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ナナコ

 希望の都。


 冒険者ギルドの近くに置かれた神殿は、とても豪奢な作りをしている。


 データの固まりだと分かっていても、その荘厳な雰囲気に多くのプレイヤーが感嘆する事が多かった。


 何しろ、触れば質感があるのだ。


 神殿内の空気というものを実感できると言ってもいい。


 そんな場所で、受付左端の老人神官と向き合っているポン助は腕を組んで困っていた。


 レベルの上昇と、フィールドボス、エリアボスの討伐で得られた【職業ポイント】と【スキルポイント】――それらが余っていたのだ。


「う~ん、この先もあるから持っておきたいけど……さて、本当にどうしたらいいのか」


 ここで使ってしまうと、次の都市へ行ったときに新しい職業やスキルをすぐに得られない。


 だが、強くなるには新しい職業を得るか、レベルを上げる必要があった。スキルも同様だ。


 アバターの種族、そして職業やスキル……それらの組み合わせは、多くのプレイヤーの悩みの種である。


 出来るだけ失敗したくないと思うのが人間だ。


 老人神官は、ポン助を前にして時折口を開いていた。


「騎士や戦士の職業を極め、魔法使いの職業を得ると新しい職業が手に入ると聞きますぞ」


 ランダムで色々な情報を口にするのだが、何度も聞いているポン助は知っていた。


 それに、攻略情報に目を通しているので特殊な職業の獲得方法に条件があるのも知っている。


「今回はいいか」


 そう言って受付を終えると、ポン助の後ろではアルフィーとマリエラが待っていた。


 三人ともレベルが五十に達してしまい、好感度も七十で頭打ち。


 ステータス的には成長できない状態だ。


 次の都市に向かわなければ、それらの上限が解放されない。


「二人とも、なにか新しい職業とか取った?」


 アルフィーは首を横に振る。


「取っていませんね。スキルも同様です」


 マリエラの方は職業レベルとスキルを獲得したのか、少し上機嫌だった。早く都市の外に出て試したいのだろう。


「こっちはレベルを上げて、スキルも手に入れたわ。ねぇ、外で試しましょうよ」


 アルフィーの方は反対のようで、違う事を提案してくる。


「前回は資金集めに頑張ったんです。なら、今回は遊び中心で良いじゃないですか。海があるので泳ぎに行きません?」


 VRゲームの魅力の一つは、現実世界で経験できないことを経験できる点である。


 パンドラの箱庭はそこに目を付け、ライトユーザー獲得のために希望の都には数多くの遊べる場所を用意している。


 ゲームよりも、そちらをメインに遊んでいるプレイヤーは非常に多い。


「あんた、遊び出すと一日を潰すじゃない。それよりも、早く人を見つけましょうよ。でないといつまで経っても先に進めないじゃない」


 アルフィーとマリエラが言い争っていると、そんなところに神殿に来てウロウロしているプレイヤーをポン助は見つけた。


 神殿内に興味を示し、時折見上げては天井のレリーフなどを見て口を開けていた。


 薄い栗色の髪は毛先が内側にカールしている。


 帽子をかぶっており、華奢な体をしているのだが特徴的なところが一つ。


 尻尾が生えていた。タンクトップにショートパンツにブーツ。そのショートパンツから、髪と同じ色の長い尻尾がフリフリとしている。


 手にはグローブをしているが、目立った武器は持っているように見えない。


「何を見ているんですか、ポン助」


「痛い。痛いって! いや、ほら」


 アルフィーに腕をつねられたポン助は、獣人の種族……しかも、猫人のような少女を指差したのだった。


 マリエラがその少女を見て、それからポン助を見た。


「ポン助……犯罪よ」


 ポン助はマリエラの言葉に強く反論した。


「ふざけるな! お前ら、僕を普段からどういう目で見ている! 新人みたいなのに、一人でいるから気になっただけじゃないか!」


 アルフィーがブツブツとアゴに手を当ててポン助について語り始めた。


「う~ん、分かっているのはドMで男が好き? 実は中身は女性かも知れないし、男だったら昔で言うオネェ?」


 マリエラも頷いていた。


「僕っ子の女の子という可能性と、そのまま小学生くらいの普通の男の子の可能性も僅かにあるかないかくらい?」


 ポン助は言葉を失った。


(いや、確かに僕も二人の中身を知らないでオッサンと決めつけたけどさ。流石に想像以上に酷くない? というか、仮に僕がそんな奴だったとして、一緒に遊んでいる自分たちはなんなの?)


 色々と言いたい事もあるが、ポン助は誤解を解くために一言。


「僕は男ですよ」


 アルフィーが手を叩いた。


「なる程! なら、これで腐女子の線は消えた、と」


 マリエラは腕を組んでいた。大きな胸が押し上げられている。


「え~、そうなるとポン助は男が好きという事に……ううん。私たち、友達だから気にしないわ。応援するね」


「お前ら人の話を聞け!」


 仲間内の冗談。そんなやり取りを楽しんだ三人は、ポン助が気になったプレイヤーを見るのだった。


 オロオロと困っている様子で、受付からもすぐに外に出て困っている様子だ。


「……ねぇ、もしかしてゲームを開始した初心者?」


 マリエラの問いに、ポン助もアルフィーもそれが正しいと思っていた。初心者のフリをして遊んでいる、とは思えなかったのだ。


 そんな事をする意味が分からない。


 周囲をからかうにしても、どうにも仕草が人見知りのようである。


「よし、直接確認に――」


 動こうとしたポン助をアルフィーが腕を掴んで止めた。


「止めてください。ポン助は普通に見ると怖いんですから、ここは私かマリエラに任せましょうよ」


 ポン助は、アバターの作成時に愛くるしいというか割と緩い感じのオークにしたつもりである。


「いや、下あごの牙とか外したし、そんなに怖い感じじゃ――」


 マリエラは首を横に振っていた。


「オークの中ではマシ? まぁ、オークの中では美形に見えなくもないけど、普通に怖いからね」


 ポン助は肩を落とす。


「というか、オークの美形ってなにさ?」


 アルフィーもマリエラも、考え込むが答えは出なかった。結局、マリエラが少女に声をかけ話が出来る場所に向かうのだった。






 小洒落た喫茶店に移動した四人。


 少女――【獣人・猫】のアバターを使う少女の名前は【ナナコ】だった。帽子で隠れているが、猫耳もしっかりある。


 オークのポン助がいるために、小さかったテーブルは大きくなり四人が座るには丁度いいくらいの大きさになっていた。


 アルフィーがコーヒーを飲みながら、ナナコの話を聞いた感想を述べる。


「……つまり、話は聞いていたが詳しい事が分からないままにプレイを開始してしまった、と?」


 ナナコが恥ずかしそうに俯き、モジモジとしていた。尻尾もそれに合わせて動いている。


 マリエラはさっきから尻尾が気になって仕方がないみたいだった。


「は、はい。私はその……事故に遭ってからベッドから起き上がれなくて、それで目も……二年間は眠っていたみたいなんです」


 ポン助は聞いてしまった後で後悔をするが、もう遅い。


「ナナコちゃん? あんまりゲーム内でリアルのことを言わない方が良いよ。悪用する人たちもいるからね」


 ナナコは顔を赤くして謝罪してきた。


「ご、ごめんなさい! わ、私、こういうゲームは初めてで」


 そうして、喉が渇いたのかオレンジジュースを飲むナナコを見てポン助はどうするべきか悩んだ。


(う~ん、話を聞く限りこの時間帯にログインできそうだし、仲間になってくれると嬉しいんだけど……)


 チラリと二人を見るが、アルフィーもマリエラも、何かの呪文のような長い名前のコーヒーを飲むのに夢中である。


「カロリーを気にしないで良い、って良いですね」


「トリプルにすれば良かったわ」


 チョコだのトッピングだの、アイスだの……既に別の飲み物を二人で美味しそうに飲んでいた。


(くそっ! 重い話が終わったと思えばこれだ!)


 ナナコはジュースを飲み終わり、困っているとポン助は話をする。


「え~と、なら僕たちと一緒に遊んでみる? 新人用のクエストもあるから、それを消化する形になるけど」


「いいんですか? ありがとうございます!」


 ナナコが笑顔になると、ポン助は安心するのだった。


(まぁ、仲間になって欲しいって打算もあるんだけどね)


 少しだけナナコの純粋な笑顔にチクリと心が痛んだが、別に悪い事をするわけでもないのでポン助は早速行動を開始する事にした。


 だが、ここでアルフィーが立ち上がる。


「待って頂きたい。ここは初心者用のクエストをクリアする前に、ナナコちゃんにこのゲームの醍醐味を味わって頂く方がいいかと!」


 ドロドロとした何かを飲み終えたアルフィーは、そう言って熱く語り出すのだった。


「まずは食べ歩き! 観光地になっている場所を歩くだけでも楽しいじゃないですか。そして遊園地で遊び、夜には酒場で宴会ですよ!」


 ポン助は思った。


(こいつ、ゲームの醍醐味は本編じゃないって言い切ったな)


 遊ぶことが大好きなアルフィーらしいのだが、ここでマリエラが待ったをかけた。


「待ちなさいよ。さっさとクエストを終わらせる方が先よ。聞いたら子供でしょ? そういうエリアで遊ぶにしてもリアルマネーが使えないわ。外で稼げるようにするのが先よ」


 アルフィーが文句を言う。


「遊んだ後でもいいんですよ。というか、マリエラは早く新しいスキルを試したいだけじゃないですか?」


 二人が言い争いを始めると、ポン助の手をナナコが触れた。


 怖がっているような触り方で、ポン助が振り返るとナナコがビクリと体を震わせる。


(本当に怖がっているな)


 外見はオークである。小さい子には刺激が強いのかも知れない。


「あ、あの、ポン助……さん?」


「なにかな?」


 出来るだけ怖がらせないように笑顔で対応することを心がけたポン助に、ナナコはとんでもない事を言うのだ。


「スキルってなんですか?」






 そこは草原。


 かつて、ポン助が陸――ルークに連れられた場所だった。


「え~、なんというか基礎をおろそかにしてはいけないと言いますか、ゲームの基本をやはり優先して教えようと思います」


 ナナコが恥ずかしそうに俯いていた。


 どうやら、職業やスキルについても知らなかったようで、ゲームのことを聞いた人物には大まかな内容しか知らされていなかったらしい。


(誰だよ、ナナコちゃんにゲームのことを教えた奴。何にも分かってないじゃないか)


 本人のせいでもなく、今後のために初心者用のクエストを先に消化した方がいいという事になった。


 何しろ、ステータスウインドウの開き方を知らなかったのだ。


 マリエラは右手で髪をかく。


「アバターの作成後に説明をスキップした、ねぇ」


「本当にごめんなさい」


 知らずに触れた場所がスキップだったようで、ナナコがゲームの知識がなさ過ぎることに三人も納得する。


 アルフィーがナナコに見せて貰ったステータスを見ていた。


「獣人で猫。その基本スタイルですね。初期武装がグローブなのも格闘家だからですね」


 ポン助は困った顔をしていた。


「そうなると近接戦闘か。ナナコちゃん、モンスターを叩ける? ハッキリ言うと、こう殴るんだけど」


 それを聞いてナナコが涙目になる。


「え? 武器とかありませんか? あ、あと、怖いのもちょっと……か、可愛いモンスターは殴れないかも」


 ナナコを見るに、どうやらプレイヤーと相性の悪そうなアバターになっているようだった。


 アルフィーが提案する。


「いっそ職人になれば良いのでは?」


 マリエラが即座に否定した。


「その職人の職業を得られないのよ。レベルを上げてポイントを取らないと駄目。初心者用のクエストは終わらせた方がいいわ」


 アルフィーが自分たちの時を思い出していた。


「私たちの時は、ポン助で苦労しましたよね。友好度が上がらないから、コンボが発生しませんでしたし」


 思いだしたポン助は、あの時は苦労したと思うのだった。


(何気にプレイした日も一緒だから、この二人とは縁でもあったのかな?)


 アルフィーが周囲を見て、スライムに目を付けた。


「まぁ、私たちもレベル制限をかけてレベル十です。ナナコちゃんはすぐに初心者クエストも終わりますよ。生産職の事はその後に考えましょう。あぁ、そう言えばうちにもメシマズの料理人がいましたね」


 アルフィーがマリエラを見ていた。


「文句でもあるの? あれから少しはマシになったし」


「食べられる物を出してからそう言ってください。アレは料理ではありません。食材の方を丸かじりする方がまだマシでしたね」


 マリエラとアルフィーが睨み合っているのを見ながら、ポン助は溜息を吐いた。


(まぁ、コンボ云々で時間がかからないだけマシかな?)


 言い争うアルフィーとマリエラの二人を見ながら、オロオロしているナナコにポン助は声をかけた。


「取りあえず、スキルの練習をしようか。最悪、ナナコちゃんの前にモンスターを後一発で倒せるくらいの状態で追い込むことも出来るし」


 ナナコはそれを聞いて申し訳なさそうにする。


「すいません。私、何も出来なくて……」


 ポン助は、そんなナナコを見て笑顔を作った。


「いいんじゃない?」


「え?」


「いいんだよ。最初から出来なくても、その内に出来るようになるし。僕もさぁ、最初は友達に色々と教えて貰ったんだよね。そいつが言ったんだ。この恩は新人プレイヤーに返してやれ、って。だから、今は凄く楽しいし」


 小さい子に気を使わせないように言ったポン助だが、恥ずかしくなった頭をかいた。


 その仕草に、ナナコが笑う。


「ごめんなさい。なんか、怖い鬼さんが困っている姿に見えて」


 確かに、鬼にも見えなくはない。


 オークであって、鬼――オーガは別にいるのだが。


「それじゃあ、練習しようか」


「はい!」


 獣人の少女に、オークが戦い方を教えるという光景が草原にあった。


 ……因みに、その近くでは武器を手に取ったヒューマンとエルフの二人が互いを攻撃し合っている光景もあって、なんとも微妙な光景になっていた。


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