レッドオーガ戦
オーク五人。
剣士、狩人、そしてNPCである魔法使いと僧侶の集団が木々の生い茂った森の中を歩いていた。
かろうじて森の中に出来ている道は、オークたちが普段歩いている道という事らしい。
ポン助が途中で木の枝を握ってみると、折れてしまい赤い光の粒子に変わった。
「なんか不思議な感覚だな」
遠くから聞こえてくるのは不気味な鳥の鳴き声。
木々が風に揺れてこすれる音。
そんな道を進んで歩いている。
普段ならモンスターでも飛び出して来そうなものなのだが、森に入って以降は一体も出てこなかった。
アルフィーが後ろを振り返る。
「NPCの傭兵が今日に限って女性とはどういう事ですかね? ポン助、実は気に入っているとか?」
緊張感のない質問をしてくるアルフィーに、ポン助は相変わらずだと思いながら返事をした。
「雇いに行ったら普段使っていたNPCたちが借りられていた。それだけじゃないか。別に良いじゃない。潤いは大事だよ」
魔法使いはとんがり帽子をかぶったローブ姿に木の杖を持った女性であり、オレンジの癖のある長い髪をしていた。
胸が大きく妖艶、という感じでふっくらした唇には赤い口紅が差している。
対して僧侶の方は清楚な女性、という印象だった。
長い金色の髪はストレート。服装は青と白を基調にした物で、ゆったりとしていた。
服の上からでも分かる大きな胸と、手に持っているのは銀色のメイス。
マリエラが不満そうにしている。
「どうせ私たちじゃ潤いになりませんよ~だ。でも、本当なら普段雇っていたNPCたちが良かったな。タイミングとかスキルとか色々と分かってきたところだったのに」
同じレベルでも微妙に違う職業レベルにスキルレベル。
NPCたちの個性を出すために、ステータスの差などもある。
ステータスのチェックはしたものの、戦闘では不安が残っていた。
背中に大きな戦斧を担いで、前を歩いていたギドが振り返ってくる。その表情はとても嬉しそうだった。
「確かに不安もあるけど……こんな彼女たちに攻撃されて、罵声を浴びせられたら最高だよね!」
まったく共感できない事を言われた三人の反応はそれぞれだ。
ポン助は苦笑い。
アルフィーとマリエラは冷めた目をしており、ギドを興奮させている。
別に興奮させたいわけではないが、どうしても冷めた目で見てしまうのだ。
「はぁ、幸せだなあ~」
「あんたらそればっかりだな。リアルで変な事をしてないですよね?」
ポン助の言葉にギドが目を見開く。
「リアルで出来ないからここでやっているんだろうが! しかも主にNPC相手に! はぁ、次の大型アップデートは罵声の数と攻撃パターンなんかを増やして貰いたいな」
話をしていると、デュームまで会話に参加してくる。
「ふんっ! 俺なんか運営に対して要望として提出している。お前らも少しは地道な努力をしろ」
ポン助は頭が痛くなる。
(この人たちは本当に……)
右手で顔を覆っていると、アルフィーがポン助のマンモスベストをクイクイと手で引っ張った。
「ポン助、新しいNPCです。ちゃんと仲間――自分を攻撃しないように設定していますか? 設定の忘れに注意してくださいよ」
ポン助が左手を横に振るい、ステータス画面を表示してNPCの設定画面を見た。
自分のパーティーに対して攻撃をNGに設定できている。
「大丈夫。あ、皆さんも設定は出来ていますか?」
前を歩くオークパーティーに声をかけると、プライが右手を上げた。
「問題ない。しっかり設定済みだ」
傭兵NPCたちも、実に作り込まれている。
なにしろ、使用した初日にポン助は味方なのに攻撃を受けたのだ。後で設定の変更で対応できるのを知った時は、ここまでするのかと運営に怒りを覚えた物だ。
(本当にオークが嫌いなんだな)
NPCたちに振り返ると、森の中での会話パターンに入ったのか口を開いた。
「はぁ、なんともオーク臭い森ね。焼き払いたくなっちゃう」
物騒なことを言う魔法使い。
僧侶は笑顔で頷いていた。
「本当にそうですね。女神の威光を示すためにこの森は焼き払うべきでしょう」
同じように会話を聞いていたマリエラが、ドン引きしていた。
「男性NPCはもっと楽しそうな会話だったのに、なんでこの子たちは物騒なのよ?」
もっとまともな会話のパターンを作れよ。
そう思っていると、前方を歩いていたプライが立ち止まって武器に手をかけていた。
慎重――低く小さな声で、全員に告げる。
「到着だ。全員、戦闘態勢に入るぞ」
プライの視線の先には、木々の緑や茶色の色の中に赤く動いているものが見えていた。
周囲の木々を揺らし歩いているのは、レッドオーガである。
額の真ん中から鋭く先端が少し黄色い折れ曲がり天を指した角が生え、黄色い髪はボサボサして背中を隠すほどに生えている。
涎の垂れている口に生えている牙は鋭く、吐く息が白く見えていた。
獣の毛皮で作った装備を着用し、自分の身長ほどはある棍棒を肩に担いでいる。
まるで餌を探しているように頭部を動かし森を練り歩いていた。
「迫力がありますね」
アルフィーがそう言うと、全員が屈んで戦闘準備に入る。
マリエラが肩をすくめた。
「ゲームだって分かっているけど、こういう戦闘準備はなんか卑怯に感じるわね」
戦闘準備――武器を持ったら突撃! では話にならない。
まずは自分たちにバフ――能力上昇や戦闘に役立つ魔法をかけて準備をし、敵が自分たちに反応しない位置からデバフ――能力下降や不利になる魔法をかける。
これが定番であるが、ボスなどにはデバフをかけても効果が薄く、攻撃されたと思って向かってくる可能性もあった。
魔法使いにポン助が指示を出した。
「全員に持っている全てのバフを」
魔法使いが笑顔で頷き、そして魔法を使用する。
呪文をいくつも口にすると、その度に色違いの光が全員を包んだ。緑、青、赤、黄色……能力が上昇していく。
プライが全員に注意を促す。
「NPCの体力や魔力には注意を払ってくれ。何かあればアイテムを投げつけるだけでもいい。二人がやられたらかなりきついからね」
全員が頷いて立ち上がると、武器を手に持ち駆け出す。
プライが声を張り上げた。
「行くぞ!」
「おう!」
オークパーティーのかけ声なのか、四人のオークが先陣を切ってレッドオーガに向かって行く。
後ろから見ていたポン助は、なんとも頼りになる光景だと思った。
「僕たちも行こう」
マリエラが頷き、矢筒から矢を引き抜く。
「えぇ」
アルフィーも装飾された新しい課金装備を腰から引き抜いていた。
「こいつの試し斬りに丁度いいですね」
魔法使いも戦闘態勢に入り、杖から炎を撃ち出していた。
ポン助は後ろからレッドオーガに向かっていく火の玉を見ながら。
(森に燃え移ったりしないよな?)
そんな事を心配する。
目の前ではオークパーティーが戦闘を始めていた。
レッドオーガが肩に担いだ棍棒を握りしめ、自分を囲むオークにそれを振るっていた。
プライが的確に指示を出す。
「私とデイダダで前衛! デューム、ギドは隙を見て斬りかかれ。絶対に後ろに行かせるな!」
盾役として頼りになるオーク。
だが、相手はその倍の大きさはあるオーガである。
プライが大きな盾を持ち、その一撃を耐えようとするが吹き飛ばされていた。
両足で踏ん張っていたが、地面を抉り数メートルも吹き飛ばされている。
「くっ、想像以上にこたえるな。デューム!」
「おうっ!」
大剣を握りしめ、跳び上がってレッドオーガに斬りかかるデューム。オークの力を乗せたスキル攻撃は協力の一言に尽きる。
――が。
「ぬおっ!」
オーガはそれを腕で受け止め、斬られ血を流すが受け止めていた。
そのまま乱暴にデュームを振り飛ばし、遠くから攻撃を加えている魔法使いの方を見ていた。
マリエラが回り込むために駆けだし、移動しながら矢を放つ。
「こっちよ!」
矢がレッドオーガの頬に突き刺さるが、相手はそれを気にも留めていない。
「くそっ! 全然ターゲットが変わらない!」
大盾を持ち、右手にはメイスを持ったデイダダが前に飛び出すがレッドオーガに蹴り飛ばされる。
転がるデイダダだが、体力にはまだ余裕があった。
アルフィーが前に出る。
「流石にオークは頑丈ですね」
駆け出す速度が上がり、アルフィーが淡く赤く光り出すとレッドオーガに急接近。そのまま斬撃を繰り出すと、レッドオーガの右足に深々と斬撃が入り【Critical】の文字が浮んでいた。
レッドオーガが膝をつく。
すると、プライたちが立ち上がり準備を終えたのか声を張り上げた。
「行くぞ、野郎共!」
全員が手に武器を持ち、一斉にスキル攻撃を開始するとそのままレッドオーガ相手にコンボが発生。
ダメージが一気に加算され、レッドオーガの体力がガリガリと削れていた。
コンボが終わり、レッドオーガが立ち上がろうとするとポン助も前に飛び出す。
「ついでだ、受け取れ!」
バックラーでレッドオーガの頬を殴りつけ、体勢を崩させると右手に持った片手剣でついでに角を攻撃した。
クリティカルの表示が浮かび上がり、そしてようやく体力の四分の一を削る事が出来た。
ギドが戦斧を大きく振り上げ、ポン助に続こうとしているとレッドオーガが勢いよく立ち上がり天に向かって咆吼した。
衝撃波で全員が吹き飛ばされる。
「ぬおっ!」
ポン助も簡単に吹き飛ばされ、そして大木に背中をぶつけた。
立ち上がろうとすると、全員の配置を見てまずいと気が付く。レッドオーガが倒れたギドに棍棒を振り上げていた。
「個別に狙われる。誰か!」
すると、後方から僧侶が魔法を使用。
振り下ろされた棍棒の一撃は、ギドを守る淡く光ったシールドを貫き叩き付けられた。
しかし、威力が落ちておりギドの体力は無事である。
「痛たた……これは結構来るね」
ギドが自前のアイテムで体力を回復させていると、プライが前に飛び出して姿勢を低く、そして大盾を両手で持って構えた。
レッドオーガが先程と同じように蹴り飛ばそうとするが、その一撃を弾き返す。
プライが叫んだ。
「よしっ! 段々コツが分かってきた」
敵によってはスキルの発動タイミングが違う事がある。だが、プライはそれを掴み始め、盾役として役割を果たし始めていた。
ポン助は片手剣を握りしめ、駆け出すとレッドオーガの背中に跳びかかる。
「たこ殴りにしてやるぞ、この野郎!」
振り下ろされた片手剣が、レッドオーガの背中に突き刺さった。
◇
戦闘開始から一時間。
全員の疲労もピークに達しつつあった。
「あと残り四分の一だ! 全員、気合を入れろ!」
その中で声を張り上げるプライだが、ポン助は四人を冷めた目で見ている。
プライたち四人がレッドオーガの前に立つと、デイダダへと火の玉が襲いかかったのだ。
「おふぅっ!」
後ろを振り返れば、これまた笑みを浮かべている魔法使いの姿が目に入る。
いったいこれで何度目だろうか?
マリエラがプライたちに苛立ちながら叫んだ。
「お前ら、いい加減にしろよ! 良いから味方への攻撃をNG設定にしろよ! 馬鹿なのか! 本当に馬鹿なのか!」
そんなマリエラの罵声を受けながら、デュームは大剣でレッドオーガの蹴りを受け止め震えていた。
「くっ! 目の前からはレッドオーガの猛攻。後ろからは罵声……俺は今、生きている!」
アルフィーも叫んだ。
「生きている、じゃねーですね! 貴方たち、本気で戦っているんですか!?」
言葉遣いがおかしくなりつつも、抗議をするアルフィーにプライが立ち上がりながらこたえるのだった。
ボロボロの装備。そして汚れているが諦めていない真剣な表情。
それだけを見ればとても頼もしいのに、プライは口を開くと一気に残念になる。
「私たちはいつも本気だ! 本気で自分たちに向き合って……そして、自分たちの信念に従って行動している!」
向き合っているのは性癖だ。
もっと違うものと向かい合うべきである。
ギドが戦斧を杖代わりに立ち上がっていると、そこにレッドオーガの蹴りと火の玉が飛んできた。
前後を攻撃され、何とも不思議な吹き飛び方をしたギドは自前のアイテムで体力を回復させながら口元が笑っている。
「前と後ろからせめられて、味方の罵声まで飛んでくるなんて……あぁ、興奮して頭がおかしくなりそうだよ」
強敵を前に、敵味方から攻撃を受けて興奮しているオークの集団。
ポン助は早くこの戦いを終わらせたかった。
「ちっ、こうなればコンボで一気に決めて終わらせる。アルフィー、マリエラ!」
駆けだしたポン助に合わせるように、二人が動き出しスキルの発動を準備する。コンボを狙い、そのまま大きく敵の体力を奪おうという作戦だった。
だが――。
「そっちは駄目だ!」
デュームの声をいつもの変態的な言動の延長線、そう捕えていたポン助は気が付かなかった。焦るあまり、周囲の地形を確認していなかったのだ。
レッドオーガが向かってくるポン助を、棍棒を放り投げて掴むとそのまま自分ごと転がるように落下する。
戦っていた場所の近くには崖があったのだ。
「そんな……ポン助!」
アルフィーが大慌てで叫ぶが、崖から転げ落ちたポン助とレッドオーガのところへは迎えなかった。
マリエラが周囲を見る。
「回り込まないと降りられない!」
どうにも崖を飛び降りることが禁止になっており、回り込んで降りなければならなかった。
マリエラが崖の上から矢を放つが、距離もあってたいしたダメージにはならなかった。
プライがすぐに指示を出す。
「NPCは崖の上からポン助君の援護をさせる! 俺たちは急いで回り込むんだ。ポン助君、それまで耐えてくれ!」
崖の上から叫ぶプライの声を聞きながら、ポン助は危険領域に入った体力を見た。
(マジかよ。これって絶対に無理だって)
相手のレッドオーガが立ち上がろうとしている。
武器は放り投げたが、それでもボスだ。
一対一で戦うなど論外も良いところである。
アイテムボックスから課金して手に入れた回復アイテムを手に取り、使用すると体力は回復したが装備がボロボロだった。
片手剣も小盾であるバックラーも、そして自慢のマンモスベストも耐久値がゼロに近付いている。
出発前にしっかり準備をしていたのだが、どうやら掴まって崖から落ちたせいで装備にダメージが蓄積される仕組みでもあったらしい。
レッドオーガがポン助を見て、その口から生臭い息を吐いていた。
目は血走っており、体には血管が浮き出て妙に生々しい。
「これ、逃げ回っても掴まるんだよな。あ~あ、僕だけデスペナ受けてクエストも失敗かな?」
自嘲気味に笑っていると、崖の上からレッドオーガに対して火球がいくつも降り注いだ。
見上げると、魔法使いと僧侶が魔法でポン助を援護している。
回り込む前に魔力を回復させたのか、二人とも魔法をバンバン使っていた。
(もうちょっと温存しつつ使って貰えれば……って、贅沢か)
仲間が残してくれたNPCたちを見て、小さく笑うと武器を握りなおす。腰を落として深く呼吸をすると魔法に当り爆発しながらも向かってくるレッドオーガを見据えていた。
(あぁ、なんだろう……爆発の風や熱まで肌で感じるや)
ゆっくりと、そして静かにポン助は周囲の景色が更に鮮明になってくるのを感じた。
大きく振りかぶったレッドオーガの拳を見て、そのまま突き進み懐に入るとシールドバッシュでレッドオーガの腹を撃ち抜くように殴りつける。
体に力が入る。力がわいてくる。
「ぶっ飛べ!」
レッドオーガが口を開き、意気と唾を吐きださせながらその巨体を吹き飛ばした。
傷ついたレッドオーガの血液が頬につく。
それを左手の指先で拭うと鉄の臭いがした。
「……あの時と同じだ。やれる気がする」
急にエリアボスと戦う事になった時。
その時と同じ感覚をポン助は感じ取っていた。自分のからだがまるでオークの体に馴染み、そして自然だと思えた。
握っている武器の質感、重みが普段と違う気がする。
荒れた呼吸が整ってくると、ポン助は一つのアイテムを取り出した。
「奥の手を使うタイミングは大事だよね」
課金して手に入れた能力上昇系のアイテムだ。それを握りしめ破壊すると、ポン助は自分の体に何かが流れ込んでくる気がした。
血管が浮き上がり、そしてレッドオーガを血走った目で睨み付ける。
相手も威嚇されたと思ったのか、歯を食いしばりポン助を見下しながら睨み付けていた。
まるでオークの分際で、というような表情――いや、気持ちをポン助は理解する。
互いに駆けだし、そしてレッドオーガは拳を。
ポン助は武器を振るって攻撃を繰り出す。
レッドオーガの拳がポン助の顔を直撃し吹き飛ぶが、レッドオーガの腹部にはポン助が片手剣で斬りつけた傷が深々と残っていた。
腹部を押さえるレッドオーガ。
ポン助は頬の痛みを感じながらも立ち上がると、レッドオーガを睨み付ける。
「痛てぇじゃねーか、この野郎!」
駆けだすと地面の砂利が待っていた。巨体であるポン助が動く度に、周囲が揺れている気がする。
近くを流れているのは川だというのを、今理解した。
レッドオーガがポン助に掴みかかろうとすると、ポン助はレッドオーガのアゴにシールドバッシュを叩き付ける。
「おらぁ!」
顔が上がったところで、ガラ空きとなった腹部に片手剣を突き立てた。
引き抜くとレッドオーガがポン助を蹴り飛ばし、ポン助は吹き飛んで川の水面をまるで跳び石のように転がって水中に沈む。
(思ったよりも深いな)
冷静にそんな事を考えているが、武器の耐久値が限界に近かった。
(あと一回か)
水中に沈んでいく中で、自分のベストが破壊され破けて水中に浮いているのが見えた。
水中の中でアイテムを使用し、体力を回復させると泳いで川から出る。
水中から顔を出すと、レッドオーガの手がポン助に迫ってきていた。
「なにっ!」
その大きな掌はポン助を掴み、持ち上げ、更に乱暴に投げつける。蓄積したダメージによりレッドオーガが興奮状態なのか、叩き付けられたポン助のダメージは結構なものだった。
(水中でアイテムを使ってなかったらまずかったな)
崖に体をぶつけると、レッドオーガがどうだと言わんばかりに咆吼した。
立ち上がるポン助は、痛みに耐え荒い呼吸をしながらレッドオーガに向かって咆吼する。
どうして咆吼したのか分からない。
ただ、そうするべきとポン助の体が勝手に動いていた。
筋肉が軋むような音を立て膨れあがり、そして互いに最後だと思ったのか最後の一撃を相手に叩き込むために駆けだした。
だが、リーチは明らかに相手の方が長い。
先に攻撃が届くのはレッドオーガの方だ。
太く長いレッドオーガの腕がポン助の瞳の前まで迫ってくる中で、ポン助は口元が歪んだ。
苦しさからではなく、勝利を確信してのものだった。
「終わりだ……貰っとけ!」
大きな拳を下からバックラーで弾き上げる。同時に、バックラーが砕けるがポン助は気にせずスキルの発動を感じ取っていた。
右手に持ったひびの入った片手剣を、レッドオーガの心臓部分に素早く突き出すと驚くほどあっさりと突き刺さる。
スキル――【カウンター】が発動されたのだ。
これでもかと言うほどに、綺麗にスキルが発動してクリティカルという文字を浮かび上がらせている。
レッドオーガが目を見開き、ポン助の顔を見ていた。
「倍返しだよ。お前の渾身の一撃……随分と強力だったみたいだな」
レッドオーガがポン助に寄りかかるように倒れ込んでくると、そのまま赤い粒子の光を発して消えていく。
粒子の光が辺り一面に広がり、その辺のモンスターとは格が違うのだと見せつけている様子だった。
ポン助はその場に立ち、空を見上げた。
「ふぅ……ふぅ……終わった」
握っていた片手剣が崩れて地面に落ち、砕けるように消えていく。
そして砂利の地面に重みのある何かが落ちた音が聞こえてきた。
そちらに視線を向ければ、まだ周囲に赤い粒子の光が漂う中でレッドオーガの角が落ちていた。
「そうだった。キーアイテム……これを届けないとな」
崖の上から見ていたNPCの僧侶が、ポン助に回復魔法をかけてきた。
ポン助はそちらを見て微笑む。
「そういえば、そこにいたんだったな。忘れていたよ」
不意にNPCたちがポン助に笑いかけているように見えた。そして口を開いて何かを伝えようとしている。
ただし、声は届かない。
近くに流れる川の音の方が良く聞こえてきた。
ただ、口の動きからなんとなく前半部分はポン助にも分かった。後半の部分は分からない。
(なんだ? “おめでとう”? ……会話パターンにしては味気ないな)
キーアイテムである角を拾い上げ、そして体力が回復し終わると手頃な岩の上に座って大きく溜息を吐いた。
「……なんか凄く疲れた」
先程の感覚は薄れつつあり、そして回り込んで助けに来た仲間の姿が目に入るとポン助は大きく手を振るのだった。
◇
ポン助を崖の上から見下ろしていたNPCの二人。
僧侶は祈るような仕草で目を閉じていた。
「おめでとう、オークの戦士よ」
魔法使いはとんがり帽子のつばを持ち上げ、その瞳をポン助に向けて微笑んでいた。
「貴方はよりこちら側に近付いた。真の選ばれた戦士になる日は近い」
二人が声を揃えて言うのだ。
「約束の日は近い。女神の戦士に祝福があらんことを」