希望の都
希望の秘薬とは、希望の世界を一回りして手に入れる秘薬である。
希望という名がつくのはそのためだ。
初期よりも効果が薄く、次々に効果の高い秘薬などが出てくると忘れ去られたアイテムとなりつつあった。
効果が全盛期だった頃は、秘薬を集めるためにいくつものパーティーが希望の秘薬を得るためにクエストを繰り返していた。
秘薬の最後の材料――植物系のモンスターを前にポン助は丸みのあるフラスコのような瓶に液体が入った物を投げつけていた。
「おらぁ、くらえ!」
瓶がモンスターにぶつかり、割れると炎が発生してモンスターが暴れ始めた。
モンスターにバッドステータスがつくのを見て、ポン助はガッツポーズを取る。
「少し前の攻略記事だったけど、今でも有効みたいだ」
厄介なモンスターは、フィールドボス扱いで強かった。
だが、弱点もあって倒すのは容易である。
アルフィーも瓶を投げつける。
「エリアボスにフィールドボス、ほとんど倒したと思いましたが、これでポイントもゲットですね!」
ボスを囲んで瓶を投げつける。
絵面から言えば、とても卑怯に見えた。だが、これも準備をしてきたポン助たちの成果である。
情報を集め、準備をする――行き当たりばったりではないからこそ、スムーズに進むのだが……。
ナナコが少し困惑していた。
「こ、これでいいんでしょうか? なんだか、手を抜いているような気が……」
マリエラは、大きく振りかぶり思いっきり瓶をモンスターに投げつけていた。
「いいのよ。それに、準備するのに結構な日にちを使ったじゃない? 卑怯じゃないわ。むしろ、どれだけ時間がかかったことか」
時間的な話をすると、ナナコも納得したのか瓶を投げつける。
手も足も出ないモンスターを前に、アルフィーが煽っていた。
「ほら、どうしたんですか。かかってきなさい。ボスの癖に手も足も出ないんですか」
余裕を見せるアルフィーに、植物系のモンスターは頭部のような花の部分から種を撃ちだした。
種はアルフィーの頭部に命中し、マリエラが笑っていた。
「余裕見せすぎ! ねぇ、反撃されてどんな気持ちか教えてよ」
仲間内で争う余裕すら見せながら、ポン助たちは勝利すると最後のキーアイテム【種】が手に入る。
それを確認し、ポン助は深く呼吸をして安堵感を得た。
「ふぅ、これで後は戻るだけだね」
マリエラも同意する。
「確か、老婆に渡して秘薬を作って貰うのよね? 一個は貰えるから、ギルドに報告して終わりかな?」
終わりというのは、今回のログインで遊べるのが、という意味も含まれていた。
何しろ、時間的に都市に到着するのは夕方である。
ここから遊ぶ事も可能だが、流石に精神的な疲れがあった。
「戻ったら宴会をしましょうよ。今日はオークパーティーの六人も呼びますから」
アルフィーがそう言うと、ポン助は首を傾げた。
「六人? 前は五人――」
アルフィーが笑顔で告げる。
「あぁ、増えたんです。揃いも揃って変態共でしたが、ナナコちゃんが会いたいみたいなので」
ナナコは純粋な笑顔を見せた。
「オークの皆さんも来るんですか? 楽しみですね」
マリエラが不安そうな顔をする。
「あいつら、ナナコちゃんに変な事をしてないのよね? いや、待って……ピンヒールを渡していたけど、本当に何もなかったの?」
アルフィーを問い詰めるマリエラだが、ナナコの方は首を傾げていた。
「皆さん優しかったですよ」
アルフィーも自分は悪くないと説明するのだった。
「誤解です。ちゃんと見張っていましたし、鞭なんかも渡すなと命令しましたよ! ピンヒールは……靴だと聞いていたので見逃しましたけど」
ポン助は頭を抱え、そしてその場に座り込んだ。
(増えるのか。また、あの変態たちが増えているのか!?)
馬とロバを走らせ、希望の都を目指す一同。
希望の都が見えてくる頃には、空が赤色を帯びてきた。青や紫の入り交じった空は、本物の空のようである。
街道ではなく草原を突き抜けるルートを選び、予想よりも早く到着した事にポン助は不満だった。
「別に街道を利用しても良かったのに」
アルフィーは、馬に乗っているというのに両手を離す。それでも落ちないのは、ゲーム的なサポートのおかげであった。
「早く到着すれば、それだけ遊ぶ時間も増えますよ。今日は深夜まで宴会です!」
アルフィーがそう言って手を広げた瞬間だった。
「アルフィー!」
マリエラが叫び、後方を見るとアルフィーが吹き飛ばされ落馬したところだった。アルフィーの乗っていた馬は走るのを止めている。
「何が――」
前の方を見れば、広い草原の小高い場所にプレイヤーたちが見えた。
ポン助はすぐにロバから飛び降りると、武器を構えた。
「プレイヤーキラー……こんなところで」
左手の大盾を構えつつ、右手には片手剣。
マリエラが馬上で弓を構え、敵であるプレイヤーたちに向けると声を上げた。
「え!?」
驚き、そして信じられないというような声。
そして、次の瞬間にはマリエラも馬上から弾き飛ばされるように、後方へと落馬する。
「……は?」
ポン助には信じられなかった。
今までにも、ちょっかいをかけてくるプレイヤーというのは存在していたし、その対応だってやってきたのだ。
プレイヤー同士で攻撃をしても、ダメージは大幅にカットされてしまう。
互いに、倒そうとしても時間ばかりがかかる。
悪戯だけをして逃げ出す奴も多く、本格的にこちらを倒そうとするプレイヤーは少なかった。
しかし、目の前の集団は何かが違って見えた。
「ポン助さん!」
ナナコの声に大盾を構え、そして庇う位置取りをするとポン助はアイテムを確認。今回のクエストのキーアイテムを全てナナコに託した。
「ナナコちゃん、様子がおかしい。僕が引き付けるから、すぐに馬を走らせて都市に入るんだ」
「で、でも――」
見れば、敵プレイヤーたちが余裕を持って歩いてこちらに来ていた。
「早く!」
ポン助は無理やりナナコの乗っている馬に触れ、そして押しやるとナナコが走り出した。
小さく警告の文字が浮ぶも、すぐに消えてしまう。
ナナコが嫌がっていた様子なので、システムが警告を発したのだろう。
ポン助も走り、ナナコを庇うような位置取りを取る。
すると、敵プレイヤーたちは銃口をこちらに向けていた。
「あの女に当てた奴が勝ちだからな」
そう言って四人が引き金を引くと、ポン助は力を入れる。大盾に四発の銃弾が命中し、そしてポン助は大盾の耐久値が大きく減っていることに気が付く。
「銃? そんな武器がなんで――」
希望の都には、銃を扱える職業もなければ銃も取り扱ってはいない。
注意深く目の前のプレイヤーたちを見れば、装備など見た事がない物が多かった。
後ろからアルフィーとマリエラがやってくる。
「ポン助、あいつら何をしたんですか!? 体力が大きく減ったんですけど!」
アルフィーは信じられないといった様子だった。
それもその筈で、ポン助たちはレベル五十に達したプレイヤーだ。希望の都だけで言えば、レベルはカンストしている。
下手なプレイヤーキラーに出くわしても、大抵は力押しでどうとでもなっていた。相手もカンストしている場合は、お互いにやり合っても無意味なのでプレイヤーキラーの方が退いていくことが多い。
だが、目の前のプレイヤーたちは違っていた。
「やっぱ、レベル制限があるときついな。メイン装備も使えないし」
「良いハンデじゃないか。狩りをするならこれくらいでないと」
「それより、先に逃げた奴はどうする?」
「街の中でいたぶろうぜ」
ゲラゲラ笑っている集団を見て、マリエラがポン助に耳打ちをしてきた。
「ポン助、あいつらに攻撃をしようとしたら警告を受けたわ。これまで、こんな事なかったのに」
注意、警告が表示される場合は多いが、マリエラは普段と違うと思っていたらしい。アルフィーと喧嘩が多いマリエラが言うので、何かが違うのは確かだとポン助も思っていた。
「お前ら、こんな事をして楽しいのか?」
ポン助がそう言うと、相手プレイヤーたちはポカーンとした後にゲラゲラと笑い出していた。
「楽しいに決まっているだろうが! お前らみたいに、このゲームでノホホンとしている奴らをプチッと潰すのが最高に楽しいんだよ!」
リーダー格の金髪がそう言うと、他の三人も同意していた。
(聞くに堪えないけど、これでナナコちゃんが都市に戻ればクエスト自体はクリア出来る)
ポン助は、アルフィーに耳打ちをした。
「ナナコちゃんにメッセージを送って。すぐにクエストを終わらせるように、って。それと、ログアウトも――」
アルフィーがメッセージを送ろうとすると、武器を構えていたポン助たちに一人が急接近してくる。
手には大剣を握りしめており、大きく振り抜いていた。
「――え」
アルフィーの驚いたような、そして信じられないような声は、赤い光に包まれそして消えていく。
アルフィーが死亡扱いとなった。
「アルフィー!」
マリエラが叫び、そして大急ぎで矢を放つと相手はそれを素早く避け、そしてゲラゲラと笑ってマリエラの真似をした。
「あるふぃ~、だってさ! しかし、本当に弱いな。こっちはレベル六十にまで制限をかけて、武器だってサブのサブ、くらいなのによ」
醜悪な笑みを浮かべ、肩に担いだ大剣は禍々しい形をしていた。
魔剣と言われれば、信じてしまいそうな形をしていた。
ポン助が大盾を構え、そして片手剣で斬りかかると相手はソレを軽々と受け止めた。
「うわぁ~、オークだよ。本当に使う馬鹿がいるんだね。パワーだけはソレになりにあるから嫌なんだ」
パワーがあると言いつつ、その表情には余裕の笑みしか浮んでいない。
大剣を片腕で持ちつつポン助の攻撃をいなし、そして後ろに跳ぶと今度は短剣を持ったプレイヤーがマリエラに馬乗りになっていた。
「頂きま~す!」
まるで遊んでいるかのような相手に、マリエラはなすすべなく馬乗りになられた。なんらかのスキルなのか、飛びつかれ倒されると短剣で何度も刺され赤い光に包まれ消えていく。
「ポン助、ごめ――」
短剣を肩や胸、そして顔に刺され消えていくマリエラを、ポン助は見ていることしか出来なかった。
ポン助に邪魔されないように、残り二人が間に入っていたのだ。
全員が持っている武器を見た。
禍々しい外見をしており、何かしら特殊な効果がついているように感じられる。
(レベル六十? こいつら、どこからか戻って来た高レベルのプレイヤーなのか?)
友人であるルークのように、レベル制限をかけている高レベルプレイヤーを想像した。
ルークのように新人の世話をする訳でもなく、わざわざなぶり殺しに来ている最低のプレイヤーたちである。
一人が笑う。
「ポン助だってよ! だっせぇんだよ。この時間帯の連中は、本当にふぬけが多くて困るぜ」
先程から、自分たちを馬鹿にするプレイヤーたち。
マナーがなっていない、という話ではない。
最初からマナーを守るつもりがないのだ。
ポン助は考える。
(レベルもそうだけど、装備もここでは手に入らないような物ばかり。レベル差と装備の性能差でこうも簡単にやられるのか)
すると、ポン助は背中に激しい痛みを感じた。
「くっ!」
大盾を振り返ると同時に振り回せば、そこに大剣を持ったプレイヤーが立っていた。大剣で大盾を受け止め、そして苦々しい顔をしている。
「なにこいつ、頑丈なんだけど」
オーク種はヒューマン、エルフなどの種族より素で頑丈である。そのため、目の前のプレイヤーたちに簡単にはやられない。
だが、それでもダメージ量は今までプレイヤーに与えられた、どの攻撃よりも多かった。
「お前ら!」
周囲には、いつの間にかアルフィーとマリエラが借りていた馬が消えており、ロバだけが遠すぎず、そして近すぎない距離でこちらを見ていた。
一人が銃を取り出すと、構えてポン助を撃つ。
「ぐっ!」
足を撃ち抜かれ、痛みに膝をつくと片手剣を二本もったプレイヤーが斬りかかってくる。
連続でポン助に何度も斬りかかり、盾で防ぐもダメージが通ってしまっていた。
「なんだよ、ただのモンスター狩りと同じじゃねーか。もっとプレイヤー同士の熱い戦いっての? そういうのをやりたかったのにさ」
つまらなそうに言う敵プレイヤーに、ポン助はアイテムボックスから瓶を一つ取り出して投げつける。
「は? 熱っ!」
ぶつけられた大剣持ちのプレイヤーが、火に包まれ暴れ出す。
それを仲間たちは笑ってみていた。助けようなどとしていない。
「うわ、だっさ!」
「安いアイテムで火達磨にされてやんの!」
「情けないな~」
すぐに火は消えたが、敵プレイヤーは収まらないのはポン助を蹴り飛ばす。
吹き飛ぶポン助は、その場に倒れた。
(体力が限界で……バッドステータスまで)
体が麻痺の状態で動かず、そして倒れたポン助を無視して四人のプレイヤーたちが動き出す。
「ちっ! おら、生き残った雑魚を探すぞ」
「どうするんだよ?」
聞かれた大剣持ちは、笑みを浮かべるとこう答えた。
「殺しまくって、レベルを一にしてやるんだよ。二度とこのゲームに戻れないようにしてやるぜ。泣いて叫いて……それでも許してやらないの。最高じゃね?」
同意して都市の方へ向かうプレイヤーたちを前に、ポン助はどうすることも出来なかった。
(ナ……ナナコちゃん)
ナナコをデスペナでレベル一にし、トラウマを刻もうとする悪質プレイヤーたち。
ポン助は、それを見送るしか出来なかった。




