↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/7

第1話 小悪魔ギャルが曇り始めた日

高校へと続く、いつもの通学路。


 俺はイヤホンから流れる音楽を聴きながら、ふと遠い昔のことを思い出していた。


 まだ、小さかった頃。


 俺の書いた拙い物語を、いつも楽しそうに読んでくれていた女の子がいた。


 その子と離れ離れになる日、俺たちは一つの約束を交わした。


『いつか俺の小説がアニメになったら、そのときは声優として一緒に作品を作ろう』


 今思えば、ずいぶん子供じみた約束だった。


 あの頃の俺は、本気で自分の物語がアニメになると信じていたのだ。


 けれど――。


 今の俺には、もうそんな大それた野心なんてない。


 それどころか、約束を交わした女の子の名前も、顔すらも思い出せなくなっていた。


(……我ながら、薄情なもんだよな)


 そんな感傷に浸っていた、そのときだった。


「昼咲せ〜んぱい♡」


 背後から、トントンと優しく肩を叩かれる。


「ん?」


 何気なく振り向いた、その瞬間――。


 むぎゅっ。


 待ち構えていた人差し指が、俺の頬へ突き刺さった。


「へへっ、引っかかってや〜んの♡」


 満面の笑みを浮かべながら、今日も楽しそうに俺をからかってくる。


 艶やかな金髪に、今ではすっかり見かけなくなった平成ギャル風のファッション。


 短めのスカートから伸びる健康的な脚が、朝日に照らされて眩しく映る。


 彼女の名前は、朝比奈愛羽――あさひな・いつは。


 俺と同じ高校に通う、一学年下の後輩だ。


「なんだ。朝比奈か」


「せんぱ〜い♡ 私には分かるんですよ?」


「何がだよ」


「クールぶってますけどぉ、内心では私に会えて、めちゃくちゃ喜んでるってことです♡」


 朝比奈は得意げに人差し指を立てる。


「なんたって私、人の心が読めますから」


「何言ってんだよ。だったら、俺が今考えてることを当ててみろ」


 できるわけがない。


(狂おしいほど、お前を抱きしめたい――なんてな)


 …………。


(いや、俺めちゃくちゃ気持ち悪いな)


 ちなみに『狂おしいほど』という表現は、俺が趣味で書いているWEB小説によく登場する言い回しだ。


 つい先日も、主人公が小悪魔系の後輩ギャルを強く抱きしめる場面で使った。


 我ながら、いかにもラブコメらしい表現だと思う。


 ところが――。


 朝比奈は、待っていましたと言わんばかりにニッと笑った。


「狂おしいほど、私を抱きしめたい――とか?」


「…………」


 思わず絶句する。


(……エスパーかよ。なんで分かるんだ?)


 そんな俺の動揺を楽しむように、朝比奈は肩を揺らして笑った。


「まっ、そんなわけないですよね〜♡」


「あ、そうだ。先輩、アイスいります?」


 俺の返事も待たず、朝比奈は鞄から二個入りの大福アイスを取り出した。


 袋の上部をベリッと開け、そのうちの一つを俺の口元へ差し出してくる。


「はい、あ〜ん♡」


「いや、そのタイプのアイスを丸ごと一個くれるの、逆に気を遣うんだけど」


「はいはい、遠慮しないの。せ〜んぱい♡」


 周囲には、同じ高校へ向かう生徒たちが大勢いる。


 こんな場所で後輩ギャルに「あ〜ん」なんてされたら、どう考えても目立つ。


 正直、めちゃくちゃ恥ずかしい。


 それでも、朝比奈の好意を無下にすることはできなかった。


「……分かったよ」


 俺は覚悟を決め、差し出されたアイスを一口で頬張る。


「んぐっ――!」


 瞬間、凄まじい冷たさが歯に染みた。


 痛い。


 めちゃくちゃ痛い。


 思わず目を固く閉じ、襲いかかってくる冷気に耐える。


 やがて恐る恐る目を開けると、朝比奈が俺の顔を覗き込んでいた。


 短いスカートの裾を手で押さえながら前屈みになり、悪戯っぽく小首を傾げている。


「せ〜んぱい? どうですか? おいしい?」


「……歯が死ぬほど痛い」


「あははっ! 先輩、おじいちゃんみた〜い♡」


「誰がおじいちゃんだ」


「でも先輩がおじいちゃんだったら、毎日お年玉をもらいに行きますね♡」


「絶対来んなよ」


「ほらほら、遅刻しちゃいますよ? 早く学校へ行きましょ♡」


 そう言って、朝比奈は俺の数歩先を軽やかに歩いていく。


 朝日に照らされて揺れる金髪を目で追いながら、俺は胸の奥でそっと呟いた。


 俺は、朝比奈愛羽が好きだ。


 昔、将来を約束した女の子よりも――。


 今、目の前を歩いている朝比奈のことが、どうしようもなく好きなのだ。


 けれど、一つだけ分からないことがある。


 どうして朝比奈は、こんなにも俺に懐いてくれるのだろう。


 俺たちは、ただの先輩と後輩にすぎないはずなのに。


 ◇


 昼休み。


 俺は自分の席に座り、いつものようにWEB小説を書いていた。


 今回の題材は、今朝の朝比奈との出来事。


 小悪魔系の後輩ギャルからアイスを「あ〜ん」してもらった主人公が、彼女への想いをさらに募らせていく――そんな場面だ。


 現実では決して口にできない感情を、物語の主人公に代弁させる。


 そして、その小説に登場する小悪魔系後輩ギャルのモデルは――言うまでもなく、朝比奈愛羽だった。


(……我ながら、気持ち悪いな)


 しかも、小説の主人公は現実の俺とは違い、かなりの肉食系だ。


 ヒロインの腰を引き寄せたり。


 耳元で甘い言葉を囁いたり。


 隙さえあれば、狂おしいほど抱きしめようとしたり。


(やっぱり主人公には、理想の自分を投影しちゃうものなのか……?)


 朝比奈本人に知られたら、一体どんな顔をされるだろう。


 いや、考えるまでもない。


 間違いなくドン引きされる。


 下手をすれば、明日から口を利いてもらえなくなるかもしれない。


 それでも俺は、書き上げたばかりの最新話を投稿した。


 すると、ほとんど間を置かずにハートの通知が届く。


「……早っ」


 投稿したばかりなのに、もう読んでくれたらしい。


 俺の小説には、毎回決まって投稿直後にハートを押してくれる読者が二人いる。


 そのうちの一人――。


 今回も真っ先にハートをくれたのは、『ラブバード』さんだった。


(こうやって読んでくれる人がいるから、俺は小説を書き続けられるんだよな)


 顔も、本当の名前も知らない読者。


 それでも、俺にとっては大切な存在だった。


 画面を眺めていると、自然と頬が緩む。


 そして、もう一件。


 残る一人からもハートがついた。


 その瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響く。


「やべっ、もうこんな時間か!」


 俺は慌ててスマホをポケットへ突っ込み、次の授業が行われる教室へ向かった。


 階段を下りている途中、見慣れた金髪の後輩とすれ違う。


 朝比奈はスマホの画面に夢中で、こちらに気づいていない。


「おい、朝比奈。歩きスマホは危ないぞ」


「あっ、せんぱ〜い♡」


 俺の声に気づいた朝比奈は、ぱっと顔を上げた。


「ごめんなさ〜い♡ 以後、気をつけま〜す」


「本当に分かってるのか……?」


 どう見ても反省しているようには思えない。


 まあ、こいつが階段から落ちたりしなければ、それでいいんだけど。


「あっ、そうだ」


 朝比奈は何かを思い出したように、ぽんっと手を叩いた。


「先輩、今日よかったら一緒に帰りませんか?」


「え?」


「私、チア部があるので、終わってからになっちゃうんですけどぉ……。五時半に校門前集合で、どうですか?」


「ま、まあ……別にいいけど」


 心臓が跳ねたことを悟られないよう、俺はわざと興味のなさそうな顔を作る。


「しょうがないから、付き合ってやるよ」


「でも先輩、部活に入ってないですもんね〜」


「それがどうした?」


「私が終わるまで待たせるのも悪いですし、やっぱりやめておきますぅ♡」


「えっ!?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。


 その瞬間、朝比奈の口元がニヤリとつり上がる。


「あれあれ〜?」


 朝比奈は階段を一段上がり、俺の顔を下から覗き込んできた。


「もしかして先輩、私と一緒に帰りたかったんですか〜?♡」


「そ、そんなわけないだろ!」


「へぇ〜? じゃあ、さっきの『えっ!?』は何だったんですかぁ?」


「うるさい! もう授業が始まるから、俺は行く!」


 これ以上、からかわれてたまるか。


 俺は朝比奈に背を向け、そのまま階段を下りようとした。


「先輩♡」


「ん?」


 反射的に振り返る。


 朝比奈は手すりに両手を置き、満面の笑みを浮かべていた。


「放課後、校門前で待ってますからね?」


「……おう」


「絶対ですよ〜♡」


 俺は逃げるように、その場をあとにした。


(なんなんだよ、あいつ……)


 階段を駆け下りながら、熱くなった頬を手で押さえる。


(どうして、あんなに俺の好みど真ん中なんだよ……!)


 見た目も、仕草も、話し方も。


 まるで、俺が小説の中で描いてきた理想のヒロインそのものだ。


 それどころか――。


 俺が何を言えば喜び、何をされれば動揺するのか。


 そのすべてを、最初から知っているように思える。


(本当に、心を読まれてるわけじゃないよな……?)


 ◇


 放課後。


 俺は昼休みの約束どおり、校門前でチア部の朝比奈を待っていた。


 朝比奈が指定した待ち合わせ時刻は、午後五時半。


 それまで、まだ少し時間がある。


 けれど、待つこと自体は嫌いじゃない。


 俺には、小説があるからだ。


 スマホを取り出し、投稿サイトの編集画面を開く。


 俺は毎日、昼の十二時と午後五時の二回、小説を投稿している。


 今書いているのは、午後五時に投稿する分だ。


 空いた時間さえあれば、こうして物語の続きを書く。


 それは俺にとって、何よりも満たされる時間――のはずだった。


(……駄目だ。全然集中できない)


 さっきから、指がまるで動かない。


 頭に浮かんでくるのは、小説の続きではなく、朝比奈のことばかりだった。


(チア部……か)


 そういえば俺は、朝比奈がチアリーディングをしている姿を見たことがない。


 いつもより高い位置で結ばれた金髪。


 健康的に伸びた手足。


 弾けるような笑顔。


 朝比奈のチア姿を想像した瞬間、胸の奥がむずむずと騒ぎ始めた。


(……ちょっとくらい、見に行ってもいいよな?)


 いや、駄目だ。


 練習中の後輩をこっそり見に行くなんて、どう考えても気持ち悪い。


 そう分かっているのに――。


 気がつけば、俺の足はチア部が練習している体育館へ向かっていた。


(見学だ、見学。断じて覗きじゃない)


 誰に対してか分からない言い訳を繰り返しながら、体育館の中をそっと確認する。


 しかし――。


「あれ……?」


 そこに、チア部員たちの姿はなかった。


 すでに練習を終えたのだろうか。


 スマホで時刻を確認する。


 午後五時ちょうど。


(もう終わってるなら、どうして集合は五時半なんだ?)


 ふと、ある考えが頭をよぎった。


 練習後なら、荷物も多いかもしれない。


 少しでも重い荷物を持ってやれば、朝比奈も助かるはずだ。


(べ、別に好感度を上げたいわけじゃないぞ)


 これは断じて下心ではない。


 先輩として、後輩を気遣っているだけだ。


 そう自分に言い聞かせながら、俺はチア部の部室へと向かった。


 やがて部室の前までやってくると、閉じられた扉の向こうから女子たちの話し声が聞こえてきた。


「ねえ、愛羽。いつまでボディシートで汗を拭いてるの?」


「だって琴乃先輩、汗臭かったら嫌じゃないですか」


「そんなに何度も拭かなくても、全然臭くないって」


「本当ですか?」


 朝比奈の声だ。


 俺は思わず足を止める。


「あっ、先輩。鏡使ってもいいですか? リップ塗り直したいです」


「はいはい。今日もずいぶん念入りだねぇ」


(女の子って大変なんだな……)


 部活が終わったあとに、汗を拭いて、メイクまで直して。


 そんなことを考えた直後、女子しかいない部室の前で立ち聞きしていることに罪悪感を覚えた。


(さすがに、ここにいるのはまずいよな)


 俺は急いで、その場から離れようとする。


 だが――。


「そういえば愛羽ってさ」


 先輩らしき女子の声が、俺の足を止めた。


「最近、部活が終わる五時くらいになると、いつもスマホに張りついてるよね。何してるの?」


「えっ?」


「中学の頃は『スマホなんて時間の無駄です』とか言ってたじゃん。ほら、目の前にある幸せを見失うとか何とか」


「あ〜……そんなことも言ってましたね」


「それに、中学の頃から雰囲気変わりすぎ。高校で再会したとき、最初は愛羽だって分からなかったし」


「女の子は、好きなもののためなら変われるんですよ♡」


「好きなもの?」


(そういえば、朝比奈の好きなものって何なんだろう)


 一瞬の沈黙。


 それから、朝比奈は少し照れたような声で答えた。


「目の前の幸せを、もっと噛み締めるための情報収集です」


「でも、まだアップロードされてないみたいですね」


「何それ。意味分かんない」


「ねえ、愛羽」


 先輩の声が、今度は面白がるような響きを帯びる。


「昼咲君のこと、好きなの?」


「えっ!?」


 朝比奈の声が裏返った。


「い、いきなり何を言い出すんですか!?」


 その瞬間、俺の身体が凍りついた。


 気づけば、拳を強く握り締めている。


(聞くな)


 今すぐ、この場から離れろ。


 これは、俺が盗み聞きしていい会話じゃない。


 頭では分かっていた。


 それなのに、足は床へ縫いつけられたように動かない。


 部室の中に、短い沈黙が流れる。


 ドクン、ドクンと。


 自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえた。


 もしかしたら。


 ほんのわずかでも、期待していたのかもしれない。


 朝比奈も、自分と同じ気持ちなのではないかと。


 やがて――。


「わ、私……」


 朝比奈が、たどたどしく口を開いた。


「先輩なんか好きじゃありません」


 その一言が。


 鋭い針となって、胸の奥深くへ突き刺さった。


「先輩とは――」


 続く言葉を、聞きたくなかった。


 けれど、朝比奈ははっきりと告げた。


「ただの友達です」


 頭の中が、真っ白になった。


 何も考えられない。


 何も聞こえない。


 ただ、胸の奥に空いた穴から、何か大切なものが零れ落ちていくような感覚だけが残っていた。


(……分かってた)


 そんなこと、最初から分かっていたはずだ。


 朝比奈みたいな、俺の理想そのものの女の子が。


 俺なんかを好きになるはずがない。


(何を期待してたんだよ、俺)


 朝比奈が笑いかけてくれたから。


 一緒に帰ろうと誘ってくれたから。


 俺の考えていることを、何度も言い当てたから。


 そんな都合のいい理由を並べて、勝手に期待していただけだ。


(気持ち悪いな、俺……)


 小説の中の妄想を、現実に持ち込むなよ。


 現実は、俺の書いたラブコメみたいに都合よくできていない。


 そのとき、部室の中から複数の足音が聞こえてきた。


 チア部員たちが、一斉に扉へ向かってくる。


(まずい……!)


 このままでは、盗み聞きしていたことがバレる。


 それだけじゃない。


 今の顔を、朝比奈に見られてしまう。


 逃げるべきか。


 それとも、何も知らないふりをして朝比奈を待つべきか。


 けれど、迷っている時間など残されていなかった。


 ガチャリ。


 ゆっくりと、部室の扉が開き始める。


 ◇


 その日。


 俺は、毎日続けてきた午後五時の投稿を、初めて休んだ。


 そして――。


 この頃の俺は、まだ知らなかった。


 あの部室で聞いた言葉の、本当の意味を。


 そして、この直後に取った俺の行動が――。


 いつも小悪魔のように笑っていた後輩ギャル、朝比奈愛羽を。


 深く、深く曇らせることになるなんて。


いつもご覧いただき、ありがとうございます。

※本作では、本文の一部に生成AIを利用しています。物語の構想・登場人物の設定・展開、および表現の最終的な決定・修正は、すべて筆者が行っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。