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生きる為に。  作者: 井吹 雫
三章
14/175

~指摘~


「よし、お疲れ様」


 そう言って渡り終えた宵歌の肩を、軽く叩いた水野大樹。

 先に渡り終えた進一は、あの大蜘蛛を見たら確実に絶叫するだろうという事で、辿り着くとすぐに扉の中へと誘導し、何とか蜘蛛の存在を隠した。


――もし、向こう側で渡るのを待っている皆にあんなのがいる事を知られたら、確実に皆パニックになっちゃう。


 水野大樹も同じ気持ちだったのだろう。

 だから先程蓮花が悲鳴を上げそうになった時も、口を塞いでくれたのだ。


「大丈夫でしたか?」


 渡り終え、水野大樹と言葉を交わしている宵歌に声を掛ける蓮花。

 しかし、声を掛けられチラリと目線だけを蓮花に向けた宵歌は、なぜか聞こえなかったかのように返事をせず、蓮花の横を通り過ぎて行く。

 不思議に思った蓮花はもう一度声を掛けたが、それでも宵歌は反応をしないで、そのまま扉の中へと入ってしまう。


――えっ、どうしたんだろ急に……。


 宵歌を怒らせた節が見当たらない蓮花は、その宵歌の態度に傷付く。

 その様子を見ていたのか水野大樹が優しく声を掛けてくれたが、蓮花は力なく笑うしか出来なかった。

 そんな蓮花たちの事情も知らず、いまだに渡る気配もなく向こう側で文句をぶつぶつと言っていた敦。

 すると、やや声を張り上げながら、蓮花たちに向かって話し掛けてきた。


「おい! まさか本当に、俺たちを置いて先に行くんじゃないだろうな」


 自分は置いて行かれ、更に渡ってしまった四人の内二人はもう扉の先へと消えてしまった。

 その事に焦ったのか、敦は必死に声を上げる。


「大丈夫ですよ。二人には中の様子を、先に見に行ってもらっただけです」


 敦の方へと身体を向けた水野大樹が、そう答えた。

 その言葉に、少し安心したかのような敦だったが、続けて水野大樹が「でも二人が渡らないのでしたら、俺たちもそろそろ行きます」と告げたので、再び焦り出す敦。


「早くしないと、爆弾も爆発しちゃうかもしれないですし」


 更に敦をまくし立てる水野大樹。

 結論から言うと、あれは爆弾なんかではなかった。

 ただの扉をロックする為の機械であり、宵歌が見えた時計のようなものは、実際はただ現在の時刻を表していただけだった。

 現に表記されている数字は、増える事はあっても減る事はない。

 最初に辿り着いた水野大樹はそれを気付き、順に渡り終えた皆にそれぞれそっと耳打ちで教えてくれたので、蓮花たちはその事実を知っている。

 そのロックが時間で掛かる物なのか、それとも一度閉めたら自動的に掛かってしまう物なのかは分からない為、一応扉は開けっ放しにしてある。

 しかしその事実をまだ知らない敦は、水野大樹の言葉に踊らされ、また焦り出す。


「何で本当の事を、教えてあげないんですか?」


 隣にいる大樹に、そっと耳打ちで聞く蓮花。


「だってあの人、爆弾じゃなかった事を知ったら安心して、また渡るのを先延ばしにするだろ?」


 そう答えた水野大樹に、納得する蓮花。


――確かに、これでまた何かと理由を付けて先延ばしにされたら、流石に嫌だわ。


 後ろの時を刻んでいる時刻が、もうすぐ三時四十分を表している。

 蓮花たちが、最初に閉じ込められていた牢屋を出たのが午前中だったとしても、それでも既に四時間近くは確実に経っている。


――流石に今が夜中の三時って事はなさそうだし。


 体力的にも、そこまで時間が経ってはいないと考えた蓮花。

 それでもこの身に起こっている非現実のせいで、尋常ではない疲れが出ているのは分かる。

 出来る事なら一刻も早く休みたい蓮花だったが、それでも敦たちの事をやはり放ってはおけない為、水野大樹と共にこの場に残る事にした。




・・・・・・




「ねえ、結局あなたは行かないの?」


 敦と水野大樹のやり取りを、先程からじっと見ていた夏木が呆れたようにそう言った。


「なんか、あなたのビビりっぷりを見ていたら、諦めが付いたわ」


 そう言って、前へと歩き出す夏木。

 慌てた敦が「おおい! 何をするんだよ!」と声を荒げると、当然とでも言うように夏木は答える。


「何言ってんのよ、渡るに決まっているじゃないの」


 馬鹿なの? という夏木に更に慌てる敦。


「渡るって! お前も怖かったんじゃないのかよ!」


 必死にすがる敦に向かって、ため息をついた夏木。

 そんな様子を反対側から見ている蓮花たちにも聞こえるように、夏木は言葉を発した。


「だから、あなたのビビりっぷりを見たら、諦めが付いたって言ったでしょ」


 更に、こう続ける夏木。


「そりゃ、渡るのは私だって怖いわよ。でも、いつまでもこうしている訳にも、いかないでしょ。皆を待たせているんだから」


 だから、私は行くわよ。

 そう告げると、蓮花たちの方に改めて向き直った夏木。


「待て! 俺を一人残して置いて行く気か!」


 裏切られた気分なのか、敦は怒鳴る。

 それに対して、軽く「ええ。」と返事をした夏木。

 すると、敦は夏木に向かってこう言った。


「お前には優しさってものはないのか!」


 それを聞いた夏木は一瞬動きが止まり、静かにはっきりと敦に告げる。


「それは優しさじゃない」


 ゆっくりと振り向き、敦を見据える夏木。


「他人のヘタレに付き合って自分の犠牲を払う事は、優しさではない」


 夏木の迫力で言葉が詰まった敦に、尚も続ける夏木。


「そんな事をして共倒れになって、私に何か利益はあるの?」


 黙っている敦を余所に、更に言葉を続ける夏木。


「一緒に間違いを犯して、仲間がいるからと笑って! それで傷の舐め合いをしている人間にだけはなりたくない」


 言葉を返せない敦に、畳み掛けるように話す夏木。


「だったら鬼と言われても、私は自分の正しいと思う道を行く。ずっとそうやって生きてきたの」


 邪魔をしないで。

 そう吐き捨てた夏木を、唖然と見つめる蓮花。

 何も言葉が出てこなかった。

 それ程夏木の言葉には重みがあった。

 そんな蓮花には全く気が付かず「ゆっくりと行けば、大丈夫なのよね?」と普通に話し掛けた夏木。

 反応できなかった蓮花の代わりに、水野大樹が答える。


「あっ、ああそうだね。後ろと下を見なければ、更に大丈夫だと思うよ」


 そう答えた水野大樹に「分かったわ。」と返事をした夏木は、ゆっくりと橋の板に足を掛け渡り始める。

 着々とこちらに向かって歩んでくる夏木を、蓮花はじっと見守る事しか出来なかった。




 更新出来ました!

 そして予告通り、夜にも更新します。

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