感染する狂気
ポン助に助けを求められたライターとブレイズは、希望の都にある観光エリアに足を踏み入れ震え上がった。
「ぎゃぁぁぁ!!」
ライターの叫び声が燃え上がる観光エリアに消えていく。
ブレイズが周囲を見渡し。
「いったいどういう事だ? 建物は破壊不可のはず。守られているから崩壊なんかするはずはないのに!」
プレイヤーが破壊しようとしても出来ないようになっている建物がほとんどだ。
ライターがその場に崩れ落ちる。
「お、終わりだ。ここまで暴れ回ったら、流石によくてログイン制限。たぶん、ギルドは解散……あの子たち、いったい何をしているんだ」
「いや! そこはもっと責任を感じましょうよ! というか、あんたナチュラルに酷いぞ!」
「あ、フラン……ちゃん?」
ライターが逃げ惑う観光エリアのプレイヤーたちの後ろを、ゆっくり歩いている女性を発見した。
角を持ち、口からは炎が漏れ出していた。
肩幅に足を開き、地面を踏みしめると口を開く。
魔法ではなくスキルによる炎。
豪炎とでも言うべきブレスが放たれ、観光エリアのプレイヤーを燃やし尽くしていた。
ライターもブレイズも唖然とするしかなかった。
炎の中で叫び、赤い光になり消えていくプレイヤーたち。
炎にのみ込まれた建物が燃え上がり、崩壊していく。
フランが口元を拭った。
血走った目。そして食いしばった歯は鋭い牙に見えた。
無言でライターとブレイズが抱きしめあうと、そのままフランに声をかけることなくガクガクと震えていた。
ライターは思った。
(怖ぇ! モンスターなんかより超怖ぇ!!)
観光エリアのいたる場所から、悲鳴や怒号が聞こえてくる。
キラキラと赤い粒子の光が空に上って行くのは、建物が壊れたせいか……それとも、プレイヤーたちが倒れたせいか。
とにかく、破壊が進むほどに赤い粒子の光が発生して観光エリアの空に上って行く。
フランがライターたちに視線をギロリと向けるが、数秒後には視線を他に向け歩き始めた。
ライターは思った。
(これ駄目な奴だ。これ、絶対に駄目な奴だよ!! あのソロリの馬鹿野郎が……パンドラの箱を開けやがった)
たった七人で観光エリアが火の海になり、それを二人は見ていることしか出来なかった。
しかし、しばらくしてブレイズが。
「あ、あれ? おかしくありませんか?」
「あぁ、あの七人が暴れたにしては被害が少ないって事かな? これから広がるんじゃないの?」
「ちげーよ! いくらなんでも、フランさんの様子がおかしいでしょうが!」
言われてみてライターも考える。
(言われて見れば、確かにここまでするかな? ……やってもおかしくないけど、まずはポン助君から捕まえそうな……でも、やりそうな気も)
ブレイズが周囲を見渡した。
「それに争っているのは俺たち――あの七人だけじゃないみたいですよ」
「え?」
ライターが視線を向けると、自分たちのギルドとは関係ないプレイヤーたちが観光エリアのプレイヤーを襲撃していた。
パンドラ内に用意された掲示板。
そこには次々に書き込みがされていた。
『おい、あの問題児たちが観光エリアに殴り込んだってよ!』
『あいつらマジで頭おかしいwww』
『でもさぁ~ 観光エリアの連中ってムカつくよな』
ギルド、ポン助と愉快な仲間たちのメンバーが観光エリアで暴れているという情報はすぐに広まった。
有名ギルドであるため、何か行動すれば目立つ。
しかし、掲示板の雰囲気がおかしな方向へと進む。
『俺たちを見下すよな』
『ゲームに夢中なのは負け組の証拠だってよw ……マジで許せないよね』
『エリート様たちには理解されない趣味だよねwww』
『……なら、そもそもパンドラにログインしなくてもよくね?』
『お前ら見たか! 観光エリアの連中、レベル一桁ばかりだから狩り放題らしいぞ!』
『麿も参加するでごじゃるよwww』
『ギルメンに招集かけたら八割集まったwww』
『みんなノリが良すぎwww ……マジであいつら狩ろうぜ』
最初はマリエラたちの行動を実況していたプレイヤーたちも、その狂気が感染したかのように行動を起こしていく。
対して、観光エリアのプレイヤーたちも――。
『無能の底辺共が!』
『調子に乗っているよね』
『たかがゲームだろ? ムキになるってやっぱり底辺だよな』
『希望の都にいるのはレベル一桁が大半だろ? 助けに行こうぜ』
『この“ポン助と愉快な仲間たち”って腹立つな。ついでにリアルも追い詰めない?』
『それいいね!』
互いの掲示板を見ているプレイヤーがいた。
それはフードをかぶった情報屋――そして、似たようなアバターたちだ。
それらの掲示板の書き込みを、互いの掲示板に張り付けていく。
次第に放置しても勝手に炎上していく掲示板を見て、情報屋は笑いが止まらなかった。
「いいぞ、もっと。もっとだ!」
ポン助がまさか引き金になるとは思わなかったが、以前から観光エリアのプレイヤーたちを煽っていた。
その成果が出ようとしている。
「ポン助君、君はどこまで都合が良いんだろうね。観光エリアのプレイヤーにはそろそろお仕置きを考えていたんだよ。君があの七人を連れて来てくれて良かった」
一人が情報屋に声をかける。
「いいのか? セレクターと繋がりのある七人の中にはサンプルがいるぞ。暴走するようにしたが……」
情報屋は両手を広げた。
「構わない! まぁ、彼女はしょせん紛い物。セレクターにはなれないさ。だから、ポン助君に強く刺激されるわけだからね」
情報屋が見ている画面には、ポン助を追い回すラビットガール――イナホの姿があった。
必死に逃げ回るポン助。
「現実を仮想世界が凌駕する……そうだ、もうすぐだ。もうすぐ、理想の世界が手には入るんだ」
情報屋は、狂気の宴に酔いしれていた。
「たったら~、たったら~……おやおや?」
自作の歌を口ずさみながら、背中に大きな荷物を背負ったアルフィーが足を止めた。
両手にそれぞれ持っているのはガトリング銃だった。
空冷式で方針が六つ。回転しながら弾丸を撃ち出す大きな武器だ。
観光エリアのプレイヤーたちが、武器を構えアルフィーを囲む。
希望の都にいる観光エリアのプレイヤーたちよりも、レベルが二十は上だった。しかし、アバターが有名人に似ているか全員美形。それも、作り込みが甘い。
「この悪質プレイヤーが!」
「やっちまえっ!」
課金アイテムでブーストをかけ、装備を揃えたのか随分と手強い相手だ。
――先程まで相手をしていた連中よりは、だが。
「課金装備ですね! いいですよね、ソレ! 私も使っていたんですよ! リロードの時の感覚が実に素晴らしい! ポン助も褒めて……褒めて……あぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」
ポン助を思い出し、髪を振り乱すアルフィーは攻撃に晒されながら徐々にヒットポイントを減らしていく。
「いいぞ! このまま押し切れ!」
「てめぇ、暴れ回ってこれだけで済むと思うな――よ?」
アルフィーが両手に持ったガトリング銃を構え、引き金を引くと周囲にいたプレイヤーたちが赤い光に変わっていく。
建物を弾丸が貫通し、破壊し、そして崩れていく。
アルフィーの目がヤバい。
ハイライトが消えた目。
楽しそうな笑顔。
「でも残念! これも課金装備でしてね! なんと、背中の装備は弾丸を補充して冷却タイムを無視してくれるんですよ! ただ、使うにはレベル制限とか、特定のイベントをクリアしないといけないのが面倒でしてね。私~、ポン助に手伝って貰って~」
キャハキャハと笑うアルフィーが、急に動きを止める。
無表情、そして段々泣き顔になるとガトリングの砲身が回転を始め――。
「あぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!?!!!!!?!!」
アルフィーのレベルやらスキル効果も合わさって、弾丸は周辺の建物を全て破壊し尽くしていく。
イナホを振り切ったポン助とナイア。
建物の入口で立っていたイナホにタックルを行い、無理やり外に出たポン助たち。
目を見た瞬間に「こいつは危険だ!」と、本能が告げていた。
(くそっ! どこに逃げてもなんだか怖くて仕方がない。このエリアから逃げ出さないといけない気がする)
ポン助の野生の勘とでもいうべきか、オークの勘は正しく当たって……間違ってもいる。
何故なら――。
「みつけたぁぁぁ!」
空から来た襲撃者は、バードガールであるアンリだ。
そのアバターの強みは飛べないが、滞空時間が長いことにある。
跳躍力もかなりのものだ。
槍を持ってナイアを狙い降下してきたアンリの一撃を避けさせたポン助は、アンリの前に出て片手剣を出した。
「アンリさん、いったいどういう事なんですか!」
燃え上がる観光エリア。
ポン助は現状がただ事ではないと察してはいるが、どうしてこうなったのかを考えたくなかった。
万が一。
いや、億が一にも自分ではないと判断した可能性が頭をよぎる。
アンリが地面から槍を引き抜いた。
「どういう事? というかさぁ……そこの牛女は誰よ?」
ナイアが「あ、こっち見た」などと言って驚きつつも返事をした。
「あ、あの。ナイアって言います。ポン助君とは能力重視の結婚を――」
アンリが持っていた槍が音を立てて変形し、刺々しい形になった。
ライターたち生産職が作った変形する槍だ。
しかし、その変形機構が、今はポン助たちの恐怖を煽ってくる。
「け、結婚? ねぇ、なんでよ……なんで私じゃないのよ!」
ポン助もナイアも唖然としている。
「い、いや、あのね、アンリさん! これ、結婚と言っても互いにメリットがあっただけで、ステータスを上げようと思っただけだから!」
「そ、そうよ! ほら、それにたかがゲームだし」
ナイアがそう言うと、アンリが踏み込んでいた。
ポン助が立っていたはずなのに、スキルを使用してその後ろにいたアンリに迫る。
まるで、ポン助をすり抜けたように見える動き。
「し、しまっ!」
ポン助が振り返ると、ナイアが自慢の戦斧でアンリの一撃を受け止めていた。
「舐めんなよ、糞ガキがぁぁぁ!」
ナイアの咆吼にアンリが目を見開く。
「五月蝿いんだよ、この年増がぁぁぁ!」
ナイアにしても、アンリにしても、互いのリアルなど知らないはず。しかし、罵声を浴びせるために思いついたまま声を張り上げているだけだ。
ポン助はそう思った。
違う場所。
リリィの周りには多くのプレイヤーたちが横たわっていた。
赤い光に包まれ消えていく中、リリィは自分の持つ拳銃を見ている。
駆けつけた仲間たち。
それはオークたちだった。
プライが他のオークたちに無理やり前に突き出され、冷静そうなリリィと話し合いをする事になる。
内心。
(嫌だな……喋りたくないなぁ……こういう交渉とか経験ないし)
他人の色恋沙汰に首を突っ込む事など今までになかった、とは言えないが……ここまで特殊なケースはプライも初めてだった。
拳銃の弾倉を交換。
拳銃についたブレードもリリィは交換している。
「リリィ……さん!」
「何かしら? 急いでいるから手短にね」
「あ、はい」
怯むプライに、後ろからオークたちが蹴りを入れていた。
(止めろ! 興奮するだろうが!)
咳払いをしたプライが、リリィに話をする。
「少し疑問に思ったのですが……どうしてこの殴り込みに参加を? イナホちゃんやアンリちゃんのためですか?」
リリィは拳銃の状態を確認しながら。
「いいえ、私は私の意思でここにいるのよ」
オークたちが後ろでヒソヒソと話をしていた。
「え? でも、リリィさんってポン助君と関係ないよね?」
「ほら、イナホちゃんたちと行動が一緒になる事もあったし、そこで惚れたとか?」
「あんな美女とフラグを立てたのかよ! ちょっと待ってくれ……もし、自分の彼女をポン助君に紹介したらどうなるかな?」
最後のオークの反応に、みんなが「馬鹿、こんな時にする話じゃないだろうが! ……後でゆっくり語るとしよう」等と言っていた。
プライは思う。
(いいなぁ……私もあっちで盛り上がりたい)
「自分の意思? ポン助君も隅に置けませんね」
「そうよね。最初はイナホやアンリの相談に乗っているだけだったんだけど……ポン助を試してみようと思ったのよ」
声をかけて調子に乗るなら、ポン助は辞めておけと言うつもりだった。
だが、ポン助は乗らなかった。というか、鈍くてアプローチに気が付かなかった。
「ちょっとからかうつもりだったのよ。でもね……ほら、気が付いたら好きだった、なんて良くある話じゃない?」
「ですね!」
プライが頷いてしまったので会話が途切れた。
(……はっ!? 私の馬鹿!)
リリィが語る。
「気が付いたらもう駄目ね。日に日に行動を共にすると体が熱くなるの。それでね……結婚したって聞いたら……普通許せないわよね?」
「はい、そうですね!」
リリィが拳銃を構えていた。
ライターたちが作成した現状手には入る中で、指折りの攻撃力を持つ拳銃である。
「でもね、ポン助も若いから過ちくらい犯すと思うの。だから許して上げるのだけど、ミノタウロスの方は処分しても良いわよね」
笑顔。ここまで笑顔で会話をしている。
プライは何やら背中がゾクゾクしていた。
興奮したゾクゾクではないが、これはこれでいいのではないか? そもそも、狙われているのはポン助である。
プライがサムズアップした。
「まったくもってその通り! 我々も応援しております」
リリィは優雅に歩き出した。
「ありがとう。成功したら鞭で叩いて上げるわ」
オークたちが背筋を伸ばす。
一斉に返事をするが、一言一句揃った言葉だった。まるで普段から練習しているような揃いようだ。
「はい、女王様! 心よりお待ち申し上げております!」
去って行くリリィを見送るオークたち。
プライは汗を拭う。
「さて……では諸君、我々も動くとしよう」
プライ立ちは崩壊する観光エリアで動き出す。