4-1話『桜の大木』
四月ももうすぐ終わる頃、今は放課後、自然委員会の活動中の翠。
この前は叶奏と一緒に花壇の世話をしていたのだが、今日は三年生の星奈 心優と二人ペアで校舎裏の花壇の世話を行っている。
叶奏と陽向ペア、委員長の渚は一人、渚は時々様子を見にやってくるよとは言っていた。自然委員会メンバーの交流も兼ねて色々なペアを作り活動していく。それが最初に行われることらしい。
心優とは同じ委員会だから他の三年生の先輩より一緒にいる時間が多いが、こうして二人きりで作業をするのはこれが初めてだ。
心優は優しくて分からないことがあったらなんでも教えてくれる。年上で先輩ということもあって本当姉みたいだなって思う。
というより自然委員の皆は優しい人が多い。委員長の渚は優しくてかっこいい、兄というか父みたいな感じがする。
陽向は元気で適当なところがあるけど、すごく頼りになる兄みたいな存在。性格のおかげなのか気軽に声をかけられる。
叶奏は大人しいけど皆と同じく優しくて、同い年だからやっぱり仲良くなるのは早かった。
ぶっちゃければ皆優しくいい人ばっかりなのだ。雰囲気が和やかであまり気を遣わなくていい、居心地がよすぎる。
「あ、袋いっぱい持ってきてたつもりだったのに……」
隣で作業していた心優がボソッと呟く。その手には一枚のビニール袋。
袋の替えを重ねて持ってきていた心優は、束になってるビニール袋だと思っていたものが全然束ではなくて二、三枚しか重ねられてないものを持ってきてしまったらしく、顔が少し沈んでいた。
「本当だ……じゃあ僕取りにいってきます」
「ううん、いいよ。私が取ってくる。まだやる場所はあるし……翠くんは引き続き作業してて」
「分かりました」
「翠くんが持ってるビニール袋が満杯になったらこっちのビニール袋使ってね。一枚しかないけど、すぐ戻ってくるから!」
心優が持っていた最後の一枚をもらい、ビニール袋を取りに急いで駆けていった。
先輩の姿を見届けて翠は作業に戻る。校舎裏にはあまり人は来ない。そもそも校舎内で行う委員会がほとんどなため、一人になると途端に静かになる。
主に外で活動している飼育委員会がいるけど、今翠がいる校舎裏の花壇からは遠いから何か話し声が聞こえるとかも特にない。叶奏と陽向も同じ校舎裏の花壇を担当しているけど少し離れている。だから聞こえるのは風の音のみ。
今日は暖かくて風が気持ちいい。絶好の日向ぼっこ日和だと思う。自分はしたことないけど。
「よし、ここは終わった。次は隣の花壇だ」
今やっていた花壇の世話が終わり、次は隣の花壇を目に映す。
作業に取り組もうとした翠だが、使い終わった袋をまとめていると不意に背後に目がいってしまう。
校舎裏って翠はほとんど行ったことがない。武器庫とか体育館とか、学校から少しだけ離れている場所にある建物も、学校の敷地が広いから大体校舎横にある。
武器庫は渡り廊下で行ける。体育館は工事中だが少し前に気になって様子を見に行ったら同じく渡り廊下で繋がっていた。
寮もちゃんと道があるから迷うことなく行けるし、自然委員会でなければこういうところには行かないのではないか。
学校は二層の壁の中にある。だからこの敷地にも限界があって奥には絶対壁があるはずなのだが、この位置ではまだ見えない。
(奥には何か建物とかあるのかな)
好奇心は抑えられない。翠は道具をその場に置き、気付けば奥を目指して歩いていた。
学校の敷地内には色々な木が植えてある。森の中、とまではいかないが結構自然に溢れていると思う。
委員会活動中に渚が学校の敷地にある木は全部同じものじゃなくて、色々な種類の木が植えてあるとかって言っていた。名前は教えてもらってないけど。
あまり学校の裏側を知らないためただ壁を目指してまっすぐ進んだ。何か発見があると信じて進んでいると、
「この建物……なんだろう。そうだ、こういうときこそ紫雨さんからもらった地図を……」
進んでいると、今まで見てきた建物を比べるとあまり大きくない、普通の家みたいな二階建ての建物を発見した。
紫雨からもらった地図を取り出し、翠がさっきいた場所から当てはめて今いる場所を探す。地図をあまり深々と見ていなかったから、こんな学校と離れた場所に立つ建物があるなんて、と正直驚いている。
この建物は壁から近い位置にあるから本当に学校から離れている。もしかして使われていない廃墟みたいな建物なのかと少し焦ったが、建物自体は綺麗だし、カーテンがかかっている窓も見えるからどうやら違うらしい。
頭は悪い方だが、悪いなりにこれがなんの建物なのか考えてみる。
(真ん中が学校。左右には武器庫、体育館……)
地図をよーく見て現在分かっている建物を全部把握する。
(生徒の寮の隣にある建物は確か先生達の寮って言ってた)
そしてもう一回目の前にある建物を隅々まで見る。横も、後ろも。この建物を一周し気付いたことは、外装は施設っぽいけど、広さは小さめということ。
倉庫もある。生徒の寮もあるし先生の寮もある。まだ使われていない役割の建物とはなんだろう。
「……あ、もしかして……理事長が住んでる建物、とか?」
建物の名前、用途を順番に頭の中に思い浮かべたとき、理事長室はあるけどそれ以外で何か理事長が使っている建物が存在していないことに気付いた。先生達の寮で暮らしているっていう可能性も存在するが、今翠なりに考えて出した答えは『理事長が暮らしている建物』だ。
案外正解に近い答えを出せたのではないか、と思い少し嬉しい。
この建物が理事長が住んでいると仮定して、なぜこんなにも学校から離れた場所に建てたのか気になるところだ。
理事長っていわばこの学校で最も偉く、ボスみたいな存在。そんな存在がこんな何もない場所で本当に寝泊まりしているのか、考えれば考えるほど疑問は増えていく。
(まあ、考えても仕方ないか)
翠は一旦考えることを放棄。当初の目的は奥まで行って壁が本当にあるのか見つけること。この建物を見つけた時点で壁はもう見えている。翠は目の前の建物からすぐに意識を切り替え、壁の方に目がいく。
建物から離れ駆け寄ってみると、本当にここは高い壁に覆われている。学校の高さなんて優に超えているその壁に触れ、コンコンとノックしてみたりして見た目以上に分厚い壁だと分かる。
こんな壁がまだもう一個あるのだと思い出し、厳重すぎるこの体制にまたまた疑問が沸く。
敵がここに侵入することもあるのだろうか。確かに桜木教育学校は敵である全区画から生徒として受け入れている姿勢が、皆理解ができないもの。翠だってそう思う。
そういう理由で襲撃とか、そういうものが来るからこんな厳重な壁を二層作って、覆って、学校に侵入する者の足止めになればって。そういう意図なのだろうか。
少し矛盾してしまうが、翠も学校が襲撃されるのは大変困る。襲撃されれば立派な兵士になるという目的のためにここに入学してきたのにそれを果たせない。得てきた成果が全部お釈迦にされるのは翠にとって絶対にあってはならないこと。
第七区画の役にも立てないし、使えない存在になってしまうから。
そう思い、ふと足元を見ると、桃色の何かが地面に落ちていた。
気になり拾ってみると、それは桜の花びらだった。校門側には桜の木が植えてある。今は春だから、朝、桜を見ながら寮から学校まで登校するというのが密かな翠の楽しみでもあるのだ。
「……うわっ!」
グットタイミングとでもいうのか。花びらを拾ってどこかに桜が植えてあるんじゃないかと思ったときに、ずっと吹いていた緩やかな風が、強く突風のような、勢いがある風に変化し、翠を襲う。
強すぎる風に両手を前に出し顔を守り、反射的に目をつぶってしまう。ただ、そんな突風も吹いたのはたった一回だけで、気付けばまた緩やかな風に戻っていた。
「なんだったんだろ……あ」
そう思って、風が吹いてきた方向に目を向けると、
「わぁ……綺麗……」
それはそれはとても大きな桜の大木が植えてあったのだ。
翠が登校中にいつも見ている桜の木とは比べ物にならない。普通の桜の木の何倍か、もう分からない。考える暇なんかない。
可憐に咲くその桜の大木から目が離せなくて、あまりの綺麗さに思考することも、感想を述べるこの口から出る言葉も、全て、単純になる。
春になると第七区画でも桜が咲いて、桜並木を通るのも好きだった。
だけど今見えているこの大木は、周りに仲間の桜が何も植えられていない一人ぼっちなのに。一人ぼっちだからなのか、その綺麗さに存在感すら生まれている。
「こんな場所に、桜があるなんて……」
地図で建物は分かっても、植えてある木までは分からない。今この桜の大木を見つけられたのは奇跡だったのかもしれない。こうして自然委員会じゃなかったら、歩き回らないで大人しく一人で花壇の作業に勤しんでいれば、この桜の木は見つけられなかった。
出会えたことへの幸運に感謝し、なんだか謎のやる気がみなぎってきて、今度は壁沿いに歩いてみようか、なんて考える。
なんでなのか分からないけど、今すごく翠は冒険したい気分なのだ。この桜の大木みたいに、地図では見つけられない何かを発見できるかもしれない。
そう思ったら、無償に歩きだしたい気分だし、このまま壁沿いを歩き続けた後は第二の壁を抜けて、門庭と言われていたエリアを探検してみるのもいいかもしれない。入学式に通った門庭は、翠と彗斗が歩いてきた道からひょっこり山が見えた。
そう考えると冒険したくてうずうずが止まらない。体力がない翠だけど、今ならどこへだって歩ける気がする。
という謎の自信に溢れた翠は、さっき考えた壁沿いをぐるっと一周してみようと、大きな一歩を踏み出そうとする。すると、
「――翠くん、だよね。駄目だよ、一人で行動しちゃ……自然委員会の活動中、でしょ? だから戻らないと、駄目、だよ」
声がして、踏み出そうとした一歩は止まる。
その声は後ろから聞こえた。振り返ってみると、体形がすごく大柄の割に高く澄んでいる声の男性が、目尻を下げて翠を見つめていた。




