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【04】訳アリ悪魔はグルメだった

「……でな。正直失敗続きで呆れておるのだ。我、背中押してやったじゃんて。ありがとう頑張ってくると言うて、その後結ばれるのかと思いきや長続きせんの。何アレ。どういう心境変化?」


 ――と。


 地面に直接座った悪魔は私を膝の間に入れて、やいのやいの文句を垂れていた。

 親指の爪で中指の爪の端をいじりながら口をとがらせる姿は、どことなく、取引先の我儘な奥様を思い出させた。


「手と手を取り合い、道ならぬ恋でも構わぬと言った口で、こうなるはずではなかったと罵り合う。よもや真実の愛とは一瞬に灯るものか? いや、そんなわけはあるまい。尽きぬ不変と聞いたぞ。あれでは飴玉程度にも味わえんわ」


(えーと……)


 何だっけ。どうしてこんなことになったんだっけ。

 なにゆえ私、悪魔に背中から強制だっこされて、愚痴を聞かされてるんだっけ?


「すみません、ちょっと現状確認したいんですけど……」


 ぺらぺら流れてくる右耳からの饒舌な愚痴を遮って、私は挙手した。

 彼はむすっとしてから、良かろう、と横柄な声で応じた。


「ええとまず、貴方は本物の悪魔で、お名前はヴァドーさん」

「そうだ」

「悪魔は人間の感情を食べる。貴方は愛情っていう感情が食べたくて、占い師の振りをして、人が恋愛に走るように誘導していた」

「ただの愛ではない。『真実の愛』だ」

「でも皆破局してしまうから、辟易している」

「分かっておるではないか」


 うんうん、と、ヴァドーさんは頷いた。


 この妙に人間くさい、全然怖くない悪魔。

 彼は、誰もが幼い頃に教会で教わった、人を惑わしたり殺したりする恐ろしくて残忍な悪の権化…… などではなく、それは人間側の勝手な言い分とのこと。そういうのは全て事実無根のでたらめだという。


 悪魔は人をむやみやたらに害したりしないが、主食は人間の感情らしい。

 そして、目下彼が食べたいと望んでいるのが『真実の愛』という人間の恋愛感情。

 それは例えるならば希少価部位から煮だしたスープみたいな、大変素晴らしくレアなもの、らしい。


「『真実の愛』とは、な、娘よ。それはそれは美味なるものらしいのだ」


 と、夢見るような口調で、ヴァドーさんは言った。


「生まれた瞬間にして不変、死して尚続く程の尽きることなき絶愛は正に永久の甘露、至上の味と聞く。

 だが、滅多にお目にかかれぬものらしい。なれば探すよりも生むが易し」

「それで占い師? 気の長い計画ですねえ」

「手間をかけた分、味わいもまた深くなろう」

「ちなみにですけど、食べられたらその感情はどうなってしまうんです?」

「ヒトの内から消えて失せる。行き先は我の胃の腑の内ゆえ、な」

「はた迷惑な食性ですね…… まあ人間だって他の生き物を食べてるんだし、言えた口じゃないですけど」

「その通り。ヒトとて美味を求めて手を尽くそう。だがうまくいかんのだ。先ほども愚痴った通りよ」

「愚痴って自覚はあるんですね……」


 ここで、フウ、と物憂いため息をついたヴァドーさん。


「恋が芽生え愛となり、我の後押しでヒトは『真実の愛』を育てる。頃合いを見てさて実食と喰らいに赴いてみれば―― 既に失われておる。

 とんとうまくいかぬ。こんなにも思い通りにならんのは初めてだ」

「だったら諦めちゃえばいいんじゃないですかね……」

「ならん。もう口と腹がそれ用に仕上がっておる。何を食っても満たされぬ」


(これって決めたら食べるまで納得できないってやつかぁ)


 断固とした物言いには、私もこれ以上の言葉を思いつかなかった。悪魔も人間と同じ、食べ物に対してのこだわりがあるんだなんて、そんなことを思ったりする。

 そんな私をぐるんと頭側から逆さまに覗き込み(なんてでっかいんだ)、ヴァドーさんはぎゅっと眉間にしわを寄せた。


「というか、おまえ。普通に話しておるけども、何で恐怖せんのかな」


 言って、すん、と鼻を動かす。


「恐怖の匂いが全くせん。何を親しみを感じとるか。我悪魔ぞ?」

「お父様から教えられていますからね。会話が可能な相手はどんな存在だろうとお客様になりうるので、きちんとお相手しろと」

「商魂逞しすぎるだろう、おまえの父」


 そういうがちがちの商人気質があったからこそ、我が家は屈指の商家として成り上がってきたのだ。私はその在り方を誇らしいと思うし、父のようになりたいと思う。母曰く父と私はよく似ているらしいから、この考え方も肝の座り方も、けっこうな自慢なのだ。


「では、そんな商家の娘に質問だ」


 と、私に向けてヴァドーさんは指を一本立てた。

 長くて真っ黒な爪。何を塗ったらこんな色になるのか、星の粉を混ぜたみたいに輝いていた。材質を調べて爪飾りとして売りたいくらいだった。


「我が探しているのは『真実の愛』。だが、我はヒトの心を知り得ぬ。上手く行かぬのは人心の勉強不足が原因とみた。

 おまえは『真実の愛』なるものがどういったものであるか、述べることは出来るか?」


 グルメな悪魔はそんな風に質問してきた。私は腕を組んで、ううん、と唸る。


「フラれた立場から思うことはまあ、無くもないですけど。

 それ喋ったら、何か良いことありますかね?」

「むしろ喋らぬと困ったことになる。我は正体を明かしてしまった。吹聴を警戒し、口を封じねばならんかと思っている所だ」

「自分から曝け出しておいて何て言い草!?」

「おまえの肝の太さは気に入っておる。望む答えを述べることができたなら、口封じはせぬと約束しよう。身の安全が対価、どうだ?」


 露出狂に脅されている気分だった。

 再び私は声に出して唸る。私の中にある悪魔像とは全く異なるこの異形の存在の彼は、妙に人間くさくて、なんというか、普通だ。表情もころころ変わるし不貞腐れたと思えば笑う。


 されど悪魔、だけど悪魔なのだ。

 目の前で姿を変えた様子を思いだすと、背中がぞわっとする。強く掴まれた手はまだ痺れていたし、やっぱり彼は、普通そうに見えて普通ではないのだ。まともに会話が出来ても、信用しきれる存在では、決してない。


 だったら――


 私はいつも持ち歩いている薄いメモとペンを取り出し、書きつけてから、ヴァドーさんに差し出した。


「『真実の愛について述べる代償として、イレーナ・スレヴァリに対し、心身ともに一切の害を与えません』? なんだこれは」

「口約束は商人の恥。約束の証に、ちゃんと署名を頂けます?」


にっこり笑って見せると、ヴァドーさんは思いっきりしかめっ面になった。


「おまえ生殺与奪握られてる立場で図太すぎん?」

「商家の娘なもんで。悪魔だって、人間に呼び出されたらきちんと取引契約を交わすんでしょう?」

「……説明せねばならんようだな、娘。いや、イレーナ・スレヴァリよ」


 長い爪の手で顔を覆って、彼は心から呆れた様子だった。いや当たり前のことをしただけなんだけども。身を守るのは当然だし。


「そもそも我らは嘘など吐かぬのだ」


 と、重苦しい視線で、ヴァドーさんは私を睨む。


「ヒトとは違ってな。せんと言ったらせんし、するといったらする。本来ならば口約束で十分なのだ。言葉とは誓いそのものゆえな。

 それでも形に残る契約を結ぶのは、ヒトが我らを裏切ることを防ぐためだ。

 おまえたちは我らに助力を願う。人智を超えた力を望むからには代償を支払うが道理、その道理を反故にするのはいつとてヒトよ。だのにおまえらときたらあの手この手で支払いを渋りよって。そも取引というのは本来対等な関係にあって――」

「あ、長くなるなら先に名前書いてもらってもいいですかね。右下のとこに」

「話を聞かんかい。齧るぞ」


 どうやら地雷を踏んだようだった。

 ここまでの会話でよくわかったが、ヴァドーさんは大変愚痴っぽくて理屈っぽい。決まり事にうるさくてかくあるべしの姿を体現するタイプだ。

 そういう人は嫌いじゃない。余計に湧いた親しみを顔に出さないように極めてまじめな顔をしてみせると、ヴァドーさんははあ、と息を吐いてから、手をひらひらさせた。


「良かろう。名を記せばよいのだな?」


 言って、指を一振り。それだけでペンが私の手から離れ、ひとりでに動いた。メモの右下に謎の文様が描かれる。どう見ても文字ではないのだけれど、これが彼の名前、ヴァドーさんの綴りらしい。へえ、と私は声を上げた。


「へえ、悪魔にも独自の文字があるんですね。興味深い。で、何でしたっけ」

「『真実の愛』とはいかなるものか、所感を述べよと言っている」

「そうでしたそうでした。じゃあ、お話しますけど――」


 私はメモを折り畳んで、懐にしまい込んだ。

 きちんと書面を通して約束したことだ。少し考えてから口を開く。


 ――私だって、愛について思うところはあるのだ。


読んで下さってありがとうございます!!次話もぜひお願いします。

妙に人間っぽい人外キャラは書いていて楽しいです…

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