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幻想と現実のパンドラ 作者:わい/三嶋 与夢

三章

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女王の盾と杖

 ――朝の四時。

 普段通りに起床してしまった明人は、部屋の隅にあるVRマシンを見る。

 昨日、マリエラとアルフィーには、ログインしないかも知れないと伝えていたが、どうしてもこの時間になると目が覚めてしまった。

 今日は日曜日。

 節制の都で起きた防衛戦の話題でネットが盛り上がっているというのに、明人の気持ちはどうにも優れない。

 ただ、立ち上がるとそのまま風呂場へと向かった。

 身支度を調えてベッドに腰掛けると、時間は四時四十五分。

 ゆっくりと支度をしたつもりだったが、どうにも五時までに終わらせるという癖がついてしまったらしい。

 ログインするか、しないか。

 考えて、そして……。

「……まぁ、二人がいなかったらログアウトだな」

 そう呟いて、ヘッドセットに手を伸ばした。

 朝晩がだいぶ冷え込むようになった季節。

 明人は体が冷えないようにタオルケットをかぶりログインする。



 節制の都。

 防衛戦が終わり、エルフたちは他種族に対して随分と寛容になっていた。

 広場で顔を合わせたクララは、オークを見ると逃げ出してしまうのは変わらない。

 そうして周囲を見渡すポン助は、近くに立っていた二人を見つける。

 マリエラが手を振ると、アルフィーも両手で大きく手を振っていた。

(待っていたのかな? いや、違うか)

 合流すると、マリエラもアルフィーもポン助に声をかけてきた。

「ポン助、今日はノンビリ遊ばない」

「そうですよ。どうせ装備はボロボロで、アイテムだってろくにないんです。ここはランキング上位に食い込んだお祝いも兼ねて騒ぎましょう」

 臨時ギルドは未だに解散していない。

 防衛戦終了から、ポン助が落ち込んでしまったので周りが気を使ってそのまま放置されていた。

「……二人とも、ごめんね」

 謝るポン助に、アルフィーは微笑む。

「別に構いませんよ。私とポン助は仲間ですからね」

 そんなアルフィーの言葉に、マリエラが肘撃ちをした。お腹を押さえ、苦しむアルフィーにマリエラは笑みを浮かべて聞くのだ。

「私の名前がないのはどういう事かな?」

 青い顔をしたアルフィーが、不敵な笑みを作る。

「そういう意味ですよ。やるんですか? この場で決着を付けてもいいんですよ」

 二人が互いに予備の武器を手にとって決闘を始めそうな時だ。

 ナナコが走ってポン助に抱きついてきた。

「ポン助さん!」

「ナナコちゃん」

 後を追いかけてくるのは、シエラとグルグルだった。

 そして、そろりに、ブレイズたちパーティー。

 ライターたちも集まってくる。

「皆さん、どうしたんですか?」

 代表してブレイズがポン助に説明する。

「いや、まぁ……なんというか、今回のイベントでランキング一位を獲得してしまってね。報酬に関してなんだけど、レアアイテムはみんな貰えた。貰えたのはいいとして、問題はギルドに対する報酬がね」

 そろりがキッパリと言う。

「ギルド用のレアアイテムですね。持っているだけで効果を発揮するタイプで、ギルドメンバーにメリットが大きいわけですよ」

 そろりが言うには、このまま解散していいものか? と、全員が思っているらしい。

 ブレイズも腕を組んで考えていた。

「大規模なクエスト報酬だし、課金アイテムとは違って効果が凄いからね。ルーク君だったかな? ポン助君の友達もギルドアイテムを手に入れて大喜びしていたよ」

 ポン助はアゴに手を当てて考える。

「いや、でも臨時ギルドでしたから、そこまで考えていなかったんですよ。……そんなに凄い効果が?」

 ステータス画面を見るように言われ、ポン助がギルド項目を見ると目を見開いた。

 ギルドの規模こそ小さく、それで効果自体もどれも微々たる物だ。

 毎日のように小銭程度の資金が手に入る。

 微々たる量だがステータスに補正がつく。

 NPCの店で買い物をすると、多少の割引がされる。

 ギルドメンバーは、コンボが発生しやすくなるとかその程度だ。

 だが、報酬で手に入れた【女王の盾】というギルドに飾るアイテム効果は、ギルドの規模を二段階上げる効果があった。

 つまり、ギルドの恩恵をそれなりに受けられる。

 そして、ギルドマスターであるポン助には、ギルドメンバーを強化する特殊スキルが手に入っている。

 そのスキル名は【女王の加護】。

 とても優秀過ぎるスキルだった。

 ライターがポン助に頼み込む。

「これはトレード対象外のアイテムだ。ポン助君、しばらくギルドを残さないか? 私たちにとっても無視できないスキルがあるんだ」

 生産職にとっては、戦闘が苦手というプレイヤーも多い。

 そんなプレイヤーたちにとっては、素材集めの戦闘が楽になるというのは大きな恩恵である。

 しかも、素材集めで使用する金額が若干安くなる。

 ライターはそれが嬉しいらしい。

「ほら、私たちも集まってはみたが、どこか大手のギルドに入る事は考えていない訳で、これはチャンスなんだ!」

 アルフィーが少し引いていた。

「ライター、必死すぎます」

 ポン助が考え込んでいると、そこにオークの集団が憤慨した表情で現われた。

「ポン助君! 君は、なんて事をしてくれたんだ!」

「――え?」

 オーク一同が、本当に怒りをあらわにしていた。

 こんな珍しい光景の前に、ポン助も困惑を隠せないでいた。





 謁見の間。

 新女王である幼い少女【ミーア】は、玉座に座って足をプラプラさせていた。

「よく着ましたね、英雄ポン助」

 英雄と言われたポン助が困っていると、どうやら女王の盾を持つポン助たちは節制の都では英雄扱いらしい。

 そして、そのメンバーで仲間も英雄である。

 NPCの態度が、これまでと露骨に違うようになった。

「えっと、女王様?」

 ポン助が後ろで期待するオークたちの視線を見ながら、頼み込む。

「オークに対する扱いをもっと過激に戻せないでしょうか」

 ただ、そんな事を言われると思っていなかったのか、ミーアは首を傾げ。

「ミーア、分かんない」

 そう返事をしてきた。

 オークたちは絶望している。

「ちくしょう! 可愛いぃぃぃ!」
「新しい女王様に蔑まれたかったのに! 踏まれたかったのに!」
「何が英雄だ! 返せよ。俺たちの楽園を返してくれ!」

 エルフにとってオークは相性が悪く、そして態度も相応に悪かった。

 それを楽しんできたオークたちにとって、節制の都は楽園そのものだったのだ。

 しかし、防衛戦後にどこに行っても英雄と崇められ、まったく今までのように楽しめなかった。

 広場のクララを追い詰め、殴ってくれと頼むと土下座をされたらしい。

『これまで、英雄様たちに酷いことをしてきて申し訳ありませんでしたぁぁぁ!』

 泣きながら土下座をするクララに対して、オークたちも泣きながら土下座をして言う。

『そんな事を言わず、以前の貴方に戻ってください!』

 土下座し合うエルフとオークという、なんとも言えない光景を作り出したオークたち。

 彼らの頑張りが、彼らの楽園を失わせたのだ。

「運営に連絡を入れても駄目だった。僅かな可能性も……今、潰えた」
「もう、俺たちの理想郷はここにはない」
「行こう。俺たちは先に進むときが来たんだ」

 勝手にフラフラと立ち上がり、オークたちは出て行く。

 深い悲しみを経験した彼ら。

(……なんだよ、あいつら)

 どうせ無理だと分かっていたのに、可能性を信じて女王に面会したポン助からすれば迷惑でしかなかった。

 溜息を吐くポン助は、そのまま謁見の間を出て行こうとした。

 すると、ミーアがポン助に声をかける。

「ポン助、少し良いですか」

「……あれ?」

 また何かのイベントかと思っていると、ミーアは家来に杖を持たせてきた。それは、シェーラが持っていた杖である。

「先代の女王陛下が、貴方に送ると遺言を残していました。土竜討伐、本当にありがとうございます」

 微笑みかけてくるミーアの顔には、シェーラの面影があった。

 それが、ポン助には辛い。

 受け取ると、女王の杖は【ギルドアイテム】――つまり、ギルド強化アイテムだった。





 希望の都。

 酒場を貸し切ったポン助たちは、土竜討伐の成功を祝っていた。

 新たにギルドアイテムを受け取ったせいで、ギルド存続させるべきとライターが熱く語り始めている。

「ポン助君。いいかい。これはチャンスだよ」

「ライターさん、酔っていませんか?」

 困惑しているポン助のテーブルでは、ナナコとシエラが並んだ料理を食べて感想を言い合っている。

 グルグルはそんな二人を呆れた目で見ていた。

「シエラちゃん、これ美味しいですよ」
「こっちも美味しいわよ。あ、次はこれを注文しましょう」
「よくそんなに食べられるよね。見ているだけでお腹一杯になりそう」

 楽しそうにしているグループから、わざわざ離れて座っているそろりを見る。ポン助は、そちらのテーブルに向かった。

「そろりさん、みんなと飲まないんですか?」

 そろりはグラスに入ったジュースをチビチビと飲んでいた。

「ポン助君、言ったよね。僕は孤独を愛するんだ。周りが楽しそうにしていればしてるほど、僕の孤独感は凄まじいものになる。そして、ギルドに残るか去るかを考えて、頭が痛くなりそうだ」

(こいつも分からない奴だな)

 そろりにしても、ソロプレイヤーなのでステータスの強化やメリットの多いギルドメンバーは美味しいらしい。

 これからソロでプレイしていく事を考えると、どうしてもメリットは欲しい。

 だが、それで真のソロプレイヤーになれるのか?

 そろりは悩み続けている。

 ブレイズは仲間や、他のメンバーと話をして盛り上がっていた。パーティーのリーダーをしているだけあって、自然と人が集まっている。

 そして――。

「並べ豚共!」

 アルフィーとマリエラが、オークたちに囲まれ崇められていた。

「そうだ。俺たちには女王様がいるじゃないか」
「こんなに嬉しいことはない」
「あぁ、拳が骨まで響く」

 幸せそうなオークの集団は放置して、ポン助は楽しそうなギルドメンバーを見て思うのだった。

(まぁ、残すくらいはいいか)

 こうして、ギルド【ポン助と愉快な仲間たち】の存続が決定した。



 日曜日の夕方。

 フィットネスクラブでプールに入った明人は、上がるとベンチに座って呼吸を整えていた。

 トレーナーが明人のタイムを見て首を傾げている。

「随分と体は出来てきたけど、水中はまだまだかな」

 肩にタオルを掛けた明人の体は、以前と違って絞り込まれていた。

「ま、まぁ、こんなに泳いだのは初めてです」

 息を切らし、随分と泳いだと思いながら周囲を見る。

 トレーナーは明人のメニューを考えており、少し暇だった。

 男性が三割。

 女性が七割くらいだろうか。

 大学生くらいの女性二人がプールから上がってベンチに腰掛けていた。

 視線が胸に吸い寄せられるが、流石にまずいと思って視線を無理やり床に向けた。ポタポタと水が落ちる。

「まぁ、目標は設定しておくから、使いたいときは使うといいよ。それにしても、本当に体付きは見違えたね。若いからすぐに体質も変わってくると思ったけど、想像以上だ」

 フィットネスクラブに通い出してから、急激に肉体が力を付けているのを感じていた。

 明人は、確かに通って良かったと、友人の陸に感謝をする。

「おかげで疲れにくくなりましたよ」

「それはいいね。でも、あんまり無理はしないように」

 トレーナーと話を終えると、着替えに向かった。





 更衣室。

 水着から着替える大学生二人は、明人の話をしていた。

 紫色の長い髪が特徴的なのは【如月 レオナ】だ。

 スタイルも良いが、どこかきつい印象を与える女性だった。

 そんな彼女に話しかけるのは、友人である【葉月 弓】である。

「ねぇ、レオナ、あの子は凄いね。もう腹筋とかバキバキだったよ」

 ぽわぽわした雰囲気を持つ青髪で赤目の女性は、優しい雰囲気を持っていた。

 そんな弓に、レオナは呆れている。

「また男ばかり見ていたのか? 少しは鍛えたらどうだ。その大きな胸も絞り込め」

 わざとらしく手で掴むが、指が埋まって全体を掴みきれない。

 弓が恥ずかしそうに胸を隠す。

「いいじゃない。見るだけならタダだもん」

 レオナはティーシャツを着ると少し濡れた髪を服から出して髪型を整えていた。

「先生が目をかけているから、割と有能なのかも知れないな。動きを見たが、体を動かす事に向いていそうだ」

 弓も慌てて服を着ると、レオナを見る。

「私だけに色々言うけど、レオナだって男の人と付き合ったことはないでしょ」

 レオナは動じない。

「私の場合、卒業したらどうせ結婚だからな。そんな私では付き合った男性に失礼だ」

「結婚を考えて付き合うなんて重いよ」

 二人が着替えを終え、荷物を持って外に出ようとするときだ。

 弓が思い出したように口にする。

「あ、そうだ。レオナ、パンドラってゲームは知っている?」

 レオナは弓の顔を見ずに話をする。

「ニュースで話題になるから知っている。VRゲームだろう? あの分野は、開発費や開発期間の関係で、そのゲームの独壇場だと聞いた」

 弓は肩をすくめていた。

「そういう事じゃなくて。一緒に始めてみない。周りの子もやっているみたいだし、それに息抜きが出来るみたいだよ」

 レオナは弓の顔を見る。

「そう言えば、ゲーム内の時間は二十四倍。いや、四十八倍だったな。パンドラか」

 弓も頷く。

「やっていない子の方が珍しいし、この際だから話のネタにやってみない。VRマシンも、今は簡単に手に入るよ」

 レオナが頷くと、弓は背中に抱きついていた。





 月曜日。

 アルバイト先で明人は、バックヤードの奥の部屋を見ていた。

 そこは社員用の狭い部屋で、パソコンが置いてあり色々と管理をしている。

 そんな部屋から、叫び声や怒鳴り声が聞こえてくるのだ。

 バックヤードは防音設備をしているので、店の方まで声は聞こえてこない。だが、休憩中の明人には嫌な感じだった。

(栗田さん、何かあったのかな?)





 栗田は、パソコンの画面に顔を近づけていた。

「なんだ。なんだよ、これは!」

 そこには悪質行為をしたパンドラのプレイヤーたちが晒されており、彼らの行動が動画付きで公開されていた。

 ご丁寧に、栗田のアバターであるゼインは、悪質行為に加えて狂化したオークたちに蹂躙されるところまで動画にまとめられている。

 コメントを見れば、書き込みは何百件と表示されている。

『課金プレイヤーで、ランキングにも入れないとかカスだろ』
『悪質すぎて笑えない。あそこでオークたちがもっと表面を削れていれば楽だったのに』
『無能は課金しても無能だな』
『何がしたかったの、こいつら?』
『俺は課金してまでこんな事をしようとは思わないな』
『ゼイン君、晒されちゃったね! アバターを変えて再度挑戦だ!』

 もっと悪質な書き込みも有り、栗田は両手で乱暴に髪をかく。

「くそ、くそっ! いったいいくらつぎ込んだと思っている。ギルドアイテムがあんなに高性能だなんて知らなかったんだ! 知っていれば、もっと効率よく……ちくしょう!」

 ランキングの順位は、ギルドアイテムを貰える五十番台よりも下。

 レアアイテムを貰えるのは千番まで。

 栗田のギルドは、『1005番』という数字だった。

 参加賞は貰えても、それ以外にレアアイテムなども貰えない順位だった。

 つぎ込んだお金は数十万。

 それだけあれば、まともにやっていれば普通に二百番代にはいけたはずである。運が良ければもっと上も狙えただろう。

 そればかりか、今までお金をつぎ込んできたアバターが晒されてしまっている。

 これでは、ログインしてもまともにプレイが出来ない。

 実際、ログインしたときに攻撃を仕掛けられる事や、プレイヤーたちに距離を取られていてまさかと思い調べてみれば……。

「いったいいくらつぎ込んできたと思っている。俺のアバターは……最強のアバターは!」

 栗田が涙を流していた。

 彼に残ったのは、多額の借金だけである。
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