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怠惰

 アルバイト先の店内。


 時間は二十一時十五分を過ぎて二十五分になっていた。


 本来なら引き継ぎを終えて着替えて帰っている時間なのだが、来るはずの大学生のアルバイト二名がまだ来ない。


 明人は時計をチラチラ見ながら、心の中で呟く。


(困ったな)


 運が悪いのか、それとも良いのか。


 今日の正社員は栗田という男性社員だった。


 客が数名店内にいる状況で、レジにて八雲と話をしている。


「凄いんだよ。俺って、パンドラの中ではギルドマスターなの。分かるかな? ギルドマスターって凄いんだよ」


 自慢している栗田に対して、八雲は興味がなさそうにしている。


「そうですか。で、どれくらい凄いんですか?」


 説明を求められた栗田は、嬉しくなって色々と話をするのだった。


「やっぱり人数が多くてさ。俺のところは三十人近くもいて、割と大きな方なんだ。八雲ちゃんもゲームをするなら俺が案内するよ。俺、ゲーム内では結構な有名人なんだ」


 八雲はレジに客が来たので対応に入る。


 栗田は客に対して不満げな顔をしていたが、正社員として間違っていると明人は思っていた。


 店内にいた客が買い物を終えて出て行く。すると、遅刻してきた大学生の二人組が悪びれる様子もなく店内に入ってきた。


「すいませんでした。あれ? 今日は栗田かよ」


 呼び捨てにされた栗田が、大学生を前にして怒鳴りつける。


「呼び捨てにするとはどういう事だ! いいか、お前らは遅刻をしてきたなら、もっと態度というものが――」


 欠伸をしている一人が、明人のところに寄ってくる。


「あいつ五月蝿いんだよ。なぁ、何か引き継ぎはある?」


 明人は困った様子で話をする。


「発注ミスじゃないんですけど、商品のいくつかが入ってきていません」


 ここ最近、どうにも小さなミスが連続して発生していた。


 商品の数が合っていない。発注した商品ではない。


 もう、色々と酷いのだが、最近はどこでもそういった事があるらしい。


「別に問題ないな。さて、俺も着替えてこようかな」


 バックヤードに向かう大学生二人を追いかけ、栗田が文句を言いに行く。


「まだ話は終わっていないぞ!」


 その間、店内に入ってくる客の相手をする明人と八雲は、呆れつつも最近の出来事に違和感を持っていた。


 八雲がバックヤードの方を見る。


「前はギリギリ間に合っていたのに、最近は特に酷いわね。それに、ここのところ、ミスも多いのよね」


 明人も気になっていた。


「雰囲気がおかしいですよね。前は厳しかったのに、今は前よりも緩いというか」


 八雲は溜息を吐く。


「他の子たちの仕事ぶりもおかしいし、なんか変な感じよね。雪音ちゃんに戻って来て欲しいわね」


 明人も同じ気持ちだった。


 時計の針は二十一時三十分を過ぎている。






 翌日。


 学園では、文化祭に向けて実行委員を決めることになっていた。


 クラスから二名を選出するという話だったのだが、その役目が明人に回ってきた。


「なんで僕が」


 放課後の教室。


 同じ実行委員となった摩耶と一緒に、クラスの出し物について書類をまとめていた。


「文句を言わない。ほら、喫茶店をやるなら、色々とやるべき事があるんだから確認をするわよ」


 料理を出すなら色々と検査も必要だ。


 経費がいくら必要で、どれだけの収益を見込めるのか。


 準備をするにも段取りを決める必要がある。


「え~と、料理が得意なのはクラスで……陸と僕かな?」


 タブレット端末で数値化された才能を見ると、以外にも高い数値を出していたのは明人と陸だった。


「委員長もやる?」


 ただ、ずば抜けて高い数値を出しているのは摩耶だ。


「私は無理。秋山君も駄目よ。青葉君と数人を料理担当にしましょう。病院で検査をさせて、作るメニューを決めて貰わないと」


 明人はタブレット端末を見る。


(数値化された才能か)


 まるでゲームのステータスのようだった。


 ただし、現実は残酷だ。


 年齢を重ねるごとに下がるのは確認されているが、滅多に上がることはない。


 文化祭用の閲覧できるデータを見ても、自分と摩耶の数値の差はハッキリとしていた。


(才能の差、って残酷だよな)


 摩耶は端末の画面を操作して書類を作成しながら、才能から人員の配置をメールにして打診する。


 すぐに返信が来るクラスメイトもいれば、返信が来ない生徒もいた。


「接客はこの子を中心に……裏方は」


 摩耶は手際よく決めていきながら、文化祭までの段取りを決めていく。


 明人は思った事を口にする。


「委員長。別に才能で決めないでも、やりたい人がいたらやらせてみれば?」


 しかし、摩耶から返ってきた言葉は、明人には当然の答えだった。


「学生の遊び気分で自分たちだけが楽しければそれでいいの? 言っておくけど学園の行事であって教育の一環だからね。楽しむのは良いけど、遊びじゃないの」


 明人は苦笑いをする。


「そうだよね。ごめんね」


(やっぱり無理だよな。陸、料理よりも接客業をしてみたい、って言っていたんだけど)


 摩耶は何かを言おうとして、俯くと申し訳なさそうな顔をして書類の作成に戻るのだった。


「……今日中にある程度の事は決めておきましょう。時間も少ないから、明日には料理担当の人たちとメニューの打ち合わせもしたいわ」


 明人が摩耶をサポートする形で、作業は進むのだった。



 節制の都。


 その酒場で、アルフィーはジョッキをテーブルに叩き付けた。


 テーブルに頬を乗せ、まるで酔っ払いのようであった。


「私だって……私だって強く言いたくないんですよ。でも、立場的に言わないといけないし、それに見られている立場だから」


 文句ばかりを言っているアルフィーの様子を肴に、マリエラはジョッキで飲み物を飲んでいた。


「なんだか中間管理職みたいね」


 マリエラの言葉に、ポン助も頷いた。


「アルフィーも大変だよね。僕の方も最近は忙しくて」


 マリエラの方も同意見だったのか、テーブルに身を乗り出してポン助に顔を寄せた。


 大きな胸がテーブルに押しつけられ形を変えている。


「私のところも最近忙しいのよね。引き継ぎは時間通りに来ないし、ミスは多いのよ。上司は嫌な奴でさ」


 パンドラのプレイヤーで、自分は有名プレイヤーであると名乗っているらしい。


 ポン助は思った。


(どこにでも同じような人はいるんだな。でも、パンドラの有名プレイヤーって言えば……)


 ポン助が思い浮かべる有名プレイヤーは、もはやプレイヤースキルが人外レベルの化け物たち。


 他には迷惑行為で有名な聖騎士ルビンというような、悪質プレイヤーたちである。


 アルフィーがポン助の腕を掴んで揺する。


「私の話を聞いてくださいよ。こっちだって辛く当たりたくないのに、私が悪いみたいな感じになっているんですから!」


 現実世界の話をされても困ると思いながらも、ポン助は律儀にアルフィーの相談に乗るのだった。


「まぁ、相手にその辺りの事を話してみたらどうです」


 アルフィーが「そうします」と言って、ようやく納得した。


(これはアレだな。相談する前に解決策は分かっているけど、愚痴を言いたかっただけだろうな)


 マリエラがポン助に焼き鳥を差し出す。


 受け取ったポン助が一口で焼き鳥の肉の部分を串から抜いて食べると、マリエラがジョッキに手を伸ばした。


「それより、明日からオークの里に行くのよね? 準備は出来ていると思うけど、本当にあいつらまで連れて行くの?」


 あいつらとはオークの集団だ。


「一緒にイベントをクリアする方が楽だからね。今回は潰れた里に火竜の角を捧げれば終わりだから、楽でいいけど」


 アルフィーがテーブルにあごを乗せながら、画面を呼び出してオークの里について調べていた。


「エルフの世界だけあって、オークの里は滅ぼされた設定らしいですよ。それにしても、エルフという種族は、外見は良くても色々とアレですね」


 アレ、とは、ダークエルフを狩る。オークの里を潰すなど、好戦的と言うことだ。


 もっと知的で神秘的なイメージを持っていたポン助は、節制の都のエルフたちに驚かされてばかりである。


 マリエラはクスクスと笑っていた。


「別に良いじゃない。設定でしょ? それより、オーク関連のイベントが終わったら、ハイエルフになるイベントを受けたいんだけど」


 マリエラの提案にポン助もアルフィーも頷いていた。


「いいよ。でも、イベントの方は時間がかかる奴だったよね」


「私の時もお願いしますね。それにしても、上位種になるイベントクエストは難しいと聞きましたけど、何が違うんです?」


 アルフィーの疑問に、ポン助は少し考えてから答えるのだった。


「入手アイテムを手に入れるのが困難とか、色々とあるからね。必要職業とか、スキルを獲得していないと上位種になれないらしいよ」


 マリエラはその辺りの事を調べているのか、アルフィーに自慢するように言うのだ。


「私は必要職業もスキルも獲得済みだから、後はアイテムだけよ。あんた、上位種になるイベントを受ける前に色々と調べておかないと大変な事になるわよ」


 馬鹿にされたと思ったのか、アルフィーがマリエラと睨み合う。


 それを止めに入りつつ、ポン助はイベントが無事に終わることを祈るのだった。






 節制の都から荷馬車を用意して目的地へと向かうポン助一行。


 オークパーティーに加えて、ナナコ、シエラの二人も参加している。


 節制の都の広場で待ち合わせをしていると、そこにはオークの集団が一人のNPCを囲んでいた。


「さあ来いっ!」


 リーダーのプライが、名物NPCであるクララの前に大の字に立っている。


 ナナコもシエラもプライたちを止めようとするが、オークたちは止まらない。


「来るな……来るなぁぁぁ!」


 他種族を見下し、そして普段から強気のクララが泣きそうな顔でプライに渾身の一撃を腹に叩き込んでいた。


 その一撃に地面に転がり、痛みに耐えているプライは最後に笑顔を見せた。


「なんという容赦のない一撃。これは、希望の都の神官に匹敵する逸材だ」


 嬉しそうなオークたちは、次から次へとクララの前に立つのだった。


「デュームと言います! お願いします!」


 大の字になって地面に横になるデュームは、クララの一撃を全身で受け止めるつもりである。


 クララは半泣きの状態で、デュームを何度も踏みつけていた。


 踏みつけ、蹴り飛ばし、容赦のない攻撃を繰り返す。


「この、このっ! モンスター風情が!」


 いつも通り、名物NPCとして暴力を振るっているのだが、顔を赤くして泣きながら攻撃している姿は非常に追い詰められているように見えた。


 デュームが立ち上がると、クララは「ヒッ」という情けない声を出して後ろに跳び退いた。


 デュームはサムズアップしてクララにお礼を言う。


「ありがとう。容赦のない蹴りの数々……もう、満足だ」


 殴られて幸せ、蹴られてありがとう。


 NPCのクララは、こんな変態集団に囲まれてついに泣き出してしまった。


「もう許してください! 二度と攻撃なんてしませんから、もう私の前に来ないで!」


 その言葉を聞いて、オークたちが混乱する。


「な、なんでだ!」


「頼むよ。これからも、普段の君でいてくれ!」


「ログインしたときの楽しみなんだ。お願いだから!」


 攻撃していたクララの方が心を折られている様子に、周囲のプレイヤーたちも唖然としながらその様子を見ていた。


 ポン助たちは、出来れば関わりたくないと思いながら少し離れた場所でその様子を見ていた。


 マリエラが口を開く。


「……あいつらと知り合いだと思われたくないわね」


 だが、助けを求めてくるナナコとシエラの前で、逃げるわけにも行かないので仲裁に入るのだった。


 ポン助は思う。


(なんで僕は、NPCとプレイヤーの仲裁をしているんだろう)


 泣きながらポン助の足にすがりつくクララは、本当にボロボロと涙を流していた。


 変態オーク集団が、NPCの心を折ったという噂が節制の都で広まったのだが……まさか、ポン助の足にすがりついていた映像が一緒に出回るとは、この時のポン助は思いもしていなかった。






 NPCの心を折りつつ、節制の都を出発した一同。


 全員が乗り込むと荷馬車の中は広がり、そしてオークたちはマリエラとアルフィーの前で正座をさせられていた。


 全員が嬉しそうにしている。


(こいつらもう手遅れだな)


 オークたちの更生を諦め、ポン助は荷馬車の中で画面を呼び出して色々と情報を確認していた。


 出現するモンスターや、手に入るドロップアイテム。


 そんな画面をポン助の両脇から覗き込むのは、ナナコとシエラだった。


 ナナコは尻尾をフリフリさせながら、ポン助の腕に身を寄せて画面を覗いていた。


「このモンスターとは戦った事がありませんね」


 ポン助は丁寧に説明をする。


「こいつは力押しがメインでタフだから、魔法で倒すのがいいかな」


 シエラが画面を覗き込むために、ポン助の足に両手を乗せていた。


「このモンスターは見た事がありますけど、色違いかな?」


 巨体であるポン助に、小さい子供が膝の上に乗っている。


「色違いだと属性とか、攻撃の種類も違うからしっかり調べておいた方がいいよ。こいつ、割と攻撃力があるんだ」


 シエラが嫌そうな顔をしていた。


「困ります。私、打たれ弱くて大変なんですから」


 ナナコがシエラを見て困った顔をしていた。


「レベルもようやく六十に届いたばかりですからね」


 希望の都から一緒に来たパーティーは、ネタ種族扱いのハーフフェアリーのシエラを置いて他のパーティーに移籍したらしい。


「魔法には自信があるんですけどね。一応、近接系の職業もレベルを上げて、流石に一撃では死なないようになりましたけど」


 ポン助は思う。


(シエラちゃんも苦労しているな)


「まぁ、今回は盾役も多いから安心して中央で魔法を打ちなよ。他の連中は盾として使って良いから」


 そうすれば喜ぶと思ったが、流石にシエラの方が悪い気がするらしい。


「いや、でも盾にしてもいいと言われても、色々とマナーとかありますから」


 こういう子ばかりならいいのに、などとポン助は思っていた。


 ナナコが気になったのか、ポン助に聞いてくる。


「そう言えば、オークのイベントとは聞いていますけど、主に何が変わるんですか?」


 ポン助は「僕も知らないけど」と前置きをしながら。


「でも、強くなるのは事実だと思うよ」


 そう、答えたのだった。


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オークの里、、、オークの里かぁ マトモダトイイデスネ
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