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土竜討伐隊

 節制の都にある喫茶店。


 そこに入ったポン助は、背中合わせに情報屋の男と会話をする。


 だが、明らかに面倒だ。


「これ、続ける意味あるんですか?」


 情報屋の男は、コーヒーを味わいながら飲んでいた。


 窓から差し込む夕日の光を浴びながら、背中合わせにポン助と会話を楽しむ。いや、情報屋としての雰囲気に酔っていた。


「気分だね。ちゃんと話が出来るからいいだろ。こういうのに憧れていたからね。以前からやってみたかったのに、みんな顔を向き合わせて話をしようとする」


「それが普通ですからね」


 仮想世界で自分の憧れを実現する話はよくある。


 美形になって街を歩く、性別を変えてやってみたかった事をしてみる。


 違う自分を演じてみる。


 体感型だから出来る事もあるのだ。


 情報屋としてロールプレイを楽しむ男性に、ポン助はカムの里での出来事を話した。


 ハイエルフの騎士団長がゲスだったと話をすると、情報屋はそんなイベントに興味を示す。


「NPCのAIは随分と良くなっているね」


 ポン助はオレンジジュースを飲みながら、NPCたちの動きを見た。店員をやっているエルフたちは、スカートの丈が短いメイド服を着て仕事をしていた。


 エルフには満面の笑みを。


 他種族には嫌そうな顔を。


 オークであるポン助には、まるで汚い物を見たような酷い顔を向けてくる。


「……オークへの扱いが悪くなっている気がします。大型アップデート後から生々しいというか」


 そんなポン助に、情報屋の男が違う話を振った。


「そう言えば、名物NPCがオークを見ると逃げ出すらしいね。ポン助君、君は一体なにをやったのかな?」


「僕じゃなくて、あいつらですよ。何度も何度も殴られて、蹴られて、魔法で吹き飛ばされてもNPCに迫るから」


 もっと、もっと痛めつけてくれと迫ってくるオークの群れを想像し、ポン助はNPCのクララが憐れに思えてきた。


 情報屋の男がメモを取る。


「NPCにも大きな変化が起きているようだね。何かしらイベントに繋がるのかも知れないが、そうした報告はまだないか」


 プレイヤーの中には、開発者たちが仕込んだイベントや謎に挑む人たちも一定数がいる。情報屋と違うのは、謎を発見する事に喜びを持っている事だ。


 楽しみ方は人それぞれだ。


「おや、暗くなってきたね。そう言えば、現実世界でも秋か」


 パンドラも随分と秋らしい風景が広がっている。


 都の天井を覆う葉が色づき、秋を感じさせていた。


「天井が覆われているのに、夕日とか光は差し込むんですよね」


 ポン助が言うと、情報屋の男が言い返す。


「そこは薄暗いと色々と困るからね。いや、でも今回も沢山情報が貰えて嬉しいよ。報酬に関しては何が良いかな?」


 ポン助は空になったコップを置く。


「なら、土竜討伐の資料になりそうな物を頂けませんか? ネットで調べてもなんというか、挑んで潰される動画しかなくて」


 今まで一度として倒されたことがないために、パンドラで土竜は“土竜さん”と呼ばれていた。


 ゲーム本編にはまったく絡まず、倒さなくても先に進めるのでその姿を見たことがないプレイヤーの方が多いモンスター。


 運営が何を考えてそんな倒せないモンスターを配置したのか分からないが、討伐適正レベルは八十と公開されている。


 節制の都にいるプレイヤーなら倒せる可能性がある事は示されていた。


「……本気で挑むつもりなのかな?」


 情報屋の男にポン助は「試してみないと先に進めないので」と、言っておくことにした。


 節制の都を越え、オークの隠れ里のイベントに必要かも知れない土竜のドロップアイテム。


 それらを手に入れず先に進むのは、なんとなく悔しかったのだ。


 情報屋の男は立ち上がると、そのまま歩き去るようにポン助のテーブルにデータを置いて店を出ていく。


 最後までロールプレイを楽しんでいく姿に、ポン助は思った。


「いや、何か言ってよ!」


 データを受け取りつつ、ポン助はプレイヤーのほとんどいない喫茶店で叫ぶのだった。






 宿屋。


 夜になり休むことになったポン助たち一行は、パーティー向けの部屋に入っていた。


 ゲームを開始してから、上がらない友好度を少しでも上げようとパーティー向けの宿屋を利用し続けている。


 そのせいか、今でも使用するのはパーティー向けの部屋だった。


 ポン助のベッドに潜り込むマリエラとアルフィーを起こさないように起き上がり、そして毛布を掛けてやるとポン助は部屋の外へと出て行く。


 最近、特に二人がベタベタしてくるのをポン助は気にしていた。


「何か最近おかしいような」


 以前から距離は近かったが、最近特に二人との距離が近くなった事にポン助は不安を感じるのだった。


「……まさか、僕の純潔を。いや、そんな事はない。ないと、思いたい」


 ブルブルと震えながら階段を降りて酒場に到着すると、ポン助は時間もあってプレイヤーがいない事に気がついた。


 睡眠不足はバッドステータスを発生させるので、多くのプレイヤーは夜に眠る。


 一階の酒場では大柄なエルフのおばさんが、客のNPCを相手に話をしていた。


「最近飲み過ぎだよ」

「放っておいてくれ。俺の店は人気もなくて客も寄りつかない。きっと立地が悪いに決まっている」

「あんたのところの粗悪品なんか誰が買うのさ」


 周囲のNPCたちが、その話を聞いて笑っていた。


「違いない!」


 ポン助は階段から見下ろし、普通に続く会話を聞いていた。


(なんか本当に生きているみたいだ)


 情報屋が言うように、AIが随分と進歩していて生きているように見えた。動き、そして会話も自然そのもの。


 ポン助がテーブルに向かい、席につくと何かを注文することにした。


 何故か雰囲気を壊してはいけない気がして、酒場の隅の方へと移動して座ると酒場では見慣れないNPCが注文を取りに来る。


 クリーム色の長い髪をまとめ、白く綺麗な肌をしている。


 青い瞳は実に綺麗で吸い込まれそうだ。


「えっと、ご注文は?」


 オークであるポン助に笑顔を向けてくるエルフの女性は、朝や昼間に見ないNPCだった。


 だが、ポン助はメニューを落とす。


「……ハイエルフの女王様?」


 ポン助の目は豊かな女王の胸を見ていた。


 その大きさもそうだが、エルフの女王と類似点が多すぎる。


 すると、ピコンという電子音が聞こえてきて、イベント発生の画面が表示された。


 画面には『働く女王様』と表示されている。


 女王様は耳まで赤くしながら、笑顔で言う。


「ひ、人違いです。ご、ごごごご注文は!?」


 汗をかいている。視線が泳いでいる。


 なんというか、これで誤魔化せていると思っているのなら、逆に凄いと思うポン助だった。


「な、なら、ココアで」


 女王様は大声で注文を叫ぶ。


「ココア入りました!」


「おい、恥ずかしいから大声で叫ぶんじゃない!」


 酒場でココアを頼むオークというのも、また不思議な感じだった。


 ポン助的には、この後に眠るのでココアを飲もうと思っただけだ。


 周囲のNPCたちが、ポン助の注文したものがココアと知ってヒソヒソと話をしていた。


「オークがココアだってよ」

「水でも飲んでろ」

「まったく、オーク臭くていけないぜ」


 普段は気にもしないが、こうして一人でいると心が折れそうになるポン助は注文したココアが来ると一気に飲み干してその場から去ろうとする。


 しかし、そんなポン助の腕を掴むのは、必死さがある女王様だった。


「お客様~。ちょっと、宜しいでしょうか?」


 有無を言わさぬ笑顔の前に、ポン助は頷くしか出来なかった。






(これもイベントなのだろうか?)


 女王様に連れられ、ポン助は宿屋の中庭に来ていた。


 周囲の建物の窓は明かりがついている方が少ない。


 そんな中で、女王様はポン助を見てから溜息を吐く。


「なんでバレたのかな」


 肩を落として落ち込む女王様に、ポン助は素で答えてしまった。


「いや、だって会ったのは最近だし」


 謁見の間で女王様に出会う事が、イベント発生の条件になっているのかも知れない。


 女王様は、恥ずかしそうにしながらもポン助に言うのだ。


「とにかく! この事は誰にも言わないでよね。そうしないと、衛兵に突きだして一生牢屋に押し込めるわよ」


 それは嫌だと思いながらも、ポン助はどこかで思っていた。


(これはいったい、何のためのイベントだ?)


 頷いたポン助に気をよくした女王様は、安堵していた。


「良かった。一度で良いから外の世界を見たかったのよ。玉座に座って毎日謁見するなんてうんざりしていたのよね」


 どこがプレイヤーとしてグサグサくる言葉を言ってくる女王様に、ポン助は聞いた。


「ここで働いているんですか?」


「そうよ。看板娘って呼ばれるようになるのが目標ね。冒険者なら、しっかり稼いで店にお金を落としなさい」


 笑顔でそんな事を言ってくるエルフの女王に対して、ポン助は思うのだ。


(エルフって外見は良いけどみんな酷いな)


「まぁ、普段からここを利用していますし」


「いいわね。ここの夫婦や店員のために、沢山お金を使ってね。それと……黙っていてくれてありがとう」


 最後に向けて来た笑顔は、月の光に照らされてとても綺麗に見えた。






 次の日。


 ポン助は知り合いを集めて土竜討伐に関する動画を再生していた。


 集まったのはナナコ、シエラ、そしてオークの集団。


 全員で十三名が、土竜討伐を行うエンジョイ勢が記録した映像を見ていた。


『え~、俺たち土竜討伐隊が次に考えたのは、単純に数で蹂躙するという作戦です。数は力! 集めに集めたプレイヤーの数は百十二人です!』


 映像には沢山のプレイヤーたちが、土竜へ挑む前に楽しそうにしていた。


 すると、いきなり映像が揺れ始める。


『おっと、来ましたよ』


 眼鏡をかけた美形のヒューマンが、登場した土竜にカメラを向けさせた。


 その映像を見てアルフィーが口を開けていた。


「え? 山?」


 アルフィーが山と思ったのは、尖った山を背中に持ち四足歩行で歩いてくる頭部はワニのような土竜だった。


 ナナコが残念そうにしている。


「角がありませんね」


 これでは、祭壇に捧げるアイテムが手に入らないと思い、ガッカリしている様子だった。


(いや、そこじゃないよね!?)


 驚くべきところは、土竜の大きさだ。


 加えて、正面から挑んだプレイヤーたちは見事に蹂躙され、土竜のヒットポイントをたいして削る事も出来ずに負けてしまっていた。


 オークのプライが唸っていた。


「これは……踏まれると言うよりも潰される感じか? 全然そそらないな」


 自分の趣味を最優先に考えているオークたちは、残念そうにしていた。だが、一人だけ目を輝かせていた。


「あんなモンスターに見向きもされず、ただ踏みつぶされるだけなんて……ゾクゾクしませんか?」


 それを聞いたプライが、頬を染める。


「私が間違っていた。とてもそそるシチュエーションだ」


 シエラが冷たい目でオークたちを見ている。


「あの、ナナコちゃんもいるんで止めてください。最低ですよ」


 嬉しそうなオークたち。


 大剣を持つデュームが、鼻の下を指先で擦る。


「ふふ、ありがとう」


 どうやっても喜ぶオークたちに、シエラは頭を抱えている。ポン助がそんなシエラの肩に手を置いて慰めつつ、映像を見ていた。


『え~、数を揃えても失敗したので今度は罠を設置しました。この爆弾をなんと三百個も配置したんです。フィールドボスやエリアボスでも簡単に吹き飛ぶ数ですよ』


 ノリノリのエンジョイ勢が、土竜の通るポイントに罠を仕掛けて待ち構えていた。


 だが、それらを踏みつぶして進む土竜には勝てなかった。


 今までで一番ダメージを受けていたようだが、それでも三分の一も減らせていない。


 マリエラが映像の続きを見て呟く。


「なら、一千個くらい用意すればいけるんじゃない?」


 そう思ったのか、土竜討伐隊は次に一千五百個の罠を設置して迎え撃った。


 準備にかなりの労力を割いたようだが、今度は勝てると盛り上がっていた。


 しかし、ダメージが一定値を超えると、土竜の防御力が上がって罠では傷つかなくなる。


 そうして最後の映像も、土竜討伐隊は踏みつぶされて終わるのだった。


 アルフィーが全員の意見を代弁した。


「こんなのにどうやって勝つつもりですか?」


 ポン助は何も言い返せなかった。



 現実世界。


 休日にフィットネスクラブで指導を受ける明人は、先生に相談していた。パソコンで土竜に関する情報や、書き込みを見ても倒せると思えるほどのヒントすら得られなかったためだ。


 ゲームをやっていない先生に相談したのは、何かヒントでも得られればと思ってのことだった。


「何? どうしても倒せない相手がいるならどうするか? わしなら逃げる。そいつとは戦わない」


 明人は、なんとか話を聞こうとする。


「いや、なんというか逃げられないというか。駄目でも挑まないといけないわけで。……次に進めないんです」


 明人の説明に何かを感じ取ったのか、先生は笑顔で頷く。


「なんだ、そういう事か。兄ちゃんも青春しているな。そうか。まぁ、倒すというか乗り越えないといけないな」


(乗り越える?)


「えぇ、分かって貰えたなら嬉しいです。それで、先生ならどうするかと」


 先生は真顔で言うのだ。


「まずは手当たり次第に挑む!」


「挑む?」


「いきなり本命をせめても勝ちが見えない、ってことじゃろ?」


「……はい」


 先生は「うんうん、好きなこの前で萎縮するのは悪い事じゃない」と小声で言っており、明人は聞き逃していた。


「大事なのは相手と釣り合うか。そして、その努力をしているか、だな。それと、本番で失敗しないように手強そうな相手に挑んでこい。まぁ、フラれる覚悟でナンパの練習だな」


 最後の方を聞いて首を傾げる明人に、先生は続けた。


「失敗しても良いじゃないか。命を取られるわけでもあるまいし」


「そ、そうですよね!」


「そうだ。失敗も良い経験」


 明人は先生に言う。


「なら、挑んできます! (強いモンスターたちと戦います!)」

「おう! 挑んでこい! (ナンパして度胸をつけてこい)」


 明人は悩まず、まずは出来る事からやってみる事にしたのだった。


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