クエスト:希望の秘薬
冒険者ギルドへと向かい、受付でクエストを選択する。
受ける依頼は希望の秘薬の材料集め。
かつては非常に有力な回復アイテムであったのだが、アップデートと新しい世界――都市の開放により性能は劣化。
今ではほとんど誰も受けないクエストになってしまっていた。
次の大型アップデートで修正が入るか、もしくは消えてしまうクエストの候補に挙がっていると噂がある。
そんなクエストをナナコが受けると、受付嬢が微笑む。
「クエスト、希望の秘薬を受けられるのですね。皆さんの活躍を期待しております。それでは、秘薬を作る薬師のところへ向かってください」
四人が顔を見合わせ、そして頷くとそのまま冒険者ギルドを出て行く。
装備や道具などの準備も終えているのか、四人には迷いもない様子だ。
そんな後ろ姿を、あるプレイヤーたちが見ていた。
「おい、あいつら珍しいクエストを受けていたぜ」
「へぇ……」
外見は美形。髪型は盛られた刺々しい髪をしていた。
わざと着崩した服装や装備は、外見もあってワイルドに見えている。だが、四人とも美形な顔立ちをしていても醜悪さが顔に出ていた。
四人組は、ポン助たちの背中を見てニヤニヤしていた。
「なぁ、今回のターゲットはあいつらでどうよ」
一人がそう言うと、他の三人も同意する。
「だな」
四人のプレイヤーたちが、周囲を見ながら話をする。
「しっかし、なんだろうな。この時間帯の奴ら、ってアバターまで間抜けな顔をしているよな」
「違いない!」
普段の四人は、違う時間帯でゲームをプレイしていた。
「そんな間抜けな連中には、現実って奴を教えてやらないとな」
「俺たちって優しぃ~」
ゲラゲラ笑う四人を、周囲のプレイヤーたちが遠目に見ていた。それに気が付いたリーダー格のプレイヤーが、怒鳴りつける。
「何見てんだ、ごらぁ!」
見ていたプレイヤーたちが離れて行くと、四人は馬鹿にした発言をしながら指を指してまたゲラゲラと笑い始めていた。
馬屋。
ポン助は自分の巨体を乗せるに相応しい動物を前に、困惑の表情を隠せないでいた。
「……ねぇ、これ」
周囲に同意を求めるが、マリエラはまだら模様の馬にじゃれつかれている。
「こら、舐めないの。私、この子にするわ」
黒くサラブレッドのような品格を持つ馬を見たアルフィーは、すぐに決断を下した。
「私に相応しいのはこの子ですね。さぁ、その背中に私を――痛い。髪を噛まないで!」
アルフィーの頭に噛みつく馬。
ナナコは一回り小さいが、優しそうな白馬がすり寄っている。
「乗って良いんですか?」
ナナコの言葉に反応し、白馬は頷いた。
嬉しそうに背中に乗るナナコ。そして、他二名も馬の背中に乗る。
マリエラがポン助の方を見た。
「ほら、ポン助も早くしなさいよ。今日中に三箇所は回らないといけないんだからね」
アルフィーは髪を整えていた。
「ヤレヤレですね。馬を使ってもギリギリ二日ですよ。でも、馬を借りられると教えて貰って良かった」
ナナコも嬉しそうだ。
「オークの皆さん、本当に優しくて親切でしたね。私、ピンヒールですか? 可愛いのを貰ったんです」
それを聞いて、マリエラがアルフィーに物を投げつけた。
「痛い!」
「監督責任! ……ナナコちゃん、後でそのピンヒールを確認させて。それから、絶対にあいつらの前で履いたら駄目だからね。いい、絶対よ?」
どうやら二人で遊んでいた日に、オークたちとで会っていたらしい。ナナコは真剣なマリエラを前に、コクコクと何度も頷いていた。
ただ、ポン助は――。
「ねぇ、聞いてよ! これ、絶対に馬じゃないよね!」
――ロバを前に困っていた。
オークが乗れる馬はこれしかないと、NPCに言われたのだ。
ナナコは純粋に、ポン助が乗る予定のロバを見た。
「小さくて可愛いですね。でも、ポン助さんが乗って大丈夫なんでしょうか?」
アルフィーが冷めた目でポン助を見ていた。
「ゲームなので大丈夫でしょう。しかし、オークはロバに乗れ、ですか。まぁ、なんというか……運営らしいですね」
その言葉にマリエラが首を傾げる。
「なんでロバが運営らしいの?」
アルフィーたちは馬を歩かせ、馬屋から門へと向かった。
「ロバは昔では仙人の乗り物、とされた地域もあります。ですが、逆に馬鹿にされた地域もある訳です。ゲームの雰囲気からパンドラの箱庭は西洋風。西洋ではロバは馬鹿にされていたようですよ。騎士には馬を、平民にはロバを、という事です」
ポン助は太々しい態度のロバを見ながら、アルフィーの話を聞いて思った。
(アルフィーって時々色々詳しかったりするよな。というか、本当にこいつに乗るのか?)
ロバを見下ろすポン助。
ロバは、ポン助に唾を吐いてきた。
唾が足にかかった。
「僕はお前の事、好きになれそうにないや」
ロバも奇遇だと言わんばかりに、歯をむき出しにして笑っていた。
しかし、そのままという訳にもいかない。三人とも先に進んでいるので、ポン助は無理やりロバの背に乗る。
すると、気が付いてしまった。
まるで体に電流が駆け巡るかのような、そんな衝撃。
「……乗りやすいだと!?」
小さなロバの背に乗る巨体のオーク。
一見して不格好な組み合わせだが、乗っている本人からすると物凄く乗りやすいという感覚だった。
小さな蹄を持つロバが、力強く一歩を踏み出す。
そして、フフン、とでも言いたげにポン助に振り返るとそのまま三人の後を追いかけるのだった。
(こいつ……腹立つ)
門まで行くと、周囲のプレイヤーたちがロバに乗ったオークのポン助を見ていた。注目の的である。
「なにあれ?」
「え、可哀想。お馬さん、可哀想」
「いや、あれってロバだろ? 見たことあるよ。けど、なんでオーク?」
周囲の視線を集めつつ門を抜けると、三人が待っていた。
立派な馬に乗った三人が、ポン助に振り返って手を振ってくる。
「早くしなさいよ!」
ロバに乗っている事に関しては、何も言ってこない。
(えぇぇぇ、ちょっと冷たくない?)
四人は最初、街道を馬で駆け辺境にある小さな村を目指した。
そこで薬草を取り扱っている老人から、希少な花を受け取るためだ。
馬に乗るのも初めての四人だが、ゲーム的なサポートで問題なく快適に乗れている。
これが現実であれば、背中にも上手く乗れず走らせるとお尻を痛め、内股が真っ赤になっていることだろう。
しかし、快適なのはいいのだが、ポン助は自分の乗っているロバを見た。
短い足でサラブレッドのような三頭の馬を引き離して独走状態である。
アルフィーやマリエラなど、腰を上げてスピードを上げているのにロバに追いつけないと悔しそうにしていた。
「どうしてもポン助に追いつけない! くそっ! 私もロバに乗れば良かった!」
悔しがるアルフィー。
だが、黒い馬に跨がり赤いドレスが風になびいている姿は、とても絵になっていた。
マリエラもそうだ。
「さっきから全速力なのに!」
その後ろでは、ナナコが白馬をそれなりのスピードで走らせていた。
「三人とも、置いて行かないでくださ~い!」
一人、前を走るポン助は納得がいかない。
「なんでロバがこんなに早いんだよ。こんなに速く走る動物なのか?」
外見からは想像できないスピードに困惑していると、目の前にモンスターが飛び出して来た。
スライムである。
「むっ、敵!」
ポン助が右手に片手剣を引き抜く。だが、ロバはそのまま前進してスライムを踏みつけそのまま赤い光に変えてしまった。
「……強ぇ」
一鳴き。
ロバは自分の凄さをいせつけると、ポン助に振り返ってニヤリとするのだった。
「お前、性格悪いだろ」
自慢してくるロバにそう言うと、ロバが急停止をした。
ポン助はその勢いを殺しきれず、前に飛ばされて道を転がる。
「ぬおぉぉぉぉ!!」
後ろから追いついたアルフィーとマリエラが、倒れているポン助を見て呆れていた。
「何をやっているんですか」
アルフィーが溜息を吐くと、ポン助はロバを指差した。
「違う、あいつが――」
マリエラは馬から下り、そして視線を村に向けた。
「目的地はここよ。だから止まったんじゃないの?」
ロバの方を見れば、街道近くの草を食べていた。ポン助の方を見ると、まるで馬鹿にして笑っているような顔をしている。
(……運営ぇ。ここまでする必要があるのかよぉ!)
ポン助の中で、運営に対する不満がモリモリと膨れあがっていく。
辺境にある村で花を受け取り、山に入って蜂蜜を採取。
湖で水を確保すると夜になっていた。
アイテムボックスからテントを取りだし、近くの木に馬三頭、ロバ一頭を繋いで水や餌を与えた。
焚き火を囲んで四人が話をするのだが、まずは不満そうなアルフィーからだった。
「なんで野外の夜もサンドイッチなんですか? ここはスープとか、もっと野性的な焼き魚とか、色々と選択肢があったはずです」
不満の原因は食事である。
なにしろ、ポン助たちの中で料理が出来るのはマリエラだけである。
しかも、最近何とか作れるようになったのはサンドイッチだけ。
「ハンバーガーもあるわよ?」
「そうじゃない!」
マリエラがハンバーガーを取り出すと、ナナコが受け取って食べていた。ポン助も同様だ。
しかし、アルフィーだけは両手を広げ、満天の星空の下で熱く語り出す。
「野外でサンドイッチ! それもいいでしょう。ですが、今は夜です! もっと相応しい料理があると思いませんか!」
ポン助はハンバーガーを食べながら即答する。
「そういうのは、自分で作れるようになってから言えば良いと思うよ」
アルフィーがポン助を指差す。
「正論で意見を潰さない!」
マリエラが額に青筋を浮かべ、そして指を鳴らして武器に手を伸ばす。
「文句を言う前に黙って食え! それとも、ここで分からせてあげようか?」
アルフィーも武器を手に取った。
「やってやりますよ。予備の武器だってあるんです。ここでどちらが上からハッキリさせて上げましょう!」
そう言って互いに武器を持ち、焚き火から離れ喧嘩を始める二人。
プレイヤー同士の戦闘は、ダメージが極端に少なくなり、勝負はつきにくくなっている。
勝負がつくことはなく、装備品の耐久値が心配になるだけだ。
ナナコが二人を見て苦笑いをしていた。
「お二人とも元気ですね。それに、なんだか楽しそう」
ポン助はアイテムボックスから水筒のような物を取りだし、カップに注ぐ。そこには、熱々のスープが入っていた。
「元気なのは良いんだけどね。何かあると、喧嘩するのは勘弁して欲しいよ」
ナナコにカップを渡し、自分の分も注ぐ。
ナナコはスープを飲むと舌が熱かったのか、息を吹きかけていた。
「たぶん、二人なりのコミュニケーションだとは思うんだよね。二人して、あれで喧嘩してもすぐに仲直りするんだ」
サバサバした二人を見て、やはりポン助は二人の中身が男性である可能性が高まったと思うのだった。
(まぁ、今更ネカマとか気にしないけどね)
ネカマだろうと、ゲームを楽しんでいる仲間だ。
温かく見守っていこうと考えている。
「ポン助さんは、どうしてこのゲームをしているんですか? 攻略が目標でもなくて、でもただ遊んでいるだけにも見えませんけど」
ただ、仮想世界でノンビリと過ごすだけなら、観光地で過ごせば良い。
外に出て冒険をして……だが、攻略を考えていないポン助に、ナナコは興味があるようだった。
「いや、攻略組を見たんだけど、アレにはついて行けそうにないからね。それに、オーク種はネタ種族だから、仲間になる事も出来ないんだ。でもさぁ……」
ポン助はスープを飲むと、空を見上げた。
「自分なりに楽しめればいいかな、って思うようになったよ」
ナナコはそれを聞いて、少し俯いていた。
「……私、またここに来たいです」
既に手術の準備は進んでおり、今日を逃せばナナコがログインできるのは手術後という状況だった。
ポン助はどう言って良いのか分からないが、素直に言う事にした。
「また来れば良いよ。またここで会おう」
すると、ナナコが涙ぐむ。
「……はい」
ポン助が微笑みつつ、空になったナナコのカップに暖かいスープを注ぐ。囲んでいた焚き火がパチパチと音を立て、そして空は星が輝いていた。
ポン助はナナコを励まそうと口を開くのだが――。
「ナナコちゃ――アウッツ!」
頭部に痛みが走ると、見事に矢が命中してクリティカルと表示されていた。遠くからマリエラが謝っている。
「ごめん! そっちに矢が飛んでいかなかった?」
ナナコが大急ぎでポン助に回復魔法を使用した。
「ポン助さん、大丈夫ですか!」
ポン助は顔を上げ、ナナコに言うのだ。
「ナナコちゃんならいつでも歓迎だ。人が増えていたとしても、あの二人を外してでも仲間にするから安心して……くれ」
クリティカルの影響か、ポン助は気絶状態になり意識が遠のいた。
「ポン助さぁぁぁん!!」