雨降って――
リゾート地で借りたレンタカーは、学生でも借りられる安い軽自動車だった。
明人は自分の免許証をハンドルの後ろに差し込む。
すると、誰が運転しているのかをリアルタイムで判断できる。
自動運転システムが動き出すと、明人は目的地を設定するのだった。
「えっと……地元の観光地を巡るルートで良いかな?」
助手席に座っているのは八雲だった。
紫外線対策にクリームを塗っていると言っていたが、薄らと化粧もしていた。
「地元じゃないから、こういうのは任せた方が良いわよね。お昼はどこで食べるの?」
明人が確認すると、観光地なので飲食店が集まったエリアを見つけた。
カーナビには色々と情報が表示されている。
「オムライスが人気の店がありますね」
「せっかくだし、もっと豪華にしない? ほら、ここなんていいかも」
ファミリー向けよりも恋人同士で入りそうな店を選択する八雲に、明人は快く頷いていた。
「分かりました。予約しておきますね」
三名で予約を入れる。
すると、予約が出来たと表示された。
「シーフードピザのお店みたいだけど、使っているのは天然物かしら?」
八雲がそう言うと、明人は首を傾げる。
ハンドルは握っていないのに動き出し、車は駐車場から公道に出て走り始めている。
「どうですかね?」
汚染された海。
いくら海水浴が出来るエリアが出来たとは言え、天然物の魚など口に入るのは希だった。
それよりも、後ろから楽しそうにしている明人と八雲を見て無表情な人物が一人。
摩耶だった。
八雲と約束をしていたために、二日目の今日は手を出せずにいる。
しかし、昨日は八雲に一服盛られており、本人は苛立ちを隠せないでいた。
明人が後部座席に振り返る。
「委員長――市瀬さんもそれでいいかな?」
明人が振り返ると同時に笑顔になる摩耶は、ニコニコして手を振っていた。
「うん、大丈夫。ピザってあんまり食べないから楽しみね」
楽しそうな摩耶を見て安心する明人だった。
進歩した技術により、バックミラーは後部座席を映さない。
そのため、摩耶の表情を見逃していた。
ただ、八雲が後部座席を見ると勝ち誇った顔をしており、それが摩耶には腹立たしくて仕方がない。
明人は楽しいドライブを。
二人はドロドロとした暗い感情渦巻くドライブを楽しむのだった。
一条直人。
彼はパンドラのプレイヤーで有り、ギルド“ポン助と愉快な仲間たち”に加入している。
アバター名は【ブレイズ】。
普段は高級マンションに住み、知り合いも相応の人物が多い。
リゾート地に来たのは、短い夏休みを楽しむため。
そして、宿泊するとパンドラのレアアイテムが貰えるため、仲間内で高級ホテルに宿泊することになった。
六人ほどが集まったのだが、その内一人は女性だった。
眼鏡をかけた黒髪の文系女子。
そんな二人が直人を中心に勝ち組と言われるエリートたちに囲まれている。
「あ、あの、その……私なんかがこの場にいて良いんでしょうか?」
オフ会を開くことになったのだが、来てみると一人が女性だった。
流石に他の五人も慌てたが、そこはゲームでもまとめ役であるブレイズだ。
「オフ会だから気にしなくても良いよ。それより今日は何をしようか?」
他の男性陣も女性に気を使っているが、特に狙っている様子はない。
彼らのようなエリートは、黙っていても女性が集まってくる。
ホテルのロビーでくつろいでいると、派手な女性三人組みがやってきた。
「すいませ~ん、私たち三人で遊びに来たんですけど良かったら一緒に海に行きませんか?」
逆ナンだった。
着ている服装やら靴、他には時計などを見て彼女たちは直人たちがお金を持っていると判断したのだろう。
たった一人の冴えない女性を見て、ニヤニヤしていた。
この女になら勝てる。
そう思っている様子だったが……。
「いや、俺たち海は昨日楽しんだから」
「九人はちょっと多いよね」
「水族館行かない? 俺、イルカショーが見たいんだよね」
女性の水着姿よりもイルカショーが見たいと言い出す男性陣。
眼鏡の女性も頷いていた。
「いいですよね、イルカショー! 私、生で見たことがないんです」
男性陣も盛り上がっていた。
「だよね!」
「ペンギンも良いんだよ。ペンギンのショーも見ようぜ」
「昼は外で食べようか」
そう言って話がまとまると、直人は三人組みの派手な女性陣に謝ってその場を去るのだった。
「ごめん、俺たち水族館に行くから海は他の人と楽しんで」
六人がホテルのロビーを後にしながら、車を借りるか歩くかを相談しながら去って行く。
残された三人組みは唖然とするのだった。
「な、何よあいつら!」
「これなら昨日の高校生の方がマシじゃない!」
「いや、アレはないって。何か嫌だったし」
その三人組みは、昨日明人がナンパをした女性陣であった。
昼食を終え、水族館からの帰り道。
時間は四時になろうとしていた。
明人たちはイルカやペンギンのショーを楽しみ、ホテルへの帰路についていたのだ。
「楽しかったですね!」
興奮した様子の明人を見て、八雲も摩耶もクスクス笑っている。
「キーホルダーを三つも四つも買っていたわよね? 誰に送るの?」
八雲が聞いてくると、明人は髪をかいた。
「家族へのお土産ですよ。画像を送ったら欲しいって言われて」
各家庭は大抵子供が多い。
明人も一人っ子ではないため、お土産を購入することになった。
摩耶が少し考え込む。
「お兄さんお姉さんは?」
明人は首を横に振った。
「僕が一番上だから、こういうのはいつも渡す側なんだよね」
兄や姉がいれば良かったと愚痴をこぼす明人を見て、摩耶は否定するのだった。
「上がいると大変な事も多いわよ」
そうやって会話が弾むと、八雲が割り込んできた。
摩耶との会話が中断する。
「それより時間もあるけどこの後はどうする? まだオープンしたばかりみたいで、見るところも少ないのが残念よね」
地元の人がいれば案内も頼めたかも知れないが、観光地に設定されている場所を巡るのは終わってしまった。
明人は走っている車の窓から外を見る。
「なんか曇ってきましたから、ホテルで何か遊べると――あ、降ってきた」
そんな会話をしていると、雨が降ってくる。
大粒の雨は勢いを増していた。
八雲が反対側を見る。
そこは海だったのだが――。
「ねぇ、待って。ボートに子供が乗っているんだけど」
荒れ出した天気の中、子供が乗っているボートを八雲が見つけた。
それは随分と離れており、明人も摩耶ももう少し近付かなければ子供が乗っていることに気が付かない距離だった。
明人は急いで車をマニュアル操作に切り替えると、ボートの方へと向かうのだった。
ライフセーバーたちが利用している小屋。
子供を助けるために海に飛び出してしまった明人は、ライフセーバーに囲まれ説教を受けていた。
「何をしたか分かっているのか!?」
「君、自分の命が危なかったって分かっているの?」
「そういう時は先に報告するんだ」
偶然にも八雲が見つけ、明人が飛び出して後から大騒ぎになったのだ。
幸い、海も大きく荒れる前に助けられたが危険な行為だった。
「す、すいません」
周囲に怒られている明人を見ているのは、八雲と摩耶――だけではない。
子供がボートで沖に出ていると見つけた人たちが集まっており、その中には弓やレオナの姿もあった。
二人も呆れている。
「鳴瀬君、まさかここにいるとは思わなかったわ」
レオナは安堵していた。
「一歩間違えば死んでいたぞ。日頃鍛えているからと過信しすぎだよ」
言われて明人は、毛布に包まりながら思う。
(……なんとなく出来ると思ったんだけど)
荒れる前。
今なら間に合うと明人は判断しており、その判断は正しかったとも言える。
そもそも助けた子供たちが、大人に黙ってボートに乗っていた。
普通は大人がいなければボートを貸し出しておらず、気付くのが遅れてしまっていたのだ。
子供たちは注意され両親に迎えに来て貰ったのだが、助けた明人は褒められつつも待っていたのは説教だった。
同じように駆けつけた直人たちがヒソヒソと話をする。
「そもそもライフセーバーが気付くのに遅れるって」
「いや、でも危険な行為だから」
「怒られておく方が良いって。まだ高校生だろ? 調子に乗る前に覚えておけばいいんだよ」
そんな周囲を直人が注意する。
「お前ら、少し静かにしろよ」
結構なスペースある詰め所的な場所には、想像以上に人が集まっていた。
背の高いクロエが、奏帆と杏里に明人を紹介している。
「ほら、あの子よ。昨日案内してくれたナンパしてきた男の子」
その話を聞いて驚くのは八雲と摩耶だ。
「ちょっと、どういう事よ!」
「ナンパってどういう意味!」
明人は二人から顔を背け、そして冷や汗をかき始める。
「い、いや、これはその――」
水着姿の中学生組も来ており、星は大きめのティーシャツを着ている。その下には濡れて薄ら女性物の水着が見えていた。
「兄ちゃんもナンパしていたのか」
雪音が冷めた目を向けていた。
「……最低ですよ、鳴瀬先輩」
困っているのは七海だ。
「で、でも、明人さんもきっと事情があったと」
星が首を傾げる。
「女の人と海に来ていて、他の女の人をナンパする理由って?」
その場にいた全員が明人に向ける視線は微妙なものだった。
そして、ライフセーバーの一人が。
「というか、そろそろ出て行ってくれませんかね?」
人が入りすぎて狭く、明人たちは追い出された。
ホテルの部屋。
明人は二人に問い詰められ、昨日の事を話すのだった。
「……実はナンパに憧れていまして。一夏の思い出に是非とも経験してみたかったんです」
摩耶が腕を組んでいる。
「それはナンパを? それとも、それより先を目指していたのかしら?」
明人は嘘を吐いても駄目だと諦めたのか、正直に話してしまうのだった。
「……チャンスがあればその先も狙うつもりでした」
八雲は溜息を吐く。
腰に手を当てており、足は肩幅に開いていかにも怒っているというポーズだった。
「私たちがいるのに普通ナンパをする?」
明人は頭を下げた。
床に正座しており、土下座の体勢になっている。
「申し訳ありませんでした! でも、昨日は一人で寂しかったんです。それに、二人をそんな目で見たらいけないかな、って」
その明人の答えに八雲がピクリと反応を示した。
「そんな目?」
明人は自分の気持ちを述べた。
「二人はリアルの知り合いで、ゲームでは友達だから。その関係を崩すのが嫌で……だって、二人も迷惑になると思って」
小さい声で言い訳をしている明人は情けない限りだが、八雲も摩耶も一瞬目が光った。まるで猛禽類が獲物を見つけ、襲いかかるその瞬間のような目だ。
明人も一瞬、ゾクリと背筋に冷たいものが走る感覚を味わった。
だが、気のせいだと思う事にする。
「海とかあんまり来る機会もないから、このチャンスを活かそうとしました。申し訳ありませんでした!」
謝る明人を、溜息を吐きつつ二人は両脇から支えるように立たせるとソファーに座らせるのだった。
八雲も摩耶も笑顔だった。
「馬鹿ね。別に嫌ったりしないわよ」
「そうよ。嫌いな相手とホテルで一緒の部屋なんかにいないわ」
明人は感動する。
「ふ、二人とも……最低の僕を許してくれるの?」
八雲は年上の。一年先輩なので姉のような態度で接する。
「まぁ、馬鹿をやってみたいのが男子でしょ。でも、次はしないでよね」
摩耶もクスクス笑っていた。
「それに、失敗して落ち込んでいたなんて聞いたら責められないわよ」
恥ずかしそうにする明人は、二人の優しさが本当に嬉しかった。
(僕はなんていい人たちと知り合ったんだろう)
気が付けばもう外は暗くなっていた。
八雲が肩をすくめる。
「せっかく遊びに来たんだし、楽しくやりましょうよ。ほら、食事に行くから準備をする」
明人に着替えるように言う八雲は、本当に優しいお姉さんという感じだった。
摩耶は少し悪戯っ子のように笑っている。
「失敗した話を聞かせてね」
苦笑いをする明人は、寝室へと向かう。
「勘弁してよ。本当にきつかったんだから」
そう言って部屋に入ってドアを閉めると――。
――八雲と摩耶がガッツポーズを決める。
「ナンパをしたって事は彼女が欲しいって意味よね!」
「それに私たちに気を使っているって事は、少なくとも意識はしているって意味よ!」
一緒に遊びに来たのに、ナンパをした明人を許せない気持ちもあった。
だが、結果は失敗に終わっている。
考えようによっては、傷ついている今の状態なら優しくすれば簡単に堕ちる。
二人はこのチャンスをどう利用するか考えていた。
相手をいかに出し抜き、このチャンスを物にするか……二人が静かになると、互いに笑みを浮かべ相手を見ていた。
ただし、目は笑っていない。
八雲が言う。
「昨日の約束は覚えているわよね?」
摩耶が髪をかき上げた。
「約束? 薬を盛った貴方がそれを言うのかしら?」
二日目も明人の知らない場所で、激しい女の争いが始まろうとしていた。




