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集う仲間たち

「海だぁぁぁ!」


 夏休みに入ってしばらく過ぎた。


 楽しみにしていた海を前にして、明人は大きな声を上げて両手を空につきだしていた。


 青い空、白い砂浜。


 ようやく清掃作業が終わった砂浜は綺麗で、そして海の向こうには幾つもの装置が浮いていた。


 綺麗な海を取り戻すために置かれた装置は今も稼働しており、安全に海水浴が出来る海を限定的に取り戻していたのだ。


 八雲と一緒に電車でやってきた明人は、いくつか荒廃したビルが森にのみ込まれている光景を見てきた。


 その先に待っていたリゾート地は、まさしく現実世界で有りながら日常とは切り離された世界に見えていた。


 八雲は少し呆れていた。


「朝早くから電車を乗り継いできたのに元気よね。まぁ、叫びたい気持ちも分かるけど」


 駅を出て海が見える場所に来た観光客は、明人と同じように感動した視線を海に向けていた。


 この綺麗な景色を取り戻すまでに、大量の装置を用意して数十年も時間がかかったのだ。


 夏休みに合わせてリゾート地がオープンしたことで、中には取材に来ている人たちの姿もあった。


 テレビ局か、それともネットニュース関係か。


 個人で撮影している人たちの姿もあった。


 八雲は周囲を見る。


「……オープンして間もないのに、人が少なくない? もっと大勢の人が来ていると思ったのに」


 明人も周囲を見る。


 確かに想像していたよりも少なかった。


 少なくはないが、なんというか想像していたよりも人が少ない。


 そんな明人が視線を巡らせていると、知っている女子を発見した。


「あの子」


「何? もしかしてもうナンパするつもり?」


 八雲がからかってくるので、明人は曖昧に笑って誤魔化しつつ事情を話した。


(ナンパもしてみたけど、今はあの子だよね)


「違いますよ。同じ学校に通っている後輩の子です」


「知り合いなの?」


 明人は視線を――伊刈奏帆に戻した。


「運動部の特待生ですよ。結構優秀みたいで、あっちは有名人ですからね。僕でも顔と名前を知っているんです」


 奏帆は入学以降、順調の部活動で良い成績を出している。


 練習試合でも活躍し、大会でも予定より良い成績を出した事で教師たちが盛り上がっていたのを覚えていた。


「可愛い子じゃない。なんかイナホちゃんを思い出すわ」


 八雲も運動部に所属しており、過去に諦めた経験があった。


 そのため、奏帆のような船首を見ると少し羨ましいと思うのか寂しそうな顔をする。


「えっと、そろそろ迎えが来ると――って!?」


 話を変えようとした明人だったが、迎えが来たと思えば高級車が前に止まった。


 高級車からはワンピース姿の委員長――摩耶が出てくる。


 学校とは違い、肩が露出しておりいつもと雰囲気が違った。


「ごめんね。少し遅れちゃった」


 明人は首を横に振った。


「レンタカーが借りられなくて迷惑をかけたのはこっちだから。それにしても凄い車だね」


 普段見ないような長い車はリムジンだった。


 摩耶にしてみれば見慣れており首を傾げている。


「そうかな? それより、車を借りたいならここで借りると良いわよ。余所から沢山車が来ているけど、地元だと借りる人が少ないから余っているらしいわ」


 レンタカーの手配をした際に、どうしても借りることが出来なかった。


 やはり夏休みで利用者が多かったのだ。


 八雲は腰に手を当てて荷物を持つ。


「車を借りて見て回るような場所があるの?」


 摩耶は笑顔で八雲と話をする。


「普段来られない場所を見て回るだけでも楽しいわよ。なんなら、明人は私とドライブをする?」


 明人は急に顔が熱くなった。


 きっと刺すように熱い太陽のせいだと思って汗を拭う。


「え、えっと、良いかもね。なら一日借りてみんなでドライブをしようか」


 この時代、免許を得られるのは高校生からだ。


 自動運転システムが基本的に搭載されている車しかなく、乗るだけで快適に移動が出来るのである。


 免許を取る必要があるのは、いざという時のため。


 そう言われていたが、極端に事故は少なかった。


 荷物を積み込もうとすると、スーツ姿の男性が車から降りてきて荷物を預かってくれた。


 明人と八雲が困惑しつつも車に乗り込む。


 向かうのは宿泊する高級ホテルだった。






 高級ホテル。


 その一室では、ライター……柊純が、ホテルの支配人と話をしていた。


「社長、今回の規格は大当たりでした。まさかここまで他と差が出るとは思いませんでしたよ」


 スーツ姿で整えた髭を持つ男性は、背筋が伸びて紳士という感じだ。


 そんな男性――支配人を前にして、純は椅子に座って報告をタブレット端末で確認していた。


 そこには、宿泊するとパンドラの箱庭のレアアイテムが貰えるイベントが掲載されている。


 自分が欲しかったために、会社を利用して宿泊するとレアアイテムが貰える企画を思いついたのだ。


 大型アップデート後に獲得出来るアイテムだ。


 レアアイテム欲しさに宿泊する客が後を絶たない。


「VR施設を用意出来たのがいいな。寝ている間は体調管理。その後はエステやプールで遊べるのを全面的に打ち出したのが良かった」


 支配人は安堵していた。


「オープンして間もないのに、他の宿泊施設では空きも目立っているとか。社長の指示に従って本当に良かった」


 純は少しだけ心が痛んだ。


 本当は、自分がレアアイテムを欲しかっただけだ。


「そ、そうだな。最近特に人気だからね」


 支配人も頷く。


「そうですね。最近は現実の娯楽を一切排除してゲームに打ち込むプレイヤーも増えていると聞きます。業界全体で問題視する声も出ているのですが……」


 声が出たとしても、どういう訳か握りつぶされていた。


 そんな中、パンドラとコラボすることで純は儲けていたのだ。


 純は報告書を読むふりをして、レアアイテムの情報を見ている。


(……一泊でレアアイテム三つは少ないな。もう少し欲しかったんだが。でも、そうすると宿泊費を上げないといけないし)


 真剣に考えている純を見て、支配人も経営に頭を悩ませていると思ったのか頭を下げて部屋を出ていった。


(今後もパンドラとのコラボ企画でレアアイテムを稼ぐとして、あまり偏重するのも問題があるな)


 経営者として。


 いや、それ以上にプレイヤーとして色々と悩む純は、実に楽しそうにしていた。


「さて、これで摩耶ちゃんの問題も片付くと実に嬉しいんだが」






 初日。


 明人はホテルに荷物を置くと海に来ていた。


「熱っ! 砂浜が想像以上に熱い!」


 海に入る前に、想像以上に砂浜が熱かった事で出鼻をくじかれていた。


 よく考えれば炎天下の下にずっと晒された砂である。


 熱くない訳がない。


 そのまま海に入ってみると、今度は想像以上に生臭い。


 潮の香りという奴にまだ慣れていないでいると、少し離れた場所では大学生くらいの女性たちが楽しそうに遊んでいた。


 すると、男性たちがナンパに来てそのまま女子大生たちを連れて行ってしまう。


 そんな光景を見た明人は思う。


(よし、僕も頑張ろう)


 女子二人と遊びに来ているわけだが、流石に四六時中一緒ではないはずだ。


 一人になった時はナンパをしたい。


 そう思って楽しみにしていた。


 その後の展開よりも、ナンパという行為に興味がある感じだった。


「それにしてもあの二人は遅いな」


 時間がかかりそうだったので一人外に出た明人だったが、後から来ない二人を思う。


「もしかして……ナンパされているのかな?」


 少し嫌な気分だが、そもそも付き合っているわけではない。


 ただ、気になったのでホテルに戻ってみる事にした。






「ふざけんな!」


「ふざけているのはそっちじゃない!」


 ホテルの一室。


 八雲と摩耶が水着姿で喧嘩をしている。


 上着を羽織っているが、その下は水着だった。


 本来なら海に行こうと思っていたのだが、摩耶から提案された話を聞いて八雲が怒ったのだ。


「なんで初日をあんたに譲らないといけないのよ!」


「ホテルを用意したのが私だからよ!」


「こっちは今からでも他のホテルに行っても良いのよ!」


 摩耶の提案とは。


『二泊しかないから、取りあえず一人一晩交代で誘いましょう。後腐れなしよ。ただし、私が先行ね』


 夏に勝負に出た二人。


 しかし、どちらが先行かで揉めていたのだ。


「普通に誘えば良いじゃない! なんで私が二日目なのよ!」


「……はぁ、分かっていないわね。前回のクリスマスを忘れたの?」


 前回のクリスマス。


 互いが互いに睡眠薬を盛ってしまった。


 だが、どういう訳か三人揃って睡眠薬を飲んでしまい、そのまま寝てしまったのである。


 足の引っ張り合いで失敗したのだ。


「ぜ、前回はあんたが薬を盛ったから」


「あんたもでしょうが。お互いに見ているところで我慢は出来ないし、足の引っ張り合いを明人の前ですると幻滅されかねないわ」


 流石の二人も現実世界で、ゲームのような行動は取れない


 ゲームなら冗談で済む行動も、リアルでは許されないだろう。


 明人は基本的に優しいが、そんな明人に幻滅されたら二人は生きていけなかった。文字通り、生きていけない。


 八雲の視線が泳ぎ出す。


「こ、後攻は不利じゃない!」


「馬鹿ね。考え方次第よ。私が失敗する可能性だってあるわ。その時は、何もしないで二人を見守ってあげる」


 そんな摩耶の内心だが。


(迷っているわね。けど、男なんて女が誘えばいちころよ。そうネットに書いてあったわ。それに、明人は真面目だから、手を出した直後に他の女に走るなんて考えられない。告白して失敗したとしても、その後に少し引きずるタイプと見た! この勝負、先攻が圧倒的に有利よ!)






 八雲は考え込むポーズをしていた。


(こいつ、先に手を出して逃げ切るつもりね。でも、そんな事はさせないわ)


 悩んでいるふりをしながら、冷静に今後の事を思案していた。


(ここで絶対に手を出さないって確約させておかないとね。そうしたら、今日はぐっすり眠って貰うわ)


 バッグに用意した睡眠導入剤。


 効き目は前回で確認済みだった。


 明人も摩耶も寝かせて初日を終わらせ、その後二日目で誘えば良いのである。


 躊躇っている八雲に対して、摩耶は譲歩を続ける。


 勝つと確信しているので、何が何でも初日に二人の時間を作りたいらしい。


(……勝ちを確信して焦ったわね。そういうところ、ゲームでも同じよね)


 八雲は摩耶という人物をよく知っている。


 それは摩耶も同じだが、明人という餌に夢中で八雲のことを考えていないようだ。


(最後に笑うのは私よ。残念ね、アルフィー)


 ホテル内では、既に駆け引きが始まっていたのだった。






 砂浜。


 ホテルに戻ろうとした明人だったが、足を洗おうとシャワーの設置された場所に向かっていた。


 すると、中学生くらいの一団を見つける。


「あれ?」


 ただ、様子がおかしい。


 知っている顔が三人。


 しかし、三人とも女性物の水着を着用していた。


 一人はナナコ――七海である。


 もう一人は、以前アルバイトを一緒にした雪音。


 そんな二人と一緒にいるのは、パレオの水着を着ている。


 黒髪で涙ぐんでおり、その姿を見て明人は声をかけた。


「さ、三人ともどうしたの!」


 知り合いがいて、また女装させられ泣いているのかと思い声をかけた。


 以前、女装させられた冴木星という少年が、顔を上げて明人の方を見た。


 七海や雪音も振り返ると驚く。


「――な、鳴瀬さん」


「先輩、どうしてここにいるんですか?」


 驚く二人に、実は知り合いに誘われたと手短に説明した。


 そして、星の方を見る。


「もしかしてまた女装させられたの? どうして言わなかったんだ」


 また友人たちに女装させられたと思った明人は、星の両片手に手を置く。想像以上に華奢で、女の子らしくて一瞬困った。


(あれ? この子、冴木君だよね?)


 予想以上に似合っている水着姿。


 パレオで下半身を隠しているので、女の子にしか見えなかった。


 明人が不安に思って七海や雪音を見ると、二人とも困った顔をしていた。


 七海が事情を話す。


「実は、私たち偶然ここで会ったんです。でも、その時には星君が」


 雪音も困った顔をしている。


「きっとまた男子たちに着せられたと思ったんです。でも、星君逃げ出しちゃって……それで、逃げられた後にまた見つけたら」


 泣いている星は言う。


「怖かった。怖かったよ。兄ちゃん、ナンパされて怖かった」


 明人は唖然とするしかなかった。


「……ナンパ?」


 七海が頷く。


「星君、ナンパされていたんです。高校生くらいの人たちだったんですけど、三人くらいで背も高くて」


 雪音が肩を落としていた。


 心なしか、似合いすぎている星の水着姿に落ち込んでいるようにも見える。


「……友達だと言って連れだしたのは良かったんです。でも、事情を聞いたら星君……女性用の水着を自分で用意していて」


 明人はなんと言っていいのか分からなくなった。


(これは流石に予想外だ)


 てっきり、また男子たちに女装を強要されたのかと思ったら、本人は意外と乗り気だったとか……。


「ひ、人の趣味にあれこれいう物じゃないし、別に迷惑がかからなければ良いんだけど」


 答えに困っている明人を見て、雪音が目を細めた。


「先輩、取りあえず曖昧に誤魔化しましたね」


 鋭い後輩を前に咳払いをしつつ、明人は三人を誘って何か飲み物でも買うことに決めた。


「いや~、それにしても偶然って怖いね。夏休みに、しかもここで出会うなんて凄い確率だよ」


 明人はなんとか話題を逸らそうとすると、七海が乗ってきた。


「ですよね! 私も他にも知り合いが来ているって知って、偶然ってあるんだなって思いました」


「凄いよね!」


 取りあえず、星に対してどんな態度を取れば良いのか考えつつ七海との話で盛り上がる明人だった。


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