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ハイエルフ

 現実世界。


 明人は自室のモニターでニュースを見ていた。


『では今日のニュースです。月からの一団が帰った一方で――あ、映像が出ていませんね。出ますか? え、無理? え~、ならこのままで』


 ニュースを読み上げる女性アナウンサーが、グダグダした中で文章を読み上げていた。


 司会者もコメンテーターも笑っており、そんな状況の中でニュース番組が続いている。


 ただ、生真面目そうなゲストの教授らしい人物が、そんな雰囲気を嫌って不機嫌そうに座っていた。


 以前からニュース番組は真面目な印象があっただけに、最近のグダグダした番組は明人に不自然に見える。


『最近は事故の発生率が上昇傾向にあると言いますが、原因はあるのでしょうか?』


 話が変わり、司会者がゲストに話を振っていた。


 教授は「まだ判明していませんが」と前置きをしてから話し出した。


『どうにも現実味のない人たちが増えている印象のようですね。現場の意見では、毎日のようにVRゲームをプレイしているプレイヤーが多いようで――』


 そんな教授の意見に対して、コメンテーターがふざけながら言うのだ。


『いや~、なんでもゲームのせいにするのは良くないと思いますよ。思考停止ですよ。もっと他に原因があるんじゃないですか』


 発言を邪魔された教授が気分を害していると思ったのか、そこで番組は急に話を変えた。


「……なんだろう。以前よりもなんか」


 明人は思う。


 以前のようなゲームに規制を、と言っていた雰囲気が逆転していると。


 そして、コマーシャルに入ると目を見開く。


『パンドラでお馴染みの大人気店が現実世界に進出します! なんとゲーム内でしか味わえなかったジュースやお酒も取りそろえ――』


 パンドラの箱庭で人気のあった店が、現実世界で再現されていた。


 それ自体は別に不思議ではなかったのだが、店内は本当にこだわって作られている。


 まるで……本当にゲーム内を現実に再現したような飲食店に驚きを隠せなかった。


「……まずいのかな?」


 現実世界が侵食されていくような感覚に、明人は戸惑う。






「気にしすぎだって」


 教室で相談した相手は陸だった。


 明人をパンドラに誘い、そして友人としてアドバイスをくれるのはいつも陸だった。


「そうかな? 最近の雰囲気はおかしいと思うけど」


 陸は椅子に座り、明人の話を聞きながらタブレット端末で動画を再生していた。


 それはパンドラのプレイヤーが暴れている動画だ。


「店が再現されたくらいで大げさな奴だな。現実世界にこんな事が出来る奴がいると思うのか?」


 映像にはプレイヤーが人とは思えない動きをしながら、強敵であるモンスターを倒している。


「確かに有り得ないよね」


 考えすぎだと笑われ、少し安心する明人は動画の一覧に気になるタイトルを見つけた。


「あれ、ちょっと待って。これは?」


 陸はその動画を開くと、目を見開く。


「おいおい、マジかよ」


 動画には攻略組と思われるプレイヤーたちが、自分たちの記録を残すために動画を撮影していた。


 そこは分厚い雨雲が空を覆い、激しい雷雨が降り注ぐ場所だった。


 攻略組のプレイヤーは、少年のような容姿をしていた。


『え~、これから傲慢の世界で厄介な敵とされている雷竜に挑みます。みんな、ちゃんと記録してよ~』


 軽い感じで始まった動画だが、出て来たモンスターは雨雲からその体を出現させる。


 まるで竜というよりも、細長い蛇のような体を持つ龍である雷を従えたドラゴンが、プレイヤーたちに襲いかかってきた。


 だが、ハーフフェアリーである少年は雷に撃たれても動じない。


『耐性とか、対策を色々と立てているんですけど、それ以上にネタ扱いのハーフフェアリーは強いと言うところを見せようと思います。まぁ、これでこのボスも百回以上は倒しているんですけどね』


 プレイヤーだから分かる、ボスの出鱈目な強さを物ともしないハーフフェアリーは雷の中を散歩しながら説明する。


『このボスが基本的に魔法戦主体の設定なんで、ハーフフェアリーからしたら餌以外の何ものでもないんですよね』


 雷竜の弱点である魔法攻撃を繰り返しながら、攻撃を受けてもそれら全てが魔法攻撃であるためにまったくダメージを受けていない。


 時折、雷竜が体を地面に近づけ襲いかかってくるが、仲間の援護でハーフフェアリーの少年は無事だった。


 そうしている内に、雷竜が空から落ちてきて赤い光に包まれ消えてしまう。


『え~、こんな感じです。もうしばらく雷竜を倒して素材集めに頑張るつもりですが……ハーフフェアリーをネタ種族扱いした皆さん、大変残念でした! すぐに修正が入ると思いますけど、ハーフフェアリーは有能でしたよ~』


 動画はここで終わる。


 陸は悔しそうな顔をしていた。


「……そう言えば、パンドラで急にメンテナンスが入るって聞いたな」


 どうやら運営が対策を取ったようだ。


 そのため、ハーフフェアリーに対してバランスを取るために色々と修正が入るらしい。


 それを知って、攻略組のプレイヤーたちが動画を公開したらしい。


「意味のない動画だけど、これでハーフフェアリーの評価は変わるかな?」


 陸は頷く。


「変わるだろうな。くそぉ~、こいつらこんな手段で荒稼ぎしていたのかよ」


 陸が本当に悔しそうにしていた。


 別に攻略組でなくても、やり方次第で十分に同じ事が出来たのだ。


 攻略組は、こうして大量の経験値と素材を手に入れた事になる。


 明人は素直に感心した。


「攻略組は凄いな」


 最前線で強敵を相手に荒稼ぎ……周りがハーフフェアリーの評価に気が付かない間に、随分と差を付けている様子だった。


 そして、バランスを取るために修正が入るのも分かって、その前に稼げるだけ稼いでいる姿勢……。


(でも、そんな人たちがオークを使っていないから、やっぱりオークはネタ種族なんだろうな)


 明人は溜息を吐いて少し落ち込んだ。



 上位種族。


 それはゲーム内でアバターを強化する方法の一つだ。


 節制の都はエルフたちの都であり、エルフと縁のある世界だ。


 そのため、エルフがハイエルフへと上位種になるイベントも用意されている。


 節制の都の中央にそびえる巨木の中。


 ハイエルフとなった女王が、謁見の間でプレイヤーたちを待っている。


 木をくり抜いて作られた部屋の中、ハイエルフの女王は白いドレスに身を包み金色に輝く大きな杖を持っていた。


 サークレットを頭に付け、床に届きそうな長いクリーム色の髪はサラサラとしていた。


 そんな謁見の間だが、実はエルフを使用しているプレイヤーは多い。


 そのため――。


「早く順番が回ってきて欲しいですね」


 アルフィーは廊下に座り込み、並んでいるパーティーの列を見ていた。


 ポン助は廊下をウロウロしているエルフたちに睨まれ、時には舌打ちされるのを耐えながら腕を組んで目を閉じている。


 マリエラはエルフであるため、城の中のエルフたちは非常に優しい。


 大きな扉が開き、そこからプレイヤーたちが姿を現した。


 一人がエルフだったが、他は他種族のプレイヤーである。


「いや~、女王様は綺麗だったね」

「夜になると来られないから、待つのが面倒だよね」

「それより早くイベントをクリアしようぜ」


 男たちに囲まれた女性エルフは、体に張り付くような装備を着用していた。


 体のラインが丸分かり。だが、アバターに不自然な箇所はない。


 長い髪を揺らし、スレンダースタイルのエルフが男たちに言う。


「お前ら……なんで俺を囲んでいるの?」


 声は明らかに男性の物だった。


 そして、装備も良く見れば男性の物を改造して、露出を多くしているだけだ。


 胸がないと思ったら、男性エルフだったのだ。


 周囲はギョッとした反応で、そのエルフを見ている。


「馬鹿だな。俺たちのアイドルを他の奴らに見せられるかよ」


 本気で言っているリアルの友人らしい仲間は、男性エルフに笑顔を向けていた。


「ハイエルフになったら、また装備を作り直さないといけないな」


 嬉しそうにする二人目の仲間。


「今度はもっと運営に喧嘩を売るくらいに際どい装備にしようぜ」


 どうにも嫌らしい顔をしている三人目の仲間。


 エルフのプレイヤーは少し青い顔をしていた。


「お前ら馬鹿なんじゃないの? というか、最近特に変になってないか? 俺、本気でもっと男らしいアバターにした方がいいのかな?」


 すると、三人の仲間。そして、周囲から大声が謁見の間へと続く廊下で響き渡った。


「それは駄目だ!」


 プレイヤーたちの叫び声に、マリエラがドン引きしていた。


 チラチラとポン助を見て反応を見ている。


 腕組みをしたポン助は、そんなマリエラに言うのだ。


「……そんな趣味はないぞ」


 それを聞いて安心したマリエラが、大きな胸に手を当てて安堵していた。隣を見れば、アルフィーも安心している様子だ。


(お前ら、僕を日頃からどんな目で見ているの? これも変態オークの集団のせいだな)


 自分に問題がないかのように思っていると、エルフを囲んだプレイヤーたちがポン助たちの前を過ぎようとした。


 すると、エルフの少年が腕組みをしているポン助を見る。


「うわぁ……オークってこうして見ると筋骨隆々で男らしいな。俺、オークのアバターに――」


 仲間たちが無理やりエルフの腕を掴み、そして連れ去っていく。


「馬鹿言うな!」

「そうだ。お前がオークなんて」

「お前は今のままがいいんだよ!」


 去って行くプレイヤーたちを見て、ポン助たちは思った。


(オークの何が悪い)


 ――と。






 謁見の間に到着したのは一時間後だった。


 女王はイベントの説明を行なっている。


 少し悲しそうな表情をしながら、マリエラに語りかけていた。


「ハイエルフになるために必要な物はいくつかある。そなたが試練を乗り越えるのはもちろんだが、エルフは他種族に対して排他的だ。全ての種族を愛せとは言わない。最低でも三種族と友好を結び、エルフの聖地にて祭壇に儀式の品を捧げよ」


 アルフィーがアゴに手を当てて表示されていた画面を見る。


「つまり、他種族のプレイヤーと友好度を上げろと。なんだ、マリエラはこの辺りをクリアしているじゃないですか」


 女王が話をしているのに、態度の悪いアルフィーにマリエラが怒る。


「あんたと違って準備くらいしているわよ。アイテムも確保しているから、後は聖地に向かうだけよ」


 ポン助もマリエラが準備をしているのは知っており、その手伝いをしていた。


 クエストや欲しいアイテムがドロップするまで付き合うなど、アルフィーも気にしていないだけで戦闘には参加していたのだ。


「ならすぐにイベントを終わらせましょう。でも、ハイエルフの傲慢な騎士たちを見た後で、他種族と友好関係を築けとか……嘘くさい」


 アルフィーがそう言うと、マリエラも同じ事を考えていたらしい。


 ポン助が身も蓋もないことを言って、二人を急かしながら謁見の間を出て行く。


「それがゲームの設定だからね。ほら、すぐに出発しよう」


 謁見の間を出て行くポン助たちを、女王は悲しそうな目で見ていた。






 ――エルフの聖地。


 神々しい森の中にある遺跡の中。


 マリエラは必要アイテムを祭壇に捧げると、祈りのポーズを取る。


 後ろで見ていたポン助もアルフィーも、神々しい光に包まれるマリエラを見ていた。


 アルフィーは疑問を口にする。


「ハイエルフになると何か変わるんですか?」


 ポン助が違いを説明する。


「ステータスの上昇値とか、固有スキルの強化とか? 後は色々と強くなるから、とにかく強化イベントはみんな受けるんだよね。オークにはそれがないけど」


 ハイオークになるようなイベントは用意されず、プレイの醍醐味であるプレイスタイルに合わせたカスタマイズも出来ない。


 オークが避けられている要因の一つだった。


 光が収まり、マリエラが立ち上がる。


 だが、普段と同じなのに、いつもと違うマリエラがそこに立っていた。


「あれ、髪でも切りました?」


 冗談を言うアルフィーに、マリエラは舌を出す。


「ば~か。そんな訳がないでしょ。でも、なんか少し違和感があるわね。耳とか……後はなんだろ?」


 少し耳が長くなっている。


 他には……ポン助にも分からなかった。


「でも、これで節制の都で受けられそうなイベントはほとんど受けたね。次の都に進んでもいいし、土竜退治は……どうしようか?」


 節制の都から先に進むために必要なクエストは、全てクリアしているポン助たち。


 その気になればいつでも先に進めるのだが、やはり土竜が気になってしまう。


 マリエラもアルフィーも、その辺りはあまり気にしていない。


「ポン助の自由にしたら」


「そうですね。先に進むにしても、他のみんなと足並みを揃えた方がいいでしょうし」


 ナナコにシエラ、それにオークの集団。


 今後もプレイを続けるなら、仲間を増やしても良いが彼らと足並みを揃えるのも悪くなかった。


「なら、次のログインまでに決めておくよ」


 ポン助はそう言って話を終えるのだった。



 その日。


 八雲はアルバイト先の店に到着すると、更衣室ですぐに着替えてバックヤードの休憩室でスマホを確認していた。


 少しばかり早く到着したと思っていると、明人が入ってくる。


「あれ、先輩も早いですね」


 いつも顔を合わせている後輩に対し、八雲は笑顔を向ける。


「あんたも早いのね。まぁ、今日も頑張りましょう。今日が終われば――」


 そして、明人の顔を見ていると急にスマホを落とした。


「先輩?」


 明人がスマホを拾って手渡してくる。


 すると、八雲は目を指で擦る。


(あれ、なんで今……)


「あぁ、ごめんね。なんか気が抜けていたみたい。ほら、早く着替えてきなさいよ」


 明人を更衣室に追いやると、八雲は呟きながら顔を押さえた。


「……なんでポン助の顔があいつと重なったのよ」


 不愉快。


 単純に、何か大切な物を穢された気分だった。


 だが、同時にそこまで憎めない。


「ゲームのしすぎかな?」


 少し心配になる八雲だが、スマホをポケットにしまい込みながら思ってしまった。


(そう言えば、リアルのポン助ってどんな人なんだろう……会えないかな?)


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