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映画

 朝。


 スーパーの前を休日だというのにスーツ姿の男性が、足早に駅に向かって歩いて行く。


 路上にはトラックが止まっており、段ボール箱がスーパーの前に詰まれていた。


 周囲は住宅なのだが、日曜日とあってか人通りは平日よりも少ない。


 時折、家族を乗せた車がスーパーの前を通り過ぎているのを見て、明人は思った。


(家族サービスで遠出かな?)


 段ボール箱を店内に運び入れ、そしてバックヤードへと移していく。


 八雲は社員である栗田と品物のチェックを行っていた。


「……栗田さん、これこんなに必要なんですか?」


「え? どこか間違っている?」


 運び込まれた荷物を確認しているのだが、発注をかけた栗田はどうやらミスをしていたようだ。


「いや、普段より多いですよ。違う商品がいつもより少ないですから、数字を入れ違えていませんか?」


 小さなミスだったようだが、栗田は笑っていた。


「気にする事ないよ。それより、終わったらバックヤードで休んでいて良いから。どうせこんな朝早くからお客なんてこないんだし」


 明人は思う。


(社員なのにそんな事を言って良いのかな?)


 呆れているのは八雲も同じらしく、他の品物を確認して荷物を下ろし終わった運転手の男性と話をしていた。


 運転手もアルバイトの八雲と話をしているのを見るに、どうやら栗田に思うところがあるのかも知れない。


 そのままトラックが店の前から離れて行くと、荷物も運び終わったので明人は背伸びをした。


「お疲れ。取りあえず、商品を並べようか。忙しくなるのはもう少ししてからだって」


 朝一からアルバイトをするのは初めての明人は、八雲の指示に従って商品を棚に補充することにした。


「なんかいつもと雰囲気違いますよね」


 八雲と店内に入りつつ、そんな話を振ると同意された。


 珍しく笑顔だった。


「そうね。少し腹立たしかったけど、なんか気分良いわ。あ、栗田さん――」


 八雲は仕事に手慣れており、社員よりも仕事をしている。


(凄いな。どっちが社員か分からないや)


 栗田に指示を出している八雲を見ながら、明人は棚を確認して商品の補充へと取りかかった。






 お昼。


 バックヤードで休憩を取る二人は、それぞれ食事をしていた。


 明人はスーパーで取り扱っている弁当とお茶を購入して食事をしているが、八雲は手作りのようだった。


 サンドイッチを用意しており、なんとも女の子らしいと明人は思ってしまう。


(サンドイッチ……食べ過ぎたな)


 山のようなサンドイッチを、ゲーム世界で食べたことを思い出す。


 店の方には社員である栗田が出ており、アルバイト二人は昼休憩。仕事中も休憩中も栗田に話しかけられている八雲は、ようやく落ち着いたという顔をしていた。


「はぁ、しんどい。なんで社員の相手で疲れないといけないのよ」


 明人も苦笑いである。


「先輩、気に入られていますもんね。まぁ、同情しますよ」


 八雲は明人を睨む。


「同情するくらいなら替わりなさいよ。いや、やっぱりいいわ。鳴瀬と栗田が職場でイチャイチャしているとか想像したら……」


 とても嫌そうな顔をするが、それは明人も同じだった。


「何を想像したんですか。勘弁してください」


 二人が談笑していると、バックヤードに設置された小型のモニターではお昼のニュースが流れていた。


『今週は若者に人気のスポットに来ています!』


 ニュースでは若者向けの場所で、ランキング形式で店などを紹介するコーナーをやっていた。


 八雲が何気なしにソレを見ていると、急に立ち上がる。


「ちょっと!」


「な、なんですか!?」


 表情が一変した八雲に驚く明人は、食べ終わって片付けをしていたゴミを落としそうになる程に驚いていた。


 モニターを見ると、そこにはテレビに向かって手を振っている一団が……。


「……あ、この人たち」


 見れば、随分と印象は違うが、休日出勤をすることになった原因――女子二人組が、男性や友人たちとテレビに映っている。


『みんなはどこから来たの? ――え? 結構遠出してきたんだ。それだけここが人気と言うことですね!』


 女性リポーターがそう言うと、問題の女子にマイクを向けた。


 八雲は黙って映像を録画する準備をしており、しっかり記録するつもりのようだ。


『今日は楽しんでいる?』


『楽しんでま~す。本当はアルバイトだったんだけど、気に入らないバイト仲間に押しつけて凄く最高で~す!』


 キャピキャピと楽しそうな女子たちに、男性陣は「お前ら、酷いな」などと笑って言っていた。


 女性リポーターは、苦笑いをしていた。


『そ、それはどうなのかな? でも、楽しんでいるのは伝わりました。こちらからは以上です。スタジオの皆さん、一度はここに――』


 映像が消えると、八雲はモニターを操作して録画の状況を確認する。


『今日は楽しんでいる?』


『楽しんでま~す。本当はアルバイトだったんだけど、直前でキャンセルして気に入らないバイト仲間に押しつけました。おかげで気分も凄く最高で~す!』


 明人はそんな八雲の後ろ姿を黙ってみていた。


「よし。綺麗に録画できたわね。まぁ、私のスマホでも録画したから、証拠としては十分かな」


 八雲は録画できたことに喜び、そしてこれをアルバイト先と学校に提出する段取りを考えていた。


(女って怖いな)


 明人はそう思いながら八雲を見ていた。


 八雲も気が付いたのか、言い訳をしてくる。


「あ、酷いと思った? でも、言っておくけど、このアルバイトは社会教育の一環で学校から許可を貰っているのよ。不適切な行動は、今後に影響が出るって分かっているはずよね?」


 明人は有無を言わさない八雲に、何度も頷いて肯定を示した。


「よろしい。あいつらは、罰を受けるべくして受けるだけ。舐めた態度を取った代償は、今後の就職や進学に大きく影響が出るのよ」


 どうにも仕返しがやりすぎだとも思うが、確かにあの態度は明人も我慢できない。


(まぁ、社会教育の一環だし、最初に注意も受けたからね)


 本来なら勉強やスポーツに時間を割くところを、労働を通して社会を学ぶという道を選んだのだ。


 お金も当然貰えるが、それだけ責任も発生すると事前に注意を受けていた。


 八雲は映像を自分の学校やアルバイト先に映像付きでメールにて報告をすると、背伸びをしていた。


「あ~、スッキリしたわ。明日が楽しみね。あ、それとこれは口止め料」


 そう言って明人の口に放り込まれたのは、サンドイッチだった。


「ふぁい?」


 どうしてか差し出されると食いついてしまった。明人自身も驚きだ。


「ど、どうかな?」


 少し不安そうな八雲に、サンドイッチを食べた明人は頷く。


「え? 美味しいですよ」


 すると、八雲が嬉しそうにする。


「そっか。美味しいか。良かった」






 時間となり、交代のアルバイト二人が来ると明人も八雲も店を出る。


 栗田が何か言いたそうにしていたが、結局自分の引き継ぎもあって声をかけられないようだった。


 八雲はスマホを取りだし、時間を確認すると明人を誘った。


「ねぇ、まだ時間ある? 映画でも見に行かない」


 明人は笑う。


「いいですね。前は男避けで恋愛物を見に行きましたけど、今日は何を見るんですか?」


 誘いに乗る明人は、今回も男避けだろうと内心で思っていた。


 だが、八雲と出かけられるならそれもいいかと思うのだ。


(出来れば写真を撮って陸とかに自慢したい。いや、駄目だな。あいつは絶対に後で確認を取って僕のことを笑うだろうし)


 男子のそういった浅ましい考えや妄想を膨らませつつ、八雲の言葉を待っていた。


「う~ん、今回はちょっと雰囲気を変えたいかな」


「雰囲気?」


 八雲は笑う。


「まぁ、いいからついてきなさいよ」






 映画館。


 随分と席の数も少なく、客も少ない部屋で明人はポップコーンが入ったバケツのようなカップを持っていた。


 席についているホルダーには、ジュースも用意されている。


 隣の席には八雲が座っており、ジュースをストローで飲みながら前を見ていた。


 薄暗い映画館で上映されているのは、立体映像――【3D】の映画だった。


 迫力のある映像、そしてサウンド……だが、なんと言って良いのか。


「随分と渋いチョイスですね」


 そう言うと、八雲は明人が持っていたポップコーンに手を伸ばし口へと放り込む。


「古いって言いなさいよ。私だってそう思うわ」


 見ていると確かに面白いが、映像も音も現代の物と比べると激しく劣っていた。


 明人は映画館に入る前の宣伝文句を思い出す。


「……コロニー時代の発掘品でしたか?」


 発掘品というのはおかしいと思いつつも、宣伝文句なので呟いてみた。


「コロニーに持ち込んだ作品の一つなんでしょ。あ~、変な豆知識を思い出しちゃった」


 顔を押さえた八雲は、明人に言う。


 前置きで「私のちょっとわがままな知り合いから聞いた話なんだけどね」とつけて。


「住めなくなった地上を捨てて、地下に潜るか月に行くか……。そんな時代に、少しでも当時の映像とか色んな物を地下コロニーに持ち込んだんだって」


「あぁ、月面都市か、地下コロニーでコールドスリープ、っていうのは授業で習いましたね」


 戦争で地上に人が住めなくなった時代。


 人類は地下に潜って時を待つか、稼働したばかりの月面都市へと逃げ出した。


 月面都市に逃げた人々は世代を重ね、地下の人々は氷漬け。


「ようやく氷漬けから解放された人類は、生きていくのに大変だったみたいよ。だから、娯楽関係は後回し。管理していた人が蘇生に失敗したとか色々と理由もあったみたいだけどね。元の暮らしを取り戻そうと半世紀……こういう娯楽を見つけようと思ったのは今から十年前とか最近なんだって」


 明人が周囲を見渡せば、確かに年配の客が多かった。


 老人――コールドスリープ前は十代の若者だったらしい老人は、映画を見て涙を流しているのかしきりにハンカチで拭っていた。


 感動する場面でもなく、当時を思い出しているのかも知れない。


 八雲は続ける。


「生活が落ち着きだしたら、色々と他の分野にも手が伸びているみたいよ。今でも地下コロニーにある機械とか、訳の分からない物も多いって聞くわね。技術者や開発者がいなくなっている装置とか研究対象なんだって」


 明人はしきりに頷く。


「詳しいですね、その友人――」


「あぁ、友達じゃないの。知り合いね、知り合い」


 八雲が念押しをしてくるので頷き、明人は目の前へと視線を向けた。確かに、映像などは酷くもあるが、中身にはお金がかかっている印象を受けた。


 役者も知らない人だが、演技に違和感がない。


 見ていると、確かに面白い。


 八雲も同意見なのか、少し笑っていた。


「前に一緒に見た奴よりいいかもね。また来る?」


 その誘いに、明人は少し照れながら頷く。だが、薄暗いために明人が照れて顔を赤くしているのを、八雲は気が付かなかった様子だ。






 月曜日。


 明人は教室で、陸に対して熱弁を振るっていた。


「それが凄く良くてさ。映像とか酷いし、期待していなかったんだけど面白かったんだ。絶対に観た方がいいって!」


 昼休み、教室内では食事をしているクラスメイトもいた。


 珍しく明人が熱弁を振るっている様子を見て、クスクスと笑っている女子の姿もある。


 陸は明人を落ち着かせようとしていた。


「分かった。分かったから。まぁ、その手の話は良く聞くな。今は映像機器の技術力は高いけど、中身がない、ってさ」


 しかし、明人がいくら熱弁を振るおうとも、陸は冷めた様子だった。


「なんか冷めてない?」


 明人は購買部で買ってきたサンドイッチを口に入れた。たまたま、欲しかったパンが売り切れていたのだ。


 だが、口に含むと違和感を覚えた。


(なんか味気ない。先輩のサンドイッチは美味しかったのに)


 陸は冷めた様子で焼きそばパンを食べている。


「まぁ、アレだ。最前線は色々と忙しくてさ。都市攻略が始まる前の準備段階? もう、慌ただしくて……」


 忙しい最前線の話に、今度は明人が冷めた。


「僕たちはまだ時間がかかりそうかな。明日はナナコちゃんのクエストに挑むから」


 陸が呆れていた。


「お人好しめ。だけど、そういうのも悪くないと思うよ。でも、出来れば早くこっちに来て欲しいけどな」


 そういう陸は、明人を見て小さく笑っていた。近くで食事をしていた女子二人が、顔を赤くして明人たちを見ている。


 そんな中、教室に戻ってきていた委員長――摩耶がチラチラと明人を見ていた。


「あれ? なんかやったかな?」


 摩耶から声をかけられる場合、ほとんどが注意や説教なので自分が何かしたか、それとも忘れているのかと悩む明人は腕を組む。


 陸は首を傾げる。


「アレだ。怒るときは向こうから来るから気にするな。もしかしたら、俺たちを怒りたくてウズウズしているのかもな」


「なんだよ、それ」


 笑う男子二人。






 摩耶は、教室内で昔の映画が面白いと騒いでいた明人を見る。


(……発掘品の話よね? タイトルからして間違いないし)


 熱弁を振るっていることから、間違いなく興味を持っているのを摩耶は確信していた。


 教室に入ってくると、映画を熱く語っている明人が珍しく耳を傾けていたおかげで話の内容も把握できていた。


(私も話したい! でも、イメージが! 私のイメージが!)


 二人の会話に割って入る、など出来ないと我慢する摩耶は、チラチラと明人を見ることしか出来なかった。


(こっちに話を振りなさいよ! いや、振られても難しいけど……けども!)


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