ハーフフェアリー
追加された新種族。
その中でもハーフフェアリーは、まるでオークと対極に位置しているようなネタ種族であった。
いや、オークよりも酷い。
草原で最弱モンスターを一体だけ残し、シエラと向かい合わせている。
そしてハーフフェアリーの貧弱すぎるスペックに、ポン助は頭を抱えたくなった。
「きゃぁぁぁ! 来ないでください!」
逃げ回っているシエラを見ながら、アルフィーが画面を空中に出現させてハーフフェアリーの設定を読み上げていた。
「ハーフフェアリー……妖精が人間の女性の夢に現われ悪戯をして出来た子供? これ、インキュバスやサキュバスのようなものですかね?」
マリエラはモンスターを蹴り飛ばし、そしてシエラに戦い方を教えている。
ポン助はアルフィーと会話をするのだった。
「可愛い外見をしているのにネタ種族扱いかな?」
種族としてみれば、魔法関係への適正がずば抜けて高い。
だが、反対に肉体的なステータスは全てが低い。
オークは魔法関係への適正は高くないが、それでもある程度の数値はある。オマケにレベルが上がればそれなりの上昇値だ。
ポン助がゲーム内の掲示板を見れば、早速追加種族に関する書き込みがあった。
その書き込みを読み上げる。
「……オーク以下のネタ種族。弱すぎて使えない。スキルで補助を入れてもダメージが半端じゃない。一撃で死んだ。こいつ使えない。……酷いな」
ポン助とアルフィーは、涙目で杖を構えて魔法を放つシエラを見ていた。
魔法がモンスターに直撃すると、爆発して赤い光の粒が飛び散る。
発生した風に、シエラの長く青い髪が揺れていた。
細い手足。外見は中学生くらいに見えた。
アルフィーはシエラの魔法の威力を見て驚いている。
「魔法関係に優遇されていますし、極端に弱いだけとも言えませんよね。まぁ、ネタ種族みたいですから、使うプレイヤーもきっと少なくなるでしょうが」
新種族だからと使ってみたプレイヤーは多い。
だが、時間が経てば使えないアバターを使用するプレイヤーは少なくなる。時間が経てば、それだけ優秀な種族と最適な職業やスキルも判明してくる。
攻略記事を頼りに、最適なアバターを作り始めるのだ。
ポン助たちのところに、マリエラに連れられシエラが戻って来た。
「怖かったです」
本当に怖かったらしい。
弱いモンスターが相手とは言え、どうやら戦闘はシエラに厳しかったらしい。
マリエラが髪をかく。
「レベルを上げないと駄目ね。体力が不安で先に進めないわ」
遠くに出かけても、すぐに死んで戦線を離脱されると困った事になる。
デスペナも馬鹿に出来ない上に、今の状態では完全にお荷物だった。
アルフィーが腕を組む。
「いっそ職業は格闘家とか近接系を選んで、防御重視にすればどうです?」
ポン助が首を横に振る。
「それだと長所が伸びていないからなんとも言えないね。でも、もう少しだけ動けるようになるのは悪くないかも」
シエラの状態を確認して、ポン助たちはどんな職業を獲得するべきか相談するのだった。
そんな時、マリエラが素朴な疑問を口にする。
「それより、本人が今の状態を続けるか確認すれば」
ポン助たちが一斉にシエラへと視線を向けた。
シエラは戸惑っていたが、どうやらゲーム自体をあまりしてこなかったらしい。どう判断したらいいのか分からなかったようだ。
「え、えっと……割と気に入っている外見なんですけど」
どうやら、作り直すつもりはないらしい。
「それもいいんじゃない。ポン助だってネタ種族扱いのオークを使っているんだから」
マリエラが、心配そうにしているシエラに笑顔を向けていた。
ポン助も頷く。
「気に入ったならそれが一番じゃない。攻略組に参加するなら難しいけど、楽しむことを目的にするならアバターは気に入ったのが一番だよ」
シエラは安堵していた。
「良かった。作り直せと言われたら困りました。それに、そこまで戦闘で強くなろうとか考えていなくて」
アルフィーも同意していた。
「分かります。効率とか言われても攻略重視ではない私たちには関係ありませんからね。でも、使い続けるなら、自分なりの戦い方を作るしかありませんよ」
観光エリアで遊ぶにしても、リアルマネーを使いたくないのならモンスターを倒して資金を得なければならない。
遊ぶにしても、戦えた方が都合は良い。
マリエラが単純な解決策を口にする。
「なら、レベルを上げれば問題ないわよ。ステータスが低くても、レベルを上げればいくらでも対応できるし」
単純にステータスが上昇すれば、それだけ生き残れる確率も上がる。
シエラは頷く。
「が、頑張ります」
ポン助は希望の都周辺の草原を見る。
(そう言えば、ここで新人の時にルークに世話になったな)
陸――プレイヤー名ルークに、ポン助もここで色々と教えられた。それが今では、自分が新人の面倒を見ている。
(数ヶ月前からすると考えられないや)
そうして、ポン助たちはシエラに残りの三日間を使ってチュートリアルをクリアさせるのだった。
◇
明人が目を覚ますと、そこは現実世界の自分の部屋だった。
「……思っていたよりも変化はないな」
四日も仮想世界にいたので、何か現実世界で不都合がないか少しだけ不安だった。
しかし、起きてしまえば今日の予定を思い出すし、特に不自然な感覚もない。
「気にしすぎたかな」
何かしら問題が起きているかも知れないと、テレビを点けてみたがニュース番組はパンドラ関係の話題を取り扱っていなかった。
規制緩和に対して以前はコメンテーターが文句を言っている映像は確認したが、いざサービスが再開すると新しい話題ばかりを取り扱っている。
パソコンで調べてみても、気になる話題はなかった。
ただ、書き込みには――。
『現実世界に戻って来てしまった。パンドラに帰りたい』
――という、冗談のような書き込みが増えている。
そうしてパンドラ関連の話題を調べていると、ある動画に行き着いた。
その動画を見て、明人は噴き出してしまう。
「聖騎士ルビンさん、まだいたのか」
聖騎士を名乗っているルビンが、希望の都で問題行動を繰り返していた。新しいスキルなどを獲得したのか、ただの魔法を必殺技扱いして放っている動画だ。
モンスターが少し吹き飛ぶが、すぐに起き上がってルビンを殴りつけていた。
同じパーティーの仲間がルビンというプレイヤーを助けているが、本人は周りを気にせずに好き勝手に暴れていた。
職業やスキルの設定もバラバラすぎて、なんとも使えないキャラになっている。
以前に明人も一緒にパーティーを組んだ事があったが、その時からまったく進歩していなかった。
「ここまで来るとある意味で尊敬するよ」
自分を突き通すという意味では尊敬するが、それが迷惑行為になっているのを本人がどう思っているのか聞いてみたく思った。
そうしてパンドラ関連の記事を読んでいくと、サービス開始からまだ六時間だというのに攻略情報が次々に更新されていた。
今まで使えたスキルが微妙になっている、などの報告が次々にされている。
装備や道具に関しても、微妙なバランス調整が入っているのか使用感まで違うという報告まで書き込まれていた。
「みんな凄いな」
そんな中で、やはりハーフフェアリーは人気がなくなっていた。
『使えない』
『すぐに死ぬ』
『オークよりもネタ種族』
などの書き込みがされている。
そして、オークに関しては相変わらずのネタ種族扱いだった。
「まぁ、大きな変更もなかったから仕方がないか」
オークに関して変更はない。他の種族ではバランスが見直された種族もいたため、人気が下がっている種族もいた。
「攻略組とか、情報集めとか色々と大変なんだろうな」
次の攻略目標である都市は【傲慢の都】である。そこを攻略するために最善の種族に職業、スキル構成を得るために彼らは頑張る事だろう。
「僕たちも次の【分別の都】を目指して頑張らないと」
節制の都の次を目指し、どうすれば先に進めるのか調べる明人であった。
目を覚ました八雲は、久しぶりの仮想世界からの帰還に余韻に浸っていた。
いや、まだあの世界にいたかったと思うようになっていた。
「……はぁ、駄目だ。顔が熱い」
部屋の温度が高いわけではない。エアコンで管理された室内の温度は快適だった。
ただ、久しぶりに再会したポン助が原因だった。
「前より酷くなったわね。どうせアバターなのに……」
どんな美形の俳優やアイドルを見ても、今では八雲にとって理想の男性とはポン助――オークになりつつあった。
それがどんなにおかしいか理解していても、本人にはどうにもならない。
「せめて本人と会えれば……」
八雲はどうしてこうなってしまったのか考えるが、答えは出なかった。
今更、ゲームを辞める事も出来そうにない。
気が付けば、自分は後戻りできない場所にいるような気がするのだった。
朝早くから、摩耶は部屋で電話をしている。
相手は【柊 純】だ。
「おじ様もログインしていたんですね。なんで来なかったんです?」
『いや、逆に迷惑になると思ってね。それに、あちらでは知り合いもいるから、すぐに今後の話し合いをしていたんだよ。まぁ、ゲームまでリアルの関係を持ち込むのも無粋じゃないか』
自分がナナコの快気祝いに参加しても、摩耶が困るだろうと思って純は参加しなかったらしい。
摩耶は少し寂しく思いつつも、それが正解だと思っていた。
流石に、純の前でオークたちを躾けるなど見せられない。
(あれ、なんかゾクゾクするのよね)
内心、少しずつ楽しんできているのを本人が気付いていなかった。
「そう言えば、生産職でしたよね。仮想世界なのに働いているみたいじゃないですか」
せっかくなのだから、もっと遊んでみればいいのに。
摩耶がそう言うと、純は笑っていた。
『いや、そうでもないんだよ。楽しくやっているし、それに自分たちで作った物を売れるというのも悪くないからね。素材を集めて加工して、売れるようにするにはどうしたらいいか悩んで……おっと、妻に呼ばれた。これで失礼するよ』
通話が終了すると、摩耶は溜息を吐いた。
「おじ様も家族には秘密にしているのかしら? まぁ、当然かな」
自分も家族には秘密にしている。
というか、家族は普段の生活に支障がない限りは文句を言ってこないのだ。
遊んでいようと、親の言う通りにしている限りはゲームを続けられる。
「……早く一日が終わらないかな」
摩耶は呟くように言うと、立ち上がって着替えを始めるのだった。
夏休み明け。
教室では久しぶりに再会した明人と陸が、机を挟んで向かい合っていた。
陸はここ数日の事を明人に話している。
「ようやく傲慢の都がある世界に入ったんだが、これが大変でさ。普通のモンスターの情報もまともに集まっていないから二回もデスペナをくらったよ。でも、レベルの上限も解放されて、素材は高値で売れていくから助かるけどさ」
モンスターの情報も高く売れるらしく、加えて素材はまだ出回っている量が少ないため高額で取引されていた。
買い取った職人たちは、その素材が何に利用できるか確認しているという。
明人も説明する。
「こっちは新人の手伝いをしてから、知り合いに預けて節制の都に戻ったよ。オークの知り合いたちがこっちに来るまでは、レベル上げと情報集めかな。攻略の準備も進めないと」
節制の都の次ぎに進むためには、特定のクエストをクリアする必要があった。
ただ、希望の都を出る時のように、ボスに挑む必要はない。
陸は微妙な表情になった。
「あの変態オークたち? まぁ、オーク関連のイベントなら、声をかけていた方が良いかも知れないが……今、七人だったけ?」
明人は項垂れてしまう。
「……八人」
「増えたのか」
陸も何とも言えない表情になっていた。
オークプレイヤーは少ないが存在しているが、明人の知り合いの集団は中でも特殊すぎる一団だ。
そこに在籍しているということは、間違いなく変態である。
陸は話題を変えるために、明人が手伝った新人の話を聞くことにした。
「それより、新人の子はどんな子?」
「ハーフフェアリーなんだけど、魔法職の専門になって貰ったよ。必要最低限の体力とか防御のために格闘関係の職業も取って貰ったけど」
明人は「でもネタ種族扱いなんだよね」と笑っていた。
しかし、陸が真剣な顔をしている。
「どうしたの?」
「いや……ハーフフェアリーなんだけどさ。人気がない割に攻略組でハーフフェアリーが増えているんだ。どうにも、ネタ種族じゃないかも知れないぞ」
攻略組であるプレイヤーたちがハーフフェアリーを使っていると聞いて、明人も真剣に考えるのだった。
(あの効率重視の人たちがわざわざ使うとなると、きっと秘密があるのか? 何かしら強くなる方法でもあるのかな?)
考えても答えは出なかったが、きっとただのネタ種族ではないのだろう。
(……それにしても、そうなるとオークだけが相変わらずネタ種族のままだな)
オークというネタ種族を扱う事に慣れてきた明人だが、仲間が減るような感じがして少し寂しかったのだった。




