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七海

 アラームの音が鳴り響いていた。


 ゆっくりと目を覚ますと、頭部のヘッドセットが外される。髪がヘッドセットに数本引っかかり、強引に引き抜かれ少し痛い。


 声をかけてくるのは、看護師だって。


「どうだった、仮想世界は?」


 テキパキと作業をする女性看護師は、長い髪を持つ華奢な少女【若宮 七海】に話しかけている。


 だが、それも決まった台詞のようなものだ。


 周囲では、七海と同じようにヘッドセットを外されている患者たちがいた。


「とても……良かったです」


 看護師は少し苦笑いをしているようだ。


 七海の返事に困っている雰囲気があった。


 理由は、患者のストレス発散にVRマシンを導入したのだが、病院で用意したソフトでは患者が誰も満足しなかったのだ。


 患者の中にパンドラの箱庭を知っている人物がいて、要望を出すと次から次に患者たちがパンドラの箱庭を希望したのである。


「本当なら病院で用意した物を使って欲しいんだけど、大手ゲームメーカーさんの再現度って言うのかな? 流石に勝てないわね」


 プレイヤーが数千万人。


 常に改良されているゲームと、病院が用意したソフトではかかっている金額の差も桁違いなのである。


 七海が口を開こうとすると、若い男の子が隣のベッドで暴れているのか騒がしい。


「もっとゲームをさせてよ。お願いだよ!」


 看護師がなだめている。


「駄目よ。それに、一日にログインできるのは二時間だけ。それに、病院内での予約も詰まっているんだから」


 わがままを言う男の子をたしなめているのだが、男の子の方は真剣だった。


「……どうせ、待っていても死ぬだけなのに。体だって痛いのに、なんで現実の世界にいないといけないのさ。僕はあっちの世界がいいんだよ!」


 仮想世界なら痛みもない。体も自由に動く。


 現実世界との違いに、男の子は泣きそうになっていた。


 看護師がすぐにその子を連れて、VRマシンの設置された部屋から移動させていた。


 七海も、車椅子に乗せられて病室へと移動する。


 途中、モニターの置かれた場所を通ったのか、ニュースが聞こえてきた。


『人気オンラインゲーム“パンドラの箱庭”ですが、一部のユーザへのログイン制限を緩める動きが出ています』


 女性の声が聞こえ、次いで男性の声が聞こえてくる。


 だが、車椅子は止まらないので声はどんどん遠くなっていた。


『入院患者など、治る見込みのない人たちへの救済処置ですね。誰しも死を待つだけというのは辛いもので――』


『一方で、家族の時間を奪うのかという――』


 看護師が車椅子を押すスピードが上がっていた。


 どうやら、ニュースの内容を聞かせたくないらしい。


「七海ちゃん、お手洗いは大丈夫?」


 七海は小さく頷く。


「はい。ゲームを始める前に済ませましたから」


 ゲームを始める前に、患者たちはトイレなどを済ませておく。病院内でのルールだった。


 自分の病室へと到着すると、看護師が七海をベッドに寝かせてテキパキと仕事を済ませ病室から出て行く。


 窓が開いているのか、風が病室内に入ってきた。


 日差しも強くなっており、部屋の空気を入れ換えたら時期に冷房を入れるだろう。


 七海は自分の髪を触れる。


「もうじき手術だから切らないと」


 手術のために髪を切る必要があった。


 分かってはいるが、十三歳の少女には少しきつい現実だった。


 額に手の甲を当てると少しだけ汗ばんでいた。


「……楽しかったな」


 七海にとっては、二日間の大冒険だ。


 仲間は力自慢のオークに、エルフの狩人。そして、遊ぶのが大好きなヒューマン。


 二日間、三人のおかげで随分と楽しく過ごす事が出来た。


「今から待ち遠しい」


 ベッドの上、退屈な時間がとても長く感じられた。


 ゲーム内の濃密な時間が、本当に一瞬のように感じられる。


 そして、男の子の言葉が頭をよぎった。


「あっちの世界がいい、か」


 七海にも理解できる言葉だった。


 事故で目も見えなければ、足も動かない。


 手術が失敗した時の事を考えるのも怖かった。


 だから、願掛け――クエストを見た時、このクエストが成功すればきっと自分も助かると直感でそう思った。


 いや、願ったのかも知れない。






 市瀬摩耶は、自宅のパソコンで色々と情報を調べていた。


 普段の摩耶を知る人物たちからすれば、海外のニュースでも呼んでいるのだと思うだろう。


 しかし、彼女が見ているのは攻略記事である。


 柄にもなく調べているのは、自分がナナコを助けようと言ってしまったからだ。それなのに、何も知りませんでは話にもならない。


「う~、ポン助に迷惑はかけられない。それに、マリエラに馬鹿にされるのだけは嫌」


 調べてみると、文字にすれば簡単だった。


 希望の都で秘薬を作りたい老婆から、レシピを聞いて素材を集めるのだ。


 だが、希望の都の名前がつくだけあってか、様々な場所に赴かなければならない。


 小さな村の農家。


 森の中に生えている薬草。


 特定の湖の水。


 ……必要な材料が非常に多い。


「ここまでとは。それなのに、報酬が釣り合わないわね」


 不人気なクエストであるのは間違いない。


 時間がかかるのに手に入るアイテムはたいした事がなく、報酬も僅か。効率を考えるなら、絶対に受けないクエストだった。


「問題は移動時間かな? 馬車を借りるにしても、馬車だと立ち寄れない場所もあるみたいだし……」


 チラリと時計を見れば、摩耶は焦った顔をした。


 すぐにパソコンから離れると、着替えのために服を脱ぐ。


「いけない。時間をかけすぎた!」


 大急ぎで学園に向かう準備をする摩耶は、お嬢様ではなく年頃の女の子、という感じだった。






 二十一時十分。


 アルバイト先のスーパー【マイルド】で、明人はまだ来ない引き継ぎの大学生たちをレジで待っていた。


 八雲は時計をチラチラと見ては、時折深く溜息を吐いている。


「あの二人、最近は本当に遅いわね。まともに出勤してきた事なんかないんじゃない?」


 今月のカレンダーを見れば、確かに引き継ぎの時間にいたという記憶がない。


 明人はバックヤードで苛立っている社員を気にしながら、八雲にたずねた。


「あの二人、以前は先輩と一緒だったそうですね。前から遅刻が多かったんですか?」


 腕を組んだ八雲を見ると、大きな胸が押し上げられていた。


 視線を咄嗟に逸らすが、八雲には気づかれているらしい。


 片方の眉がピクリと動いていたが、どうやら明人には怒らないようだ。


「二人組の内、一人と一緒だったわ。でも、その時から遅刻はあったけど数ヶ月に一回くらい? それでも多い方だけど、ここまで酷くなかったの」


 最近になって酷くなったらしい。


 大学生活が始まり、気が緩んでいるのだと社員も言っていたのを明人は思い出した。


 すると、バックヤードから電話の音が聞こえてきた。


 八雲が顔をしかめる。


「嘘でしょ。休み? これは違うシフトの人が来るまで残る事に――」


 急な対応で残業かと思われたが、十四分になると大学生の男二人組が店内に入ってきた。


「う~す」

「八雲ちゃん、今日も可愛いね。俺とデートしようよ」


 軽いノリの二人が登場した事で、八雲がバックヤードの方に振り返った。


 気になったのか、大学生の一人が明人に事情を聞いてくる。


「どうしたんだ?」


「いえ、さっき電話が鳴ったので、先輩たちが休むのかと思ったんですけど……」


 すると、バックヤードから苛立っている女性社員が出て来て、大学生二人組を睨み付けていた。


「君たちはすぐに着替えて店に出る!」


「は、はい!」

「すみませんでしたぁ」


 二人が奥へ入っていくと、溜息を吐いた女性社員が明人と八雲を見て申し訳なさそうにするのだった。


 その表情を見て、明人も何となく察したのだ。


(あ、これって――)


 予感は的中し、女性社員が二人にお願いをしてくる。


「ごめんね、二人とも。実は、日曜日にシフトに入っていた女子二人が急に出られない、って言ってきてね。休日出勤になるけど対応できないかしら?」


 シフトの変更ではなく、休日出勤という事だ。


 八雲が額を押さえ、そして少し俯いていた。


「朝のシフトでしたよね?」


 女性社員は頷く。


「そうなの。自分たちで出来る、っていうからシフトに入れていたんだけどね。朝七時から十七時まで。お願いできないかしら?」


 よりにもよって、アルバイト的には長時間のシフトに休日出勤。


 明人はそれもあるが、七時という時間に困ってしまっていた。


 八雲がしばらく考え、そして頷く。


「分かりました。私は入ります」


 そう言われてしまえば、残りは明人だけである。ここで出ないと言えば、その時の社員が対応してくれるのだが――。


(日曜日、って栗田さんだよな? 先輩、大変そう)


 社員が誰だったかを思い出したために、明人も頷くのだった。


「……僕も大丈夫です」


(日曜日は、ログイン時間を変更だな。三人にも伝えておかないと)



 仮想世界。


 希望の都の広場。


「えぇ!? 二人揃って日曜日はログインできない!!」


 オーバーにリアクションをして驚いているのは、ポン助とマリエラからそう言われてしまったアルフィーだ。


 尻尾をシュンとさせたナナコも、傍で聞いている。


 ポン助は頭をかいた。


「いや、それが急な対応で」


 マリエラの方も肩をすくめ嫌そうな顔をしていた。


「私は休日出勤。私だって嫌なんだけど、誰かが出ないと駄目なのよ」


 仕事の事を言われると、まだ学生でアルバイトをしていないアルフィーには何も言い返せなかった。


 何でも出来るエリートのアルフィーだが、そうした職場を知らないという経験不足が本人は小さなコンプレックスでもある。


(そう言われてしまうと、私では言い返せませんね。まぁ、リアルも大事ですから、ここでわがままを言うことも出来ません)


 ただ、ポン助はアルフィーの誤解を解いてくる。


「あぁ、でもログインはするよ。五時から七時じゃなくて四時から六時になるだけ。だから、一日は一緒」


 マリエラはポン助の話を聞いて、奇遇だねと言いだした。


「私もその時間でログインできるわ。だから、後半の一日は一緒ね」


 ナナコが嬉しそうだ。


「そうだったんですか。嬉しいです。でも、そうなるとアルフィーさんも時間を変更すれば大丈夫ですね。私は一日をどうやって過ごしたら良いのか悩みますね」


 そんなナナコの答えに、アルフィーに疑問が浮んだ。


「ナナコちゃんも時間を変更すればどうです? それなら一緒ですよ」


 しかし、ナナコは少し悲しそうに笑っていた。


「ごめんなさい。病院では予約制で、変更は難しいと思います。だから、三人は気にしないでください」


 それを聞いて、アルフィーは思った。


(……これは)


 視線をポン助とマリエラに向ければ、二人はアルフィーに期待した眼差しを向けていた。


(私にナナコちゃんと過ごせと! まぁ、良いんですけど。なんか納得いかないなぁ)


 マリエラが勝ち誇った顔をしているのが許せないとか、ポン助と一緒が良いとか、そういうどうでも良い事を差し置いてアルフィーはナナコに宣言する。


「ならばこのアルフィーがナナコちゃんと遊びましょう!」


「え?」


 ナナコが驚いていると、アルフィーはアゴに手をやる。


「こう見えても観光エリアや遊ぶ場所には詳しいですからね。遊ぼうと思えば一日では足りないくらいですよ。私がナナコちゃんを案内します」


 マリエラがアルフィーにツッコミを入れた。


「いや、あんた外見からして遊んでいるようにしか見えないから」


 そんな意見を無視して、アルフィーはナナコと約束をした。


「と言うわけで、後半はこのアルフィーと一緒です」


 ナナコは満面の笑みで返事をする。


「はい!」


 それを見て、ポン助は微笑んでいた。


「なら、今日はレベル上げを頑張ろうか。明日はアルフィーが遊んでくれるって言うし、少し頑張ってレベルを上げておこう」


 マリエラも賛成の様子だった。


「いいわね。私も料理の材料を買いたいから、今の内に稼いでおきたかったの。クエスト受けましょうよ。お金になる奴ね」


 アルフィーはそれを聞いて一歩退いてしまう。


「待ってください。前回もレベル上げに二日も費やしたじゃないですか。今日か明日は、どこか遊びに行きましょうよ。今は、昔のアトラクションを再現したエリアが人気なんです! 夏を前に遊んでおきたいんです!」


 昔存在していた遊園地などのアトラクションを再現したエリアが有り、人気となっていた。


「ははは、そんな暇はない! ナナコちゃんのクエスト達成のために、今はレベル上げあるのみだ!」


 笑顔でアルフィーの意見を退けるポン助に、ナナコは返事をする。


「わ、私、頑張ります!」


「良い返事だ。では、今日は朝食を食べてから外に出よう。陸が――ルークがパンケーキの美味しい店を教えてくれたからね」


 マリエラも軽い足取りで歩き出したポン助についていく。


「気になるわね」


 ナナコも大きなポン助の後ろを、チョコョコとついていく。


「パンケーキですか? そう言えば最近食べていませんでした」


 移動する三人に続いて、アルフィーも歩き出した。


「酷い! ナナコちゃんと私の扱いに差があります。これは抗議ものですよ!」


 そう言って追いかけるアルフィーだが、顔はパンケーキを想像したのかほころんで幸せそうだった。


「アイス! アイスのトッピングを所望します!」


 今日も四人はマッタリとゲームをプレイする。


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― 新着の感想 ―
[一言] リアルで二人同時にシフトズレがあって、ゲーム内でも二人同時にログイン時間ズレがあれば、普通気づくよね。
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