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甘苦のメモリアル  作者: 空犬
『陽春の章』
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3-5話『増えていく色々な輪』

 三人の輪の中に入った彼汰。

 次に伊月から話されるのは保健委員会の次の日の図書委員会での出来事。


 委員会体験週間最終日の金曜。伊月達が選んだのは図書委員会。

 伊月達が集合場所の図書室に入った瞬間、またまた翠達と同じように来陰は近くの本棚に隠れた。


 伊月達に気付いた夏希に歓迎の言葉を貰い、会話に夢中になっていたとき、遅れてやってきた女の子三人組。その子達が後の自己紹介で一年二組所属だと知った。


 図書委員と顧問の自己紹介のあと伊月達、そして一年二組の女子三人も続く。


「い、一年二組の物部(もののべ) 咲弥(さや)です。よろしくお願いします」


 伊月達の次に自己紹介をした女の子。容姿は黄緑色の髪を下に一つ結び。緊張しているのか瞳は少し揺れている。


「一年二組の喰楽(くうら) 果帆(かほ)です! よろしくお願いしまーす!」


 咲弥の次に自己紹介した女の子。容姿はピンクの髪をミディアムショート。來香や伊月のような明るさと元気さを持ち合わせた子。


「一年二組の花野(はなの) 穂佳(ほのか)です。よろしくお願いします……!」


 最後に自己紹介した茶髪を下に二つ結びに結んでいる女の子。この子は恥ずかしがり屋なのか自己紹介をする時咲弥の後ろに少々隠れながらするという徹底ぶり。


 来陰の説明を終えて各自図書委員会の仕事を始める。

 この時伊月は来陰にたくさんの質問を聞いたりと一番来陰が苦手としてるタイプに、副委員長として答えないといけない『質問』によって攻められていたのだった。


 それを隣で見ていた功雅に「質問ばかりしないで仕事するぞ」と手をつけていない本棚に引っ張られる。


 黙々と、たまに図書委員の人と話しながら仕事をしていく内に固まって行動していた咲弥と穂佳と段々打ち解けて一緒におしゃべりしながら作業をするようになった。


 伊月から見て咲弥はめちゃくちゃ遠慮の塊だったという。

 伊月が咲弥に向かってすごい、と言ったときや、功雅がお礼を言ったとき、全ての返答に「いやいや、私は全然だよ」や「私、そんな偉いことなんて……!」と謙遜ばっかりだった。もっと誇ってもいいのに、なんて伊月は思っていたそうだ。


 穂佳は恥ずかしがり屋であまり会話はせず、できたとしてもその会話が弾むことはなかったが、お礼の言葉や謝罪を欠かさない子。

 恥ずかしがり屋なのも総じてかなり控えめな子なんだとその時伊月は思ったそう。


 この四人の輪にいない彼汰。実はこの時の彼汰は、一人別の奥の方の本棚で作業に勤しんでいた。


 彼汰は時間を娯楽に使うなら一人前の兵士になるために訓練、勉強をしたい。だから桜木教育学校に入学する前から暇な時間さえあれば勉強、父や祖父に言って訓練をつけさせてもらう。そんな毎日。


 だからこの図書室にも小説などを借りにいく目的で行ったことはない。勉強、いずれ兵士となる自分のために役立つ本はないか。そんな目的で訪れていた。


 その目的で頻繁に通っていた為三組の中で誰よりもこの図書室や置いてある本について知っている彼汰。


(この本は……)


「こんにちは!」


 間違った場所にあった本の元の居場所を探して彷徨う彼汰は、向かいからやってきた一人の少女と鉢合わせる。


 ピンクの髪を揺らすあどけない少女、喰楽 果帆。

 元気のいい挨拶を聞くが返事はせず、だけど挨拶を無視するのは人間として駄目だと感じた彼汰は軽く会釈だけして果帆の横を通り過ぎる。


 本の居場所を探してまた歩き出す彼汰は後ろに違和感というか気配をばっちり感じていた。


 後ろから自分のとは別の上靴が床に擦れている音が聞こえる。

 おそらくとも言わず果帆だろうと彼汰は感じていた。


(ここだな)


 その本は下の段にしまっていたようで、戻すためにしゃがんで手持ちの数冊をその本棚にしまう。


「…………」


 横から視線を感じる。感じるというか隣にもういるのだが。


 彼汰の後ろを着いてきていた果帆は、本棚の前でしゃがんだ彼汰の隣に同じくしゃがむ。


 そして彼汰をジーッと見てくるのだ。

 あまり気にしない性格ではあるがここまで露骨に隣にいてキラキラの眼差しで見つめられると居心地が悪い。


「……俺に何か用でもあるのか、喰楽」


「ううん、ただ気になってついてきちゃっただけ!」


 そうであるならここで長居は無用と思った彼汰はまた別の本棚へ移動する。


 だけど果帆はずーっと後ろをついてくる。

 気になって何回か後ろを見ると笑顔でこちらに首を傾げる果帆がいた。


 ここまでついて来られるとさすがに無視できず、意を決して理由を聞くしかないと思い至った。


「さっきからどうして俺の後をついてくる。活動内容に質問があるなら俺ではなく図書委員に聞け」


 彼汰は他人から見れば無表情。だけど今内心ではいつまでも後ろをついてくる果帆に疑問でいっぱいだった。


 果帆はその言葉に少々時間を置き、そっと口を開く。


「……本当は一個、聞きたいことがあったの」


 果帆が俯き、その中で呟いた言葉。そして次の瞬間、


「――彼汰くんって安全委員会に選ばれた子だよね!?」


 俯いていた顔を起こしさっきよりキラキラ度が増した瞳でこちらに近寄り、勢い強く聞いてくる。


「……どうしてそれを知っている」


 戸惑いこそあれど、この場面で一番に出てくるのは疑問。


 彼汰は委員会体験週間、そして委員会の内容を説明された放課後に小豆沢先生に呼び出され、自分が安全委員会に適性があると知らされた。


 委員会の説明をされた時点で彼汰が入りたいと狙っていたのは一番が安全委員会、二番目に整備委員会。


 だからこそ小豆沢先生の適性があるという知らせを受け、何も迷いはせず安全委員会に入ることをその場で決めた。


 その時は他の組で誰が選ばれた、なんていうことは彼汰は何も聞いていない。

 だからこその疑問と暫しの警戒心。


「もしかしてお前も……?」


「うん! 私も晴峯先生に安全委員会の適性があるって言われたんだー! だから私も彼汰くんと同じ安全委員会所属なんだよ!」


 笑顔で、そして元気に話す果帆に適性があるとは思えなくてじっと見て疑う。


 改めて果帆を見てみる。

 何も考えていなさそう。のほほんとしてる。元気だけいっぱいある女子。

 そんな奴が本当に安全委員会に適性があるとは思えず考えるのに必死で黙ってしまう。


 だけど一つ、聞いていないことがあった。


「俺も一つ聞きたい。どうして俺が安全委員会に選ばれていると分かった?」


 聞いた質問に果帆はあっけらかんとして、


「なんとなく!」


 憎めない程無邪気な笑顔で、彼汰が一番理解できない理由でそう答えたのだった。



・・・・・・



「……という感じだったな、俺は」


 話し終えた伊月と彼汰。

 最後に伊月視点の話と彼汰視点の話を聞けて、まだ直接話したことはないけど情報はたくさん知ることができた。思いがけず彼汰からは喰楽 果帆も同じ安全委員会という情報が手に入ったし。


「こう聞くと、やっぱり皆どこかで誰かと仲良くなってるんだね!」


 両手で頬杖をつきながらニコニコ笑顔で話す來香に同調するように、翠自身も『誰かと』なんていう想いが少なからず感じてしまった。


 來香が一年一組の女子と一緒になったように、伊月が一年一組の男子、二組の咲弥、穂佳と喋ったみたいに、彼汰が二組の果帆と二人で話したみたいに。

 翠達が委員会体験週間のとき他の組と一緒になってた機会があったら、目の前にいる三人みたいに楽しそうに思い返しながらそういう思い出を語ることが出来たのだろうか。


 今少なからず感じているこの気持ちは、初めて彗斗と話した時と似たもの。『知りたい』『関わってみたい』そして『仲良くなってみたい』。


 だけどこの気持ちは、絶対に表に出してはいけないもの。ぽんぽん表に出せば自分は第七区画の裏切り者になってしまう。自分の使命は第七区画の平和。その為に身を粉にしてでも、第七区画に貢献するために行動する。だから今日三人に聞いたのはいつか役に立つはずの情報収集に過ぎない、はず。


 ――決して、自分本位じゃなくて、第七区画のために。


「……どり。――翠!」


「え」


 伊月の自分を呼ぶ声にはっとした。俯いていたらしい顔を即座に起こし、周りを見渡す。前にいる伊月と來香は心配そうにこちらを見ていた。


「どうした守蔦、考え事か?」


 隣に座っている彼汰も表情、言葉、どれにもあまり翠の心配は感じられなかったが、声を掛けてくれる分には気になられていたのだろう。


「急に黙っちゃうから心配したよ! 実はもしかして体調悪いとか……?」


 何も出来ない腕を慌てながらわたわたと宙に振り回すその表情には変わらない心配の目を向ける來香。

 主にちゃんと心配してくれる來香と伊月。少し心配してくれてるのかなと感じる彼汰達の言葉と表情になんだか胸が暖かくなる。まだ夏ではないのに。


 だけど暑いわけじゃない。ろうそくの火が灯ったみたいに、ただほんのりと暖かい。

 言葉にするならほっこりするような感じだ。そして不思議と、翠はその胸の暖かさが嫌ではなかった。


「……ううん、大丈夫だよ、皆。彼汰くんが言ってた考え事をしてただけ」


 皆に向けてそう言うと、來香と伊月は安心したように長い息を吐き、彼汰は無表情は変わらず了承したという意味なのかただ頷いた。


「それより三人とも、今日は僕のわがままに付き合ってくれてありがとね。三人のおかげで一組の子や二組の子達を知れた気がするよ」


 このお礼は噓偽りなく。お礼は感謝を感じれば、区画が違えど言ったほうがいいものだと思うから。

 今は区画はおろか他区画の皆が学校にいるわけで、そしてこれから六年間一緒にいて、学ぶわけだから、このお礼はしておかないといけないものだと思った。


「ううん、なんもだよ! 私もこうして優依ちゃんと沙良ちゃん以外の人と深く話したことなかったからすごく楽しかったの!」


「やっぱりいつメンっていうか、他区画だけど同室の三人と一緒にいることが多いんだよな、なんだかんだ。だから俺も楽しかった! っていうか放課後とか授業中だけじゃなくて休み時間とか昼休みも一緒に喋ろうぜ!」


「他区画の役に立つこと自体軍では処罰対象で俺自身も複雑な心情だ。だけどここでそのルールが適用されないのならまあ、守蔦が達成したかったことができてよかったんじゃないか?」


 なんてそれに答えるように三人は翠に向けて答えてくれる。この場にいる皆他区画に住んでいる者達で、本来は敵対関係なのだけどなんだか彗斗と翠みたいに――友達みたいだ。


 話終わった四人は來香の行動によりその場で解散となった。


 來香は遠くに同じ整備委員会の二年生、涼風 紫信を見つけると教えてもらいたいことがあると、翠達に手を振り紫信とどこかへ。

 彼汰は來香が離れていったのを見て、元々図書室で借りてきた本で勉強するという目的のために部屋に戻ると言い出したので同室の伊月も一緒に、二人で部屋に戻っていった。


 賑やかだった机が翠一人になり、少しだけ『寂しい』なんて思ってしまった。

 だけどそんなこと考えても仕方がない。だから翠も部屋に戻ることに。


 明日、いや夜ご飯、入浴の時間、教室、いつでも学校にいる間は皆に会えるのだから。

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