誘い
ナナコがいなくなったポン助一行。
ログインした三人は、広場のベンチに座ってボンヤリとしていた。
悪質プレイヤーの行動により、死亡したプレイヤーたちのデスペナは元通り。調査結果を待って、迷惑を被ったプレイヤーたちには運営からプレゼントが贈られる事になっている。
しかし、それよりも三人は困っていた。
「また振り出しに戻ったね」
本来なら次の都を目指す【怒れる火竜】というクエストをクリアしなければならないのだが、そのクエストの難易度は高い。
一つのパーティーでは到底クリア出来ないように設定されている。
なにしろ、レベル制限は五十以下。
レベル制限をかけて高レベルプレイヤーが参加も出来るが、基本的には希望の都から先に進むプレイヤーたちだけで挑むのが一般的だ。
ポン助は溜息を吐く。
「ルークがさぁ、言うんだよ。自分たちの力で這い上がってこい、って。あいつ、妙なところで頑固なんだよ」
アルフィーは椅子に座って足をプラプラさせ、ポン助の話しに耳を傾けている。
「いいじゃないですか。自分たちでクリアしてこそ、ですよ。ただ、私たちを誘ってくれるレイドがあればいいんですけどね」
マリエラは膝に肘を乗せ、手にはあごを乗せていた。
「参加したい、って言っても職業だとか種族でエンジョイ勢だと思われてお断りも多いし。エンジョイ勢だけだとクリア出来そうにないし」
エンジョイ勢――職業や種族を無視して、ゲームを楽しむことを優先するプレイヤーたちの事である。
ポン助たちもどちらかといえば、エンジョイ勢に属していた。
だが、こういったプレイヤーたちは、攻略情報などを見ないでノリでボスに挑み全滅する場合も多い。
死亡を繰り返すことも楽しんでいるのだろうが、ポン助たちからすれば早く先に進みたいので遠慮したかった。
「はぁ~、どうしようかな」
ポン助が頭を抱えていると、そこに数名のプレイヤーたちがやってくる。
「ねぇ、君がポン助さんだよね?」
ポン助が顔を上げると、そこには女性アバターのプレイヤーが四人。笑顔でポン助に手を振っていた。
ポン助が鼻の下を伸ばすと、両側に座っていた二人から肘が脇腹に突き刺さる。
「痛っ! ……そ、そうですけど?」
相手プレイヤーたちは、そんなポン助に提案するのだった。
「現実世界で三日後なんだけど、この時間帯にログインする? 私たち、レイドを組んで怒れる火竜に挑むんだけど、パーティーの枠が一つ余っているんだよね。戦闘系パーティーが三つに、職人系パーティーが二つなんだけど……どう?」
五つのパーティーでレイドを組み、怒れる火竜に挑みたいという。
その提案を受けて、ポン助たちは立ち上がった。
ポン助だけではなく、マリエラやアルフィーも前のめりになって相手に顔を近づける。
「是非とも!」
「お願いします!」
「私たちにも運が向いてきましたね!」
相手プレイヤーが苦笑いをする。
「この間は活躍していたし、君たちだったら安心だからね。取りあえず、レイドのリーダーがいるパーティーに連絡を入れるね。頑張って節制の都を目指そう」
可愛らしくウインクした女性アバターに、ポン助は何度も頷くのだった。
そんなポン助を、マリエラもアルフィーもジト目で見ていたが、ポン助は気にしなかった。
◇
明人のアルバイト先【マイルド】。
時間は二十一時を前に客足が途切れたところだった。
店内に客はおらず、明人はレジで点検ついでにパンドラの箱庭で使用できる電子マネーを購入することにした。
「あれ?」
だが、購入履歴を見て驚く。
八雲はレジの周りの片付けや、ビニール袋の補充などをしていたのだが明人の声に反応して振り向いた。
「どうしたの? また電子マネー? あんまりつぎ込むんじゃないわよ」
明人は首を横に振る。
「いえ、ちゃんと小遣いの範囲で収めていますから。それより、社員の栗田さんがここしばらく随分と購入していて」
履歴を見れば、栗田の名前が随分と表示されている。
どれも上限一杯で五万円分を数回購入していた。
八雲が少し呆れる。
「……数ヶ月前から使う金額が増えているわね。これ、少し不味いかも」
明人が首を傾げた。
「社員ですし、大人だから使える金額も多いだけじゃないですか? 少し羨ましいですよ」
明人からすれば、一ヶ月の月額使用料。
加えて時折購入している課金アイテム代で数千円。
使える金額は非常に限られているのだ。
八雲が呆れていた。
「馬鹿ね。社員だからって給料をここまでつぎ込めないわよ。貯金を切り崩しているのか、仕事以外にアルバイトをしているか……もしくは借金じゃない」
貯金を切り崩している。
アルバイトをして収入を得ているならいいが、借金となると話が違ってくる。
「少し心配だから、社員の人にも話をしておくわ。鳴瀬もあんまりゲームにつぎ込むと、学校からアルバイトを停止させられるから注意しなさい」
明人が困った顔をして頷くと、八雲が額を指先で突いた。
「今更、相棒が替わると面倒だからね。新人の子たちも入ってくるし、忙しくなるから抜けられると困るの」
それだけ頼りにされているのだろう。
(気持ちは嬉しいけど、やっぱり男として見て貰っていないような? まぁ、いいか)
明人が「気を付けます」というと、八雲は笑顔になった。
「よろしい」
時計を見れば二十一時を過ぎており、交代で来るはずの大学生二人組がまた遅刻だと明人は思うのだった。
その日。
学園では放課後にも関わらず、教室に多くの生徒が残っていた。
教師が教卓に立ち、目の前のボードには教師が書き込んだ文字が表示される。
「もう六月だ。月末には一学期試験も予定されている。分かっているとは思うが、普段の努力も大事だぞ。ただの復習感覚では、点数も伸びないし将来に影響を――」
教師の説明をほとんどの生徒が聞き流していた。
理由は簡単で、全員がVR世界――ゲーム以上に圧縮された時間の中、既に習うべき学習を習い終えているからだ。
テストなど、雰囲気や味わう。もしくは経験を積む意味合いが大きい。
中には努力して点数にこだわる生徒もいるが、本物のエリートである摩耶のような存在は何をしなくても全て百点を取る。
地力が違うのだ。
そうして、教師が説明を終えると咳払いをした。
「さて、お前らが気になっている夏休みの事だな。この場にいる全員が、一般車両の免許を取得する申請をしている。学園でも資格取得を応援している立場だから、その手伝いをするわけだが……青葉」
教師の視線が陸に向かうと、周囲の視線も集まった。
陸は少し照れている。
「原付じゃなくバイクの免許を取るみたいだが、お前はバイクを持っていないよな? これから買うつもりか?」
陸は教師に対して真面目に答えた。
「いや、持ってないですし、当分買わないつもりです。でも、恰好いいから取っておこうかな、って」
教師は困った顔をしている。
「一般車両と違って、バイクなどには自動運転が搭載されていない。学生の事故死でバイク事故が多いのも分かっているだろ? いいか、絶対に馬鹿な真似はするなよ」
自動運転システムが搭載されている一般車両が常識であるため、免許の取得は低年齢化が進んでいた。
免許を持っていれば、車を購入して運転せずとも自由に移動が出来る。
昔ながらの免許取得を行っているのは、万が一のためだった。
明人は、教師が説明に戻ると陸に耳打ちする。
「なんでバイクの免許を申請したのさ?」
「……実は、パンドラでバイクが再現されるって噂があってよ。大型アップデート後に可能性がありそうだから、その前に免許を取っておこうかな、ってさ」
呆れた明人は、教師の方を向いた。
(ゲームで乗り回したいから申請したのか)
明人は周囲を見る。
ほとんどの生徒たちが免許を取得するつもりのようだが、そこに摩耶の姿はなかった。
(まぁ、委員長みたいなエリートには、免許なんて必要ないか)
摩耶のようなエリートたちは、それこそもっと難易度のある国家資格やそれ以上に難易度のある資格取得を目指す。
車の免許など取る暇もない。取る必要もなかった。
対して、明人たちのような一般生徒には、車の免許というのは必須であった。
仕事をする場合でも役に立つ資格であるし、出かける際にも便利である。
(エリートも大変だな)
教室にいない摩耶のことを考えつつ、明人は教師の日程説明を聞くのだった。
摩耶は自宅に戻ると、塾へ行く前にベッドに横になった。
部屋には車が表紙に載っている雑誌が置かれており、折り目のついたページがある。
横になりつつ、摩耶は言うのだ。
「……免許、欲しかったなぁ」
悔しいのか、ベッドの上で転がる摩耶。
欲しかった車は、お嬢様には似合わない随分としっかりした車だった。
小型の軽自動車よりも、大きな車が若者には人気だ。
それにしても、ずいぶんとごつい車に赤で丸をしていた。
「ハンビー欲しかったなぁ!」
枕を抱きしめるお嬢様の摩耶が欲しがったのは、軍用車両であるハンビーだった。
どうみても似合わないのだが、本人は本気で欲しかったのか購入の段取りまで考えていたようだ。
しかし、両親に反対されて免許を取れなかった。
車の購入には免許が必要なので、摩耶には買うことが出来ない。
お嬢様としてそれでいいのかと本人も考えるのだが、可愛らしい車やスポーツカーなどよりも頑丈な車が欲しかった。
「……どことなくポン助に似ているから気に入ったのに」
ハンビーとポン助を重ね合わせる摩耶の感性。
溜息を吐いてベッドから起き上がると、乱れた髪をセットして塾へと向かう準備をする。
雑誌の方をチラリと見ると、まだ諦めきれないのか肩を落とした。
「ハンビー……ポン助、って名前を付けたかったのに」
……重傷である。
夜。
アルバイト先から戻った明人は、鞄からパンフレットを取り出した。
それは免許を取得するためのプランが書かれている。
必要金額は学生には高額だが、ローンを組めるので問題なかった。
両親にお金を借りずに取得できるため何も問題ない。
「頭金の方はなんとかなりそうだな」
通帳を確認すると、頭金を支払う分だけの金額は残っている。残りは月に二万円から三万円を返していくだけだ。
一人暮らしをするために借りたアパートは、学生が使用するとあって非常に安い。光熱費なども学生割りがあるので随分と助かっていた。
ローンが終わる頃には、また何か資格取得でお金がかかる。
無駄金を使っていられない明人にとって、パンドラの箱庭は大きな負担でもあった。
しかし、止めるつもりもない。
部屋の隅に置かれた大きめの装置。
小型の物と買い換えようと思ったが、今のところは特に問題もなかった。
「……お金もかかるから、このままでいいか」
椅子に座ってパソコンを起動させると、明人は何気なくナナコの顔が浮んだ。他には、いつもの二人……。
オークたちの顔も浮んでくる。
そして、自分の手を見た。
「あの時……」
悪質プレイヤーたちと戦う前に、初の死亡を経験したポン助としての自分。何かに意識を乗っ取られようとしたのは今でも覚えている。
「いったいなんだったんだ? ただの幻なのかな?」
気になっている事は他にもあった。
体重である。
「急激に太ったにしては、変わってないよなぁ?」
学園の休み時間。保健室に向かった明人は、陸と共に体重計に乗ってみた。すると、五キロも増加していたのだ。
しかし、見た目に変化はない。
立ち上がって洗面所へと向かい、上着などを脱いで上半身を裸にするがお腹周りもスッキリしていた。
いや、スッキリしすぎている上に、筋肉が以前より増えている気がした。
「やっぱりアルバイトかな? 重い荷物も運ぶから、それで鍛えられた?」
悩んでいても仕方がないと、明人はそのまま服を脱いでシャワーを浴びることにする。しかし、風呂場に入る前に体が止まり、そして服を着ると玄関へと向かった。
電子音が部屋の中に響き、そして声が聞こえる。
『鳴瀬さん、お荷物です』
運送会社の社名を言う男性の声を聞き、明人は玄関を開ける。
実家から荷物が届き、受け取りのサインをすると片手で荷物を受け取った。
「重いのに凄いですね」
相手の男性が苦笑いをしていたが、明人は笑顔で返す。
「バイト先でもっと重い物を運んでいますから」
受け取りのサインを済ませ、そして部屋に戻り荷物をテーブルの上に置く。
開けてみると、そこには母が作った料理が入っていた。
綺麗にパックされたそれらを見ながら、冷蔵庫に入れていく。
「母さん、心配しすぎだろ」
連絡など端末で出来ると言うのに、荷物の中には手紙が入っていた。それを手に取り、読むと心配しているのが分かる手紙だった。
「まだ家を出て三ヶ月も経っていないのに。夏休みには帰る、って連絡を入れておかないと」
だが、ここで視線が部屋の隅に置いてあるVRマシンへと向いた。
「……流石にこれは持ち運ぶことは出来ないか」
夏休み中は、しばらくログインできないと思う明人だった。




