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にがあまメモリーズ  作者: 空犬
『陽春の章』
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4-10話『無邪気な一年生』

久しぶりに投稿します

 皆でこの景色を見るのも悪くない。そう思ってしまったとき、彗斗の中で多大な罪悪感が生まれた。

 翠と二人だけならまだしも、他の奴らも込みでそう思ってしまった。それは敵に絆されている。情を見せてしまったもの。


 こんなの、第七区画を裏切ることと同じだ。


「……彗斗? 大丈夫?」


 隣に座っている翠は心配そうに自分に声をかける。その言葉に周りの奴らが自分のことを心配そうに見つめたり、言葉をかけてくれる。「大丈夫」「体調悪いのか」「心配」誰が言ってくれたかなんて聞いていなかった。


「そ、そういえばさ、今って何時なんだろうな。寮の時間もあるし……ん?」


 とりあえず焦点を自分からずらしたくて、話を逸らすために別のことを言う。だけど何の気なしに彗斗が言った言葉で周りが凍りついた。物理的にではなく、雰囲気が。


 彗斗以外の全員かと思いきやそうではない。主に凍り付いているのは翠、功雅、沙良、優依の四人。偶然にもこの花見の計画を立てたメンバーだ。それ以外のメンバーは彗斗の言葉に頷いていたり、肯定したり。


 彗斗の言葉から凍り付いて動かない四人。下を向いてわなわなと震えている。言ったらだめなことを言ってしまったのかと、彗斗は自分の短い言動を振り返る。その時、俯いて震えていた四人が一斉に顔を上げ、


「……そ、そうだよ! 今時間何時!?」


「え、えと、そもそも私たち、何時に寮を出たんだっけ……!?」


「こ、功雅時間!」


「俺に聞かれても分かんねえよ!」


 すごい剣幕で四人一斉に喋り始める。この慌てようは、絶対時間のことを忘れていたなと彗斗は静かに察する。

 その後もその慌てっぷりは止まることはなく、


「と、とりあえず今すぐ帰った方がいいかな!? どうしよう沙良ちゃん!?」


「も、もう寮閉まってたらどうしよう沙良ちゃん……!?」


「レジャーシートに気を取られすぎた! どうする沙良!?」


「くっ……功雅の言う通りレジャーシートに気を取られ過ぎて、重要な時間を確認する手段を確保し忘れていたなんて……!」


 テンションの起伏の大きさに他五人は置いてけぼりになっていた。

 端から見れば四人はすごい焦って、慌てて、悔しがって、反省して。


「……ふはっ」


 そんな四人のぐるぐる変わる表情に、いつの間にか彗斗は顔を綻ばせて吹き出していた。


「ふはは、そんな表情コロコロ変わらなくても……ははっ、ほんとおかしい」


 口元を押さえながらも耐えられないといった彗斗の笑い声は、次第にこの状況に焦っていた四人を除く他皆に電波していく。


「あはは、そうだね。すごい速さで表情変わってって面白いかも!」


「はは、お前らずっと準備してたんじゃないのかよ! ひひひ、功雅もいるのに。四人とも意外にポンコツなんだなぁ」


 最初に電波した來香と伊月の笑い声で彗斗は周りに気付く。人前で、しかも敵の前で無邪気に笑ってしまった醜態に顔が沈んでしまいそうになる。

 だけど、


「伊月くんの言う通りだね。あはは、いつの間にか笑い声が僕にも移っちゃったよ」


「なんでお前らそんなに笑っているんだ?」


 つられて同じく笑ってしまう諒。いつも通りの無表情だけど目を丸くしてぽかんと疑問を口に出す彼汰。


 皆が彗斗の、自分の笑い声につられて一緒に笑い合う。その光景に何故か彗斗は、あまり嫌だとは思わなかった。

 だけどまだ戸惑いの方が大きい。


「ちょっとあんた達笑わないでよね!」


「そうだよ! 僕達本当に焦ってるんだよ?」


 そう対抗する沙良と翠の言葉は笑っている皆には響かない。

 皆分かっている。分かっているのだが、何故だかおかしく見えて、笑い声を抑えられずにはいられないのだ。


「こんだけ笑われれば俺達が何言っても無駄だな」


「あはは……うん、そうかも、しれないね」


 この状況を冷静に見てしまった功雅と優依は諦めモードで言葉を溢す。だけどその表情は優しく、綻んでいる。


 この笑いの発端を生み出した張本人の彗斗は、戸惑いながらもあまり嫌と感じていない自分の心境に驚いていた。


 周りを見てみる。皆笑っている。それはそれは楽しそうに。


 なんだか暖かい。場の雰囲気も、そして心も。じんわりと暖かいような気がした。


「――お前らここにいたのか。渚の考えが当たったみたいだな」


 この場にいる三組の誰でもない男性の低い声が皆の笑い声の中に響いた。


 全員その低い声に気付き辺りを見渡す。すると、翠達が来た方角から紺色の制服を着た男女六人がこちらに向かってくるところだった。

 紺色の制服を着た六人。一人は青髪を伸ばし所々ピンクのメッシュが入ったハーフアップの男性。髪型だけみれば女性とも見えるその人を翠はいち早く誰なのか分かった。


「翠、またここまで来たの?」


 翠の名前を呼ぶ――六年三組、そして自然委員会委員長の伊集院 渚。

 そして渚の声を合図に次々と呼ばれる声達。


「伊月~、先輩が迎えに来ましたよ~」


「優依ちゃん! 見つかってよかったぁ。他の一年生は大丈夫!? 怪我はしてない?」


「入学してまだそんなに日は立ってないのに皆で夜に花見か。いい傾向だな。さて、來香は……そんなとぼけ顔出来るなら大丈夫か」


「渚の考えが合っててよかった……彗斗くんも他の皆も無事みたいだし」


 渚の横には同じく六年生の綾瀬 呉羽、橘 水萌、狩屋 悟、紅川 未舞。


 六年生はそれぞれ一年三組に近づく。呉羽だったら同じ飼育委員会の伊月。水萌だったら同じ保健委員会の優依とその隣にいる沙良も一緒に。


 翠には渚が。彗斗には未舞。渚は安心したように「見つかってよかった」と言って翠の頭を撫でる。翠はその優しい手つきに同じく少しの安堵を得たが恐怖もあった。


 なぜか、それはこの前心優と離れて勝手に門まで行って渚含む陽向、詠田先生に注意を受けたばっかりだからだ。今度こそ怒られるのではないか。今はその手は頭を撫でているが次の瞬間にはほっぺに平手打ちを食らうのでは。半分はそんな考え。


「翠くん」


「は、はい……」


「ここの桜はとても綺麗だよね。皆とのお花見は楽しかった?」


 渚はそう言って桜の大木を見つめながら翠に尋ねる。なぜ自分達が寮を抜け出してこんな所にいるのか聞かれないことに疑問はあったが、聞かれた通り、今自分がどんな気持ちなのかを答える。


「は、はい。……とっても楽しかったです!」


「ふふっ、それはよかった」


 楽しそうに、そう笑顔で答える翠に同じく渚も笑顔が映ってしまう。そして、意を決して渚に恐る恐る尋ねるように問う。


「伊集院先輩、あの……お、怒ってないんですか……?」


 そう聞かれた渚は少し考える素振りを見せると、ゆっくりと口を開いた。


「先輩としては怒らないといけないんだけどね」


 その言葉を翠はあまり理解出来ず頭上にはてなマークを浮かべる。


「俺達も一年生の時に同じことをしたことがあるからな」


 翠の後ろから渚じゃない別の声が聞こえ、渚の次に言葉を紡ぐ。この声はさっき自分達に一番最初に声をかけた低い声と一緒だ。

 後ろを振り向くと、その男性は彼汰と一緒にいた。深緑色の髪、目がキリッとしててクールな感じだ。


「えっと、彼汰くん、この人は……」


「この人は安全委員会委員長の(すめらぎ) 龍輝(りゅうき)先輩だ」


「あ、安全委員会委員長!?」


 驚く翠を見てニッと笑う龍輝はレジャーシートに座っている翠に合わせて腰を落とす。


「ああ。クラスは呉羽と同じ六年一組。あと安全委員会の委員長をやらせてもらってる。安全委員会は委員会体験週間に入ってないから、翠とは初めましてだな」


 「よろしく」と言って手を差し伸べ握手を求める龍輝に、おずおずと翠も手を伸ばし握手を交わした。


「あの、皇先輩、俺達も一年生の時同じことをしたってどういうことなんですか? もしかして先輩達もここで花見を……?」


 そう聞かれた龍輝は渚と目を合わせると、お互いにぷっと吹き出した。翠も、側にいる彼汰も目を丸くする。ぽかんとしている翠に、


「あはは、ごめんね翠。翠達がやってることと僕達が昔やったことを比べるとなぁって思ってね」


「そうだな。多分翠達より怒られたことをしたからな、俺達」


 そう言って笑っている渚と龍輝を二人は見つめる。あまり話を理解していないからだ。

 その間にも渚と龍輝は「懐かしい」なんて言って思い出に浸っている。自分達のことを忘れてはいないか。


 その二人の視線に気付いた渚と龍輝は一つ咳払いを挟み、昔の思い出を語ってくれた。


「僕達が一年生の時は、夜に第二の門を出て門庭にある山に皆で登ったんだ。確かその日は満月だったから頂上から見る月がすごく綺麗だったなぁ」


「そうそう。賛成派と反対派もいたから結局、一組から俺と呉羽、二組から水萌と悟、三組からはお前と未舞の六人で行ったんだよな」


「門庭に出るとき、呉羽が飼ってる動物達に協力してもらって西門門番の青燐(せいりん)さんを誘導してくれたおかげでばれないで出れたんだ」


「俺達六人で山登って、頂上で月を見てる頃、寮では俺達がどこにもいないって騒ぎになってて……見つかった時はこっぴどく小豆沢先生に怒られたっけな」


 確か渚が下級生は門庭には出れない。上級生か先生の同伴がないと出てはいけないと言っていた。

 今回翠達は第二の門には出てない。あくまで学校の敷地内で行ったお花見という違いなのかもしれない。渚や龍輝は門の外に出たからこっぴどく怒られてしまったのだろう。


「伊集院先輩も怒られることなんてあるんですね……」


「そりゃああの時は一年生だったからね。今までだって怒られたことはあるし。そんなに完璧じゃないんだよ、僕って」


 すると龍輝が周りをきょろきょろして、自分達が来た方向をジッと見つめる。そこに渚が問いかける。


「そろそろ来そう?」


「ああ、既に連絡はしてあるし、気配が近づいてくる」


 二人の言っている意味が分からなく再度翠と彼汰は顔を傾げて再度ぽかんとする。


「さっき翠くん、僕に「怒ってないんですか?」って聞いたよね」


 龍輝と話していた渚が振り返り、二人に向かって話し始める。今言った言葉はさっき渚に怒られるのが怖くて恐る恐る口に出して聞いた言葉だ。だが、翠にとってなぜ今それが出てくるのか分からない。


「僕達が怒らないのは自分達も似たようなことをしたことがあるからっていうのもあるんだけど、一番の理由は……」


 続けて言った渚の言葉の後に、六年生の誰でもない。そして一年三組の誰かでもない声が響いた。


「――お前たち、ここにいたのか!」


 その声は一番慣れ親しんでいる声で、翠達が日常でよく聞く声の持ち主。いつも穏やかな声が、今聞こえたものは張りあげて怒りが含まれているのが分かった。


「今回叱るのは僕達の役目じゃないからだよ」


 その声が聞こえて三組全員が肩をビクッとさせる。それを横目に見ながらも笑顔で、『その人』の怒声にかき消されてしまったものを言う渚は少し意地悪に見えた。


「――あ、小豆沢先生……」


 翠が零した一言で、完全に怒っている、怖い顔をしてる一年三組の担任――小豆沢先生がこっちに向かってくる。そして更にその後ろには一年生の実技担当の――美園先生まで。美園先生もあまりいい顔はしていない。小豆沢先生と同じくとても怒っている。


「六年生の皆、まずは三組の子達を見つけてくれてありがとう」


 三組の元に着いた小豆沢先生がまず行ったのは六年生への感謝の言葉だった。


「いえいえ、それが私達六年生の役目ですから」


「パジャマだったのにもう一度制服に着替えないといけないのは面倒くさかったです!」


「こらっ、呉羽!」


 礼儀正しくそう言った未舞の横で、ビシッと手を上げながら付け足した呉羽。

 未舞が六年生として良いことを言っている最中だったのに台無しになってしまった。大体呉羽が言うことを分かっていたのか他の六年生も先生達もあまり引いていない。


「六年生は寮に帰りなさい。僕と小豆沢先生は……」


 そう言って怖い顔の美園先生がこっちを向いた。


「この子達に教えないといけないことがあるからな」


「ええ、そうですね。僕は担任として、一番に言わないといけないことだ」


 怖い顔をして、獲物を捕らえたみたいに二人の先生の目が光って見えて。翠が恐る恐る顔を動かして周りを見れば、三組の皆全員先生達から目を逸らせないでいるようだった。あのお調子者の伊月も、いつも冷静の諒と彗斗も、そして隣にいる彼汰も、そのヤバさを感じ取っていた。


 咄嗟に渚に目線を向ける翠だったが、


「じゃあ、任務も終わったので僕達は帰りますね。翠、またね!」


「先生! 説教するのは止めませんけど、あんまり三組の皆を遅くに帰さないでくださいね! 春だとはいえまだ夜は冷えるし、皆パジャマで薄着なので!」


 きっぱり帰ると言った渚と三組の体調の心配をしてくれた保健委員会委員長の水萌の言葉で、六年生はあっさり帰ってしまうのだった。


「さて……」


「それじゃあ……」


 そう言う美園先生と小豆沢先生の顔は見れないままだった。



                 ◆◇◆◇◆◇



「……はぁ、もうこんなことしたらだめだぞ?」


「はい……」


 三十分もしない美園先生と小豆沢先生のお説教が続いた。小豆沢先生の最後の言葉に、三組全員口を揃えて返事をした。


「よし、言いたいことも言い終わったし、皆で寮に帰ろう」


 優依と沙良でレジャーシートを片づけて、皆揃って寮に帰る。先生達のお説教はとてもヤバかったが、それ以上に楽しい思い出になったのも事実。歩く翠の横には、優依、沙良、功雅が揃っていた。

 四人は顔を見合わせて、


「――大成功!」


「四人共、ちゃんと反省してるのか~!?」


 手と手をパチンと重ねて、小豆沢先生のツッコミともいえる言葉を受けながら、笑顔で花見計画成功のお祝いをするのだった。

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