第16話 北の魔女
彼らの馬車が集まっているところから少し離れた所に、他の馬車とは、少し感じの違う馬車が止められていた。
デスをつれて歩いていたジプシーは立ち止まると、止まっている馬車を指さした。
「あそこに、ばば様はいる」
「そうか、手間をとらせたの。がははははは」
デスは、いつもの調子で答えた。
「しかし、あのばぁさん、まだこんなぼろっちい馬車で旅をしとるとは。
いいかげん、馬車ぐらいかえればいいのにのぉ。がははははは」
デスは、ジプシー達がそばにいるにもかかわらず、大声で言った。
「ばば殿! ばば殿は居られるか!」
デスは、大声で馬車に向かって叫んだ。しかし、馬車からは何の反応もない。
「おかしいのぉ。中で死んどるじゃないか、あのばぁさん。おーい、ばば殿! 居られぬのか!」
しかし、まだ何の反応もない。デスは、馬車に近づき、馬車の後ろにかけられている布を持ち上げ、中に向かって、より一層大きな声で言った。
「ばば殿ぉ!! おらんのかぁ!」
「やかましいわい!!」
デスの声よりも、さらに大きな声が響いたかと思うと、馬車の中から、先が太くなっている杖が突き出てきた。杖の先は、まるで棍棒のようであった。
その杖は、馬車を覗きながら叫んでいたデスの頭に、容赦無く降り下ろされた。
バッコォォン!
すさまじい音が辺りに響く。
カリュースとルッカは、何が起こったのか、一瞬理解できなかった。
ジプシー達は、またか、そういった表情で顔を見合わせ、笑っていた。
「そんな、でかい声で言わんでも、聞こえとるわい!」
かん高い声が当たりに響く。デスは、殴られた頭をさすりながら、馬車を見上げた。
「ばば殿! 生きとったか!」
「おぉ、カネムじゃないかえ。お前さん、ずいぶんとええ男になったのぉ」
そういう声が聞こえたかと思うと、馬車に後ろにかけられていた布が、ひとりでにはね上がった。
カリュースは、中の人物を食い入るように見た。デスの人生の師と言うからには、どんな人物が出てくるのか、非常に気になったからだ。
馬車の中にいる人物は、カリュースらが想像していた、筋肉ばぁでも、怪物でもなかった。
小柄な体に、薄い灰色のローブを身につけ、頭はフードをかぶり、その上からバンドをしていた。フードがバンドで止められているため、普通のローブをかぶっているみたいに、顔は隠れてはいなかった。
ばばの顔は、ぱっと見た感じでは、まだ六十か七十ほどに見えた。だが、その目は澄んでおり、知性と威厳が十分に伝わってくるものだった。
笑っているその口元は、綺麗な歯が並んでおり、歳の割にはずいぶんと丈夫そうだった。
手には、先ほどデスに振り落とされた、棍棒の様な杖を持っているだけだった。他には何の装飾もつけず、ただの老婆の姿である。
「ばば殿、相手を確認せずに殴る癖は直しておけと、言ったじゃろうが」
デスは、目に半分涙を浮かべながら、そう老婆に向かって言った。
「すまないねぇ、かっかっか」
ばばの様子は、まったく反省する様子もなく、乾いた草木の様な笑い声を立てただけだった。
「それで、カネム。あそこにいる二人はなんじゃ?」
「ああ、あれはわしの部下達じゃ。左に立っている軍服の男がカリュース中騎将、右の鎧を着けているのがルッカ小騎将だ」
「そうかぇ、あれが……」
ばばは、笑っていた顔を、すっと引き締まらせると、じっとカリュースを見つめた。
だが、そんな表情はすぐにかき消された。
「まぁ、こんな所で立ち話もなんだから、馬車へお上がり。ほれ、そこの二人もあがるんだよ」
そういうと、ばばは馬車の中に姿を消した。デスは何の恐れもなく、ばばの馬車に乗り込んだが、カリュース達は、内心は興味を持っていたが、表面はためらっているふりをした。
「なにをやっとるんじゃ。早く上がらんかい」
デスが、中からそう叫ぶと、カリュースらは、小走りに馬車に近寄り、馬車の中に入った。
馬車の中は、思ったより明るかった。馬車には窓はなかったのだが、周りに灯された、奇妙な蝋燭が周りを照らしているからだった。
馬車の中央には、丸いテーブルが置かれ、その上には銀色のカードが束ねられていた。カードは背面が上を向けられており、その背には、ジプシー達が着けていた装束や飾りの模様と同じ、三日月と太陽が描かれていた。
馬車の隅には、得体の知れない薬草が詰められた瓶や、コウモリの頭をもぎ取ったもの、からからに乾かされたにんにくや、宝石が付いた円盤、ルーン文字の書かれた古文書らしきもの──などが置かれていた。
馬車の奥には、少しへこみがあり、その前には台がもうけられていた。そのへこみには半鳥半人の姿をした小さな像が立っていた。
像は、胸元で手を中央で合わし、顔は横を向いており、その顔にはくちばしがあったが、目は人間だった。
体は、人間の男のものだが、その背には立派な羽が生えている。足は、二本足で立っている人間のようであったが、その足の形は、鳥のものだった。体は、布のようなものをまとっているように作られていた。
その像の前には、周りに灯されている蝋燭とは少し違った、蝋燭が置かれいたが、火は灯されていなかった。
馬車の中は意外と広く、大人の男が十人くらいは、ゆうに入れそうな広さである。
ばばとカリュースが、丸テーブルで向かい合うように座り、ばばの右にはデス、左にはルッカが座っていた。
「しかし、ばば殿は変わってないのぉ」
デスは、ばばの顔を見て言った。
「よしとくれよ、あたしゃそんな若くはないよ」
ばばは、照れ隠しにデスの頭を例の杖で叩こうとした。だが、デスはそれを察知して、さっと身を後ろに避けると、杖の先はカリュースの目の前を通り過ぎ、ルッカの顔に当たった。
ゴスン!
鈍い音が辺りに響く。ルッカの顔には、赤いラインが入っていた。
「ばば殿、狭い中でそんなものを振り回すでない。危ないじゃろうが。
のぉ、ルッカ。がはははははは」
デスは、自分が避けたせいでルッカの顔に当たったのも、全く気にせず、大声で笑った。
「しかし、カネムもずいぶんと歳をとったねぇ。あたしが最後に見たときには、まだまだ、かわいい男の子だったんだがねぇ」
「ばば殿から見たら、男はみんなかわいい男の子じゃわい」
「そうだねぇ、かっかっか」
乾いたばばの笑い声があたりに響く。
「で、ばば殿は何でこんな所におるんじゃ? 大体ウィフィツィのジプシーは、一定の所に三日といないはずじゃろうに」
「それは、キソウ神のお導きがあったからじゃ」
ばばの声は、今までのように甲高く、頭に響くような声ではなくなっていた。その声は低く、いかにも占い師と言った様子に変わっていた。
「儂が、ここに現れたのは、偶然でも気まぐれでもないのじゃ。全て星にでており、儂の運命に従うためにここに来たのじゃ」
「運命?」
カリュースは、呟いた。
「そうじゃ。儂も、カネムも、そこの鎧の男も全て、人神ツォールの駒なのじゃ。
人神ツォールは、ありとあらゆるものを駒としてその御心のまま操られる。いわば、天にある巨大なチェスの盤の上にある駒が、儂らと言うことじゃ。
全てのものの運命は、人神ツオールによって、支配され、導かれる。それは、星の座となって現れ、儂ら、未来を読む者はその星を見るのじゃ」
ばばは、そう言いながら、テーブルの上にあった銀のカードを切り始めた。
カードを切る、軽い音が静かに聞こえる──
ばばは、言葉を続けた。
「運命とは、人神ツォールの操る駒の動きであり、星の座の動きなのじゃ。
今はまだ、小さく弱い星じゃが、いずれは大きくなり、全てを飲み込む星がある。
それが、おぬしの星じゃ」
ばばは、カードをきる手を一旦止めると、カリュースを指さした。
そして、その指を今度はデスに向けた。
「この子もまた、巨大な運命の星の一つじゃった。儂は、この子の運命を見守るため、この子と一緒に旅を続け、そして、運命に従い別れた。
この子の星は、その運命に従い、徐々に力を強めていった。
じゃが、数年前、その星のそばに小さな星が生まれた。その星は、この子の星を引きつけ、いつの間にかこの子の星を自分の属星としてしまった。
そして、その小さな星はすさまじい勢いで大きく育っておる。その星は、あらゆる星に影響を与えながら育つ。
影響を受けた星は、この星に引かれるのがほとんどじゃ。
じゃが、引きつけられない星は、その星と対極に位置するか、あるいは消え去った」
ばばは、そこで言葉を止めると、指を下ろし再びカードをきり始めた。
「その星とは、先も言ったおぬしの星じゃ、カリュース」
「俺の星?」
「そうじゃ。おぬしの星は、計り知れない運命を背負い、周りの星々を引きつけ、あるいは滅ぼす。
カネムの星は、今は、おぬしの巨大な運命に引きずり込まれてはいるものの、飲み込まれてはおらぬ。おぬしのそばで、その力を保ちながら、制止しておる。
そして、おぬしの星のそばには、影のように輝く白い星がある。その星は、おぬしの運命に、引きずり込まれるのを必死で抵抗し、自分の運命に逆らって、存在しておる。
その白い星は、カリュースの運命と自分の運命の狭間で、苦しみ悶えておる。それ故に、決して通常の状態では、存在してはおらぬ。お分かりか?」
ばばは、手にしていたカードを、さっと返すと綺麗にテーブルの上に並べた。三日月と太陽の模様が、一列に並び不思議な模様を描いている。
「儂は、自分の運命に従い、この地に現れたのじゃ。つまり、おぬしの星が、儂の星を呼んだのじゃ。
よいか、これから言うことを良く聞くのじゃぞ」
ばばは、真剣な目つきでカリュースを見ると、並べられたカードの左端に手をかけた。
「おぬしは自分の運命に逆らってはならぬ。たとえ、おぬしの周りにいる星々が、おぬしの巨大な運命に飲み込まれ消えてしまったとしても、おぬしは運命に逆らってはならぬのじゃぞ。
逆らうならば……」
左端のカードをゆっくりと返す。表に向けられたカードには、白い人骨が人の形をしており、その落ちくぼんだ目の中には、赤く、人の嫌悪感を誘う光が描かれていた。手には、巨大な鎌を持ち、鎌を持っている手とは逆の手には、人の生首が握られている──死神のカード。
「運命に逆らわず、従うならば……」
今度は、カードの右端に手をやり、そして、そのカードを返した。表を向けられたカードには、青い豪華なマントを付け、左手にはレッド・ルビーがはめられている杖を、右手には黄金の剣を握っている男の姿が描かれていた。
その頭には、数々の宝石をちりばめた宝冠をつけ、威厳に満ちた雰囲気を、全身に漂わせている、玉座に座った男──皇帝のカード。
「よいか、運命に従うならば、おぬしには皇帝が付いておる。じゃが、運命に逆らうならば、死神がおぬしの後ろに付くことになるじゃろう」
ばばは、そういうと、一呼吸おき、カリュースの反応を確かめた。
カリュースは、顔には何の表情も出すことはなく、じっとばばの言葉に聞き入っていた。
ばばは、安心したように目元を和らげると、再び言葉を続けた。
「とにかく、儂は偶然ここに居ったわけじゃないんじゃよ。
おぬしは、これから大きな転換期に入る。そのきっかけは、今日現れるじゃろう。そして、おぬしの探している人物は、北におる。
じゃが、焦って北に向かうでない。
おぬしの運命に大きく関わる紫の星が、南から近づいておる。その星を見つけてから、事を起こすのじゃ。
全ておぬしのそばにある、白い星が運命の取り次ぎをしてくれる。
白い星を信じるのじゃ。決して疑ってはならぬ。
それから、カネム」
ばばは、デスに向きなおった。
「お前さんは、近い内にきっと儂を必要とする。その時は、儂がいるrということを、忘れるでないぞ」
ばばは、それだけ言うと、カードをきり束ねて置いた。その目には、もはや先ほどの、北の魔女の、静かな、神がかり的な光はなかった。
タロットは、その行く末に静かに口を閉ざしていた……




