓矢を構えているエルフ――いや、ハイエルフの姿があった。矢尻に光が灯り、機人の下では剣にエフェクトが発生しているヒューマンらしき人影。


「合わせないと駄目だよね」


 ニヤリと笑うポン助は、先程とは別のスキルを発動する。


 大きな盾が光を放ち、左肩を前に出すように構えると地面を蹴って突進する。


 ポン助に合わせるように、弓矢を構えたマリエラが矢を放つ。


 課金装備で身を固めたアルフィーが、剣技をポン助が機人に体当たりをする瞬間に披露した。


 すると、連携が発生し大きなダメージが機人に入る。


 立っていられない機人が倒れると、噴き出していた蒸気が次第に晴れていく。


「すぐに攻撃を――」

「おい、回復を急げ!」

「よし、一気にボコボコにしてやるぜ!」


 倒れた機人に対して、近接戦が得意なプレイヤーたちが近付いて攻撃を開始した。


 そんな中、機人がなんとか立ち上がろうとする。


 ポン助は回復アイテムを使用し、全員のダメージを確認しながら指示をする。


「ブレイズさんたちは一度下がって。そろそろ後衛の準備が――」


 後ろに視線を向ければ、後衛の魔法使いたちが前衛のポン助たちに補助魔法を使用。同時に攻撃魔法を準備し、強力な一撃を放とうとしていた。


 機人に対して、タコ殴りしているギルドの仲間たち。


 可愛らしい獣人のナナコだが。


「にゃんにゃん、にゃんっ!」


 猫であるためか、恥ずかしそうにスキルの技名を口にしていた。いや、声を出すとダメージがアップする系統のスキルなのだ。


 周囲が「殴られたい」などと言っているが、本人は顔が赤い。


 しかし、可愛らしいかけ声に反してその攻撃は一撃一撃が重く、流れるような連撃であった。


 ポン助は機人のダメージを見ながら、計算しつつ全員に下がるように命令する。


「後退!」


 前衛がポン助の言葉で下がっていく。


 そうして仲間が安全圏まで逃げ切るのを確認すると、シエラたち魔法使いが次々に機人へと攻撃を当てていく。


 火を噴き、崩れていく機人。


 爆発の中で赤いエフェクトになって消えていく姿……。


「……これで何度目だ」


 ポン助たちがここまでスムーズに機人を倒せるのは、これまでプレイヤーたちが戦ってきた記録のおかげだ。


 それを参考に、ギルドのメンバーで倒す作戦を立てたからである。


 同時に、これまで何度も同じように戦っているからだ。


 戦闘が終わり、全員がヒットポイントの回復や休憩に入ると職人集団が獲得したアイテムを見て話し合っていた。


 ポン助のギルドにはいくつかのグループが存在している。


 元々まとまりがあった方ではなく、イベント目的で集まった集団だ。


 だが、ポン助の持つギルドアイテムが強力であるために存続した。してしまったのだ。


 グループの一つはギルドマスターであるポン助だ。


 マリエラ、アルフィーと三人のグループになる。


 次にオークであるプライが率いる精鋭の変態集団。


 そして、ライター率いる職人集団。


 仲が良いナナコ、シエラ、グルグルの三人組み。


 ブレイズ率いるパーティー。


 こうして五組に分類できる。


 攻略のことなど考えない非効率的な集団ではあるが、ゲームを楽しもうとする意志は共通していた。


 ポン助たちが何度も同じ機人に挑む理由。


 それは、職人集団にある。


 代表であるライターが叫んだ。


「キタァァァ! レアアイテムきたぁぁぁ!」


 職人たちが興奮していた。


「いや~、良かったね。これで色々と作れるよ」

「もう五回くらいは再戦すると覚悟していたけどね」

「他のアイテムはどうする?」


 機人がドロップするアイテム。


 今回は職人集団が求めていたので、そちらに引き渡す話になっていた。


 ポン助たちも経験値稼ぎ、そして職人集団からアイテムや武具を受け取る事が出来るのでメリットがある話だ。


 ポン助はライターを見て思う。


(この人も楽しんでいるよね。まぁ、いいけど)


 リアルで商才があるのか、ライターは職人たちをまとめ市場を調査して売れる武具の販売に取りかかっている。


 何気に幅を広げ、違う商売も始めているらしい。


 赤毛のマリエラが、長い髪を肩にかけ大きな弓を背に担いで近づいて来た。


「何度も戦うからコツが分かってきたわ」


 皮肉交じりの言葉に、ポン助も同意したくなってきた。


 ドレス姿の金髪碧眼。剣を持ったアルフィーは、ライターの方を見て微妙な顔をしていた。


 リアルの知り合いであるため、どうにも雰囲気が違うので困っているらしい。


 見た目も可愛らしい髭を生やしたノームである。


「ライター……あんなに目を輝かせて」


 ハイエルフのグルグルは、見た目が女の子のような男の子だ。


 呆れてその場に座り込んでいた。


 男らしくなりたいらしいが、付けている装備は蛮族仕様。なのに、お腹が見えているし、露出が多いので卑猥に見えてしまう。


「もう疲れたよ。戻って休もうよ」


 ノーマル。一般的なプレイヤー構成のブレイズたちも、ポン助に近づいて来た。


「こう何度も挑んでいるけど、残り三体もいるんだよね? まさか、三体とも何十回と戦う事には……」


 盛り上がっている職人たちを前に、ブレイズたちもつかれた顔をしていた。


 体感型であるVRゲームの長所でもあるが、画面越しにキャラクターを操作するのとは違って同じ事を繰り返すと飽きが来る。


 疲れる感覚もある。痛みもある。


 そのため、何度も同じ事をすると精神的に疲れが出てくるのだ。


「流石にそれは――」


 ポン助が否定しようとすると、ライターが叫んだ。


「あぁぁぁ! 一個だけドロップアイテムが足りない!」


 全員がゲンナリした表情になる。


 だが、職人集団の熱意……なにより、ライターの説得にポン助たちが折れてまた機人に再戦を挑むのだった。






 ゲーム内でのプレイ時間は、引き延ばされ四日になっている。


 現実世界では二時間だけのログインが可能になっているが、仮想世界では引き延ばされた時間は四日になる。


 機人討伐を祝い、酒場でパーティーを開くポン助たちギルドメンバー。


 職人たちは欲しかったアイテムが手には入って嬉しそうだった。


 飲んで食べて騒ぐ。


 だが、周囲に人がいても迷惑にはならない。


 今回は貸し切っているからだ。


 NPCの店員が、次々に料理を運んでくる。


「みなさ~ん、楽しんでくださいね!」


 笑顔で料理を持ってくるNPCだが、ポン助の目の前に来ると露骨に眉間に皺を寄せて舌打ちをする。


 オークは他の種族に嫌われており、NPCの反応はこのような酷い物になっている。


「あ、ありがとう」


「ちっ」


 ゲーム内で舌打ちをされるなど、普通ならクレーム物である。


 だが、同じように舌打ちをされているオークたちは……。


「今の反応はイマイチですね」

「殴りかかってこないのか? これは運営にクレームを入れるべきだろう」

「なんでもクレームは良くない。ここは要望として、オークはもっと設定的に冷遇されるべきだと説得するべきじゃないか?」

「それだ! 今すぐ運営にメールしないと」


 机の上でメールを作成するオークたち。


 その趣味に対して真剣すぎるところを除けば、彼らは紳士的で優良プレイヤーである。


 だが、その趣味が問題だ。


 彼らはドMなのだ。


 本当に度し難いオーク集団である。


 注文したピザに手を伸ばすと、ポン助の隣に座ったアルフィーが腕に抱きついてくる。膨らんだ胸の感触に、VRゲームの技術の進歩を感じたポン助。


(本物もこれくらい柔らかいのかな?)


 そんな事を思っていると、アルフィーが本題を口にする。


「ポン助。来週の予定はちゃんと空けていてくださいよ。せっかく、三人で会えるんですから」


 マリエラはジョッキで飲み物を飲みつつ、ポン助の肩に自分の方を当てた。


「あんたの予定があわなかったからでしょ。こっちはすぐに会えるはずだったのに」


 来週。予定。


 ポン助は、マリエラとアルフィーの三人でオフ会を開くことになっている。


 照れるポン助。


「う、うん。日曜だから大丈夫だよ。それにしても、ドキドキするよね」


 三人で盛り上がっていると、同じテーブルに座っていたナナコたち三人組みも顔を合わせて相談していた。


「オフ会ですか? 私もやってみたいですね」


 グルグルも同意する。


「いいね。でも、もうすぐ冬休みだよ。そこでオフ会にしない?」


 シエラがグルグルに注意をした。


「グルグル、そうやってリアルの事情を言わない」


「なんで? 冬休みくらい良いじゃない」


 アルフィーがグルグルに言うのだ。


「世の中、冬休みがない大人もいるという事ですよ。学生だってすぐに分かるような発言は止めましょうね」


 グルグルがしまった、という顔をする。どう見ても男の子ではなく女の子に見えた。


 リアルの季節は冬。


 仮想世界内でも、肌寒く感じるような季節になっている。


「それよりグルグル。そのヘソ出しスタイルは見ていて寒いから止めたら」


 ポン助の忠告に、グルグルは胸を張った。


「知らないのか、ポン助兄ちゃん。これがワイルドな男のスタイルなんだぜ」


 ギルドのメンバーたちがクスクスと笑っている。


 きっと、誰かがグルグルに嘘を教えたのだろう。


「いや、その恰好だと露出狂に見える。ワイルドだけど、アマゾネス的な?」


 ポン助の素直な感想に、グルグルはえっ? という顔をして周囲を見ていた。ギルドメンバーがそんなグルグルを笑い、拍手を送り口笛を吹く。


 真っ赤になった顔を両手で隠し、グルグルは座り込んだ。


「そんな。俺はもっと男らしくなりたいだけなのに」


 シエラが苦笑いをしていた。


「あはは……今度、一緒に装備を見に行きましょうね」


 まとまりのないギルド。


 だが、それも悪くないとポン助は思うのだった。


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