第26話 王太子と秘密の小部屋
――ルナは人気のない廊下を歩いている。
尋問後のお茶会から戻るところだったが、どうやら迷ってしまったようだ。
さすがは大国ルガルムの王城。
広さ、豪華さ、複雑さ、どれをとっても一級品だった。
「?」
廊下の先、壁に張り付いている男がいる。
白薔薇の令嬢・セブンシアの従者だ。
何もない壁の一点を叩いたり、嗅いだり、両手を筒の形にして覗いたり、忙しなく壁と格闘していた。
「もし」
人がいると思っていなかったらしい。
ビクッと肩を揺らし、驚愕の表情で振り返る。
「どうしたのかな?」
「……」
答えない。
ルナが一歩前に出る。
途端に悪事がバレた子供のように走り出した。
(???)
男の張り付いていた一帯を見る。
ただの壁だ。
そう、ここが王城でなければ。
城には緊急時、王家の者を匿うための秘密の小部屋や通路が備えられている。
その特徴が目の前の壁にはあった。
まさか、ここに侵入したかったのだろうか。
(なんのために?)
ルナは思わず、扉なき扉に手をかけた。
国宝の名前を知っていたように、小部屋の開き方も彼女は知っていたのだ。
「!?」
小さな階段の奥。
心地よい薄暗さの個室の中にその人物はいた。
王太子・ゴードン・ブラムウェル。
目にかかるほど伸びた黒髪の奥から侵入者を睨みつけている。
盛大に吐血しながら。
「誰が入っていいと言った? ゴフッ」
「今、御典医を呼んできます!」
「止まれ!」
血塗れの手で煙草を取り出すと、火を点けた。
吐いた煙さえ冗談みたいに真っ赤だった。
「見ろ。俺は健康だ」
「いや、無理があります」
「よくある」
「前回大丈夫でも今回も大丈夫だって保証はありません」
ルナは踵を返す。
「……花嫁候補なのか?」
疑問形だ。
だが、ルナの足が止まったことで確認したようだ。
「俺に従っておいたほうが有利なのではないか?」
ゴフッ。
咥えていた煙草ごと血が飛び散る。
落ちた一本を足で踏みにじると、また新しく取り出した。
しかし、手が震えて思うようにライターを操れない。
「そういう優遇制度があるんですか?」
ルナが振り返る。
「今作った」
「例えばどんな?」
「先の筆記試験を突破できていなければ合格したことにさせる」
「突破しました」
「……難問を解けていなくとも前夜祭に招こう」
「解きました」
ゴードンの眉が動いた。
なるほど、赤部屋25人のほうか。
「カンニングで獲得した満点か」
「いえ。実力でクリアした者です」
ルナは不健康の塊の前に戻って、ハンカチを差し出した。
「王太子殿下は花嫁になるかもしれない相手を試験結果でしかご存知ないのですね。ちょっと失礼」
受け取らないので、強引に口元を拭き始める。
王太子は面倒くさそうに煙草を一度、口から離した。
今回の試験で大事なのは魔女か、魔女でないか。
そして、自分に都合のよいステータスを持つ女かどうかだった。
その結果、外見が美からほど遠い女が残ったとしてもそれはそれで仕方ない。
ある意味、ゴードンは生まれ落ちてからの魔女との闘いで女を諦めている部分があった。
どれほど美しくとも、愛らしくとも、その奥底に魔女と同じものが埋まって見えるのだ。
だから、隣国から申し出のあった王女との縁談においても、顔合わせすらする気がなかった。
もっとも、魔女問題があるのに容易に受けることができないのも事実であったが。
「女の顔は化粧で変わる。腰はコルセットをきつく締めればくびれる。髪の結い方で年齢まで違って見える。せめてドレスの色を固定しておれば覚えてやるんだがな」
大人しく血を拭かれながらゴードンにしては珍しい長話を始めた。
重篤と思われるが、本人にとっては本当に大したことがないのだ。
だが、喫煙量減少を求めて周囲が号泣するため、症状が収まるまで隠れているに越したことはない。
「外見だけのことではありませんよ。もちろん、家名だけでもない」
ゴフゥッ!
ルナは素早く血を避けた。
「なにを考えて、なにで笑って、なにを好むのかは気にならないのですか?」
カッカッカッ。
ライターが血で滑る。
「少なくとも私は貴方様がどんな方か知りたかったです」
グフッ!
ルナが避ける。
グフッ!
顔面に浴びる。
「二連はずるい!」
「こんなものだ。知れてよかったか?」
ハンサムな女がゴードンの手から煙草ケースとライターを奪う。
「まぁ、いろいろと」
新たな一本を取り出して、ゴードンの口に咥えさせた。
カチッ。
ライターの火が煙草に移る。
「せめて貴方様も喫煙を手伝ってくれる相手かどうか知るべきかと」
ルナが微笑む。
「どうか、困ったときに差し伸べてくれる手が見つかりますように」
それはこれまでの試験で測れない内容だった。




