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クレープ

「ほぅ……おっぱいを見ていたら怒られた、と。当然じゃないかの?」


 フィットネスクラブ。


 そこで指導を受けている明人は、先生に対して色々と相談をしていた。


 鏡の前で同じように動きをしながら、口を開いている。


「話を変えないでください。僕はなんというか、リアル過ぎていたんで感心していたんです。知的好奇心という奴です」


 知的好奇心という言葉で誤魔化す明人に、先生は指導をする。


「ほれ、右肘」


「あ、はい」


 フィットネスクラブへはアルバイトがない日に通っている。


 今までスポーツをしてこなかった明人には珍しく続いており、通い出してから随分と体力などもついてきた。


 若いだけあって、すぐに体が動くようになる。


「知的好奇心……言葉で飾っているが、その奥に秘めたスケベ心は隠せないぞ。兄ちゃん、鍛えている女の子のおっぱいを見ていた顔はスケベそのもの。ドスケベであるわしの目は誤魔化せん」


 筋トレ用の器具を使い、鍛えている女性たち。


 ウェアが体に張り付いていることもあって、明人は胸の動きに興味津々だった。


「え、本当ですか!?」


「ガン見は粋じゃない。もっとさりげなく盗み見るようなエロこそ至高。気付かれたら二流。まぁ、わしくらいになるとオープンスケベでも許される領域に至れる」


「はい、頑張ります!」


 こんな会話をしているが、武術に関して指導も受けている。


 そんな会話を聞いていたトレーナーが、呆れて溜息を吐いていた。






 文化祭当日。


 実行委員はクラスの出し物を見て回り、評価を付けて回っていた。


 他には学園外から来るお客さんの案内や、迷子の世話をする。


 校舎内で雑用をする明人は、疲れて休憩中にクラスの喫茶店に顔を出したのだ。


「疲れた」


 クレープやら、甘いお菓子を作っている裏方の男女が明人を見ている。


 中でも友人である陸の目は冷たかった。


「それは良かったな。こっちは朝からクレープばかり焼いて頭がおかしくなりそうだ」


 明人はクレープを食べながら、陸の文句を聞いている。


 甘いお菓子が、疲れを吹き飛ばしてくれそうだった。


「最初は喜んで試食をしていたよね」


 女子の一人が視線を逸らすと、泣きそうな声で言うのだ。


「おかげでこっちは体重が……」


 試食と称して沢山食べた結果、今の裏方はクレープを見るのも嫌になっているようだ。


 表で接客をしているクラスメイトが、裏に来ると注文を告げる。


「コーヒー二つにクレープはイチゴが一つにチョコ二つね」


 裏方のクラスメイトたちが返事をして、それらを用意し始める。


 明人はそんな彼らの動きを見ていたが、流れるような……とまではいかないが、学生の文化祭の割には動きが良いような気がしていた。


(もっとグダグダしているイメージだったけど、やっぱりこれも才能のおかげなのかな)


 自分が子供だった頃、地元にある高校の文化祭を思い出す。


 もっとグダグダしていて、出てくる料理も酷かった気がした。


(学生気分の自分たちが楽しければ良い文化祭、か)


 どちらが楽しいのか考えて、結局明人には答えが出せなかった。


(そう言えば、委員長はこのクレープを食べていないよな)


 休憩時間なのにクラスに顔を出さない摩耶を思い出し、明人は忙しそうな陸たちにクレープを追加で注文した。






 クレープを包んで貰い、摩耶がいると思われる実行委員が使用している教室を目指す。


 明人は、時折すれ違う学園外のお客さんたちに笑顔で挨拶をしながら歩いていた。


 実行委員の腕章をしているので、時折声もかけられる。


 そうして到着した実行委員の教室に入ると、そこには摩耶だけが残っていた。


 他の実行委員の生徒たちは、休憩時間やら見回りでこの場にはいない。


 いないのだが……。


「何をしているの、委員長」


「ひゃいっ!」


 鏡の前で制服の上から胸を揉み、押し上げていた摩耶を見て明人はどう反応して良いのか分からなかった。


 驚いてその場から跳び退く摩耶の近くには、実行委員の女子が持ち込んだらしい女性向けの雑誌があったのだ。


 そこには女性の悩みに対して答えている記事があり、胸に関する記事が書かれていた。


「ク、クレープを持ってきたから。あ、クラスの出し物の奴ね。委員長も食べた方が良いかと思って……ごゆっくり」


 この場から逃げた方が無難であると判断した明人は、クレープを机の上に置いて教室から逃げだそうとした。


 しかし、腕を掴まれてそのまま引きずり込まれる。


「なんで! 僕は関係ないというか、いない方がいいじゃない!」


「あんたそれでも男なの! こういう時は、もっと『黙って欲しければ~』みたいな展開とまではいかないけど、相談に乗るとかないの! というか、このまま逃すわけがないじゃない!」


 教室に連れ込まれた明人は、摩耶の事情を聞かされる。


 どうして鏡の前で胸を揉んでいたのか、という話が中心だった。


 しかし、胸を揉むまでの前置きが長い。


「まずは、私に知り合いがいて」


 から始まり。


「その人がむ、胸をね、その……」


 ここまで話が進むまで、時計の針で五分が過ぎていた。


(ようするに、好きな人がおっぱい好きだから、記事を読んでそれを試したかった、と。その羨ましい男はどこの誰だろう?)


 摩耶の一通り説明が終わると、明人は思った。


(むしろ、ここまで話さない方が良かったんじゃないかな?)


 深呼吸をして、背筋を伸ばす摩耶は明人の目を見る。頬がほんのり赤いのだが、本人は気が付いていないだろう。


「分かった。だから、欲求不満とかそういう事じゃないの。変な噂を流したら本当に許さないからね。どんな手を使っても復讐するわよ」


 キリリとした摩耶だが、顔が赤いことからかなり焦っているのが分かった。


「委員長……まずは顔が真っ赤なのをどうにかしようよ。迫力がまったくないよ」


 両手で顔を覆う摩耶を見て、明人は少しからかうのが楽しかった。


「別に言いふらさないから安心してよ」


 摩耶は疑うような視線を明人に向けていたが、しばらくして頷いた。


「まぁ、鳴瀬君なら大丈夫そうね。でも、見られたのが君で良かったわ。他の人なら本当に脅してきたかも」


 それはないと思いつつ、明人は椅子から立とうとする。


「休憩時間も終わるから僕は行くね」


「待って。私も一緒に見回るから」


 そう言って急いでクレープを食べる摩耶は、一口食べて動きが止まる。


 そのままクレープを見ていた。


「あれ? 美味しくなかった?」


「逆よ。ビックリしたわ。これ、凄く美味しいもの」


 明人は教室内を思い出す。


「そう言えば、随分とお客さんが入っていたね」


 これも才能重視にした結果だろうか?


 明人はそう思いつつ、摩耶がクレープを食べ終わるのを待ってから二人で教室を出たのだった。



 ゲーム内。


 節制の都にある居酒屋では、ポン助一行にナナコとシエラが合流していた。


 シエラが文化祭について話をする。


「うちの学校がもうすぐ文化祭なんですけど、近くの高校が先に文化祭を開くので見学というか見に行ったんです」


 マリエラはその話を聞いて、何やら考え込んでいた。


「文化祭か」


 アルフィーはジョッキで中身を飲み干し、テーブルに置くと何かを思い出したのか疲れた顔をしていた。


「大変な思い出ばかりですね」


 ポン助は二人を見ながら思う。


(文化祭で色々とあったのかな? 僕はもっと甘酸っぱい思い出が出来ると嬉しかったのに)


 実行委員であるせいか、クラス内で協力した感じがない。


 おまけに、一緒に頑張っていた男子と女子が良い感じになっているのを見てしまって、気分がモヤモヤしている。


(アレか……委員長が胸を揉んでいるところを見られただけでも良かったのかな?)


 ただ、ナナコだけは目を輝かせてシエラの話を聞いていた。


「文化祭って憧れます。シエラさんは何をするんですか?」


 シエラはボソリと呟くのだった。


「喫茶店です。でも、見学に行った高校の喫茶店はレベルが高くて……あそこまでの喫茶店を出せそうになくて」


 シエラの話では、クレープがとても美味しかったらしい。


 文化祭で出てくるレベルではないらしく、もう負けた気分になってしまったとか。


「そういうの、勝敗とかじゃないと思うけどね」


 ポン助が慰めるのだが、シエラは首を横に振った。


「私たちもクレープを出す予定だったんです。でも、料理を担当する子が落ち込んでしまって」


 大変だね、などと言ってもなんの解決にもならない。


 マリエラは単純なアドバイスをする。


「そう言えば、今の文化祭は二日かけてするわよね。そこも二日目があるの?」


 見学に行った文化祭に二日目があるのか確認をすると、シエラが頷いた。


「なら、作り方を教われば。他にも注意点とか聞けば、少しはマシになるわよ」


 それを聞いて、シエラが悩む。


「教えてくれますかね?」


 ポン助はクラスの雰囲気を思い出す。


「教えてくれると思うよ。でも、忙しいだろうから少ししか話は出来ないと思うけど」


 アルフィーは笑っていた。


「片付けを手伝うと言えば、喜んで教えてくれますよ。終わった後に聞きに行けば良いんです」


 ナナコが文化祭と聞いて色々と想像している。


「喫茶店をクラスのみんなでやるなんて楽しそうですね」


 その言葉に、アルフィーが答えにくそうにしていた。


「そ、そうですね」


 シエラは覚悟を決めたように立ち上がった。


「分かりました。私、リアルの明日にでも聞いてみます!」


 シエラがやる気を見せたところで、ポン助はナナコに聞いてみた。


「ところでオークの集団は?」


 変態集団が顔を見せないので不安に思っていると、ナナコが純粋な笑顔で言うのだ。


「なんでも、節制の都はご褒美の山だから、丁寧に調べて回っているそうです。皆さん、もう本当に楽しそうだったので、そちらを優先して貰いました」


 節制の都はエルフたちの都。


 オークにとっては肩身の狭い場所であり、場合によってはクララという名物NPCよりも凶悪なNPCがいてもおかしくない場所だ。


 暴力なんて当たり前。


 そんな都は、変態オークたちにとって素晴らしい場所なのだろう。


 ポン助は、考えるのをやめて目の前の料理に手を伸ばした。



 現実世界。


 文化祭も無事に二日目が終わり、明人は実行委員の仕事があるのでそちらの仕事をしていた。


 校舎内を歩いて回り、片付けの状況を確認して何か問題がないか確認している。


「終わった後も色々と集計をしないといけないのが問題だよね」


 隣を歩く摩耶は、明人の文句に正論で言い返す。


「それが実行委員の仕事よ。明日は休日だけど、私たちは登校して仕事よ」


 嫌な気分になる明人は、休日出勤する大人の気持ちが少しだけ分かるような気がしてきた。


 内申に多少影響するだろうが、見返りが少なすぎるような気がする。


 そうして歩いていると、目の前に中学生たちが歩いていた。


 その中の一人は、明人も知っている人物。


 雪音だった。


「あれ、浅野さん?」


 雪音は明人の方を見ると、隣を歩く摩耶を見て驚いていた。


「鳴瀬さん? ここの学園だったんですね」


 手には色々と持っているが、中身には見覚えがあった。


 クラスで出したクレープだ。


「もうとっくに文化祭は終わっているはずなんだけど」


 摩耶が困った顔をしていると、中学生の一団は首を横に振った。


 雪音が明人に説明する。


「えっと、学園の教師にも話をして、それで片付けを手伝う代りに色々と教えて貰ったんです。うちの中学も近い内に文化祭をやりますから」


 明人も摩耶も、それを聞いて納得した。


「そういう事か。暗くなるから気を付けて帰ってね」


 明人はそう言って中学生たちを見送ると、摩耶はアゴに手を当てて少し考え込んでいた。


「どうしたの、委員長」


「……いえ、少し気になっただけよ。別に問題ないわ」


 明人は首を傾げつつ、中学生たちの背中――特に雪音の背中を見ていた。ゲーム内で見たシエラの背中によく似ている。


(まぁ、有り得ないだろうな)


 ゲームのプレイヤー人口を考えれば、リアルの状況を明かしていないのに知り合いと出会うなど確率的に低すぎる。


 それに、シエラのアバターは雪音に似すぎていた。


(アレだな。少し現実より腰が細くて胸とかお尻がちょっと大きいから、きっと違うな)


 暗くなる学園内を歩く明人と摩耶。






 アルバイト先。


 文化祭が終わっても、アルバイトには関係ない。


 シフトが組まれれば仕事に来ないといけないし、それが辛いところでもある。


 疲れた顔をしている明人を見て、八雲は楽しそうにしていた。


「なに? それで、高校生になって初の文化祭は地味に仕事をして終わったの? もっと色々と楽しい話が聞きたかったのに」


 高校生らしい甘酸っぱい話を期待していた八雲だが、どうにも明人がそういった話しに無縁だと知ると嬉しそうだった。


「からかわないでくださいよ。僕だってそういう事に興味はありましたけど、実行委員でクラス内のみんなとも距離が出来て……はぁ」


 クラスの男子と女子が文化祭で急接近し、そのまま付き合い始めてしまった。


 対して明人には特に目立った出来事はない。


 いや、あったのだが、話せないという状況だ。


(委員長が胸を揉んでいた話をしてもなぁ)


 八雲は自分の文化祭について話をする。


「私のところは女子校だから大変よ。他校の男子とか普通に入ってこられるから、ナンパも多いのよね。それを楽しんでいる子もいるけど」


「そう言えば女子校でしたね。出し物は何を?」


 八雲はつまらなそうに言うのだ。


「郷土の歴史を調べて、それらを分かりやすくまとめた展示会。大変だったのに人気なんか出ないし、なんでこんな事になったのか……まぁ、教師の評価は良かったし、当日は遊べたから良かったんだけどね」


 明人は思った。


(……女子校の文化祭か。行きたかったな。先輩、誘ってくれれば良いのに)


 そう思っていると、八雲がニヤニヤと明人を見ている。


「今、誘って欲しかった、って顔をしたわね」


「い、いや、そんな事は!」


「見ていれば分かるわよ。どうせナンパ目的だろうけど、止めておいた方がいいわよ。うちに来る男子は良いところのお坊ちゃん揃いだからね」


 つまり、来ても女子たちからすれば眼中にないと言われているのだ。


 明人は肩を落とした。


「エリートの男子たちですね。分かります。僕じゃ勝てません」


 八雲は落ち込む明人の顔を見て微笑んでいた。


「別にいいじゃない。それに、うちの文化祭はなんというかつまらないから、来ない方が良いわよ。それに、女子校なんて男子の目が無いから常日頃は――」


 そこまで話をして、八雲は口を閉じた。


 店内に客が入ってくる気配がしたので、姿勢を正して笑顔を作る。


 明人は棚の整理をしていたのでそのまま続け、客が入ってくると同時に元気よく挨拶をするのだった。


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