【03】恋情掻き立てる占い師
「……失礼しました。ちょっと興奮してしまって」
私は深々と頭を下げた。誰にって、もちろん件の占い師にである。
いきなり奇声を発して指をさした私に対して、彼――近くで見ると男性だった――は気にしていないという風に、薄暗いフードの中で微笑んだ。
「お気になさらず。全ては神のお導きがゆえ」
うねる黒髪を肩に垂らした、見るからに占い師という外見の彼は、ちゃっちゃとカードを切りながら余裕のある様子だ。
「貴方が私に出会ったことも、愛の神による引き合わせなでしょう」
「愛の神?」
「恋人たちを見守る慈悲深き神です。恋に悩み愛に懊悩する者を救って下さいます。私は占いでもってそのお声を聞き取り、悩める人々をお救いすることが使命です」
「はあ、そうですか……」
何とも気の抜けた返事しかできなかった。
聞いたこともない神様に、見たこともない占いのカード。それなりに流行も信仰も頭に入っているのだけれど、該当するものは一点だって思いつかなかった。
(詐欺なんじゃないかなあ)
適当なでっちあげで見料を巻き上げているとか。
もしかしたら、最近妙に街の恋愛沙汰が浮ついているのも――
(……だとしたら、ひとつふたつは文句を言ってやりたい気持ちにもなるわよね)
何せこっちは被害者だ。迷惑をかけられた側なのだし、と内心思っていると、占い師はにっこり笑った。
「信じられていないご様子」
私の表情から読み取ったのか、取り繕っても看過されそうだ。それならばと、私も正直に答えることにした。
「まあ、そうです。証立てがない以上、信仰にも商売――失礼、ご使命についても、何も言いませんけどね。
その真実の愛ってものに振り回される人間もいるんですよ~って気持ちでして、今」
「ほう、すると貴方が?」
「先程、婚約者から一方的にフラれたところです。突然真実の愛に目覚めたんだって」
笑顔の彼に倣って、私もまた、にこ、と笑って見せた。
「もしかしたら貴方のお客さんだったのかもしれませんね。話し合いも何もなしにばっさり。
そういう訳で、愛とか恋とかそれを後押しする占いとかに、私は良い印象を持つことが出来ないんですよ」
占い師は目を細めるばかりで何も言わない。聞いているのかいないのか、ちょっと腹が立ってくる。八つ当たりにならないようにとは思っていても、やっぱりどこか恨み節が効いてしまう。
「だからここに座ってはいますけど、貴方の客にはなれないし、使命とやらにも無縁です。ごめんなさいね」
そう言葉を締めくくると、占い師は息が漏れるような笑い声を漏らした。
「成程、確かに貴女には私の占いなど必要なさそうです。
強い目をしていらっしゃる。とても失恋したてのようには見えません」
「……ずいぶんな仰りようじゃないですか」
かちんときて、私は彼を軽く睨んだ。
この人、見た目よりずっと棘がある。いやな感じだ。こういう手合いに関わるとろくなことがない。
占いだって客商売。相手を気持ちよくしてなんぼだっていうのにこの言いよう。いくら客にならないからって、感じ悪く対応するのは悪手だ。誰に吹聴するか分かったものじゃないっていうのに。いや、しないけども!
「……お互い、楽しい時間は過ごせそうにないですね。じゃあこれで」
不愉快を隠さず、私は卓を叩いて席を立つ。
その腕を――占い師が、掴んだ。
「痛っ……」
「いいえ。なればこそ、是非お話をお伺いしたい」
咄嗟にうめいた声にかぶさって、占い師は立ち上がった。
立ち上がって――
その背が、異様に高いことに気が付いた。
私の背は決して低くない、むしろ十九の娘としては他より上背がある方だ。その私を真上から見下ろせるほどの身長なんて、普通だったらあり得ない。屈強な衛士団員だってもっと低いはずだ。
それに、空気がざわざわしている。音で感じるんじゃない、肌の上を、見えない何かが這っているような不穏な感触。急に喉が渇く。彼から目が離せない。
(まともじゃない……!)
逃げろ、って、頭の中で警鐘が鳴る。
出来るならそうしていた。身動きが取れなかった。
硬直する私の目の前で、男のフードが外れる。波打つ髪がざわざわ伸びてまるで暗雲だ。雲の中から突き出しているのは、角。山羊に似て、平べったくて、捻じれながら天を指す対の、禍々しい角。
その姿は、教会で幼い頃に教えられた、人を脅かす魔なるもの――
「あ、悪魔……!?」
「如何にも。その悪魔が、強き瞳のヒトの娘にひとつ問う」
声も、喋り方も、さっきとは打って変わっている。
にんまりと頬の肉を持ち上げる形で、占い師、いや、悪魔は嗤った。
そして、耳まで割けそうなほど大きな口を開いて、私にこう問いかけた。
「何故ヒトは、愛を語った舌の根も乾かぬうちに破局を迎えるのだ?」
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