ナイア
パンドラの合コン会場に指定されたのは、新しく見直されたエリアだ。
特別強いモンスターがいる訳でもない。
ただ、大型アップデート後にエリアボスやフィールドボスが追加され、倒したプレイヤーが少ないために会場に選ばれた。
エリアボスやフィールドボスを倒すと、職業ポイントやスキルポイントが加算される。
結婚システムでは、ボスの討伐数も影響してくる。
ボスを多く倒していれば、それだけパートナーにメリットがあるのだ。
ナイアは、自慢の戦斧を大きく振りかぶると夫の顔を思い浮かべモンスターへと振り下ろした。
丸い体に、細い腕が八本というボスが斧の一撃に大きなダメージを受ける。
周囲にいる合コンに参加したプレイヤーたちが、怯んだボスに向かって攻撃を仕掛けていた。
ナイアのスタイルはとにかく力押し。
普通、ボスやら巨体の敵には怯むものだが、彼女は最初からそういった物がない。
勇猛果敢に前に出て一撃を叩き込む。
そのため、知り合いからは狂戦士などと呼ばれていた。
「ナイアさん、ナイス一撃ですよ~。頑張って~」
可愛らしい声を出している後衛職のプレイヤーだが、彼女はたいした仕事をしていなかった。
姫プレイ。
今までそんな事をしてきたのだろうと、容易に想像できるプレイヤーだった。
その後衛職のプレイヤーと、魔法使いの男性プレイヤー。
そして、同じ前衛職の――。
「どりゃぁぁぁ!」
大盾を巧みに扱い攻撃を弾き、大剣で確実に相手のヒットポイントを削る。
盾役と、そして相手にダメージも与える優秀なプレイヤーがいた。
敵を引き付け、そして揺るがぬパーティーの盾。
問題があるとすれば、不人気種族のオークと言うだけだ。
(戦いやすいな)
ナイアは前に飛び出す戦闘スタイルであるため、ダメージを受けることも覚悟している。
プレイヤースキルで対処も出来るが、全てを避けて防いで、などは不可能だ。それこそ攻略組でもなければ無理である。
オークプレイヤーのポン助が、大剣を高々と振り上げるとエフェクトが発生する。
強い光と電気がバチバチと音を立てる演出は、随分と攻撃力が高そうだった。
事実高いのだろう。
振り下ろされた光の一撃に、ボスが悲鳴を上げながら赤い粒子の光になって消えていく。
戦闘が終了すると、ようやく姫プレイが得意そうなプレイヤーが全体に回復魔法を使用する。
内心「遅ぇよ」などと思っているナイアだが、それを口に出すほどではなかった。
(あぁ、ストレスで荒んできているな。友達でも誘って遊びに行こうかな)
もちろん、パンドラ内で遊ぶつもりだ。
魔法使いの男がポン助に近付く。
「ポン助さん強いですね。攻略組ですか?」
ナイアから見てもプレイヤースキルが高く、そう言われても納得する動きをしていた。
ポン助は武器をしまいつつ首を横に振った。
「違いますよ。攻略に参加したことはありますけど、本当の攻略組ってもう別次元というか――もっと変態的ですから」
攻略組と言われて否定しているのを見て、後衛職のプレイヤーが興味をなくした目をしていた。
ステータス画面を見て、手に入ったポイントを確認している。
ナイアも戦斧を背中に担ぐと、ポン助に話しかけるのだった。
使っている種族もあって、ナイアはあまり合コンで話しかけられない。オークと違って不人気種族でもないのだが、やはり外見が問題なのだろう。
「盾の使い方が上手いですよね。知り合いがコツを掴むのが難しいって言っていましたけど、古参プレイヤーですか?」
パンドラが爆発的な人気を出す前。
今のような不動の地位を得られる前からプレイをしている古参たち。
そう思われても仕方がなかったのだが。
「始めてから一年と少しですね。古参じゃありません」
一年と言えばプレイヤースキル有無が重要になってくる時期でもあった。
それだけの期間があれば、早いプレイヤーなら攻略組に参加している。
エンジョイ勢ならレベルだけが高いというのも珍しくない。
(あぁ、この人は才能があるんだ)
ナイアはそんな事を思っていた。
話をすると学生のような雰囲気もある。
きっと、お金持ち……夫と同じような人生を歩んでいるのだろうと勝手に思っていた。
(……つまらないの)
そのため、ナイアの中で急激にポン助の評価が下がっていく。
後衛職のプレイヤーが。
「ねぇ、さっさと次の目的地に行こうよ。あ、それと相談なんだけど、アイちゃんは~ボスのドロップアイテムが欲しいな~」
ボスのドロップアイテムを確認すると、どうやらレアドロップだったらしい。
魔法使いの男が困った顔をしていた。
ただ、ポン助は――。
「最初に一撃を入れたのはナイアさんですし、それにその後も活躍してくれたので彼女じゃないですか?」
見た目可愛らしく、まるでアイドルのようなプレイヤーを無視してナイアにレアアイテムを渡すと言いだした。
姫プレイになれた後衛職のプレイヤーが唖然としている。
「え? アイちゃんも欲しいんだけど」
ポン助は冷静である。
まるで相手の容姿など問題ないと言う顔をしていた。
「誰だって欲しいですけど、頑張ったのはナイアさんですから」
ふて腐れる後衛職のプレイヤー。
ナイアは少しだけ気持ちがスカッとした。
(可愛いのは好みじゃないのかな? まぁ、面白かったから別に良いけど)
ポン助たちはそのまま目的地を目指して移動を開始するが、その後は一切協力しない後衛職のプレイヤー【アイ】だった。
合計して五回。
目的地を目指して移動する合コンを行ったナイアは、知り合いとは違うプレイヤーたちとなんとかゴールする。
途中、嫌になって逃げたプレイヤーも多い中で、三分の二は残っていた。
(姫プレイが好きなアイちゃんは残っているのね)
印象の強かったアイは、美形である男性プレイヤーと腕を組んでいた。
ほとんどカップル成立というか、結婚相手を見つけたような状態だ。
相手はハイエルフ。
ギルドマスターで、自分のギルドを持っている。
規模は大きくないらしいが、最前線に近い場所が活動場所らしい。
アイが受ける恩恵も大きいらしく、もう離さないと言わんばかりに腕を組んでいた。
(……というか、なんかあいつって嘘くさいのよね。男か? 中身は男でネカマか? イケメンさん乙です~。アレ、絶対に男で中学生くらいのガキよ。きっと内心で笑っているわね)
外見もあってナイアにはあまり声がかからない。
むしろ、恩恵だけを考えて結婚を申し込んでくるプレイヤーもいたが、中にはアバターを作り替えてくれと言う奴もいた。
ナイアは絶対に拒否している。
(ゲームに外見とか関係ないのに。はぁ、どういつもこいつも馬鹿ばっかりね)
いつ頃からか心の中が荒み、自己嫌悪を繰り返す日々。
余裕がない証拠だった。
そんな時だ。
「あ、ナイアさん」
声をかけてきたプレイヤーがいた。
周囲は夜になっており、これから合コンを開催したギルドがバーベキューやらキャンプファイヤーをやろうと準備をしている。
プレイヤーたちは成功した話や、失敗した話で盛り上がり、結婚相手が見つかったプレイヤーたちは相手と仲良さそうにしていた。
「あぁ、ポン助君ですか」
学生なので君を付けて呼ぶようになったナイアは、笑顔を作った。
暗くなると、ポン助はまるでモンスターそのものに見える。
「お疲れ様です。あの後どうでした?」
ナイアは首を横に振る。
「相手は見つかりませんでしたね。まぁ、フレンドが一人で来ましたけど」
結婚相手ではなく、フレンドが一人だけで来た。
それだけでも参加した価値はあるとナイアは思っている。
「それが聞いてくださいよ。リアル恋人の大学生カップルですかね? 参加するなよ、って思ったんですけど……恋人とは別の相手を見つけたらしくて喧嘩になりましてね」
大学生のカップルが冷やかし目的で参加してきた。
ナイアも別にそれは良かったのだが、女の方が恋人とは違う男性プレイヤーと結婚すると言い出したのだ。
始めは結婚すると、相手にどんなメリットを与えられるのか――その数値を明確に確認すると、目の色を変えたのだ。
男の方は古参プレイヤーで、更には中堅プレイヤー。
ボスを倒してきた数も、ログイン時間も恋人の男性とはかけ離れていた。そして、古参であるために優遇されており、女性はどうしても結婚したいと言ったのだ。
ステータス目的。
だが、相手男性も頷いていた。
面白くないのは恋人だ。冷やかしで参加した、恋人が他のプレイヤーと結婚すると言い出したのだから。
ただ、その時に――。
『別に良いでしょ。ゲーム内だけの話だし。リアルは別じゃない』
――そう言って押し切ってしまった。
(お前らもう別れろよ)
そう思って見ていた訳だ。
ポン助が話を聞くと苦笑いをしていた。
「それは……大変でしたね」
「えぇ、大変でした。そちらはどうでしたか?」
ポン助はプレイヤースキルも高く、おまけに随分とボスを倒している。相手に与えるメリットは大きいはずなのだが。
「……駄目でした。あの後もエリアボスとか出て来て盛り上がったんですけどね。もう、周りで結婚するカップルが出来上がるのに、僕だけどうにも」
失敗したと聞いてナイアが内心でほくそ笑む。
(リアルエリートだから、失敗した経験がない、ってか? メンタル弱いな、おい)
「それは残念でしたね。私も相手がいなくて困っていますよ」
事実である。
外見が外見だけに、寄ってくる男がいないのだ。
そのため、最後のチャンスであるバーベキューでも孤立していた。それはポン助も同じなのだろう。
(まぁ、話をする程度なら良いか)
イベントの記録係として雇われたソロリは……吊し上げられていた。
文字通り、ギルドメンバーによって縛られ吊し上げられていた。
浮島にあった木に吊され、女性陣に囲まれ的にされている。
「ま、待ってくれ! 話せば分かる!」
「問答――無用!」
吊されたソロリに女性陣がライフルの引き金を引いた。
特別な弾丸は貫通しないゴム弾。しかし、かなり痛い。
「痛っ! マジで痛い!」
合コンのから一夜明け、嬉々として戻って来たソロリを待ち構えていた女性陣。
眠そうな生産職のプレイヤーたちは、ギルド拠点の作成と共にソロリをお仕置きするための装備を作らされ徹夜明けだった。
しかし、ノルマがあるので休むことなく働いている。
アンリが大きなライフルを肩に担ぐ。
「……ソロリ、どういう事よ」
額に青筋を浮かべ、今にも爆発しそうなアンリが見せてきた一枚の写真。それは、フレンドに一斉送信されたはがきだった。
結婚をしたプレイヤーが報告するために送る事が出来る。
裏面には神殿で結婚式を挙げたプレイヤー……ポン助とナイアの姿があった。
マリエラがガタガタと震えながら、用意されたバズーカを手に取る。
「有り得ない。こんなの有り得ない……よりにもよって……こんなの有り得ない!」
ポン助が結婚して発狂。
そして相手を見て発狂。
バズーカをソロリに撃ち込むと、周囲に爆発音が響く。だが、その爆発音を聞いても誰も作業を止めなかった。
ライターが視線を少し向けただけで、また作業の進捗状況を確認している。
無表情のアルフィーが手に取ったのは……チェーンソーだ。
禍々しく、相手を斬り刻むために用意された極悪な一品だった。
全員の周りにあるのは、拷問器具やらそうした凶悪な道具の数々。
「……ポン助の趣味がまさかこんな……すぐにアバターを作り直さないと。いや、その前にこいつを斬り刻まないと。レベルが下がると逃げられるから、今やらないと」
ソロリは本気で絶叫していた。
「だ、誰か助けてぇぇぇ! オークさんたち! ほら、いじめられるチャンスですよぉぉぉ!」
しかし、オークたちも作業を手伝っており聞こえないふりをしていた。ソロリの叫びを誰もが無視している。
オークたちは遠くで。
「アレは駄目だろ」
「なんて言うのかな? 殺意。純粋な殺意」
「愛がなくてもいいけど、アレはちょっと……というか、邪魔をすると今後は何もしてくれない可能性が」
禍々しいチェーンソーがソロリに迫る。
「お前がポン助を惑わせるから」
本気で危ない顔をしている女性陣に対して、ソロリは叫んでしまった。
「ごめんなさい! 修羅場が見られなくて残念だったから、ちょっとした悪戯心だったんです! でも、そんな事を平気でするからポン助君が外に癒しを求めたって気付いてぇぇぇ!」
修羅場が見たかった。
自分だけ見られていないという理由でそんな事を計画したソロリだったが、女性陣の刃が自分に迫るなど考えてもいなかったのだ。
向かうのはポン助のところか、相手のところだと思っていた。
ノインがはがきを手にとって、相手の顔を見ている。
「こんな……こんな事って」
相手――ナイアは、オーク種と同じモンスターの外見をした“ミノタウロス”のメスだった。牛の頭部を持ち、萌え要素など皆無なミノタウロス。
二人が並んでいると、まるでモンスターが現われたようにしか見えない。
ある意味でお似合いのカップルである。
「納得できないよぉぉぉ! 普通はポン助君か相手のところに向かうよね!? お願いだから許してください! 何でもしますからぁぁぁ!」
女性陣の手が止まった。
武器を下ろす女性陣が、ソロリにとても冷たく低い声で。
「なんでもする? なら、この女の情報を全部出しなさい。いい、全部よ?」
ゴクリと唾を飲むソロリは、自分が取り返しのつかない事をしてしまったかも知れないと思うのだった。
そして、少しだけ。
(ポン助君、すまない。僕の想像以上に危険だったけど……ちょっと面白そう)
ソロリはナイアの情報を包み隠さず女性陣に教えるのだった。
「――今頃は、丁度新婚旅行かな? リゾート地にいると思うよ」
結婚すると、リゾート地で遊べるチケットが貰える。
それを利用して遊ぶとポン助が言っていたのをソロリは聞いていた。
女性陣が、己が持つ最高の装備を一瞬にして装着。
最初から全力。一切手抜きをしない七人の刺客が誕生するのだった。
マリエラが浮島にあるポータルへと歩くと、他の六人も続く。
無言で、そして嫉妬や怒り、様々なくらい感情をまき散らす七人が通るとギルドメンバーが「ひっ!」などと悲鳴を上げて道を開けていた。
ソロリが危機を脱したとして安堵するが。
「あ、あれ? 下ろしてくれないの?」
吊されたままだった。
そんなソロリのところへとライターがやってきて。
「テメェはそこで反省しろ」
そう言って離れて行く前に、『反省中』と書かれた看板を地面に突き刺していくライターだった。