力の証
ポン助が崖から転落し、合流するために急ぐ一行。
崖を降りるためにはわざわざ橋を渡らなければならない。そこから反対側の崖から、降りられる箇所を探して降りるのだ。
遠回りであるために時間もかかるのだが、尚且つそこにはモンスターまで配置されていた。
マリエラが飛んでいるモンスターを射貫き、そして走り出す。
自分たちの前を走るオークパーティーを罵倒しながら。
「あんたらのせいだからね! ポン助が死んだら、分かっているんだろうなこらぁ!」
デコボコとした道を走りながら、目の前のオークたちは妙に嬉しそうにしていた。
「あぁ、俺たちは今……幸せだ!」
罵声を浴びせてもまったく効果がなく、アルフィーも苛立っていた。
「どうして無駄な事をしたんですか! おかげでポン助が崖下に――」
飛び出して来たモンスターを戦斧のフルスイングにて吹き飛ばしたギドが、それは違うと言い訳を始める。
「確かに味方への攻撃を設定できる。だけど、それは一定の友好度があれば、の話だよ」
マリエラはなにを言っているんだ?
そう思いながら問いただした。
「今日雇ったばかりなら、ポン助も攻撃されたっておかしくないじゃない。NG設定は有効だったわ!」
大剣を持つデュームが、傭兵NPCについて話をした。
「それはポン助君がNPCたちを雇ったからだ。同じヒューマンや相性がさほど悪くないエルフは最初から友好度が高いが、オークの場合雇い主以外は攻撃対象だ。設定をしても意味がない」
マリエラがそれを聞いて走りながら近くに画面を呼び出し、そして確認をする。
レイド設定でオークパーティーの方を見れば、確かにNPCとの友好度が低い。それどころか、ポン助との間でも友好度が低く雇った分だけ彼らよりも少しだけ高い状態だ。
「ご、ごめんなさい。知らなかったわ」
リーダーであるプライが渋い声で言う。
「いいんだ。言わなかった俺たちも悪い」
マリエラが本当に申し訳なさそうにしていると、アルフィーが頬を膨らませオークたちの背中に向かって怒りをあらわにしている。
「……つまり、最初から味方の攻撃を予想していたんですね? なんで黙っていたんです」
ビクリと背中を振るわせたのはデュームである。
最初からこうなることが分かっていて傭兵NPCを雇おうと思っていたらしい。
それしか手がなかったとは言え、マリエラも段々腹が立ってきた。
「答えなさいよ!」
すると、盾を持ったデイダダが振り返って叫ぶ。
「説明したら罵ってくれたんですか! 絶対に戦闘中に罵らなかったよね? それ、俺たち的にはまったく嬉しくないんだよ! プレイヤーに罵って貰える……俺たちがどれだけ楽しみにしていたことか!」
仕方がなかったとは言え、大事な事を言わなかった理由が罵って欲しかったから。
(あ、こいつら駄目だ。本当に駄目だ)
マリエラはそう思うと、目の前のオークたちよりもポン助のことを思う。
(ここまで来てポン助が死んだら……)
そう思って急いでいると、腹立たしかったのかアルフィーが後ろからオークに蹴りを入れた。
「もっと速く走れ、豚共!」
蹴りを受けたのはギドで、そしてとても嬉しそうな声を上げていた。
「喜んで!」
どうやってもご褒美にしかならない。
そうしてようやく橋を渡り、崖下に降りられる場所を探した一行はそこでポン助が座って待っている姿を確認するのだった。
◇
合流したポン助と一行。
キーアイテムであるレッドオーガの角を見せたポン助は、これで後は戻るだけだと言ってホッとしていた。
「いや~、本当にギリギリでした。課金アイテム残り一個だよ」
持ってきた課金アイテムを使い切りそうだったと言って、笑っているポン助を見てアルフィーもマリエラも安堵している。
「良かった。ここまで来て死亡すると復活は希望の都よね? 今までの戦闘が無駄になるところだったわ」
アルフィーが四人のオークを睨み付ける。
「まぁ、そうなったらまた手伝わせるだけですが」
アルフィーの視線に四人のオークたちは震えっぱなしだった。……嬉しさで。
ポン助は予備として持っていた武器や防具を装備した。
全員で崖の上へと向かい、橋を渡ってNPCを回収する。
そのままオークの里――アグの里へと向かい、キーアイテムを渡すとクエストは終了するのだった。
◇
アグの里。
そこではお祭りが開かれていた。
夜になり、レッドオーガ討伐を聞いてポン助たちを祝っているのだ。
とは言っても、最初から決められた演出のようなものである。
長の住んでいる屋敷にある祭壇にレッドオーガの角を飾り、勇者たちを称えよと里で祭を開くことを許可したのだ。
そんな里でポン助たちは一泊することになった。
理由は祭となった里で売られている武器などにある。
そしてオークが受け取った【力の証】とは、ステータス的な上昇を行うものではない。
武器装備に関する、制限の緩和――というのが力の証であった。
例えば、大盾を持てば持てる武器は制限がかかる。大盾を装備した反対側の手には、片手で持てて小さな武器となるのだ。
短剣や小さなメイスなどになる。
だが、力の証明を手に入れれば大盾を持ちながら、片手剣を装備できるようになる。
普通の盾であれば、反対側の手には大剣も持てた。
他の種族では絶対に無理であるために、オークの特権だとも言える。
鍛冶屋に顔を出し、何通りかのパターンを試すポン助を二人が見ていた。
アルフィーがその雄々しさに拍手を送る。
「お~、なんというかこれまで以上に頼り甲斐のある姿ですね」
以前の小盾に片手剣よりは、確かに強そうに見えるだろう。
だが、ポン助の顔は微妙だった。
マリエラが首を傾げる。
「どうしたの? 強くなったのに物足りないの?」
ポン助はその状態でステータスを確認する。
「いや、確かに強くなったと思うよ。大盾の防御力や大剣の攻撃力は魅力的だし。でもさぁ……あ、少し離れてくれる?」
二人と距離を取り少し武器を振るってみた。
すると、二人も気が付いたようだ。
「なんというか、拙いですね。以前の動きとはまったく違います」
アルフィーに言われやっぱり、と思うポン助は取りあえず大盾と片手剣を鍛冶屋に返すのだった。
熟練度的なものもそうだが、大盾を使うには違う職業を持たなければ補正がかからない。
武器を振るうにしても、素人のポン助では頼りなかった。
マリエラがポン助を慰める。
「まぁ、いいじゃない。少しは強くなったんだし」
ポン助は頷き、今後の課題だと思いながら次にどんな職業を獲得するか頭を悩ませるのだった。
(いっそもっとごつい大剣を使うかな? でも、そうなるとルークとかぶるから、二刀流なんてのもいいかも)
新しい自分のスタイルについて悩むポン助は、賑やかなオークの里でアルフィーやマリエラと楽しんだ。
◇
次の日の朝。
荷馬車にて希望の都へと帰った一行は、そこで朝からクエストのクリアを祝い酒場へと向かう。
アルフィーの判断で人があまりいない寂れた酒場、というところで祝いの席を設けたのはオークたちへの細やかな意趣返しであった。
大きなテーブルにこれでもかと料理を並べ、そしてオークたちはジョッキをかかげる。
「それでは、今回のクエストの成功を祝って……乾杯!」
ポン助は乾杯と言いつつ、アルフィーに耳打ちをした。
「普通に楽しそうなんですが?」
アルフィーも頭を抱えていた。
「この人たち、いったい何をすれば制裁になるんでしょうね」
マリエラは運ばれてきた料理に手を伸ばし、そしてジョッキに入ったジュースを飲んでいた。
「まさか最初から味方の攻撃と罵声まで考慮していたとか……あんたら、趣味に走りすぎなのよ」
それを聞いたギドが、テーブルの上に両肘を乗せ口の前で手を組んだ。
それはもう真剣な表情をしている。
「それが俺たちの信念だ」
横で漫画肉にかぶりついているプライも、自信満々に答えた。
「ギリギリマナー違反ではないからね。そちらの情報不足、という面もあるのを忘れないで欲しい。だが、君たちの罵声を背中で受けたときは感動した。アルフィーさん……私も是非蹴り飛ばして欲しい」
すると、デュームが立ち上がる。
「ふざけるな! 今度は俺が蹴られる番だ!」
デイダダも我慢できないのか、額に血管を浮かべ立ち上がった。
「俺だってまだ蹴られてないんだぞ!」
余裕ぶっているのは、アルフィーに豚共と罵られ蹴られたギドだけである。余裕の笑みを浮かべ、手を広げて皆を諭している。
その姿に周りが苛立っていた。
「まぁ、いいじゃないか。こういうのは場の雰囲気、そしてタイミングが大事だ。君たちは今蹴られて幸せなのかな? 困った顔で控え目に蹴られて幸せ? 俺はそうは思わない。あの時、アルフィーさんの罵声と容赦ない蹴りには遠く及ばない」
ポン助は思った。
目の前で喧嘩を始めるオークたちを見ながら、
(なんだこいつら。僕が想像していたよりも更におかしい)
前からおかしいと思っていたが、思っていた以上におかしいというのを再認識させられるポン助だった。
すると、アルフィーが何か思い至ったのか立ち上がった。
そしてポン助の手を取る。
「彼らに思い知らせる方法が分かりました。ポン助……協力してくれますね?」
頬を染め、そして照れているアルフィーは外見美少女とあってポン助もクラクラする。
「は、はい!」
勢いで返事をしてしまい、そして思った。
(あれ? そう言えばアルフィーさん……誰かに似ているような)
そこまで考えると、笑顔のアルフィーが言うのだ。
「では、椅子になってください!」
「……は?」
◇
寂れた酒場。
そこでオークたち四人が今にも血の涙を流さんばかりの嫉妬や憎悪を、ポン助に向けていた。
「ふざけるな。どうしてお前だけが――」
「見損なったぞ、ポン助!」
「お前! お前は!」
「くそっ! くそぉぉぉ! 見せつけやがって!」
悔しそうなオークたち。
だが、ポン助は四つん這いになりながら思うのだ。
(僕は一体なにをしているんだ?)
背中にはアルフィーとマリエラが乗っており、足をプラプラさせながらジョッキを片手にジュースを飲んでいた。
二人とも勝ち誇った顔をしており、蔑んだ顔はしていない。
それがオークたちには余計に不満だったのだろう。
プライが涙を流し、床に両の拳をたたきつける。
「お願いだ! 私にもお慈悲を!」
マリエラは笑顔で言う。
「駄目」
ポン助の背中に乗って笑っているマリエラを見て、オークたちは失意の中で視線を最後の希望とばかりにアルフィーへと向けた。
チビチビとジョッキでジュースを飲んでいるアルフィーは、妖艶に笑うとオークたちに無慈悲に告げる。
「皆さん、今日の活躍は素晴らしいものでしたね。本当に頼りになりますね」
デュームが右手を胸に当て、自分の心臓でも掴むかのように握りしめた。
「違う。違うんだ。そうじゃないんだ! 俺たちが欲しいのはそんな言葉じゃない! 罵声を……罵倒を! 思いつく限りの言葉で罵ってくれれば!」
ここまで来てポン助は椅子として、一切口を挟んでいない。
(無心だ。今はこの人たちに罰を与えているんだ。だから、僕は耐えないと……でも、なんで僕までこんな恰好をしないといけないんだろう)
他者を傷つけ、自らも傷つくことを哲学的に考えつつポン助はただ椅子になっていた。
(でも、二人とも柔らかい)
ただ、途中で飽きたのか乗せている二人が柔らかいという事実に、頭の中が支配されてしまうのだった。
◇
目が覚めたポン助――明人は、ヘッドセットを外すと髪が少し汗ばんでいることに気が付いた。
「はぁ……終わった」
初めてのボス戦に加えて、その後の宴会。
思い出したくない記憶もあるが、騒いだのは楽しかった。
満足感に包まれながら、ベッドの上で横になっているとスマホに着信が入る。
「誰だよ、こんな朝から――バイト先かな?」
急な呼び出しだったら嫌だと思いつつ、スマホを手に取ると相手は陸である。
「朝から何?」
『やっぱり起きてたな。実は俺もさっきこっちに来たところなんだ』
こっち、とは現実世界に戻ってきたと言う意味だろう。
そう思った明人が椅子に座って話を続ける。
(なんだか少し興奮気味だな)
陸の声色を聞いてそう思った明人は、別に嫌な話ではないだろうと思っていた。
「嬉しそうだね。何かあったの?」
『嬉しい? 馬鹿、そんな言葉で済ませるんじゃねーよ! 向こうで噂くらい聞かなかったのか?』
明人はボス戦で忙しく、戻って来てからも酒場で騒いでその後はダラダラと過ごしていた自分たちを思い出す。
「いや、聞いてないかな? 何かあったの?」
『攻略組がついに都市攻略の糸口を掴んだんだ。と言っても、お前には分からないかな? ほら、前に言っていたアレ!』
興奮気味である陸の話をまとめると、どうやら怠惰の世界で攻略が進みついに最終決戦である都市部の攻略へと取りかかる準備に入ったらしい。
『前回よりも期間も短い。今回は攻略組が頑張ったみたいで、運営も慌てているんじゃないかって噂だ』
よほど嬉しいのだろう。
興奮している陸の言葉を聞いて、明人も嬉しくなる。
「それなら大型アップデートも近いのかな?」
卓上カレンダーを見れば、今は五月半ばだった。
『それは無理だな。準備で結構な時間がかかる。今は五月だから……六月半ばか? 大手ギルドの準備次第、っていうのもあるけど、早すぎてどこも対応できないんじゃないかって話が出ていたな』
大規模――それこそ、まるで戦争のような規模で戦うとあって、準備に時間がかかるのは当然だと陸は言う。
もっとも、それも醍醐味の一つらしい。
『楽しいぞ。アイテムの値段が変わってくる。希望の都でも何か影響があるかも知れないな』
最前線から遠く離れた希望の都で、そんな事があるのかとポン助は首を傾げた。聞けば前回も影響が出ているらしい。
すると、少し落ち着いた陸が明人に提案を持ちかける。
『なぁ、お前たちも早くこっちに来いよ。もうレベルだって三十を超えたんだろ?』
レッドオーガ戦もあって経験値は大量に手に入り、レベルアップもしている。
だが、レベル三十を超えてからはレベル上げがしにくい。
初心者ではなくなった、というゲーム内の扱いなのだろう。
「当分先になるんじゃない? 希望の都だとレベル五十で上限になるって聞いているけど、まだそこまで届かないよ」
陸が残念そうな声を出す。
『そっか~。そう言えば、オーガの方は倒したのか?』
明人が小さく笑った。
「おかげで武器の制限が少し緩和されたけどね。でも、それだけだったよ」
陸が笑う。
『相変わらず運営はオークに厳しいね。加護がないんだからもっと優遇しても良いだろうに。……でもさ、いつかこっちに来いよ。絶対楽しいぜ』
明人はゲーム内を思い出す。
そして、頷いた。
「うん、そうする。……時間はかかりそうだけどね」
『待っているぜ』
電話が切れると、明人は天井を見上げた。
「最前線か。いつになるのかな?」
自分たちのプレイスタイル。そして仲間たち。
それらを考えると、当分先であるのは確実だった。
「まずは希望の都を出られるようにならないと」
明人はそう言って椅子から立ち上がると、背伸びをした。
だが、違和感がある。
「あ、あれ?」
普段から着ている部屋着が少し小さくなった気がした。