オルクス
都市内部へと進むプレイヤーたち。
門を通り抜けていく光景を見守っているのはイナホだった。
近くにはリリィやアンリの姿もある。
アンリは不満そうな態度を隠さない。
「なんで私たちが門を破壊したのに中には入れないのよ。これっておかしくない?」
一番頑張ったのは確かにポン助たちだ。
しかし、イナホは苦笑いをして左手で顔を押さえていた。
「迷惑をかけてなければ文句も言えましたけどね。それに、中は混戦状態ですし」
簡単に言えば、味方を攻撃するばかりか仲間を危険な場所に放り込むポン助たちのギルドは信用されていなかったのだ。
オークの狂化があればこそ、今回の攻略は想像以上に上手くいっている。しかし、都市内部で同士討ちをされては困ると言うのが他大多数の意見だった。
リリィは肩をすくめている。
「別に良いじゃない。仕事はしたから報酬も期待できるのよね? なら、これ以上の頑張りに意味なんかないわよ」
精々、頑張ればレベルがいくつか上がる程度。
持ってきたアイテムを大量に消費してその程度の見返りなら、参加しない方がマシというのがリリィだった。
都市内部にいるモンスターたちは強い。
経験値は大量に手には入るだろうが、レベル上げに興味もないリリィにはどうでもいい話だった。
「リリィさんはもっとやる気を出しましょうよ」
「これでも出している方よ」
アンリは意気揚々と都市内部に入っていくプレイヤーたちを見ていた。
「もしかして今回はいけるんじゃないか?」
「俺、都市攻略なんて初めてなんだよね」
「馬鹿、ほとんどの奴が経験なんてないっての」
都市攻略戦を成功させると、報酬がとにかく凄い。
攻略での貢献度はAIによって判断されるため、プレイヤー同士で不満が向かない。
その後に報酬を奪い合う事もあるが、攻略を成功させただけで今のパンドラでは箔がつく状態だった。
現実世界に徐々に影響を及ぼしているパンドラ内で箔がつく。
この意味は大きかった。
「……なんかイライラするのよね」
アンリが呟くと、イナホがポン助の方を見る。
狂化した状態で、テイマーたちに囲まれ制御されている姿だ。
「まぁ、これで最初の汚名は返上できたと思えば悪くないですよ」
下手をすれば悪質ギルドに認定されてしまう。
ただでさえ、ポン助と愉快な仲間たちは周囲から微妙な視線を集めているのだ。
これ以上、ギルドに変な噂が出ても困る。
(でもみんな気にしていないのよね)
随分と個性的なメンバーが集まったギルド。
そのため、何をするか分からないところもあるが、イナホはそんなギルドが嫌いではなかった。
攻略組が都市内部へと入り、ボスと戦い財宝を持ち帰る。
それを待つだけだと思っていたポン助と愉快な仲間たち。
だが、無情にもまだ戦いは終わってなどいなかった。
リリィが顔を上げる。
「ねぇ、ちょっと様子がおかしくない?」
アンリも顔を上げていた。
「なんか空が渦を巻いて……アレだ。お風呂場の栓を抜いた感じの奴」
例えは微妙だが、曇天の空が渦を巻いていた。
それも、都市中央部分の上空を中心として。
直後、急激にメッセージでのやり取りが増える。
都市部周辺には倒されたプレイヤーたちが次々に出現し、その数はとても多かった。
「な、何が――」
プレイヤーたちは復活すると、頭を抱えていた。
「くっそ、絶対に攻略できると思ったのに」
「これは駄目だな。次のためにデータ取りでもするか?」
「あ~あ、せっかく有休まで取った、ってのに」
復活したプレイヤーたちに近付いたイナホは話を聞いた。
「どうしたんですか!」
プレイヤーたちはお手上げだとポーズを取っていた。
「攻略失敗だ。ボスとの相性が悪いんだ。くそ、前のアバターの方が良かった。また作り直しだよ」
想定していたボスとの相性が限りなく悪かった。
そのため、多くのプレイヤーたちは攻略を諦め始めている。
怒鳴り声が聞こえてイナホが振り返ると、そこにはアンリの姿があった。
「ちょっと、こっちは凄く大変だったのに、なんでそんな簡単に諦めるのよ!」
攻略組と思われるプレイヤーがアンリを見て肩をすくめている。
「言っただろ。相性が悪いんだよ。それにこういう失敗は都市攻略では普通なの。初めて参加したから分からないの?」
失敗を積み重ね次ぎに活かすと言えば聞こえも良い。
だが、早めに諦め見切りを付けたようにも見えた。
初参加であるイナホたちには、ここまで頑張った努力が無駄になったとしか思えなかったのだ。
そんな話を聞いていたのは……。
「なん……だ、と……」
唖然とするライターだった。
ポン助に必死に抗議するのはライターだった。
対して、狂化で獣のようになったポン助は、地面に座り込んでノンビリしている。その姿は、まるで犬が眠ろうとしている姿だった。
「ポン助君、このままじゃあ、私たちの努力が無駄になる。いや、無駄になるだけならまだ良いんだ。この雰囲気からすると、先程の努力は認められずに次回は呼んで貰えないかも知れない」
冷静に周囲の雰囲気を観察したライターの答えに、ポン助はこれまた冷静に返答するのだった。
(ライターは普段からその冷静さを発揮するべきだと思うよ。というか、何もなければ次も呼ばれたみたいな言い方はどうかと思うな。僕なら絶対に呼ばないし)
ポン助も内心は努力が無駄になるのは嫌だったが、こういった失敗を積み重ねるのが都市攻略戦である。
「成功すれば私たちの活躍も評価されたんだ! 失敗したら意味がないんだよ! とにかくやる気を出してくれ。君ならできる!」
(いや、攻略組で無理なら僕にも無理です)
実際、成功していれば多少の問題は無視されてポン助たちも活躍も評価されるだろうが、失敗すれば次回を考えるときにポン助たちを仲間に加えるだろうか?
それこそ、ポン助たちのやり方を真似てオークたちを用意すれば良いのだ。
ポン助たちを仲間にしない方がメリットはあるように思えるし、実際にそうだろう。
「頼むよ~! ここで成功しないと、次回は攻略戦に参加できない。いっそ私たちだけで突撃してもいいから! このまま失敗するなんて納得できないよ!」
報酬が手には入らないこともあるが、せっかくの攻略戦でこのまま何もしないというのはライターにとって不満らしい。
ポン助の背中の上では、中学生組が遊んでいた。
大きな角にはアルフィーやマリエラが乗っている。
他のオークたちも欠伸をしており、やる気が見られない。
(なんか疲れてきちゃって動きたくないんですよね。そろそろ狂化も切れてデメリット満載のオークに戻るだけです。攻略なんて無理ですって)
「諦めるなぁぁぁ! 君なら出来るって言っているだろうが!」
そこに駆けつけて来たのは、真面目に門の周辺を警備していたブレイズだった。
「ポン助君! 攻略組が帰る準備を始めた。もうデータ取りも終わったらしい」
可能な限りデータを集めた攻略組は、既に次回を見越して切り上げるつもりらしい。
実際、切り上げて帰っているプレイヤーたちもいた。
ライターが絶望したように地面に手をついた。
「……これまでか。せっかくの報酬が。都市攻略戦の報酬が。レアアイテムの数々が」
見ていて悲しい光景だが、そもそもその程度で心を動かせるプレイヤーはポン助のギルドでは少数派だ。
更に、普段のライターに困っていたメンバーたちはニヤニヤと笑っている。
ブレイズがポン助を見る。
「どうせここからは他のギルドにも迷惑はかけないんだ。どうせなら都市内部に入りたいんだけど……いいかな?」
ブレイズも本当は年内部に攻め込みたかったのだろう。
ポン助は遊んでいるみんなを落さないようにゆっくりと立ち上がった。
(そうですね。このまま帰ってもつまらないですし、最後に遊んでいきましょうか)
マリエラとアルフィーがポン助の方に乗り移ると、そのまま鞭を取りだした。
「ようやく出番ね。ポン助、今度は私が操縦してあげるわ」
「狡いですよ、マリエラ! ポン助、次は私の鞭捌きを見せてあげますよ」
髪の毛にしがみつくグルグルとシエラ、そして地面に降りたナナコ。
グルグルは二人を見て言うのだ。
「姉ちゃんたちは手遅れだよね。普通に楽器でテイマーをしていれば絵になったはずなのにさ」
シエラがマリエラを複雑そうな表情で見ていた。
「……普段は凄く恰好良いのに」
ナナコはオカリナを手に持って何か言いたそうにしていたが、マリエラとアルフィーに遠慮して口が出せないでいる。
ライターが叫んだ。
「私が言ったときには少しも耳を貸さなかったのにどういう事!」
ブレイズは仲間たちの下へ向かう際に。
「普段の態度を反省してください。よし、みんなと攻め込む準備だ」
普段体験できない攻略戦に、ブレイズはワクワクしている様子だった。
ポン助もオークたちに声をかける。
(みなさんはどうします? 取りあえず、僕は行こうと思うんですよ)
代表してプライが欠伸をしながら答えた。
(いや、今日は実に充実していたからね。このままここで休んでおくよ。ついでに職人やらレベルの低いプレイヤーの護衛はしておこう)
マリエラもアルフィーも参加するのに、オークたちは満足したのか参加しないらしい。
違和感を覚えつつもポン助はグルグルとシエラを下ろして門へと向かう。
内部に入りたい仲間を集める事にした。
先程まで絶望していたライターも、ポン助が参加すると聞いて準備をするためにどこかへと向かう。
アルフィーがそれを呆れながら見ていた。
「まったく……ライターにも困った物ですね」
ポン助はお前が言うなという言葉をのみ込んだ。
都市内部へと入るポン助たち。
残ったのはルークたちのギルド、銀翼も同じだった。
「これは凄いな」
都市部中央の城から姿を見せている巨大ボスは、大きな翼を持つ悪魔の姿をしていた。
色欲の世界というだけあって、都市部には卑猥な銅像などが多い。
そんな中を、ポン助はマリエラとアルフィーにテイムされながら進む。
「出てくるモンスターがみんな厄介って酷くない」
マリエラの言葉にクスクス笑っているのは、ルークのギルドメンバーである【ミラ】だった。
少し不思議な感じのする女性プレイヤー。
「都市攻略戦なんてこれが普通よ。流石に城まで攻め込めないでしょうけど、記念にこいつらを倒して経験値とレアドロップ狙いも悪くないかもね」
ポン助は笑っていた。
(経験値稼ぎには向いていませんけどね。それにしても、流石にボスだけあって迫力が……)
そこまで言うと、ポン助はアバターに異変がある事に気がついた。
テイムされているのに思うように動かせず、アバターがボスを睨み付けている。
ルークが声をかけてきた。
「ポン助、どうした?」
都市内部に入った仲間たちは、今頃別のエリアで戦っている。
この場にいるのはポン助たちだけだった。
(ごめん。急に操作ができなくなって――)
アルフィーが焦る。
「待ってください。ちゃんとテイムはできているはずで――え?」
ステータス画面を見るアルフィーは、ポン助の状態に目を見開いた。
狂化の数値が上がっていき、テイマーのスキルでもテイムできなくなっていた。
ポン助も気が付いたのか、肩に乗っているマリエラとアルフィーを下りるように言う。
(みんな僕から離れてくれ。もう、アバターが言う事を聞かないんだ!)
何かしらのイベント、もしくはバグ。
色々と考えたポン助だったが、四人が離れたのを確認するとアバターが咆吼した。
体が更に大きくなり、そしてまるでその姿は悪魔のようになっていく。
コウモリのような翼を広げ、目の前にいるボスに対して苛立っている様子だった。
以前は、システム――新型炉のシステムに入った時にこの現象が起きた。
(何もしていないのに!)
ポン助がアバターの中で叫ぶも、その声は周りには届いていなかった。
アバターは地面を蹴って空へと舞い上がる。
蹴った地面が破壊され土煙を上げていた。
「ポン助!」
アルフィーが空に向かって叫んでいる。
マリエラも同じだ。
ボスの下に向かったポン助を追いかけるため、都市内部の建物の屋根へと登って追いかけていた。
そんな姿を見ていたルークに、ミラが話しかける。
「貴方のお友達は随分と特殊みたいね」
ルークは答えなかった。
「助けに行かなくて良いの?」
ミラの質問にルークはしばらくしてから口を開く。
「あの状態のポン助は近付く方が危険だ。それに……どこまでやれるのか見てみたい」
肩をすくめるミラは微笑んでいた。
「友達を信用しているのね。ポン助君が羨ましいわ」
そしてミラは、ポン助が急に暴走した理由について少し心当たりがあった。
「もしかして……こうなるって分かっていたのかしら?」
ルークは答えなかった。