燃える色欲の世界
色欲の都。
その中央の城から巨大な上半身を見せている悪魔。
それが都市攻略戦の最終ボスであった。
そこから動けないにもかかわらず、近付いた攻略組のプレイヤーたちを次々に倒していった。
離れた場所にいる魔法使いたちは、ボスの指示で向かったモンスターたちに囲まれ、まともに攻撃ができない。
攻略組は予想と違ったボスを前に、倒す事を諦めすぐにデータ取りを行い戻ってしまった。
だが、攻略戦は終わっていない。
(止まれよぉぉ!)
暴走したポン助のアバターは、その禍々しい姿で巨大化すると空を飛んでボスに襲いかかったのである。
まるでどちらがボスなのか分からない姿。
どちらも悪魔をモデルにした姿になっていた。
ボスがその大きな黒い腕をポン助に伸ばす。
すると、アバターは大きく口を広げ炎を吹いた。
ボスの黒い腕が炎に包まれ焼かれていく。
痛みに苦しむ仕草をするボスを見て、ポン助は混乱を隠せない。
(なんで攻略組が倒せないボスを僕一人で……これ、絶対にバグだろ!)
オンラインゲームで一人のプレイヤーが活躍するというのは難しい。
そもそも戦闘からして複数のプレイヤーで戦う事を前提に作られているのだ。
たった一人でボスが倒せるのなら、そもそもオンラインゲームである必要性がない。
仮にできたとしても、その後次々に同じジョブとスキルを持つプレイヤーが増えるだけだ。
一人が活躍するというのは非常に難しい。
しかも、都市攻略戦という大きな舞台。
ポン助が一人で戦えているのはおかしいのだ。
(周りに連絡もできない。このままだと本当に悪質プレイヤーじゃないか!)
チートを使った悪質プレイヤー。
そう思われても仕方がないのだ。
幸いにして、周りにいるのは知り合いがほとんど。
ポン助としては、早くこの場から逃げ出してアバターを破棄したかった。
思い入れもあるが、このアバターは危険だと強く認識したのだ。
暴れ回るポン助のアバターは、手に持った禍々しい大剣をボスに振り下ろす。
頭部に直撃した一撃はクリティカルヒットと表示され、とんでもないダメージを叩き出していた。
片手に大剣を持ち、ボスを押さえつけ何度も攻撃を叩き込む。
まるでボス同士が戦っているような光景だ。
(こんなのもうゲームじゃない。いい加減に――しろぉぉぉ!)
ポン助が何とかコントロールを取り戻して離れようとすると、今度はボスがそんなポン助に腕を伸ばして捕まえた。
地面に叩き付け、何度も、何度も拳を振り下ろす。
まるで怒り狂っているようだった。
(そうだ。このまま倒されてくれれば)
倒されてしまえばスキルの効果も消える。
デスペナなど、この際は無視して早々に戦闘を終えたかったポン助はこのまま倒されるという淡い期待を抱いた。
しかし、そんなに甘くはない。
振り下ろされた拳をアバターが掴むと、そのままかぶりついて腕を引き千切った。
ボスが痛みに絶叫していると、アバターが口を広げた。
まるで笑っているようである。
(こうなったら強制ログアウトで……って、これもできないのかよ!)
このままは、ポン助一人でボスを倒してしまう。
暴走したアバターは、自身の周囲に大きな火球を幾つも作り出した。
それを次々にボスに向かって放つと大きな爆発を起こす。
(これじゃあ、どっちがボスなのか分からないじゃないか!)
吹き飛ばされたボスは、ボロボロになりながらもまだ存在していた。
ヒットポイントはまだ残っているが、もう終わりに近い。
(どうしてこんな……こんなの、全く楽しくないじゃないか!)
ポン助の叫びに応えるように、出現したのは“優しき心”というアイテムだった。
これまで揃えてきた五つの石が強い光を放つ。
すると、アバターは急に止まってそのまま煙を噴いた。
体が縮み、そしてその場所には褌姿のオークが一体。
ポン助である。
「よ、ようやく元に戻れた」
しかし、まだ生きているボスは、震えながらもポン助に狙いを定める。
瀕死の状態からポン助に止めを刺そうとしていた。
「……もう、好きにしてくれ」
ほとんどやる気を失っていたポン助は、敵の攻撃を待つばかり。
そもそも狂化後のデメリットでまともに動けない。
しかもレベルも一になってしまっていた。
これでは抵抗など無意味だった。
そんな諦めた状態のポン助を抱きかかえてその場から走り去るのはマリエラだった。
「ポン助、無事!」
「マリエラ? なんでここに」
マリエラがポン助を抱え建物の屋根に飛び移ると、二人が通り過ぎた場所に魔法が次々に押し寄せ爆発を起こしていた。
屋根の上に登っているのはマリエラだけではなく、ライフルを構えたアルフィーがボスに向かって引き金を引いている。
「ヒットポイントは少ないですが、やはりこの程度では死にませんね」
残り少しのヒットポイントだが、プレイヤー一人の攻撃ではどうにもならなかった。
「二人とも、とにかくこの場から離れよう。こんな攻略戦は間違っているんだ。もっと正々堂々と――」
ポン助がそんな事を言っている間に、既に配置についていた仲間たちがボスに向かって攻撃を開始していた。
魔法がボスに次々に襲いかかり、都市内部に配置された大砲からは次々に砲弾が撃ち込まれる。
「――おぃぃぃ! 何をやっているんだぁぁぁ!」
このまま逃げ出したかったポン助の思惑など無視をして、ギルドメンバーたちはこれを機会に攻撃を仕掛けていた。
「このまま押し切れぇぇぇ!」
自分たちだけで都市攻略戦を終わらせられる。
そう思ったライターが絶叫に近い声で指示を出していた。
それだけではない。
「みんな、全力だ。防御を無視して最大火力を叩き込むんだ!」
ブレイズもノリノリだった。
ポン助が止めて欲しいと叫んでも、周りは既に動いていて止まらない。
ポン助が膝から崩れ落ちたところで、普段はソロプレイヤーのそろりが近付いてくる。
とても嬉しそうな声をしていた。
「やったね、ポン助君。これで都市攻略を成し遂げたギルドになれるよ」
マリエラが課金アイテムを消費して黄金の矢を用意すると、アルフィーも課金アイテムの弾丸をライフに込めていた。
二人ともボスを倒すのに夢中――というよりも。
「ポン助をボロボロにした奴は殺す」
「蜂の巣にしてやりますよ!」
仲間がボコボコにされた復讐心が強いようだ。
攻略戦のために揃えた大量のアイテムを消費し、ポン助たちのギルドはボスに攻撃を仕掛けていた。
「みんなちょっと待って! このまま倒してもまずい事になるから! ここは逃げよう。その方が良いって!」
叫ぶポン助を無視して周りは止まらない。
そろりが首を傾げている。
「え、なんで? 倒せるなら倒した方が良いよ」
「いや、こんな卑怯な方法で倒しても意味がないって言うか」
ポン助のプレイヤーとしての良心が、これでは駄目だと告げていた。
そろりは笑っていた。
「別に違法な事はしていないんだから気にしなくて良いのに。ならこう考えたら良いよ。なんの対策もしていない運営が悪い、ってね」
(確かにそうだけど……あ、あれ?)
そこでポン助は違和感を覚えた。
自分はそろりに、アバターの暴走について詳しく話した覚えがない。
ポン助のあの姿を知っているのは、マリエラやアルフィーくらいだ。
他に話を聞いたプレイヤーはいるだろうが、一見して違法性がないと見抜けるのだろうか、と。
(……まぁ、付き合いもあるから信用して貰えているのかな?)
ポン助の人柄から、違法なことをしないと判断した。
今はそう思っておく事にした。
少しすると、ボスが黒い煙を噴いて消えていく。
ギルドメンバーたちは歓声を上げた。
都市攻略戦……功績第一位のギルドは“ポン助と愉快な仲間たち”。
続いてルークの銀翼が表示され、その後に攻略組のギルドが名を連ねた。
ポン助は唖然とする。
「……これ、絶対に後で問題になる奴だ」
グダグダの状態で終わってしまった初参加の都市攻略戦。
その後、すぐにポン助の元に大量のメッセージが届くのだった。
◇
廃ビルの一室。
少し手を加えた部屋で目を覚ましたのはパンドラの運営元幹部だった。
ヘッドセットを外し、そして部屋に入ってきた一人の男を見る。
「ノックぐらいしてくれ」
スーツを着崩した男は、サングラスを外すと小さく笑っていた。
「随分と目覚めが遅いじゃないか。ログアウトした時間は一緒だぞ」
元幹部は、まるで殺し屋のような雰囲気を持つ相手を睨む。
「こっちはログインするのにダミーの情報を噛ませているんだ。ログアウトも楽じゃない」
相手は探偵。
しかも凄腕というか、一部で伝説と言われているような男だった。
これまでにどんな依頼もこなしてきた男だ。
そんな男を前に元幹部は感想を述べる。
「……君たちはいつもアレなのか? 勝ち組が揃いも揃ってあんな事をするとは信じられないね」
探偵の男は椅子に座ると天井を見上げた。
「勝ち組ではないさ。俺なんかしがない何でも屋だからな。他の奴らは違うが」
元幹部が苛立っている。
「年に数千万や億を稼ぐ奴は勝ち組だろうが。どうして何でも屋でそんなに稼げるんだよ。しかも一人で……話を戻すぞ」
こんな話を続けても意味がない。
そう思った元幹部が告げたのはパンドラというゲームについてだった。
探偵の男だけしかいないのに、重要な話をする訳にもいかない。
「パンドラはギリシャ神話のパンドラがモデルになっている」
探偵の男は頷く。
「災厄が放たれ、最後に希望が残ったというアレだな。まぁ、七つの大罪はギリシャ神話ではないけどな」
元幹部は首を横に振った。
「そもそもそれが間違いだ」
「違うのか?」
ベッド近くに置いてあった飲み物を手に取った元幹部は、無精髭を撫でた。
そろそろ剃りたいと思いながら話を続ける。
「誰も世界が七つなんて言っていない。それに、世界が七つならもう色欲の世界で終わっているはずだ。いや、その前に終わっているな」
「いや、終わらないだろ。最後に憤怒が残っているじゃないか」
解放されてきた世界は、どれも七つの大罪の名前を冠していた。
そうなると、もう一つの世界があるはずだ。
「違う。そもそもギリシャ神話のパンドラがモデルなんだ。出て来たのは災厄であって大罪じゃない」
「……言われると確かにそうだな。だったら、なんで七つの大罪が世界名になった?」
元運営の幹部は視線を泳がせた。
「……大人の事情だ」
「そうか。なら仕方がないな」
疫病やら飢餓やら、そうした名前よりも七つの大罪の方が良かった、という運営の判断である。
まさしく大人の事情だった。
「話を戻すぞ。そもそも運営が考えていた世界は九つなんだ」
「九つ? ……七つの大罪を持ってきたなら、残りは憤怒だけだが? まだ二つも世界を用意しているのか?」
「そうじゃない。そもそも、二つの世界は既にプレイヤーたちも出入りをしている」
更に二つの世界があると聞いて、探偵の男は途中で気が付いた。
「もう一つの世界はスタート地点。希望の都か」
元幹部の男が頷く。
「そうだ。希望の都も一つの世界だ。そしてもう一つの世界は――」
現実世界。
明人は目を覚ますと、スマホを手にとってニュースの一覧を見ていた。
そこにはゲーム関連でやはりパンドラのニュースが一番上に来ている。
項目を開くと、色欲の世界が解放されたと書かれていた。
そして、活躍したギルド名にポン助と愉快な仲間たちの名前がある。
「……普通なら喜ぶところだろうけど、素直に喜べない」
ネタギルドとして多少有名だったが、そんなギルドが都市攻略戦で大活躍したとなれば話題にもなる。
一部では既にチートを使った悪質プレイヤーの集団と叩かれていた。
何しろ攻略組が諦めて撤退した後に攻略したのだ。
疑いたくなるのが人である。
当然、明人もこれは予想していた。
「運営には連絡もしたし、大丈夫とは言われたけど……まぁ、いいか」
別にチートは使用していない。
ただ、卑怯と言われる事を明人は覚悟していた。
自分がもしも第三者なら、確実に卑怯だと言っただろう。
「最悪、ギルドは解散しないと。アバターは作り直すから丁度良かったかも」
暴走するアバターを使っていられない。
明人はオークを使うのを諦め、他のアバターを作成することに決めた。
「……次はどんなアバターにしようかな? みんなに相談してみるか」
オークばかり使っていたため、他の種族の情報をあまり持っていなかった。
ならば、使っているプレイヤーに直接聞けばいいと思い、明人はゲーム内で相談することを考える。
「いや、待てよ。別にリアルで相談しても良いな。陸とか……委員長に先輩もいるし」
リアルでも付き合いのある人物たちを思い浮かべつつ、明人はベッドから起き上がった。
モニターの電源を入れ、そのまま洗面所へと向かったために一つのニュースを見逃してしまう。
『本日、パンドラの箱庭の色欲の世界が解放されました!』
『いや~、今回は随分と早かったですね。私は夏休みまでかかると思っていたんですよ』
『その辺りの話題は後で時間を取って――』
普通のニュース番組で、パンドラの話題が最初に取り上げられていたのを、明人は見逃すのだった。




