第24話 交差する星々
サジが部屋を出ると、今度はカリュース達がカリに連れられて、今晩泊まる部屋に案内された。
「こちらが、お部屋でございます。ごゆっくりと……」
小男カリは、暗い表情と、陰鬱な声で言うと、そのまま音もなく立ち去った。
デスは、ベッドに大きく寝転がると、いままで我慢していたことを一気に爆発させた。
「やっと終わったわい。一体なんなんじゃこの館は。暗い連中しかおらんではないか」
「なぁ、リーディス。お前、姫のことについてほとんど触れなかったが、あれで良かったのか?」
「はい。サジ伯もやはり、ただ者ではございませんでした。
私が姫のことをわずかに会話にはさむと、微妙に表情を変えただけで、何も知らない様子をつくろっていました。
そして、その後の会話も、早く切り上げました。
恐らく、私の言葉の裏に隠されていた意図を読みとったかと思います。しかし、伯爵は何かを知っています。
それが何かは、あれだけではやはり……」
「そうか。となると、館の中を少し調べてみる必要があるな。
わざわざ大将軍に頼んで公文書を作ってもらって、やっとのことで館の中に入れたのだ。
これを利用しない手はないだろう」
「そうじゃのう。じゃあ、今から少し探ってみるかのぉ」
デスは、上半身を起こすと、カリュースの方を見た。
「そうですね、ここは少し館を調べることは無駄なことでは無いかも知れません」
「それでは、行くか」
カリュースは、立ち上がると、剣など音の出るものは全て部屋に置き、調査をしやすい格好になった。リーディスはここに残れとカリュースは言ったのだが、リーディスはそれを承知せず結局ついていくことになった。
カリュース達の部屋からそう離れたところではない所に、例の宝物庫の階段の入り口があった。そこは、例のごとく、兵士達に厳重に守られていた。
通常は、宝物庫などは館の外に別の建物を建て、もっと厳重な見張りをするものである。しかし、サジの館は宝物庫が館内部にあり、それほど警備も厳重ではなかった。
無論、それはあくまで他の貴族の宝物庫と比べたらのことであって、やはり宝物庫自体は、サジの他のどの部屋よりも警戒は厳しかった。
カリュース達は、柱の影に隠れながら、その宝物庫の入り口を見ていた。
「のう、カリュース。あそこの階段は、ずいぶん見張りが厳重じゃのう。何かあるんじゃないか」
「そうだな、確かに他に比べると、警備が厳しいようだ」
「わしゃ、絶対何かあると思うぞ。どうする、一気に飛び出して兵士達を気絶させるか」
「それはまずい。兵士達を気絶させれば、後で目覚めたときやっかいなことになりかねない。もっと他の方法は、ないだろうか」
カリュースとデスが宝物庫への侵入の算段をしているとき、リーディスは、その宝物庫への階段の向こう側にある、二階への階段を見ていた。
(さて、もしこの階段を降りて忍び込めたのはいいとしても、
果たして何があるでしょうか……
うん? あの二階にいる人物は、どこかで見たことが……)
「……よし、その手でいこう。じゃあデスさんは右を、俺は左の奴を。じゃあいくぞ」
カリュースとデスが算段を終え、実行に移そうとしたまさにその時、正面の階段の上から、大きな声で誰がカリュース達に向かって言葉を発した。
「そこで何をしておるのじゃ」
カリュース達は、びくっと体を震わすと、さっと声の主の方を見やった。
そこには、背が高く、漆黒の黒髪をもつ女性が、階段の上からカリュース達を見おろしていた。
女性は、ゆっくりと階段を降り始めた。その視線はカリュースの顔をじっと見つめており、カリュースもまた、その女性の視線から、自分の視線を外すことはできなかった。
女性は、階段を降りると、髪の毛をかきあげながら言った。
「お主の探している人物は、ここには居らぬ」
カリュースは、一瞬自分の耳を疑った。そしてすぐ、目の前の女性に対しての警戒心を持つと、じっくりと慎重に言葉を発した。
「──なに?」
「なんじゃ、その目は。わたしを疑っておるのか。ならば、そこの階段を降りて、お主自身の目で確かめてみるがよい」
女性は、階段の前に立っている兵士達にどくように言うと、そのまま階段を降りていった。
「なんじゃあ、あの女は。下に降りていったぞ」
デスは、今のわずかな出来事に、そう言う言葉で感想を述べた。カリュースは、下に降りた女性に対して、何か不思議な感覚を抱きながらも、警戒心は解いていなかった。
「カリュース様。ここは、下に降りるべきかと」
白髪の軍師は、カリュースにそう言った。
「そうだな」
カリュースは、短く答えると、女性に続いて階段を降りていった。
階段の下にある宝物庫の扉は開かれ、兵士達は、妙に緊張した顔つきで立っていた。
「何をしておる。早く入って来ぬか」
女性の性急な声が中から響いた。カリュース達は、兵士達に気を払いながらも、黙って声に従った。
「なんじゃあ、ここは! 宝物庫はないか!」
デスは、辺りの景色を見て、そう驚嘆した。
「どうじゃ。これで分かったであろう、カリュース」
「どうして俺の名前を?」
「そんなことはどうでもよいことじゃ」
女性は、意地悪そうに唇を歪めながら微笑んだ。その目には、明らかに相手をからかっている輝きが宿っていた。
「そうじゃ。お主にこれをやろう。この首飾りは、お主によく似合う……」
そばの机の上に無造作に置かれていた首飾りを取り上げると、カリュースの首にそれをかけた。
その首飾りは、蒼色の巨大な宝石が、金銀の入り交じった細い鎖でつながれた、たいそう立派な品物であった。
「あ! それは、皇藍玉の首飾り! それは……」
扉から、中の様子を見ていた兵士の一人がそう叫んだ。それと同時に、その隣にいた兵士が、叫んだ兵士の口に手を当てると、声を押し殺して言った。
「馬鹿、黙ってろ。あのお方を誰と思っているのだ。あのお方は、六大卿の一人、ラーデンブルク公ヴィラン=ウィーグ=ナファイ公爵閣下であらせられるぞ。見て見ぬ振りをしておくんだ!」
(やはり、ヴィラン公爵でしたか。どこかで見たことがあると思っていましたが……)
リーディスは、戯れに自分の主をからかっている女公爵を見つめ、心の中でそう呟いた。
「ヴィラン公爵?」
「カリュース様。ヴィラン公は、ラヴァ正教教皇、リザルト=レイヴン四世の寵児にして六大卿の一人、ラーデンブルク公爵でこざいます。
あの方に逆らうことは、皇母に逆らうも同じ。
その性格はきまぐれで、一体何を考えているのか分からない、そう聞き及んでいます」
「聞こえておるぞ、白髪の青年。カリュース、そう言うことじゃ。ここにはお主の探している姫君は居らぬ」
「しかし、何故そのことを俺に?」
「さて、何故じゃろうな。そのことを知りたかったら、後でわたしの部屋に来るがいい。待っておるぞ」
ヴィランは、そう言うとそのまま宝物庫から立ち去った。
「ヴィラン公爵。一体……」
カリュースは、突然目の前に現れた、ラヴァ正教の大権力者の一人に対して、妙な感覚をおぼえた。
それは、身分の違いからくる恐れなどではなく、巨大な運命に深く関わっていく、最も重要な人物の中の一人であると、直感的に感じとったものであったのかも知れない。
交差する星々──偶然の出会いは必然へと変わり、運命の歯車はかみ合い大きく動き始めた。




