第4話 領主暗殺
その日の夜──
ラウェルにはうっすらと霧がかり、少し肌寒かった。そんな帝都のある邸宅の一室──暗い部屋の中で、一人の男が悦に入った様子で酒を手にしていた。
「くっくっく……あの男、ファランのロウスとか言ったな。
ファランの陰謀で帝国に亡命してきた将軍と言っていたが、果たしてどうだか……
だが、ああして処刑してしまえば、帝国の中に汚点はない。実に良いときに亡命してきたものだ。
ファランの内情を洗いざらい話してくれたしな……くっくっく」
男は、手にしていた酒を一気に飲み干すと、グラスをごとりと机の上に置いた。そして、椅子に深々と腰をかけなおすと、腕組みをしながら目を閉じた。
彼の顔には、帝都の自治領主としての華やかな将来が見えているかのように、嫌な笑みが浮かんでいた。
開け放たれた窓からは、涼しげな風が吹き込んでくる。そんな風で、机の上の書類が宙を舞った。
男は書類が辺りに散らかったのに気がつくと、椅子から降り、その書類を片づけようとしたその時、
「誰だ!」
男は、カーテンの物陰に誰かが隠れているような気配を感じた。そして、ばっとカーテンのそばから飛び退くと、壁に掛けてあったロングソードを手にとり、それを抜きはなった。
そして、じりじりと警戒しながらカーテンに近寄り、手にしていたロングソードでもって一気にカーテンを切り裂いた。
「うぬぅ……誰もいない。わしの気のせいか……」
男はロングソードを鞘にしまい、くるりと体を返した。その時、一本のショートソードが男の心臓に突き刺さっていた。
男はどうっと倒れ込むと、そのままぴくりとも動かなかった。どす黒い血が真っ青な絨毯に染みわたる……
夜の静かなラウェルの石畳に、寄り添いあう二人の影が映る。それは、カリュースとリーディスの影である。
彼らは、デスの祝宴の帰り道の途中であった。酒を無理矢理飲まされたカリュースが、ふらふらになってリーディスに寄り掛かっている姿が、ラウェルの石畳に映っていたのだった。
「大丈夫ですか、カリュース様。少し足もとがおぼつかないようですが」
「大丈夫だって、ほら、こう……」
カリュースは、リーディスから手を放すと、ばっと一人で立ってみせた。だが、その立っている姿はまっすぐ──とはとうてい言えなかった。体が傾き、やはりまともには立てなかった。
カリュースは再びよろっとリーディスにもたれ掛かると、先ほどと同じように、リーディスに寄り掛かりながら歩き始めた。
「リーディス、お前の足は大丈夫かぁ?」
カリュースは、酔った顔つきでリーディスの顔を見た。その目はやや虚ろで、あまりはっきりと見えているようではなかった。
(やれやれ、これではどちらが病人か分かりませんね。しかし、お酒がはいると、こうまで乱れてしまうとは……先が思いやられますね)
リーディスは、眠そうな顔つきのカリュースを見ると、ふうっと溜息をついた。
そんな彼らがゆっくりと市街を歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音が、彼ら──リーディスだけだが──の耳に聞こえた。
リーディスはカリュースを立ち止まらせると、首だけ曲げて後ろを見た。そこには、十七、八歳ぐらいの少女が、すさまじい形相で走って来ていた。そして、その少女の手には血のついたショートソードが握られている。
その少女は、ぐんぐんカリュースたちに近づいてきていた。そのスピードは一向に落ちる様子はない。
(変ですね……あの娘、まっすぐとこちらに向かってくる。それに、あの手にしたショートソードは一体?)
リーディスは、少女を不思議そうな顔つきで見つめた。走ってくる少女は、突然手にしていたショートソードを前に突き立てると、そのままカリュースに体当たりをしようとした。
「危ない、カリュース様!」
リーディスは、カリュースを勢いよく突き飛ばした。半分ぼうっとしているカリュースは、そのまま地面に倒れ込んだ。そのおかげで少女のショートソードは空回りし、カリュースには怪我はなかった。
突き飛ばされたカリュースは、リーディスの前でショートソードを握る少女を目にすると、その酔いも一発で覚めた。
カリュースはばっと立ち上がると、リーディスと少女の間に立ちはだかった。少女は、再びカリュースに切りかかった。それをカリュースは、さっと体を反らして避けた。
目標物を失った少女は、そのままリーディスにもたれかかった。そして、ショートソードを返し、次は彼に切りかかろうとした。その瞬間、地面に倒れていたカリュースが、少女とリーディスの間に立ち塞がり、少女のみぞおちに鋭い突きをねじ込んだ。
カリュースの反撃を受けた少女は、ぐったりと倒れ込んだ。
「何者だ、この娘」
「分かりません。とにかく、そのショートソードはしまっておいた方がいいでしょう」
リーディスは、地面に転がっている血のついたショートソードを指さした。カリュースはそれを拾い上げると、懐にしまった。そして、少女を抱き抱えた。
「とにかく、一旦家に戻ろう。どうやら、やっかいな事件に巻き込まれたのかも知れん」
カリュースたちは、少し急ぎ気味にその場から立ち去ろうとした。
だが、少女が駆けてきた通路から、何人かの警備兵達が駆けてきたため、いきなりこの場から立ち去るのは怪しまれかねないと、その場にとどまった。
警備兵達は、すぐにカリュースたちの元に駆け寄った。そして、警備兵の長と思われる男が、カリュースに向かって言った。
「私はナイム警備長です。失礼ですが、あなたのお名前は?」
「カリュース中騎将だ」
「ちゅ、中騎将閣下でしたか! 失礼致しました!」
ナイムは、掌を返したように態度を変え、カリュースに向かってびしっと敬礼をした。その後ろに立つ警備兵達もまた、ナイムと同様に敬礼をしていた。
「お前達は何をしていた。ずいぶん焦っていたようだが」
「はい。先ほど起きた事件の犯人と思われる人物を追っていたのであります!」
「先ほど起きた事件?」
「はい、新統治領主閣下のジェドラ伯爵が、自宅で死体で発見されました」
「何? ジェドラ伯が死んだ?」
「そうです。胸に残った傷から、何か細いショートソードのようなもので殺害されたのではないかと思われます。殺害されてから、そう時間はたっていないようです。
失礼ですが、その少女は?」
ナイムはカリュースが抱き抱えている少女を見た。その視線は、鋭く刺すようなものである。
「うむ。少し訳があってな」
「しかし、何故そのような少女を抱えておられるのですか?」
「俺が《《女性を抱いて 》》いたら何か不都合があるというのか!」
カリュースはナイムに一喝した。その言葉を聞いたナイムは、一瞬びくっと体をこわばらせたが、カリュースの言葉を理解すると、にやりと笑みをもらした。
その後ろに控えている兵達もまた、にやにやと笑みをもらしている。リーディスは、少し顔を赤くしながら下を向いていた。
「そうでございますな、いや、これはお楽しみのところを申し訳ございませんでした。我々は、違うところを探すことに致します。
では、失礼致します」
ナイムは最後までにやりと笑っていた。そして、ナイム達がいなくなった後、カリュースはナイムの言葉に首を捻っていた。
「お楽しみのところ? なぜあいつはそんなことを言ったのだ?」
カリュースは自分の言った言葉の意味が分かっていなかった。
リーディスは、カリュースに説明するのも面倒だと思い黙っていた。彼は、くっくっくと少し笑いをこらえているようである。
疑問に思うカリュースを、リーディスは曖昧な言葉でごまかすと、彼らは少女を抱えたまま、すぐにカリュースの家に向かって歩き始めた。
血の夜は終わり、二人の心に疑念だけが残された。




