マナー教室
仮想世界。
随分と広い教室に集められたのは、ポン助たちギルドのメンバーだった。
黒板の前に立つのは、忙しい運営会社の社長である情報屋。
情報屋が溜息を吐きつつ黒板を拳でコツコツと叩くと、そこには大きな文字で問題が表示される。
文字ではなくチョークで描かれたイラストだ。
「では、フィールド上でモンスターと戦っているプレイヤーがいました。プレイヤーは苦戦しており、このままでは負けてしまいます。貴方ならどうしますか?」
ポン助と愉快な仲間たち。
そのギルドメンバーたちが周囲の仲間と相談した。
「いや、この場合はアレだよな?」
「アレしかないよな」
「アレだな」
全員の意見がアレで統一されると、代表してライターが手を上げて答えた。
「回復アイテムを売りつけます。どれだけ劣勢であるかによって変わりますが、二割から三割増しでアイテムが売れます。もしくは、レアドロップと交換でも可!」
生産職のプレイヤーたちが頷いていた。
情報屋のアバターは、フードをかぶっており口元しか見えない。
しかし、その口元が引きつっている。
「……駄目です」
「何故だ! ちゃんと横入りせず、相手にアイテムが必要か確認するんだぞ! 危機的状況に多少の割増しでアイテムが手には入るなら最高じゃないか!」
抗議するライターに対して、呆れるように首を横に振っているのはアルフィーだった。
「おじさ――ライター、ここはマナー教室ですよ。嘘でも正しい答えを言うべきです」
ライターが手を叩く。
「そうだったね。なら、一割増しで我慢します」
これなら大丈夫だろ、と言いたげな顔でライターは情報屋を見ていた。
情報屋は、邪魔にならないように後ろの席に座っているポン助に視線を向ける。
ただ、ポン助は先程から両手で顔を隠して恥ずかしそうにしていた。
「……ごめんなさい。うちのメンバー、これでも恩情のある対応なんです」
確かに危機的状況を助けて貰えるなら、アイテムが一割増しで手には入るのはありがたい話だ。
しかし、ここはゲーム内のマナーを勉強する場所だった。
「不正解です」
ポン助と愉快な仲間たち。
その多くのプレイヤーたちが、生産職のプレイヤーたちに文句を言っていた。
「この守銭奴共が!」
「可愛い子なら助ける。もしくはリアルで女性なら助けるに決まっているだろうが!」
「ちょっと、私は可愛い男の子じゃないと嫌よ」
実に自由な連中が集まったギルドだが、こうしたマナー関連には本当に弱かった。
それが普段の問題行動に繋がっている。
ポン助は机に顔を突っ伏し、両手で頭を抱えていた。
(くそっ! オンラインゲームなんてほとんどやらない新人さんが集まったのが裏目に出た)
良い意味でも悪い意味でも素人が集まり、ギルド内でゲームを楽しむ集団になっていた。
これはつまり、ゲーム内のマナーに関してほとんどが素人を意味している。
ポン助もオンラインゲームを良くプレイしていた訳ではない。
本格的に遊び始めたのはパンドラが始めてだ。
マリエラがつまらなそうに椅子に座って足を組んでいた。
体はポン助の方に向けている。
「なんでゲーム内でも教室に閉じ込められないといけないのよ」
ポン助は顔を上げて真顔で答えた。
「マナー教室です」
――そう、ポン助たちは今、仮想世界の中でオンラインゲームのマナーについて勉強していた。
この場合、パンドラ内でのルールを勉強しているのだが、それでも基礎中の基礎だ。
なのに、解放されることなく何時間も講習を受けて質問を繰り返されている。
情報屋が咳払いをして次の問題を表示した。
「では次の問題です。ゲーム内で悪質な行為をしているプレイヤーを発見しました。貴方ならどうしますか?」
次々に手を上げる仲間たち。
自信を見せるのはアルフィーだ。
「ぶん殴って止めさせます!」
以前、ポン助がチートプレイヤーたちを殴り飛ばしたのを思い出したのか、目を輝かせて答えていた。
ライターはそんなアルフィーにヤレヤレと肩をすくめている。
「アルフィー、そういう時は脅し――交渉しないと」
紫髪のフランは、女戦士という恰好をしている。
立ち居振る舞いからお嬢様であると周りは認識しているが、そんな彼女もメンバーに毒され今では――。
「違法行為か。録画をするんじゃないのか?」
フランの友人であるノインは、前にプレイヤーたちに囲まれ違法行為で暴力を受けていた。
その時の対処が映像の確保だったので、そう思ったのだろう。
ノインが頷く。
「だよね。証拠を押さえないと逃げちゃうかも知れないし! その後にボコボコにすればいいんだよ」
「だよな」
フラントノインの意見がまとまったが、どちらも毒されていた。
頭は悪いが行動派のアンリがその意見にイライラしていた。
「面倒な事をしないでも、取りあえずボコボコにすれば終わりよ」
真面目に椅子に座って授業を受けていたオークたちは、そんな女性陣の話を聞いて嬉しそうにしていた。
「アンリちゃん才能あるよね」
「あぁ、出来ればポン助ではなく俺を見て欲しい」
「踏んで欲しい、の間違いだろ。はぁ、鞭を持ってくれないかな。槍じゃ興奮できないよ」
槍を持った戦闘スタイルのアンリは、机の上に足を乗せていた。
情報屋が黒板を叩く。
「不正解! 証拠を確保するのは正しいですけどね! でも、まずは運営に報告でしょうが!」
全員が今気付いたという顔をする。
中には、この状況が面白いのかわざと間違って答えを言っているプレイヤーもいた。
ポン助の近くに座っているナナコは、授業を受けている雰囲気に嬉しそうにしていた。
「なんだか楽しいですね、ポン助さん」
ポン助は頷く。
「そうだね。笑えない状況じゃなければ楽しかったかも知れないね」
ここまでマナーについて関心のない連中の集まりとは思わなかったポン助は、このマナー教室を受けておいた本当に良かったと思うのだった。
情報屋が大声を出して黒板を叩き次の問題を出した。
「次! 街を歩いているときに――」
情報屋のマナー教室。
受けるきっかけになったのは、運営に届いたポン助たちのギルドに対する苦情が原因だった。
都市攻略戦を成功させ、レアアイテムの山を手に入れたポン助たちへの嫉妬が主な原因……と、切り捨てられない部分がある。
それが、ポン助たちのギルドのマナーの悪さだった。
あまりゲームをしないプレイヤーも多く、パンドラが初めてのオンラインゲームというプレイヤーも少なくない。
そのため、マナーに関して知らずに過ごしてきたプレイヤーもいる。
仲間内でパーティーメンバーを決めて遊べば事足りてしまう環境も悪かった。
そんなマナー教室が終わったポン助は、希望の都にある広場でベンチに座っていた。
大きな噴水を背にしている。
元気がない様子に、集まったのは女性プレイヤーたちだ。
アバターが女性というだけで、中身は分からない。
しかし、見目麗しい女性陣に心配されているのは、巨漢のオーク。
ゲーム内でなければなんとも不思議な光景だろう。
叫んだのはアンリだった。
「アバターを破棄するって! ポン助、あんた正気なの!?」
パンドラ内では、アバターを何度も作り直すプレイヤーが多い。
そのため、作り直す程度なら誰でも行っている。
最近では、獲得したポイントがなくならない方法も出て来たので、思い入れがなければ作り直すプレイヤーは多かった。
ただし、破棄して新しくする、となると話が違ってくる。
これまで集めてきた全てを失う事になる。
装備、レアアイテムの数々やポイント。
メリットなど何もない。
唖然としているマリエラとアルフィー。
ポン助は、頭をかいて照れくさそうにしていた。
「いや、別にアバターを破棄するのが問題じゃないんだよ。次にどんなアバターを使おうかな、って考えていてさ」
オークも悪くはないが、どうせ新しくするなら違う種族も使ってみたい。
そのために相談しようとしたのだが……。
中学生組であるグルグルが首を横に振っている。
「兄ちゃんはオークが似合うと思うよ」
ポン助は笑っていた。
「オークが似合うってどういう意味? まぁ、ネタ的にはオークも良いんだけど、性能重視ならミノタウロスとか? 友達がヒューマンを使っているから、そっちも良いとは思うんだけどね」
普段はあまり動じないフランが、視線が泳いでいた。
何か真剣に考えている様子だ。
「い、いや、作り直すにしてもオークが良いと思う。うん、それがいい」
ノインも同意する。
「なんかオーク以外のポン助君はイメージできないね。作り直してもオークが良いよ」
肩をすくめているのはリリィだ。
彼女は海外からアクセスしている外国人である。
「筋骨隆々でいいと思うけど? 日本人は細くて中性的な男が人気って聞いたけど、私はそっちの方が良いわ」
イナホが何度も頷く。
「そうですよ! それに作り直さなくても良いじゃないですか。情報屋の人も問題ないって言っていましたよ」
ポン助は、あまりの不評に驚く。
「え、でも……」
マリエラとアルフィーがポン助に顔を近づけた。
後ろに下がるポン助にグイグイ近付く。
「ポン助はこのままが一番よ! ちょっと暴走したくらいで情けないわね!」
「そうですよ。問題も解決するなら変更する必要はありません! 馬鹿なことを言っていないで夏休みの予定を考えましょう!」
反対する女性陣にオロオロするポン助。
「……でも、ギルドマスターがオークとか僕一人なんだよね。目立つって言うか、なんか周りが美形だから僕も少しは普通の恰好をしたいんだ」
暴走云々で説得できないので、自分が作り替えたいと思っていると伝えた。
しかし、ナナコが悲しそうにする。
「ポン助さん、恰好良いですよ」
ポン助が驚く。
「え、嘘?」
確かに見た目は厳つく、ゲーム内でもプレイヤーがほとんど使っていないので目立つ。ポン助も気に入っていたが、見た目が良いとは思っていなかった。
慌てつつも、イナホがナナコに賛成する。
「そうですよ! ポン助さんは今が一番輝いています! オークのギルドマスターなんて他にいないんですから、もっと自信を持っていきましょうよ!」
ここまで強く反対されると思っていなかったポン助は、逆に困ってしまった。
(ど、どうしよう)
すると、見ていたシエラが言うのだ。
「ポン助さん、その暴走を使いたくないならオークの狂化スキルを封印すれば良いんじゃないですか? 使わなければソレで問題解決ですよ」
言われてポン助が納得する。
(そうか。そもそも狂化しなければ問題ないのか。でも、なんか爆弾を抱えたままの状態だから嫌なんだよね)
しかし、ここまで反対されては、かえって変更したら問題が起きそうだ。
ポン助はしばらくオークアバターを使う事にした。
「そ、それならこのままで」
それを聞いて安心する女性陣。
ポン助は思った。
(こういうの、普通は美形アバターの方が喜ばれると思ったけど……まぁ、現実じゃないからかえって美形は引かれるのかな?)
女性陣? の反応に困りつつ、ポン助は違う話をする。
「そう言えば、数日後には大型アップデート前のメンテが――」
しばらくパンドラにはログインできなくなる。
そのため、その前にやるべき事を話し合うのだった。
グルグルがポツリと呟く。
「丁度夏休みが長期メンテだよね。なんかみんなで騒げないと思うと寂しいな」
ポン助は頷く。
「少し寂しいけど、ソレが終わればまた会えるよ」
グルグルと楽しそうに話すポン助。
後ろでは、女性陣の数人が鋭い獲物を狩る目をしていた。