2.5-2話『それぞれの気持ち、それぞれの想い』
廉のクラスメイト。悠真、叶奏、美桜の三人がなぜかここに揃っていた。
「廉くん大丈夫? ごめんね、私がもっと早く言えればよかったのに……」
「今危ないって言ってくれたの叶奏ちゃんだったんだね。叶奏ちゃんが言ってくれなかったら三人に当たってたかもしれなかったし、そんなに落ち込まくて大丈夫だよ」
間違って発砲してしまった弾は地下射撃場の的を大きく外れて、壁に当たっていた。実弾じゃないとしても銃自体は本物のわけで、その弾は壁に少しめり込んでいる。
「ほんっとうにごめんね!? 廉を見つけて思わず話しかけちゃって……」
「本当にそうよ。これで廉が撃った弾がもしアタシに当たったらどうするつもり?」
いつも冷静であまり大幅に感情が揺れない悠真がペコペコと何回も頭を下げながら謝っている。そんな悠真をジト目で見つめながら話す美桜。
「えと、そういえばなんで皆ここに……?」
「今日は廉が全然部屋に帰ってこないから、もしかしたら課題のことでどこかで特訓してるのかと思って。職員室に言って廉のこと聞いたら地下射撃場にいるって美園先生が言ってたから様子見にここまで来たんだ。美桜と叶奏は途中で会って着いてきてる感じ」
「そ、そっか」
まさか三人が来るとは思ってなくて、正直あまり同じ空間に居合わせたくない。緊張するし、三人にとって今自分が頑張ってることは簡単に出来てしまうものだから。
「廉、はい」
「え、えっと……」
悠真が話終わると、美桜は振り返って尻餅を着いている廉に手を差し伸ばした。
「早く立ちなさいよ。いつまでそこに座ってるつもり? 訓練の時間が少なくなっちゃうでしょ」
「そ、そうだね」
あまり美桜はこういうことをしないから戸惑ってしまったが、彼女の言うことは確かに合っている。
美桜の手を借りて立ち上がった廉は他三人が一緒の空間にいることにあまりいい思いはなかったが、一週間という短い時間で最善を尽くさないといけないため、なんとか気持ちを立て直そうとする。
「さて、叶奏は射撃も組手も悔しいけど一番上手かったわね。今日は付きっきりで射撃を教えてあげなさいよ」
「うん、私でよければ教えるよ」
「え、え?」
美桜が発した一言は廉が想像もしていないものだった。
「せっかく地下射撃場の許可用紙に名前書いたんだし、アタシも自主練するわ」
「それなら僕もやっていこうかな」
廉の戸惑いの声は聞こえていないかのように、美桜と悠真はそれぞれレーンに行ってしまった。
一人で練習をしようとしていた廉。それは美園先生から先生達に教えてもらうのは禁止と言われたからだ。だから一人で、出来るところまでやろうって思っていたのに。
美桜の一言で、叶奏は廉の隣にいてくれている。そっと助け船を出されたような気持ちだった。
「じゃあまずは、廉くんが一発目撃ったとき私見てなかったから、確認のために数発撃ってみて」
「……うん、分かった」
叶奏に言われて、銃を構える。今射撃レーンにいるのは廉だけではなく美桜と悠真もいる。二人は既に撃っていて、初めて見たときから変わらず上手だ。
緊張する。出来すぎている二人と一緒に撃つなんて。だって、自分と二人の差がはっきりと分かるから。
『――案外、お前の思っているよりあの三人は完璧じゃないかもしれないぞ?』
脳裏に思い浮かんだあの時美園先生が言ってくれた言葉。
今なら、その意味が分かる気がした。
いつも完璧で、正直近付きづらく見えていた悠真の、廉に対して焦ってペコペコと頭を下げて謝罪する姿を知った。
あまり表情や声色を変えることがない叶奏の、大きな声で、緊迫した声で危ないと言ってくれたことを知った。
ずっと鋭い口調でどこか怖いと思っていた自分がいた。本人にとってはそうではない、だけど廉には響いた美桜の優しさを知った。
「よし……」
叶奏に言われた通り数発撃った。弾は半分的の外へ、そして半分がなんとか的内に撃てている感じだ。
「初めて見たときとは全然違うね。……ねえ、もしかして手を抜いてたりした?」
「ち、違うよ! あの時は……俺の中で色々ごちゃ混ぜになってたっていうか……えと、そうだ、今更だけど俺、叶奏ちゃんに射撃見てもらってもいいのかな」
こちらを見つめる叶奏の目が一瞬鋭くなった気がして、廉は咄嗟に別の話題を振る。そうじゃないと、その鋭い目つきだけで震えてしまう。
「問題ないと思うよ。美園先生が言ってたのは先生達に教えてもらったらいけないってことだけでしょ? 生徒もとは一言も言ってなかったから」
「そっか、その通りだ。……さっき、なんで美桜ちゃんは叶奏ちゃんに射撃教えてもらえばいいって言ってくれたんだろ」
別のレーンで同じく射撃練習をしている美桜を見つめて、廉は呟く。
廉にとってはとてもありがたいことだが、あまり彼女が言わなさそうなことでもあったから。それが気になってしまうところだ。
「多分、六年間ずっと戦える相手が欲しいからじゃないかな」
「ずっと、戦える相手?」
あまり聞かない理由に廉は疑問を口に出す。
「私、美桜ちゃんと同室なんだけど、美桜ちゃんってすごい努力家で負けず嫌いなんだよね。入学式終わって寮の部屋に行ったとき、美桜ちゃんは荷物の荷解き終えたらすぐに置いてあった教科書に目を通してたの」
「そうなんだ……」
「それに、初の射撃や体術と組手の授業の時、私は組手で美桜ちゃんが相手で戦って勝ったとき、美桜ちゃんはすごく悔しがったけど「今のやつ、アタシにも教えてよ。……お願い」って、敵でありながら私に頭を下げて教えてって言ったんだ」
「……全然、知らなかった」
「美桜ちゃんは負けず嫌いだけど、強くなるために根を詰める努力家で、敵に頭を下げてまで自分は強くなりたいっていう潔さもあるんだよ」
叶奏から見る美桜を知った。ずっとどこか怖いと思っていた美桜だけど、裏では強くなるために努力してて、自分が強くなれるなら敵にだって頭を下げる。
廉は再びレーンで射撃練習をしている美桜を見つめる。
叶奏は廉に助け舟を与えたのは、戦える相手が欲しいからと言った。だとしたら、こんな何も出来ない自分でも、頑張れば強くなれる人だと考えてくれてるのだろうか。
「……よし! 叶奏ちゃん、俺に足りないところは何? どうしたら皆みたいに上手くなれる? 遠慮しないでもっと俺にダメ出ししてほしい!」
「うん、分かった。じゃあビシバシ行くよ」
表情が明るくなった廉の言葉に、叶奏は嫌な顔一つせず了承してくれた。
「手はちゃんと添えて。態勢が崩れないように腰を落として膝を曲げて。銃の反動はハンドガンでもすごいから、逆に体をぴっと真っすぐにしちゃだめだよ」
「分かった!」
今日は使える限りの時間を地下射撃場に籠って叶奏の指導を受けた。
叶奏は分からないところがあったら実際に撃つところを見せてくれたり、やって見せてくれるから廉にとってすごく分かりやすかった。それに叶奏自身優しいから、ビシバシ行くよと言っていたけど実際はあまりスパルタではなかった。
「もう五時半過ぎてたのね。三人とも、六時に食堂開くし、今日はここまでにしましょ!」
壁にかけてある時計を見て美桜は三人全員に伝える。
教室を出てすぐに地下射撃場に行ったから、二時間はここにいたと思う。
「叶奏ちゃん、今日はありがとう。やっぱり叶奏ちゃんはすごいや」
「私はお姉ちゃん達とお兄ちゃん達に教えてもらってたから出来るだけだよ。小さい頃から銃に触れてきたし、戦い方も教えてもらったし」
「叶奏ちゃんはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだ。小さい頃からそういうことを教えてもらえるって……もしかして叶奏ちゃんの家族って軍の中ですごく偉い存在だったり?」
「……えっと、うん、兄弟が多い方ではあるかな。お兄ちゃんの一人は桜木教育学校に既に通ってるんだよ。確か三年一組って言ってた」
少し話をはぐらかされた気がしたけど、今この瞬間でも叶奏の色々なことを知れた。皆区画が違う敵なのに、互いを知って一緒に何かをするって楽しい。廉はそう思った。
片付けをして四人は地下射撃場を出る。最初は憂鬱だったのに、今はそれが少し晴れた気がする。
これも、皆は勿論完璧で、自分よりも上だけど、どこか親しみやすいところがあるって知れたからなのかもしれない。
「そうだ、廉……」
「どうしたの、悠真くん。少し表情が暗いような……?」
地下射撃場を出て廊下に出たとき、それまで喋っていなかった悠真が口を開く。なんだか重たい雰囲気だ。
「僕らが後から入ってきて、廉の射撃がずれてさ、壁に当たっちゃっただろ? 実弾じゃないにしても壁にめり込んじゃったし……だから、僕が一人で職員室行くから三人は先に戻ってていいよ。ちゃんと許可用紙に全員分の名前書いておくから」
「分かった。任せるわ」
「美桜ちゃん早い!」
判断が早い美桜の返答に廉のツッコミが廊下に響く。
確かにありがたいが、それってつまり、
「悠真くん一人で怒られるつもりでしょ? だったら俺も行くよ! そもそも撃ってたのは俺だもん」
「だそうよ、悠真。アタシは戻るわ。だって代わりにやっておいてくれるんでしょ? 叶奏はどうする?」
美桜の言葉に少し考えた叶奏は、美桜と同じく一緒に戻ることにした。
二人を見届けて、廉と悠真は職員室へ急ぐ。
「……ねえ、悠真くんでも、焦って謝ったりするんだね」
「もしかして嫌味? 過ぎたことをいちいち口に出すなんて、廉も大人げないなぁ……って、今回に関しては全面的に僕が悪いし、そんなこと言えないね」
笑いながらそう言う悠真を、もう最初の頃の印象とは別で見ることが出来た。
「悠真くんって完璧で、非の打ち所がなくて……逆に、ずっとどこか近付きづらかったんだよね。最初、悠真くんから話しかけてくれたときから」
「まあ、一組の中でなら誰よりも器用な自信はあるかな!」
腰に両手を当てて自信満々にドヤ顔をかます悠真に、ふっと笑みがこぼれる。
「俺の中だと、悠真くんが謝る時は「あはは、ごめんごめん」って、笑いながらする感じなのかなって思ってたよ」
「ちゃんと僕が悪い時は謝るよ? そんなに笑いながらしないって!」
お互いにぷっと吹き出して、笑い合いながら職員室に向かった。
なんだかこの時間が楽しいし、暖かい。他区画の敵とかそんなの取っ払って、『友達』になれたような、そんな感じがした。
この後、職員室に向かい事情を話した二人は美園先生に怒られることを覚悟していたが、一年生の時はよくやることだから大丈夫だ、と言われた。
今日の地下射撃場であったことを聞かれ、廉が正直に話すと、なぜか美園先生や他の先生の表情は柔らかくなったのだった。




