純潔の世界
純潔の世界。
そこはとても綺麗な白亜の都があった。
解放される前とは違い、道を行交うNPCたちは服装もゆったりとした感じで肌の露出が少ない。
建物の雰囲気は古代をイメージされているのか、遺跡を強く思い浮かべたくなる。
まるで古代ローマやギリシャのような、そんなイメージをポン助は抱いていた。
「解放前とは偉い違いだね」
感心しているポン助の隣には、一緒に新しい世界へと踏み込んだマリエラとアルフィーの姿があった。
「立体映像で見た事はあるけど、昔もこんな感じだったのかしらね?」
マリエラが興味津々という感じで純潔の都を見渡していると、アルフィーの方は気になる点も多いようだ。
「良くも悪くも一般人がイメージする古代都市では? 細部までこだわっていますけど、やはりちょっと……おっと、ところでポン助」
NPCたちの衣装はアルフィーの趣味ではないのか、店で売られている装備品から視線を外してポン助を見ていた。
「早く集合場所に向かいましょう」
頷くポン助はステータス画面を開くと時間を確認する。
純潔の世界は解放されたばかり。
攻略組や、中堅組以外のプレイヤーたちはいてもそれ以外のプレイヤーたちは足を踏み入れていない。
見かけるプレイヤーの数も多くない純潔の世界で、ポン助たちが集まる理由は――。
「ヤだ。ヤだヤだ! 絶対に欲しいんだ!」
可愛らしいノームのアバターが駄々をこねている場所は、話し合いのために集まった会議場。
天井はなく、階段状の椅子が置かれ丸い舞台が用意されている。
少し朽ちており、遺跡という感じの方が強い。
丸い舞台の上で寝転がり手足をバタバタさせ、中身中年のオッサンがわがままを言っていなければきっと雰囲気は厳かだった――はずだ。
駄々をこねているライターを見て、座っているアンリが膝の上に肘を乗せ、手に顎を乗せていた。
「ちょっと、見苦しいから誰か止めさせてよ」
誰もが思っているが、ライター……いや、職人集団は断固として譲らない姿勢を見せている。
代表してライターが言う。
「ギルドの拠点が欲しいんだ。浮島を買ってそこに私たちの城を築くんだ! ポン助君、お願いだから買っておくれよ!」
話の内容はいい加減に自分たちもギルド拠点を持とう、という物だった。
ポン助と愉快な仲間たちは、イベントのために立ち上げた即席ギルドだったために、ギルドの方針が曖昧なところが多い。
しかし、攻略組として参加。
そして世界を解放したことで莫大な報酬を得た。
今や有名ギルドの一つと言っていいだろう。
そんな自分たちの今後の方針を話し合う会議をするはずが、いつの間にかギルド拠点をどうするかという話になっていた。
ポン助は腕を組んで目を閉じている。
(中身がダンディーなおっさんなのに、駄々をこねるとか止めてよ。もういたたまれないよ)
ポン助の気持ちも計算の内なのか、ライターは少しも譲る気配を見せなかった。
対して反対するのはアルフィーたち女性陣だ。
「いい加減にしてください、ライター! 観光エリアにあるお洒落な建物をギルド拠点にするんです! そうすれば、いつでも観光エリアで遊べるんですよ! あと、凄くお洒落です!」
遊ぶところが充実しているという理由で、観光エリアにギルド拠点を持とうと言い出した女性陣。
浮島も観光エリアの建物も、ギルド拠点の維持費が大変という問題がある。
そんな中、ギルド内でまともなブレイズがプレゼンを始めた。
近くには眼鏡をかけた女性アバターの姿がある。
「みんなの意見も分かるけど、俺たちの規模とギルドの財産から考えて打倒なのはもっと安い場所じゃないかな? 拠点の維持費があまりかからないのがベストだと思うんだ。そこで、俺が提案するのは少し面倒だけど節制の世界で――」
節制の世界はエルフたちが支配する自然豊かな世界だ。
それこそパンドラが初めて解放した世界と言っても良く、簡単に言うなら序盤の世界だ。
立ち上がったオークのプライが、血の涙を流さんばかりに抗議する。
「異議あり! かつて素晴らしい世界だったが、今の私たちには既に過去! ここは勤勉の都か、ギルド“新撰組”のいる分別の都にギルド拠点を置くべきだ! そうだ、ソレがいいに違いない!」
要約すると、節制の都では自分たちの趣味的に面白くない。
だから、自分たちを蔑み追いかけ回してくれる世界に行こうというドMたちの救われない思考による発現だった。
本来、節制の都のエルフたちはオークを異様に嫌っていた。
それこそ歩いているだけで暴力を振るってくるレベルで、だ。
しかし、ポン助やその仲間たちが節制の都をイベントで救ってしまったために、NPCたちがポン助たちのギルドに所属するオークに優しくなってしまった。
それがプライたちにはたまらなく悔しい過去なのだ。
再びライターが駄々をこねる。
「どうして戻ろうとするの! この純潔の世界で浮島を購入すれば、どんな世界にだって移動できるんだ! ちょっと維持費がかかる? いいじゃないか! 私たちの城を持とうよ! あと、大きな工房が欲しいんだ!」
ギルド拠点に大きな工房を設置して欲しいとちゃっかり要求してきた。
色欲の世界が解放され、純潔の世界が出現すると新たな要素として浮島という物が出て来た。
そこにギルド拠点を置けば、都の空と指定されたエリア以外なら好きな場所に配置も移動も出来るというのだ。
外に出たらすぐに狩り場、などという素晴らしい環境が実現する。
ライターが真面目に反論する。
「大体さぁ……観光エリア? あそこって維持費が馬鹿みたいにかかるのにメリットが少ないんだよね。あの辺のプレイヤーは遊ぶことだけを考えていてつまらないし。正直、生産職には魅力がないかな、って」
その意見にはブレイズも同意していた。
「ですよね。なんていうか、ゲームを楽しんでいる俺たちが拠点を持っても浮きますよね」
プライたちはオークだけで相談をしていた。
「観光エリアってどう思う?」
「蔑んだ目で見てきますけど、新撰組には負けるかな、って」
「あいつら基本的にこちらに関わってこないじゃないですか。放置プレイもいいけど……」
「遊びに行くならいいけど、拠点を置くとなるとメリットが少ないかな、って」
オークたちもどちらかと言えば避けたいようだ。
女性陣――アルフィーとリリィが抗議をする。
「たまにはこちらの意見も聞いてくださいよ!」
「そうよ! それに、ゲームを楽しむのがこのギルドのルールなら、私たちだって観光エリアで楽しみたいわ!」
観光エリアは、簡単に言えばリゾート地。
仮想世界内で優雅な旅行気分を楽しめるエリアである。
そのため、遊ぶ場所が多く女性に人気だった。
ライターがキレた。
「ウルセェ! お前らいったいどれだけ迷惑をかけたと思っているんだ! 仮想世界でも現実世界でもこっちはいつもボロボロだよ! そんなんだから見向きもされないんだよ!」
ライターの意見には賛成するが、ブラック企業体質を押しつけてくるお前が言うなとギルドメンバーの誰もが思っていた。
「っんのかごらぁ!」
「上等だ、おらぁ!」
「その小さい体をボールにしてやるよ!」
武器を抜いた女性陣。
ライターの最後の一言が逆鱗に触れた。
生産職のプレイヤーたちも手にそれぞれの道具やら爆弾を取りだした。
「てめぇら全員吹き飛ばしてやんよ!」
「生産職に喧嘩を売ってこれから生きていけると思うなよ!」
「この阿婆擦れ共がぁぁぁ!」
ブレイズが怒鳴る。
「お前ら、ここにはリアル中学生がいるんだぞ!」
ナナコ、シエラ、グルグルの三人の視界を良識のあるプレイヤーたちがソッと塞いでいた。ついでに耳も塞いでいる。
オークたちは嬉々として争いの中に飛び込み、ギルド内でプレイヤー同士の戦いが始まっていた。
辺りには警告表示やら、プレイヤーへの攻撃を禁止する表示が大量に出ている。
混乱する会議場。
ポン助は上を向くと、目を開けるのだった。
(……合コン、どうしようかな。オークだから外見の良い装備ってあまり思いつかないし)
そんなポン助の隣に腰を下ろしたのは、未だに謎の人物で有る“そろり”だった。
「やぁ、ポン助君。お困りかな?」
「そろり? ん? アバター名が……【ソロリ】?」
「あぁ、変更したんだ。新しい自分に生まれ変わった記念にね」
顔をほとんど隠しているので口元は見えないが、小さく微笑んでいるようにポン助には見えた。
「そ、そう? ところで何かな?」
そろり――ソロリは、脚を組んでポン助に言う。
「合コンの装備に関してお困りだと思ってね」
ポン助が目を見開く。
一瞬で冷や汗が出て来た。
(こいつ、どこでその情報を! ま、まさか陸――ルークが喋った? いや、そんな筈はない)
友人が自分を売ったと一瞬考えたが、それはないと首を横に振る。
ポン助はソロリの言葉を待った。
「そう警戒しないで欲しいね。ポン助君がギルドメンバー以外と結婚するのは少し楽しみだから応援しようと思うんだ。ほら、僕ってリアルの修羅場を見ていないから」
ギルドのメンバーとはリアルで偶然にも――それこそ、天文学的な確率で遭遇してしまったが、ソロリとは出会っていない。
ソロリはそれが許せないと言うか、寂しいらしい。
「……あくまでもステータス重視でシステムを利用するだけだ。リアルの結婚じゃないよ」
「それを聞いて女性陣がどう思うかな? 仮想世界だけじゃなく、リアルでも血の雨が降ると面白いんだけど」
ポン助は小さく笑った。
(まったく、何を勘違いしているんだか)
「そんな訳がないじゃないか。ドラマや掲示板の見過ぎだよ」
「……え?」
ソロリが驚くと、ポン助は自分の考えを語った。
「そもそも、前回の修羅場って勘違いが発端なんだよ。マリエラもアルフィーも僕に友人以上の気持ちを持ってくれているだけで付き合っていないし、他の人たちは僕を心配して駆けつけて来ただけ。喧嘩になったのも互いの勘違いだった、って言っていたからね」
修羅場など起きるはずがない。
そもそも、自分を巡って争いなど起きるはずがないのだ。
ポン助はそんな自信を持っていた。
「まぁ、僕を巡って修羅場が起きるなんてちょっと期待したいけど……ないよね。うん、普通に考えてないよ」
マリエラとアルフィーの気持ちも有る。
どちらを選んでも角が立つなら、余所から持ってくれば良いだけ。
結婚と言ってもゲーム上のシステム。
なんの問題もない……そう、陸に説得されていたポン助だった。
「……お、おぅ。こ、これは重傷だね。まぁ、それはいいとして、だ。実は僕としてもポン助君を応援したいんだ。その合コンってプレイヤー企画なんだけど、撮影を依頼されていてね」
「それで僕の情報を知ったの?」
「……うん」
ソロリがどうして合コンに参加する事を知っていたのか明白になり、ポン助は小さく溜息を吐いて安堵する。
やはり、マリエラやアルフィーに悪い気がしていたのだ。
(流石にナンパの一件もあるし、取りあえず結婚だけして黙っておこう)
混乱する会議場では、爆発やらエフェクトが次々に発生している。
罵声と怒号、そして悲鳴が辺りに響いていた。
そんな中で会話をするポン助もソロリも、この状況に慣れて来ている。
「時に知っているかな、ポン助君」
「何?」
「新しい結婚システムだよ。これまでは種族や職業で配偶者へのメリットが決められていたけど、今回からはプレイヤーがこれまで何をしてきたかでメリットが決まるらしいんだ」
簡単に言えば、これまでのプレイヤーの行動が評価されるシステムだ。
頑張ったプレイヤーと結婚すれば、相手にも相応のメリットが用意される。
逆に、何もしていないようなプレイヤーが、人気種属や職業を選んでも今後は意味がない。
「そ、それはオークでも冷遇されないと?」
「むしろ、これからのシステムだとポン助君は優遇されるんじゃないかな? だって攻略でMVPだよ。システムの条件を見ると、結婚相手が受けるメリットは大きいね」
これまでの行動を評価されるとなると、ポン助は結構なプレイヤーである。
攻略組ほどプレイヤースキルがあるとは言えないが、プレイヤーの中で言えば上位だ。
イベントやら攻略で活躍しているので、相手が受けるメリットは大きくなる。
つまり、オークだからと言って拒否されない。
「……楽しみになって来た」
「僕、君のそういう欲望に忠実なところは大好きだよ。それで、相談なんだけど、僕と協力しない? ただ撮影してもつまらないし」
協力してくれるというソロリに感激するポン助は、手を握ってお礼を言うのだった。
これで話が無難にまとまると安堵していたが、ソロリは隠している口元がにやけていた。
ポン助は忘れているのだ。
ソロリが修羅場を見られなくて寂しかったと言った事を。
自分だけ楽しい場所にいなかったため、仮想世界で血の雨を降らせようとしているソロリの思惑に気が付かなかった。
ポン助は笑顔だ。
(いや~、これで問題が一つ解決したな。さて、どんな相手と結婚するべきだろうか? でも、外見が美女でもゲームだから信用できないし……)
現実世界よりも危険な問題を孕んだイベントが始まろうとしていた。