2.5-1話『才能と凡才の教室』
一年一組の話です。時系列的には委員会体験週間が始まる前です。
そこは一年一組の教室。その教室である男の子が机に伏せて頭を抱えていた。
自分に自信がないのは重々承知。だからといって最初から出来ないと決めつけるのではなく、一回はやってみようと思うのが彼の良いところだ。
だけど、やった、勿論全力で。一生懸命に取り組んだ結果がこんなことになってしまい、とうとう本当に自信がなくなりそうだった。
全力で取り組んだ故に生まれた状況こそ一番心に突き刺さる。だったら適当にやった方がそこまで気分が落ちることはない。
「はぁ……どうしよう」
そう呟くのは、クラスは一年一組所属、そして後に委員会は諒と同じ図書委員会。緑がかった黒髪が特徴の、名前は――影澤 廉。
◆◇◆◇◆◇
時間は遡り数日前。
入学式を終えて、一番最初の実技の授業、過酷な体力育成を乗り越えて。
あの時は果てしないマラソンに何度か心は折れそうになった。いや、もう既に折れていたかも。
最初の実技の授業を乗り越えて、翌日から体力育成の他に体術や組手、射撃訓練も授業に入っていた。
「これは……すごいな」
思わず口元を片手で覆い呟くのは一年生の実技の授業担当――美園先生。
今は学校の地下にある室内射撃場にて射撃訓練を行っている。最初に教科担当の、この場合一年一組の担任である詠田先生から学んだ銃を撃つときの姿勢や持ち方をこの場で振り返えりながら実際に本物の銃に触りながら教える。
それが終われば実際に撃つ。一年一組の生徒達――影澤 廉、羽鳥 悠真、白崎 美桜、望月 叶奏の実際の射撃の腕を一歩遠くから美園先生は見ていた。
射撃に関しては今日初めて触った。姿勢が悪い。手の位置が悪い。真っすぐに弾が飛んでいかない。これらはまだ許容範囲だ。
だが、最初からこんなに上手い生徒達がいるのは初めてだった。――ただ一人を除いて。
まず白崎 美桜。彼女は元々感覚を掴むのが上手い子なのだろう。最初こそ躓いていた箇所があったが自分でもどこが駄目なのかが分かるからこそ、終盤になればその弾は真ん中に近い場所を撃つことが出来るようになっていた。
次に羽鳥 悠真。彼はとても器用な子だった。その器用さに限界はないのか。美園先生が教え、実際に撃つ姿勢などを見せれば、彼はまだ十三歳にして大体七十五パーセントの出来栄えで完璧に撃ってみせた。もちろん的は大幅に外すことはなく。
最後に一番の大物であり化け物――望月 叶奏。彼女の銃の腕は他二人を圧倒していた。弾は全て的の真ん中付近、一番的の真ん中から離れているものでもたった数センチしか離れていない。彼女の名字、出身区画からそれは当然なのだが、まさかここまでとは、と美園先生も思っていなかったのだ。
そしてそれは射撃と続き、体術、組手でも三人はそれを発揮したのだ。
だが、その結果に一番驚きを隠せないのは美園先生だった。
(……今まで俺が担当した学年の中でも一番だ。今の上級生でも四年生を除いて最初からこんなに出来る子はいなかったのに)
間違いなく、いずれこの三人は将来区画にとって有望の兵士となるだろう。一年一組は『そういう子達』が集まっていた。
だが――、
そういう実力派が集う一年一組でも、ある意味この三人より目立つ男の子が一人いた。
それが影澤 廉。彼はこの三人より天賦の才を発揮したから目立っているのではない。逆だ。美園先生が今まで見てきた生徒より『出来なさすぎる』から目立っているのだ。
影澤 廉。彼は違う意味で美園先生を驚かせた。銃の腕は正直最底辺。体が震えてフォームが悪い。銃の発泡音に怖がってまともに的を狙えていない。
組手はそもそも相手に臆してあまり自分から攻められず、逆に相手から簡単に一本を取られる始末。
決して廉は手を抜いているわけではない。むしろ全力で取り組んでいるのは伝わるのだが、いかんせんそれが空回りしている状態。
(さて……どうやって教えようか)
美園先生もここまで極端に出来ない子を見たのは初めてだった。だけどそれは廉の性格的なものから来ていて、それを取り除けば廉は飛躍することが出来ると美園先生は考えていた。
数日かけて廉の色々な行動パターンを見て、自分の中にあった一個の考えが確信に変わったとき、美園先生は『あるもの』を廉に与えた。
「廉、お前には一週間後の放課後――ある課題を受けてもらう」
「か、課題、ですか……?」
廉の戦闘スキルのアップ、そして心情の解消も含めて、美園先生は『課題』与えることにしたのだ。
◆◇◆◇◆◇
課題の内容は『一週間後、射撃、組手のテストを行う。射撃は美園先生が指定した範囲のエリアの的、五点から十点の間に三発当てること。組手は同じく一年一組所属の羽鳥 悠真と模擬試合を行い、悠真が次の攻撃態勢に移れなくさせれば廉の課題達成とする』だった。
この課題に関しては美園先生や他の先生から教えを乞うのは禁止。もし一週間後課題を達成出来なければ毎日放課後一人で居残り補習を受けてもらう、とのこと。
(……普通に考えれば無理だよ!)
考えれば考えるほど無理だ。こんな課題出来るわけがない。
(組手に関しては相手は悠真くん……)
確か悠真は組手の時冷静に相手を見て、なんとか廉が繰り出せた攻撃全て避けられてそれを利用された。そんな相手に自分が敵うわけがない。
(なんで美園先生は俺にこんな課題を与えたの……?)
課題を与えたくせに、肝心の美園先生からは何も教えてくれない。美園先生以外にも担任の詠田先生に教えてもらうこともできない。こんな状況でどうやって課題を突破すればいいのか、廉は分からなかった。
(俺以外のあの三人は……出来すぎだよ。俺はこんなにも出来ないのに)
放課後、とりあえず一週間後の課題のために射撃練習をしに地下射撃場に向かうことにした。組手は一人でやるには限界があるけど射撃なら一人でもできる。
地下射撃場を使う許可を貰いに職員室へやってきた廉。
「失礼します」
職員室に入り許可を貰おうと詠田先生を探すも、今はいないようだった。だけど美園先生はいるようだったから代わりに美園先生の机に向かう。
個人的にあまり美園先生の所へ行きたくはないのだが、他の組の先生とはそんなに面識がなく、話しかけるのは難易度が高い。
「あの、地下射撃場を使いたくて……その、許可を貰いにきました」
「一人で行くのか?」
「はい、そうですけど……?」
美園先生の返答に少々疑問が浮かぶ。渡してくれた許可用紙に名前を書き、美園先生に渡す。
「廉、一週間後の課題、頑張るんだぞ」
「頑張るんだぞって……美園先生が課題を与えたんじゃないですか」
そうだな、と美園先生は口元を綻ばせながら頷く。その態度に何故か苛立ちが沸いた気がした。
自分は与えるだけ与えたくせに。初日の授業の時に言ってくれた『僕が六年間お前らを育てる。出来なくてもいい。僕は一人も見捨てない』という言葉。あの言葉を言ってくれて、廉は純粋に嬉しかった。心に響いた。
(なのに……)
全部嘘だった。結局は出来ない自分が面倒くさくなって、適当に課題を与える。
「廉、周りの実力に怖気づくな」
「え――」
「お前はお前の努力の形で六年間頑張ればいい。……あの三人の実力ははっきり言って僕も驚いた。だからといって、お前が怖気づく理由にはならない」
「…………」
「お前はもっと周りの人間を知れ。案外、お前の思っているよりあの三人は完璧じゃないかもしれないぞ?」
この美園先生の言葉を聞いて、正直とても驚いた。先生の意図はまだ分からないけど、廉があの日感じた思いとそこから生まれた劣等感。その全てを見透かされた気がしたから。
扉を開けて、地下射撃場に着く。入り込んできた地下の冷たい空気に、身震いを覚えた。
廉以外に誰もいない地下射撃場。沢山あるレーンの真ん中に立ち、置いてある銃を手に取りそっと構える。
姿勢、構え方、これらは詠田先生の授業でも美園先生の授業でも習ったことだからちゃんと覚えてる。
姿勢を構え、引き金に指をかけた。
あの時感じた思い。今でも覚えている。射撃に限らず組手でも、廉以外の悠真、叶奏、美桜の三人の才能を見て、廉は途端に我に返って、実力に圧倒されて、そして酷く焦った。
自分より、普通より、『出来すぎている』三人を見て、咄嗟に廉は今までのことを振り返った。
自分は何か突出したものがあったか? 何かあの三人より勝るものを一つでも持っていたか? ――答えはノーだ。
何も持っていない。だから三人の高すぎる実力を見て、一気に自信がなくなってしまった。
三人は自分よりも高い場所にいる。そう思ったら、将来自分が立派な兵士になれるかも怪しく感じて。銃を持つ手も、組手が始まる瞬間も、どちらも震えが止まらなかった。
その結果がこの課題を与えられるに至った経緯なのだが。
「…………ふぅー」
心を落ち着かせるために深呼吸を一つ挟む。ゆっくりと息を吐いて、指をかけた引き金に力を込めて。
「やっぱり、一人だとそれなりになのかな」
一発撃ち、銃を下ろす。見つめた先は的。廉が一発目に撃った弾は、的のかなり上に命中していた。なんとか的の中に撃てたことに安堵する。
これが現時点での廉の本当の実力なのだろう。初めて撃った時は三人の凄さに驚いて、銃を持つ手が震えてあまり狙えなかったし、音に敏感になっていたのか発砲音で弾道がかなり逸れてしまった。
「よし、二発目も……」
少しの休憩を挟み、再度銃を構える。
「あ、いたいた。おーい、廉ー」
覚悟を決めて二発目、と思っていたところに後ろから別の声が聞こえた。
いきなり聞こえた声に驚いて咄嗟に後ろを向こうとする。――手に持った銃の存在を忘れたまま。
「! 廉くん危ない!」
聞こえた高い女の子の声に廉はハッと気づく。手に銃を持ったまま、それはセーフティーを解除したもの。
廉は驚いて後ろを向こうとして態勢が悪くなり、誤って発砲された銃の反動に負けてしまい後ろに倒れてしまう。軽く尻餅をついた廉に三人の男女が駆け寄った。
「廉、アンタ大丈夫? 悠真、せめて廉が撃った後に話しかけなさいよ、危ないでしょうが」
顔を上げた先には、自分のクラスメイト達が揃っていた。




