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 土竜に踏みつぶされたポン助。


 復活前の浮遊感の中で、色々と思い出す。


『先代の女王陛下は命を賭けて――』

『必ず戻って来てください』


 シェーラの言葉。


 そして悲しそうな表情。


(もしかして、このイベントは……)


 嫌な想像が頭の中に生まれている。元からそういった不安はあった。


 シェーラはこのイベントで消えてしまうのかも知れない。


(それは嫌だな。なんか嫌だ)


 すると、ポン助の前に脈打つ光のような物が出現する。それはポン助に近付き、そして語りかけているようだった。


『欲しい物があれば奪え。殺せ、犯せ、蹂躙しろ。その力はお前の中にある』


 光はまるでオークの姿になると、猛々しいというよりも獰猛そうなオークがポン助の中に入ろうとする。


 いつの間にか握りしめていた石――“優しき心”が光、恐ろしいオークをポン助から引き離していく。


『またか。またなのか! 受け入れろ――セレクター!』


 セレクター。


 情報屋が言っていた言葉。


 だが、少しおかしい。


 選ばれた者というよりも、セレクト……選んだという方がしっくりくる。


 自分で選ぶ者という意味ではないだろうか?


(なんでセレクターなんだろう。もしかして、オークのセレクターは僕なのか?)


 情報屋の男は、かつてポン助に選ばれたセレクターである、という事を言っていた。


(なら、僕が選ぶのは!)


 急激に背中を引き寄せられ、そして木の根で出来たベッドで目を覚ます。部屋の中を一本の木が支配する蘇生場所では、ポン助を待っていたオークたちが駆け寄ってきた。


 ゆっくりと起き上がるポン助は、自分の手を見る。


 開き、そして握ると力がより入る気がした。


「ポン助君、どうやら全員やられたらしい。だが、岩肌を削った部分にプレイヤーたちが攻撃を集中させている。ダメージも随分と与えているみたいだ」


 プライの伝えてきた情報には、同じギルドの仲間のことがなかった。


「みんなは?」


 立ち上がりながらそう言うと、プライはサムズアップする。


「無事だ。罠を大量に設置して逃げたらしい。今は罠を設置するプレイヤーと、並走して土竜に攻撃を仕掛けるプレイヤーに別れてダメージを与えているよ」


 邪魔されたが、どうやらポン助たちのやった事は無駄ではなかったらしい。


 ただ、大剣を担いでいるデュームが難しい表情をしていた。


「問題は最終防衛ラインまでに土竜を倒せるかだな。ダメージ計算をしたプレイヤーたちが少し足りないと話をしていた」


 すると、節制の都に配置されている大砲が次々に火を噴いた。


 その轟音にポン助たちは、大砲が届く距離に土竜が来た事を察する。


「……皆さん、アレを使いませんか」


 ポン助が神妙な顔つきで言うと、オーク全員がギョッとした顔になった。


 プライが代表してポン助の意見に反対した。


「ポン助君、アレは駄目だ。実際、アレは周りに迷惑がかかる。この状況で使用するのは――」


 ポン助が頼み込む。


「今から行っても、やられればもう土竜は近くまで来てしまいます。次はないかも知れません」


 節制の都は夕暮れに染まり、土竜が近づいて来ている。


 その光景を記録しているプレイヤーたちもいて、山が攻め込んでくる映像は次々にアップロードされていた。


「正面から行きます」


 ポン助に言われ、全員が「それなら」と言って頷く。


 プライは納得できなかったが、ポン助の頼みなので渋々と了承した。


「あの状態は嫌いだけどね。痛みもなければ自由もない。本当に乗っ取られた気分になるから嫌だね。特に痛みがない」


 痛みがないと二度も口にするプライに苦笑いをしつつ、ポン助たちは土竜に最後の戦いを挑もうとしていた。






 多くのプレイヤーたちが、馬に乗って魔法や矢、そしてアイテムを放り投げている。


 マリエラは馬上で弓を構え、そして次々に放っていた。


 持ってきた値の張る矢は使い果たし、課金して手に入れた矢も失った。残っているのは、弾数無限の最低ダメージを保証する矢だけだ。


 そうして矢を放とうとすると、弦が切れる。


「ちっ! 耐久値がゼロに――」


 持っていた弓は赤い光に粒になって空気に消えていく。


 人馬一体。マリエラは馬を見事に操っていた。


 アルフィーは後ろにシエラを乗せ、そして魔法を撃たせている。


「シエラちゃん!」


「はいっ!」


 呪文を唱え、そしてシエラの杖から魔法が放たれると大爆発を起こした。アルフィーの持っていた課金アイテムや、シエラの持っているブースト薬などを使用した一撃だ。


 しかし、土竜は止まらない。


 馬に乗って駆けてくるのは、ルークたちだ。


 その手には拳銃が握られていた。


「なんですか、そんな物を持ちだして!」


 アルフィーが羨ましそうに、ルークが持っていた拳銃を見るのだった。


「次の都で手に入る。ついでにハイヒューマンのイベントもあるぜ。それより元気な姉ちゃんたちは下がれ。俺たちの番だ」


 ルークの仲間たちが次々に攻撃をしていく。絶え間ない攻撃。


 そんな中、ひっそりとそろりも混ざっていた。


 馬に乗るのではなく自分の足で駆け、そしてアイテムや魔法でチマチマダメージを与えていた。


 無駄に高いプレイヤースキルが、周囲のプレイヤーたちの邪魔をしていない。


 ルークが拳銃の弾倉を交換しながら、そろりを見て本当に驚いていた。


「ポン助の友達は面白い奴が多いな」


 ルークはそう言って馬上で拳銃を構え、そして土竜に攻撃を加える。


 他のプレイヤーたちも同じように攻撃を確実に与えているが、あと少しというところだった。


 土竜の正面からは次々に大砲から砲弾が撃ち込まれている。


 ルークは呟く。


「あと少し。あと少しなのに。ポン助たちがもう少しだけ表面を削れていれば」


 分厚い岩肌が鎧の役割を持っていた。


 もう少しだけポン助たちが表面を削れていれば、きっと更にダメージは入っていただろう。


 それを悔やむルークは、節制の都が近付き太陽がもうすぐ沈もうとする景色を見る。


 そして、そんな中にオークたちが装備を外して立っている姿を見た。


「あいつら、何を――」






 オークイベント。


 魔の証明を得たポン助たちは、一つのスキルを得ている。


 それは【狂化】――バーサーカー。狂戦士。色々とあるが、オークの狂化はひと味違う。


 何しろ、プレイヤーはアバターを操作するのが難しくなる。


 飛び抜けた性能を持っているが、味方すら攻撃してしまう本物の狂戦士。それが、オークの狂化だった。


 腰布装備のオークたちは、それぞれステータス画面を表示してスキル発動のボタンを押す。


 すると、カウントダウンが始まった。


『3』


 全員が歯を食いしばる。体中に血管が浮き上がり、そして体が一回り大きくなった。


『2』


 鼻と口が前に出て、まるで狼のような頭部になる。体毛が増え、更に体が大きくなった。


 ポン助は思う。


(最初は使えないと思った。けど、この状況なら――)


『1』


 全員に角が生え、そして手足がより太くなった。姿勢が前のめりになり体中を筋肉が覆う。


 更に体は大きくなり、最大限にスキルを使用したオークたちの狂化は数値で『100%』と表示されていた。


 ポン助の皮膚は赤く染まり、白い模様が浮かび上がった。


 他のオークたちは紫色に染まる中で、ポン助だけが赤い色をしている。


 全員が咆吼すると、その大きさはまるで巨人である。


『0』


 まるで地響きを起こしそうな咆吼。そして、周囲の騒ぎはポン助たちにとって遠くの出来事のように思えた。


 アバターが思うように動かない。


 だが、目の前だけを見れば良い。そうすれば、アバターは動いてくれる。


 ポン助が一歩踏み出すと、地面を踏みしめた。


(そうだ。行け! ……目の前にいる奴が、僕とお前の敵だ!)


 巨大化したポン助たちは、地面に手をついた。


 それぞれが無骨な岩で出来たような斧や棍棒を地面から引き抜き、そして駆けだしていく。目の前の土竜に襲いかかるオークたち。


 しかし、いくら大きくなっても、土竜からすれば小さい。


 土竜が踏みつぶそうとすると、先に襲いかかったオークたちは飛び上がる。


 その跳躍力は罠を使用せずとも土竜の背中に飛びつくに十分だった。


 飛びつき、そして乱暴に土竜に攻撃を加えていく。ただし、それだけ。


 仲間同士の連携など出来ないし、ポン助の隣ではオーク同士で殴り合っていた。


 ポン助は地面から大剣を引き抜くと、肩に担いでゆっくりと歩き出す。


(そうだ、目の前だ。あいつを――倒せ!)


 ポン助のアバターが咆哮を上げて突撃すると、一瞬で土竜との間の距離を詰めた。そのまま土竜の頭部に大剣を振り降ろし、ダメージを与える。


 大きな手足の爪で土竜を突き刺してしがみつき、乱暴に何度も土竜に攻撃を加えていた。


 他のオークたちも同様だ。


 まるで、ただ暴れているだけの攻撃。


 そんな光景を見ていたプレイヤーたちは、ただ唖然とするしかなかった。






 ゼインは復活して外に出ると動けなかった。


 自分の二倍以上はある化け物たちを前に、何が起きているのか分からなかったのだ。


 二体の化け物が殴り合い、そして暴れ回っている。


 仲間たちがゼインの肩を揺する。


「おい、どうするよ! お前がリーダーなんだから決めろよ!」


 ゼインが掴まれた肩を振りほどき、そしてオークたちを指差す。


 紫色の化け物たち――オークは、そんなゼインたちに振り向く。咆吼し、そして跳びかかった。


「な、なんだ――!」


 武器を構えたプレイヤーがオークの腕に吹き飛ばされ赤い光になって消えていった。


「お、おい、こいつらモンス――」


 拳を振り下ろされ、プレイヤーは最後まで言葉を続けられないまま消えていく。


 二体のオークはモンスターとしてカウントされ、そしてプレイヤーたちを蹂躙し始めた。


 斬り、魔法を放ち、抵抗するプレイヤーたちを力尽きて消えるまで潰していく。


 まさに狂戦士。


 ゼインがオークに両手で掴まれ、握りつぶされる。


 圧倒的なステータスの差は、全員がいくら暴れてもオークの拘束から抜け出せないことを示していた。


「や、やめろぉ! このままだとランクが下がる! レアアイテムが! レアアイテムが貰えないんだ!」


 他のギルドがダメージを稼いでいる中、ゼインたちのギルドはダメージの累計を追い越されランキングが下がっていた。


 既に、上位のプレイヤーたちに配られるレアアイテムを貰えないところまで来ている。


「いったいいくらつぎ込んだと思っているんだ! もう何十万も――あぐっ!」


 メキメキと体が音を立て、そして赤い粒子の光に変わっていく体。


「嫌だぁ! ここで消えたら全部無駄に――無駄になるじゃないかぁぁぁ!」


 オークがそんなゼインを握りつぶすと、周囲のプレイヤーたちの攻撃によってオークもまた赤い粒子の光になり消えていく。


 多くの悪質プレイヤーたちが消え去り、残ったプレイヤーたちはその場に座り込んでしまった。






 一方。


 ポン助たち、土竜に取り付いたオークたちも一人。また一人と消えていく。


(山が噴火して)


 一定のダメージ量を超えると、土竜が咆吼して山が噴火したのだ。


 燃え上がる岩が次々に降り注ぎ、取り付いたオークや周囲のプレイヤーたちを巻き込んで消していく。


 流れ出る溶岩にのみ込まれ、オークが消えていく。


 太陽は沈み、節制の都は外壁にありったけの光を集め輝くように見えた。


(まだだ。まだ終われない。まだっ!)


 ポン助は大剣を振り落とすと、深々と土竜に傷をつけるが折れて消えてしまった。


 すると、その太い腕で土竜を殴りつける。


 渾身の力を込め、何度も何度も殴り続けた。


 オークたちが消え去り、残っているのはポン助だけ。


(ヒットポイントは……あと少し。もう少しで!)


 意識を節制の都に向けると、最終ラインとして設定された場所には赤い線引きがあった。


 そこを土竜が超えてしまうと、プレイヤーたちの負けが確定してしまう。


 その先には――外壁の上には、エルフの女王であるシェーラが黄金の杖を持って立っていた。


 覚悟を決めた表情に、ポン助は苛立ちを感じる。


(あと少し。もう少し! お前は……もっと気合を入れろやぁぁぁ!)


 プレイヤーであるポン助の意志に呼応して、アバターのオークが咆吼する。燃え上がる赤い体は、最後の力を振り絞ってラッシュをかける。


 殴る。殴る。殴る!


 ただ、連続で殴るポン助は、噴火で噴き出した岩を背中に受けながら、何度も攻撃を繰り返していた。


 少しだけ。本当に少しだけ……他のオークたちよりも、ポン助は強かった。


 地味にフィールドボスやエリアボスを倒し、職業ポイントやスキルポイントを手に入れた結果である。


 そうして炎が消えるその瞬間まで殴り続けたポン助の体は、白い煙を噴きだして動かなくなった。


 たった一人で与えたダメージは、かなりの物だ。


 だが、それでも足りない。


 そんな時――。


「ポン助ぇぇぇ!」


 馬に乗って駆けつけたのは、ルークだった。


 土竜に攻撃を加え続け、そして馬を乗りこなしてギリギリまで近付くとポン助にアイテムを投げつける。


 そして、手を振るとルークは岩が降り注ぎ赤い光になり消えていった。


(ルーク……よし、これなら)


 体力、そしてその他諸々が回復していくのが分かる。


 再びポン助の瞳に炎が灯ると、血だらけの拳を大きく振り上げた。


(これで終わりにしてやるよぉぉぉ!)


 拳に炎がまとった一撃は、土竜の額に深々と突き刺さりクリティカルと表示された。すると、土竜が大きく一声鳴くと、そのまま巨体が地面に乗る。


 ヒットポイントはゼロになり、最終防衛ラインより前にポン助は土竜を打ち倒した。


(よし、これでシェーラは――)


 しかし、土竜がその体を再び起こすと、節制の都を目指す。


(な、なんで! ヒットポイントはゼロになったじゃないか!)


 討伐完了と文字が出ているのに、土竜は止まらない。


 ポン助は土竜の目の前に降りると、なんとか土竜を押しとどめようとする。地面を踏みしめるが、土竜は止まらない。


 ポン助がいくら頑張っても、土竜は止まらず……赤いラインを超えてしまった。


 すると、シェーラが両手を大きく広げてから、そして黄金の杖を高らかに掲げた。


 空には魔法陣が幾つも発生し、地面にも発生する。


 ポン助は強制的に吹き飛ばされ、そして外壁付近まで転がると上を見上げる。


 シェーラはポン助を見て微笑み、口を動かした。




『あ・り・が・と・う』




 そして、女王による大魔法が発生し、光の柱が発生すると土竜はその巨体を柱に貫かれて悶え、そして絶命して赤い光の粒子に変わった。


 その光は渦を巻いて天に昇っていく。


 なんとも幻想的な光景だったが、ポン助には見ていることしか出来なかった。


 白い煙を噴きだし、体は縮むと角も取れ、そして皮膚は元通りになる。


 女王が外壁から倒れて落ちてくるのを受け止めると、ポン助はその時に発生したダメージで消える事になった。


「シェーラ!」


「ポン助……おかえり」


 そう言って微笑み、シェーラはそのまま動かなくなる。


 ポン助はシェーラを横にして地面に寝かせると、そのまま自身が消えていくのだった。






 節制の都。


 激戦が終わった都では、冒険者たちに新たな女王が言葉をかけていた。


 まだ幼い女王は、杖を持たずに笑顔で冒険者たちに微笑む。


「勇敢なる冒険者の皆さん。節制の都を守って頂き、ありがとうございましゅ」


 噛んだことすら「可愛いい」と言われる新女王は、顔を赤くしながら言葉を続けていた。


 それはシェーラが言えなかった言葉だ。


 あの最後の瞬間。


 プレイヤーたちは確かに土竜を討伐した。


 だが、あらかじめ決められていたのか、土竜は止まらずに節制の都を目指して前進。


 ポン助の頑張りは意味もなく、イベントだからと言わんばかりに強制的にシェーラは命を落としたのである。


 夜が明け、新女王の即位と戦勝パーティーが執り行われている中。


 ポン助はノソノソと歩いてその場を後にする。


「あ、ポン助」


 アルフィーが声をかけるが、マリエラが肩を掴んで止めた。


「放っておきなさいよ。その方が良いのよ」


 たぶん、今は一人が良いのだろうと、周りもポン助を追わなかった。


 一人歩くポン助は、プレイヤーもNPCもいない道を歩いて宿屋を目指した。


 狂化後にデメリットであるステータスの急激な低下とバッドステータスが複数ついた状態で宿屋に入ると女将さんが待っていた。


「湿気た顔をしているね」


 そう言って手渡されたのは、シェーラからの手紙だった。


 全て知っていた。


 シェーラは自分が命を落とす事を知っており、そしてそれが嫌で外の世界に出たかったと書かれている。


 中庭に出て、座り込んで手紙を読むポン助は、どうしてか分からないが涙が出た。


「……ふざけんなよ。こんなイベントなんか作りやがって。なんなんだよ」


 劇的かも知れない。


 女王の献身を表現したかったのかも知れない。


 ただ、ポン助だけには納得できなかった。


 だから、ポン助は宿屋の中庭で泣くのだった。


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