誓い
※2017/9/20誤字訂正
「お祭り?」
「そうだ。毎年、豊穣を祝うお祭りが王都で開かれるんだが、今年はティアにも参加してもらおうと思ってな。」
久々に父とエドと家族水入らずで食事をしていたら、
(ちなみに側妃は体調が優れないとかで別だ)
突然父がそんなことを言い出した。
「それは構いませんが…私も何か特別なことをするんですか?」
「歌い手、踊り手達への祈りと宝具の受け渡しですよね?父上。」
「ああ。去年はエドにやってもらったんだが、祝いの舞と歌を披露するのが女性なのでな。
王族に女性がいる場合は女性がその役割をやることになっている。」
「あーよかった。歌えとか言われたらどうしようかと思っちゃった。」
「ずっと昔はそうだったんだが、カレンが今のやり方に変えたんだ。平民の女性が輝く瞬間の方を大事にしたいからと。」
そう言っていたずらをしたときのような表情になった父を見て納得。
「あぁ…母さん音痴だからなー」
「そうなんですか?」
「エド、そうなの。酷いのよ。母さんが歌うと、近所の赤ん坊が一斉に泣き出すって逸話があるくらい。
それに私、小さな頃も母さんの子守唄で眠れたことないもの。逆にビックリして泣き出しちゃって。」
「それは一度聞いてみたかったです。」
「私もその血をしっかり受け継いでるからなかなかのものよ?今度子守唄聞かせてあげようか?」
エドがビクっとしたのを見て何だかおかしくなって吹き出したら、笑いが伝染して、3人で声を出して笑った。
家族での暖かな時間だった。
側妃が倒れたのはその後少ししてからだった。
「側妃様の容態は?」
直接見舞いに行くわけにもいかず、マリアに尋ねる。
「何故倒れられたのかもわかっていないようです。侍女が朝部屋へ行った時にはすでにフラフラで、あっという間に血の気が引いて指先が紫になってしまったり、食べ物も喉を通らず、どんどん衰弱したりと、
病のようではあるけれど、医者にも治癒師にも手の施しようがない、とのことですわ。」
指先が紫…病のよう…手の施しようがない…
そのとき、嫌な記憶がよみがえってきて、じとりと嫌な汗をかく。思わず唇を噛んで手を握り締めた。
「…ティア姫様、お顔色が優れませんが…治癒師のところにお連れしましょうか?」
フィルがそういうけど、首を横に振る。
「…大丈夫。側妃様のお見舞いには行けるのかしら?エドは傍に?」
私が行っても側妃は喜ばないだろうが、エドのことも心配だ。
様子を見に行かなくては。
「殿下は側妃様のお傍についていらっしゃいますわ。お見舞いは今日の日中でしたらよろしいかと思います。今からあちらにも伝えて参りますわ。…姫様、ほんとうに顔色が悪いですわよ?紅茶を淹れましたので、おかけになって姫様も少しお休みくださいませ。」
「ありがとう…お願いね。ポルナレフ、マリアの護衛をお願いできる?」
「姫様、私は大丈夫ですわ。」
「ダメよ。いいから、ポルナレフお願い。」
譲らない私に2人は不思議そうにしつつ、側妃のところへと向かって部屋を出て行った。
それを見届けてから、マリアが淹れてくれた紅茶をゆっくりと飲む。
手が震えて、カップをソーサーに置こうとしてカチャカチャ音を立てた。
「…姫様、どうかされましたか。」
フィルが訝しんでこちらに近づいてくるが、答えられない。
頭がある記憶に占められて、胸が苦しくなって息が詰まる。
呼吸が、うまくできない。
座っているのに感覚もよくわからなくなって―――
「ティア!」
肩を掴まれてハッと我に返る。
気づいたらソファからずり落ちていた。
「…ッは…ひぅ…ッふぃ、フィル……」
「大丈夫…じゃないな。体から力を抜いて。」
フィルは過呼吸気味に息をする私の背中に手を回し、きゅ、と抱きしめた。
背中をゆっくりと撫でる手が暖かくて、少しずつ落ち着いてくる。
「…どうしたの」
低く、でも優しいその声に無性に安心してしまい、涙で視界が滲んだ。
「…っ……にてる、の」
「似てる…?」
「側妃様の症状が、母さんが死んだときと。……たぶん、同じ」
それが意味することを正確に理解したのだろう。
一瞬ピクリと撫でる動きが止まったと思ったら、フィルにさっきよりも強く抱きしめられ、腕の中にすっぽり収まってしまった。
フィルの腕の中で、母さんが死んだ時の記憶が目の前を次々とよぎった。
弱々しい手で、私の手を握ったあの感触。言った言葉。
今もまざまざと思い出す。
「母さんが死んだ時…治癒師も医師もどうにもできなくて、色んな薬草を試したけどどうしようもなくて」
ぽつりと言った私の言葉に、フィルがごめん、と呟いた声には後悔が滲み出ていて。
「フィル…?」
「…辛い時に護れなくて、ごめん。」
そんなの仕方ないのに。
そう言いたくてもうまく言葉にならない。
「でもこれからは、全てのことから君を護る。心ごと。君は1人じゃない。だから、安心して…信じて欲しい。」
その言葉に、堪えきれなかった涙が頬をつたった。