エピローグ
パンドラの箱庭のホームページ。
そこに、新たに開発スタッフの記事が追加されていた。
節制の都に隠された大がかりなイベント。
MMORPGでは有り得ないようなイベント発動条件や、その他の裏話的な開発者のコメントが閲覧できる。
イベントの開発者は語る。
『イベント自体は暴食の世界が解放された後、節制の都が開放された時点で作成されていたんです。でも、まさかここまでイベントに気付いて貰えないとは思いませんでした(笑)』
パンドラの箱庭がスタートし、初期の大型アップデートの段階で既に女王と土竜のイベントは組み込まれていたのだと開発者は語る。
そして、プレイヤーたちの多くが、VRという新しい環境なのにMMORPGを基準にゲームを考えていると語った。
『本来なら仮想世界はもっと自由です。けれど、技術が追いつかなく、MMORPGをモデルにして開発したこちらの責任もあるのですが……プレイヤーの方がこうあるべき、と拘りが強いんですよ』
オンラインゲームの定番とも言える題材をモチーフにしたために、プレイヤーたちに固定観念を生んでしまったと悔やむ開発スタッフ。
『中には本当に自由にしているプレイヤーもいるんですよ。悪質では……ないのか、どうなのかは微妙ですけどね。ただ、パンドラに対して熱意を持っているプレイヤーたちです。最近は動画で有名になりましたね。ほら、オークが飛ぶ奴ですよ。もう、あの人たちの方向性が違う熱意には苦笑いしか出来ません(笑)』
そう言いつつも、真剣にゲームを楽しんでいる彼らのために、一度や二度はゲームバランスを崩さない範囲で要望を聞き届けたと開発者は語る。
オークたちの熱意は開発者をも動かしていた。
『実は土竜討伐イベントですけど、次の大型アップデートで消える予定だったんです。ここまでプレイヤーに発見されないなら駄目だろう、って。何千人もいるのに、いつまで経ってもイベントが始まらないのでドキドキしましたね。結構苦労して作り込んで、この前の大型アップデートでは条件を緩和してバランスを見直したんです』
消える前にイベントで盛り上がれたことを、開発者は喜んでいた。
『まさかイベントを発見したのが、エルフから嫌われているオークプレイヤーというのも考えさせられましたよ。嬉しくてギルド用のアイテムを奮発してしまい、上司に怒られました(笑)』
こうしたプレイヤーたちに発見されず、消えていくイベントについて開発スタッフは語る。
『流石にこれだけの規模のイベントは、そんなに隠していません。けど、沢山のイベントがまだパンドラには隠れています。一度も発見さえていないイベントは沢山あるんです。プレイヤーの皆さんには、是非とも探して欲しいですね』
こうしてコメントは、開発時の苦労話や今後のイベント開発に移行していく。
そうして、最後には――。
『パンドラの箱庭というのは、皆さんもご存じの通りパンドラの箱をモデルにタイトルにしました。そこから沢山の災厄が出て来て、最後に希望が残ったという箱ですね。このゲームは、ゲームを超えた新しい世界へ向けた入口だと思っているんです。開発スタッフ一同、作っているのはゲームではなく新しい世界だと認識しています』
――多少変なコメントで絞められていた。
だが、これは事実を知っている者たちからすれば、大きな意味合いを持っていたのだ。
◇
分別の都。
入り組んだ場所に構えられたギルドには、ローブのフードで顔を隠した情報屋たちが集まり円卓を囲んでいた。
ホームページに掲載された開発者のコメントに対して熱い議論がされていた。
「何が新しい世界だ、ふざけやがって!」
「あいつら、自分たちが神にでもなったつもりか?」
「今攻略中の世界もそうだが、まさしく傲慢だな」
勤勉の都を開放し、今はトッププレイヤーたちが傲慢の世界を攻略していた。それにかけて、開発スタッフたちを傲慢だと言い切る情報屋たち。
リーダーである男性が攻略状況を説明する。
「ついでに悪い知らせだ。国も動いて、公共の施設にも次々にVRマシンを設置し始めた。次世代機は更に安価で手に入りやすくなっている。パンドラをプレイするのにハードルがどんどん下がり、プレイしやすい環境が整っている」
既に、四千万人を超えるプレイヤーを獲得したパンドラの箱庭には、巨額の金が集まるようになっていた。
そして、プレイヤー人口の増加は、運営する会社どころか開発スタッフたちにとっても喜ばしいことだ。
何しろ、大量のサンプルデータが手に入るのだから。
パンドラの箱庭とは、一種の実験場である。
それは国すら絡んだとても大きな実験場だ。
「攻略速度も上がっている。このままでは、リアルで一ヶ月以内には傲慢の世界は攻略されるだろう。そうなると、残っているのは色欲と憤怒の世界だけ。このままでは全面クリアに二年もかからない」
そうなってしまえば――。
「――世界が終わる」
情報屋たちは、息をのむ。
リーダー格の男性は、この状況をなんとか覆そうと考えていた。
「政府も運営会社も焦っている。現実世界に影響が出ているが、その程度は無視してでも計画を進めるつもりだ」
情報屋。
声から女性と思われる情報屋は、すぐにでも例の計画を実行するべきだと提案した。
「もう時間がない。私たちの計画を実行する時よ。抱えているセレクターたちならきっとやってくれるわ。それに、オークのセレクターは優秀よ」
リーダー格の男が考え込む。
彼は、普段からポン助と情報のやり取りをしている人物だ。
「……やるか」
全員が頷く。
「そうしなければ――俺たちの世界が滅ぶ」
たかがゲーム。
だが、そのゲームが世界の命運を握っていた。
ポン助は、その争いの中に巻き込まれようとしている。
◇
八雲はシェアハウスで料理をしていた。
普段、レンジやら家電しか仕事していない台所は、ここ最近では八雲一人が使っていた。
鍋で煮込んだスープが出来上がると、居間では後輩に同級生、先輩たちが待っていた。
「よし、完成」
味を見て出来栄えに満足していると、女子一同が待機していた。
いつ頃からか、八雲が料理をする日は全員が食べるようになっていた。
八雲も練習で作っているので、味を確認してくれる人がいるのは助かる。
「八雲ちゃん、本当に上達したね。これで彼氏がいないとか、嘘としか思えないよ」
先輩がそう言うと、八雲は更にスープを注ぎながら答えた。
「まぁ、趣味みたいなものなので」
後輩は八雲の手伝いをしながら、首を傾げていた。
「でも、この前はファッション関係の雑誌を見ていましたよね」
全員が冷やかすように八雲をからかう。
顔を少し赤くした八雲が、配膳を終えて席につくと食事をする。
「そ、それは別件よ。今度オフ会があるから」
先輩はそんな八雲に呆れた顔を向けてきた。
「あんた……あんまり期待していると後悔するわよ。ネット上でも仮想世界でも同じだけど、そういった関係なんてリアルに持ち込むとろくな事がないからね」
後輩が笑っている。
「先輩、それって実体験ですよね。でも、八雲先輩も気を付けた方がいいですよ。だって、出会いを求めているプレイヤーなんて沢山いますから」
他の女子たちもその意見に賛同する。
「いるよね。やたらオフ会をやろうとか言ってくるの。だから私、アバターを男性に変えたのよ」
「有名人の顔にすれば良いわよ。男なんか警戒して寄ってこないわよ」
八雲は呆れて会話を聞いていた。
以前は食事の際に料理に対して文句も出ていたが、今では誰も不満を口にしない。
「それより、今回はどうなのよ」
先輩が八雲に言う。
「おいしいよ。八雲ちゃんは良いお嫁さんになれるね。男を紹介してあげようか?」
八雲は興味がないのか食事を続けた。
「興味がないので必要ないです」
後輩が八雲を見てニヤニヤしていた。
「先輩、そんな事を言っていると嫁ぎ遅れますよ」
八雲が後輩の頭を鷲掴みし、ニコニコしながら握力で締め上げた。
「先輩痛いです! ギブ! ギブアップ!」
こうして、夜は更けていく。
仮想世界でライターと名乗っている【柊 純】は、自分の書斎で真剣に考えていた。
パソコンの画面には色々なデータが並んでいる。
そんな書斎をノックするのは、純の妻である。
「貴方、まだ終わりませんか」
純は慌てて画面を消した。
「あぁ、すまない。もう終わる」
純の妻は、仕事で悩んでいるのだと思っている。
だが、実際は仲間たちとの今後の計画や情報収集で悩んでいたのだ。効率的に、どうやって商品を売っていこうか思案していた。
画面を見てプレイするゲームとは違い、体感型は単純にステータスが強力ならどんな武器でもいいというプレイヤーは少ない。
最強装備のブーメランパンツがあるとする。
能力は優秀。しかし、他の装備をつけてもアバターは全裸になってしまう。
そんな装備を好んで使うプレイヤーもいるだろうが、一般的な多くのプレイヤーはそんな装備を使用しない。
性能、デザイン、使いやすさ、様々な要因が絡んでくるのだ。
ゲーム内で優秀な職人集団は、一種のブランド力を持ってゲーム内で稼いでいる。
ただ物を作れば良いわけではなく、奥深いところが純には魅力的だった。
「お仕事は大変ですか?」
妻の言葉に、純はドキリとした。
(いや、今は特に大変でもないし、割と順調だからいいんだが……)
それよりも、ゲーム内の方が苦戦を強いられていた。
ライバル集団、そして戦闘力を持たないために素材集めに苦労している。
「心配しないでいい。会社の方は大丈夫だ」
妻を安心させつつ、純は書斎を出るのだった。
◇おまけ
※本編にはまったく関係ありません。
作者の別作品を読んでいないと内容も分かりません。
本編だけを楽しみたい方は戻ることを“強くお勧め”します。
気になる方は、作者の別作品を読んでみてね!
というか、作者の別作品を知っている人たち向けのおまけです。
明人は夢を見ていた。
ボートに乗り川を渡っている夢だ。
(そう言えば、川を渡る夢とか三途の川を想像するな)
ボンヤリとそんな事を考えながら、陸地に足を踏み込むと青い髪をした男が近付いてくる。
一瞬、悪質プレイヤーの男と見間違ったが、雰囲気が違った。
「だ、誰だ!」
だが、男は明確には答えない。
その後ろにもゾロゾロと男たちが集まっている。
見える範囲で、全員顔立ちが整い――いわゆる外見がいい男性たちだった。
警戒する明人に、全員が拍手を送る。
一番前に立っていた男が両手を広げた。
「俺が川の向こうで手招きをして待っているだって? 違うね! 俺は――俺たちは、こうして知らない内にこちら側に来たお仲間を手放さないように囲むのさ!」
酷く下卑た笑いをしている男に唖然とし、明人は一歩下がった。
視線を向けると、まだボートに飛び乗れる。
元の場所に戻れると思い、振り返って駆け出す。
――瞬間。
「逃すかぁぁぁ!」
名前も知らない黒髪の男が足に跳びかかってきた。足に抱きつかれ、体勢を崩して倒れる明人は、離れて行くボートに手を伸ばす。
「待って! 乗ります! 乗りますから!」
伸ばした手を掴むのは、どうにも疲れ切った顔をしている男だった。
「お前もこっちに来い。勘違いされていつの間にか結婚しているような、そんな人生を歩むんだ」
みんな不幸になればいい、みたいな顔をしている男や黒髪の男を振りほどいて逃げ出す明人。
ボートはもう晴れすぎていて、霧の中に消えていく。
男たちが迫ってくると、全力で逃げ出した。
「逃すな、追え!」
「こいつも俺たちの仲間だ!」
「こっちだ、こっちに来い!」
三人が追いかけてくる。だが、黒髪の青年が周囲を見回した。
「あれ、ルーデルは?」
青髪の男が首を横に振っている。
「あいつは駄目だ。俺たちとは別ジャンルだからな」
疲れた顔をしている男が、本当に悔しそうにしていた。
「俺なんか話も通じない電波さんと結婚させられたのに……お前もこっちに来るんだよ!」
何故だか分からないが、明人は捕まってしまうと終わると感じた。
言い知れぬ恐怖を感じ、その場から逃げると――目を覚ました。
「――はっ!」
飛び起きて時間を見ると四時。
普段通り目が覚めて、明人は助かったと顔を覆う。
両手で顔を押さえると、随分と寝汗をかいていることに気が付いた。
大きな溜息を吐き、そして呟く。
「夢で良かった。いったい、なんであんな夢を見たんだ?」
すると、スマホに着信音が二回。
取得したフリーメール宛てだった。
マリエラとアルフィー、二人からのメールだった。
 




